ボクらがケモノをやめたなら

かかし

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吉塚大地という存在は平凡的な顔立ちであったし地味な見た目に特徴なんて掛けている眼鏡と女子に負ける身長くらいなものであったが、良くも悪くもある一定の人間を昔から惹き付ける存在であった。
細く貧相にも見える身体をしているが意外にしなやかで運動神経もそこそこ悪くなく、それでいて時折鈍臭い一面も見せてくる。
しかも大人しそうだしちょっと脅せば金を差し出しそうな見た目のクセに、育ちの複雑さからか口の治安は悪いし気が強い。
ちなみに咄嗟の判断力や閃きはかなり強いのだが、勉強はあまり強くない。
本人はそんな自分を平凡チビ地味眼鏡等と卑下するし、ある意味平和な光景しか見ていないクラスメイト達や大半の生徒達もそうなのだろうと思っているのだが、実際はまるでヤマネコのような男というのが一部の生徒達の総意だった。

そんな吉塚が、高城のハーレムに加わった。
チャラついた態度がとても似合う、まるで女に愛される為に産まれてきたような見た目と性格をした男、高城レオンの取り巻きに、あの吉塚大地がなったのだ。
それだけでも一部ではかなりの衝撃が走ったのに、更に驚いたのは吉塚が高城や高城の取り巻き達に対しては甘えるような態度を見せたことだ。

普段であればツンとした、それでいて此方を警戒したように伺いながらも鋭い視線を隠そうとしない吉塚が、今日だってスマホを弄る高城にピッタリと寄りかかりながら、ハンドクリームを塗る門倉に完全に力を抜いて好きなようにさせている。

「これホント良い匂いする。ゆずちゃんどこで買ったの?」
「百合ちゃんとこの間遊びに行った、あの、あそこに売ってた!あのー………ハンズ!」
「パルコよ、柚子稀。」

楽しそうに吉塚の掌を揉むようにハンドクリームを塗り込みながら元気良く答えた門倉の言葉を、東雲百合子(しののめゆりこ)が倉西柊花(くらにしとうか)に勉強を教えてやりながら訂正した。

「ゆりちゃんが買ったの?」
「そうよ。」
「流石のセンス………高かった?」

東雲は高城が囲っている女子の中で………というかこの学校の女子の中で一番の美人だ。
艶めいた長い黒髪は緩やかなウェーブを描いていて、まるで猫のような少し吊り目がちな大きな瞳に小さな顔。
そして並のモデルでは太刀打ち出来ないようなスラリとしたしなやかな身体と陶磁のような白い肌を併せ持つ彼女は、まるでアニメーションに出てくるお金持ちお嬢様のようだったし、誰もがそうだと思っていた。

「高いのなんて買えないわ。それでも600円位かしら。テスター付けて一番良かったやつ買ったの。素敵でしょ?」

しかし実際は違う。
彼女の家は団地だし、夜の仕事で働くシングルマザーの母親はろくすっぽ家に帰ってきやしない。
忙しいからではなく、自分の娘である美しい彼女に嫉妬して寄り付かないのだ。
小学校高学年辺りからだろうか。
最初は戸惑っていた東雲も、今ではもう平然と受け入れてこれ幸いにと門倉の所に保護という名目で押しかけている。
門倉も母子家庭ではあったが、行き過ぎたキャリアウーマンである母親のおかげで金はあったし、何より不器用が過ぎて家事が一切出来ない門倉親子にとって、押しかけ女房状態な東雲は貴重な存在でもあった。

「それなら買えそう。レオン、今度ハンズ行こう!」
「んー………ん?待って大地、パルコじゃなかった?」
「パルコよ。パルコの筈………よね………自信なくなってきたわ。」

あまりにも自信満々に吉塚がそう言うものだから、聞き流していた高城は兎も角何故か当事者の東雲も混乱して苦笑を浮かべてしまう。
吉塚はその見た目に似合わず隙の無い少年だったのに、高城達と笑い合う時は年相応の少年の顔で笑う。
そして高城達もまた、吉塚が加わる前は年齢に似合わずピリピリとした雰囲気を醸し出していたのに、今では吉塚と共にただの高校生の男女グループとして笑っている。
彼らのクラスメイト達にとっては当たり前な光景であったが、他クラスの生徒や教師陣には驚きを隠せない光景でもあった。

「あ!レオンー!これあげる!」
「何?マニキュア?俺要らないけど………」
「レオンにはあげないよ?」

門倉が机の上に置いたのを見て高城が首を横に振れば、何故か門倉は高城の方がおかしい事を言ったような顔をした。
今【高城にやる】と言ってなかったか?
聞こえてきた会話に、聞こえてしまった面々が首を捻る。

「だいちゃんに塗ってあげてね!」
「ああ、そういう事。」
「俺塗らないよ。」

門倉の自信満々な言葉に、今度は吉塚が眉を顰めた。
確かに高城のメスにはなったが、流石にそこまで着飾るつもりはない。
そういう意味でメスになった訳ではないのだから。

「そう?でもちょっと考えよう!」
「何を?」
「これは足に塗ります!自分ではありません!レオンが塗るのです!」
「は?俺が塗るの?」
「何言ってるの?だいちゃんに塗ってあげるんだよ?」

話がグルグルと戻る気配がしたが、またも門倉が怪訝そうな顔をして軌道修正をした。
いや、怪訝な顔をしたいのはこちらの方なのだがと思ったのだが、誰もそれを言葉にする者は居ない。
門倉が吉塚に何を考えさせたいのか、それが気になって仕方ないからだ。

「レオンが跪いて、だいちゃんにペディキュア塗るの!」
「あらそれは素敵。動画撮って柚子稀に送って頂戴ね、レオン。」

高城が跪いて吉塚の足を取りペディキュアを塗る………その姿を想像して教室内、主に女子達がザワついた。
それは………是非とも拝みたい。
なんならそのまま足の甲にキスなんぞして欲しい。

「俺に跪くレオンは見たいけどそれ塗るのヤダ。臭いが嫌なんだよ。」
「大地に跪くのは良いけど俺も臭いがダメなんだよねぇ」
「えー。つまんないの。」

むぅっと唇を尖らせる門倉だが、クラスメイト達はそれよりも何よりも高城のセリフに驚いた。
吉塚に跪くのは構わない………だと!?
それは当然ながら吉塚も思ったらしい、ニヤニヤと笑いながら高城を見つめている。

「俺に跪くのは構わないの?」
「良いよ。なんならさぁ………」

ガタンと音が鳴ったと思えば、高城が吉塚の腕を引いて顔を寄せて何かを囁いた。
サァッと吉塚の顔を赤く染めるような、何かを。
その顔が妙に可愛らしく見えて、男子達は思わずガン見してしまった。

「バッ………カじゃねぇの!?」
「馬鹿で結構。なんなら今日にでも実践してやろうか?」

そのままイチャイチャと戯れる二人だが、なんだか色気的なもののダダ漏れでいるような気がするのは気のせいか。
一体何を実践するつもりなんだ………。

「おーい、SHR始めるぞー。席につけー。」

タイミング悪く予鈴が鳴り担任が入ってきたので、話はそこで終わった。
吉塚も顔を赤くしたまま、自分の席へと戻って行ってしまう。
しかしクラスメイト達は先程までの話が気になり過ぎて、なんだか大切なことを言ってるんだろう担任の話に全く集中出来ないままで終わったのだった。
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