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最低の御伽噺しか得られない僕は(ゆうちゃん視点)

代用品

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ゆうちゃんで居続ける事は、思ったよりも苦痛だった。
聖人よりもゆうちゃんに対する当たりが弱いことも、苦痛の原因だったように思う。
でも一番は、大翔がスマホを突き返してくる瞬間だ。

『これ返す。今日は連絡しないで。』
『………は?なんで!』

ゆうちゃんとなった次の日も、大翔は至ってあっさりと俺にスマホを突き返した。
今日は忙しいから返信出来ないしと言われたが納得が出来ない。
だがあまり駄々を捏ねたらもう二度と受取ってもらえないだろうと思ったから、俺は納得をしたフリをして受け取った。

―――どこで何をしているのか、分かるように渡したのに………

とはいえ何をしに行ったのかは大体想像がつく。
ゆうくんに、会いに行っているのだろう。
何度目かの突き返しの際に、その予感は確信へと変わった。
他のホームレス達と日銭を稼いでいる時は、どんなに忙しくてもスマホを持って行くのだ。
じゃあ何故時折置いて行くのか。
あの男と会うのを、邪魔されたくないからだろう。

「ただいま、ゆうちゃん」
「うん。おかえり、大翔。」

あの男と会った日はご機嫌で帰って来る。
そう、帰って来てくれるのだ。
スマホを持っていようが持っていまいが、夜になったらちゃんと俺の別宅に帰って来て、飯作ってくれて、一緒に風呂も入ってくれるし、セックスして一緒に眠ってくれる。
これ以上の何を望む?
俺がゆうちゃんである限り、大翔がゆうちゃんと俺を呼ぶ限り、俺は大翔の一番近くに居る権利を買える。
それで我慢しろと自分に言い聞かせる。
もう、誤魔化しも効かない程に俺は大翔にハマっていた。

「ごめんね、少し遅くなった。ゆうちゃんご飯食べた?」
「まだ。大翔疲れてる?疲れてるなら俺買い物行ってくるよ?」
「ううん、大丈夫。急いで作るね。」

ニコニコと上機嫌な大翔にスマホを渡せば、特に何も言うこともなく受け取ってそう聞いてきた。
パタパタと可愛らしくスリッパを鳴らしながら、慣れた様子でエプロンを着ける大翔は本当に俺の嫁になったみたいでドキドキする。
パパ活三日目くらいで、大翔はスマホでレシピを検索して俺に振舞ってくれるようになった。
折角の食材を無駄にしたくないし美味しく食べたいからと大翔らしい理由ではあったけれど、学校がある日はわざわざ早起きして弁当まで作ってくれる。
新聞配達に比べると遅い時間だと、照れたように笑うのも健気で可愛い。

「手伝おうか?」
「じゃあテーブル片付けてお皿出して。いつものセットと、底の深い大きなお皿ね。」

以前それとなく聞いた時、大翔は俺にしか料理を振舞っていないと教えてくれた。
俺が与えた食材だから、俺の為にしか使いたくないのだと。
つまりゆうくんは、大翔の手料理をまだ食べたことがないのだ。
その事実だけが、俺のちっぽけなプライドを満たした。
食材を用意した人間だけが、大翔の手料理を味わえる。
ホームレスのゆうくんが用意するのはなかなか難しい話だろうから、これは最早俺だけの権限だと言っても過言じゃないのだろうか。

それでも、ゆうちゃんはあくまでもゆうくんの代用品だ。
俺がゆうちゃんになって、大翔は俺に対しても表情をころころと変えてくれるようになったけれど、それでもゆうくんに対する程じゃないし、そもそも大翔が笑ってくれるのは【ゆうちゃん】に対してだ。

「ゆうちゃん、準備出来た?」
「出来たよ。ありがとう、大翔。」

この飯も、笑顔も、セックスも。
俺にじゃない。
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