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高校生編

 第7話 ガーディアン(保護者)

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 登下校を愛美と共にするようになった二日目の下校時、駅で待ち合わせをしていた俺と悠菜は、不意に近寄って来た見知らぬ男に声を掛けられた。


「やあ、霧島君だね? 俺は灰原という者だが……」

「え? はい、霧島ですけど?」


 歳は三十……四十代だろうか。

 その男の人は笑顔で話しかけて来たが、少し愛想笑いにも見える。

 何と無く怪しさが滲み出ているが……。


「あー実は影浦沙織さんの知り合いでね」

「え? そうなんですか?」


 この人が思いもよらず沙織さんの名前を出して来た事により、俺の緊張感がスッと和らいでゆく。

 だが、沙織さんとはその付き合いも永いが、今まで彼女の知り合いとは会った記憶がない。

(娘である悠菜こいつはこの人を知ってるのか?)

 そう思って俺が悠菜の顔を見ると、彼女はその男の人では無く俺の顔を見ていた。


「お前、知ってる?」


 そう訊くと、悠菜は無表情のままこくんと頷いた。

 彼女が知っている人であれば余計な警戒はしなくても良い。

 だがその時の俺は、悠菜が俺の顔を見たまま頷いた事に、少しだけ違和感を感じてしまった。

 悠菜は、頷いた後に灰原という人の方を見たが、その一瞬の違和感だけは何処かまだ引っかかったままだ。

 知り合いに会ったんだから、流石にこいつでも会釈位しない?

 例えこいつが不愛想だとしてもさ。


「ああ、悠菜さんとも会っては居るんだけどね」


 灰原さんはそう言うと、今度は悠菜に向かって明らかに愛想笑いを浮かべた。

 もしかしたらこの人、悠菜の不愛想が苦手なのかも知れないな。

 そう思うと、さっきは違和感を感じてしまったが、少しだけ納得してしまう感もある。


「あーこいつ、不愛想ですけど気にしないで下さいね? 全然悪気は無いんです」


 そう言うと大抵の他人はホッとした様な表情をするか、怪訝そうな表情のまま離れてゆくかのどちらかである。


「あーうんうん、悠菜さんの性格は知ってるから大丈夫だよ」


 そう言って、苦笑いが少しだけ和らぐのを感じた。

 この人は前者の様だ。


「で、僕に何か御用ですか?」

「ああ、来週伊豆へ出掛ける事になっているだろう?」

「え? ええ、まあ……」

「それの運転手を影浦さんに頼まれたんでね、そのご挨拶って訳さ」

「えっ⁉ そうなんですか! マジすか! ありがとうございます!」

「いえいえ」


 そう言う事なら助かるってもんだ。

 どうやって伊豆迄行くかとか、その交通費をどうしようかとか考えてたからな。

 そうか、悠菜が沙織さんに相談してくれて、この人に頼んでくれたって訳か。

 悠菜に丸投げ作戦大成功じゃね?

 俺、なーんもして無いけどさ。


「いやあ、本当に助かります! どうしようかと思っていたんで」

「ああ、あっちから歩いて来る二人も一緒だよね?」


 そう言われてそちらを見ると、向こうから愛美が杉本さんと歩いて来るのが見えた。

 丁度愛美もこちらに気付いた様子で手を振っている。

 俺は愛美達に手を上げて答えたが、灰原さんの言葉に驚いた。


「あ、そうです、妹とその友達です! よく分かりましたね!」

「勿論、影浦さんに頼まれてるからねーちゃんと覚えておいたよ」


 覚えたって……この人、俺達の写真でも見たの?

 ほどなくして二人が小走りで近寄って来ると、愛美は灰原さんに軽く会釈をしてから俺達に話しかけた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃんお待たせー!」

「ああ、お帰り。杉本さんもお帰りー」

「お兄さん、お姉さん今日もお願いします」


 愛美の友達、杉本佳苗はそう言うと深々とお辞儀をした。


「いえいえ。あ、こちらは沙織さんの知り合いで灰原さん」

「あ、そうなんですね~お兄ちゃん達と話してる様だったから、私も知り合いかと思ったけど……」

「ああ、俺も今さっき初めて会ったんだけどね、実はこちらの灰原さんが伊豆へ車で送ってくれるらしいよ!」

「ああ、任せてくれ」


 そう言うと、灰原が作り笑いには見えない笑顔を初めて愛美達に見せた。


「えーっ⁉ そうなんですかー?」

「沙織さんが灰原さんに運転手を頼んでくれたらしいんだ」

「ああ、あの人に頼まれたら断れないんだわ、俺」

「そうなの? うちのお父さんみたい……」


 そう言うと愛美が哀れんだ目で灰原を見た。


「あーいやいや、そんな目で見ないでくれよ」

「あ、ごめんなさい!」

「すみません、灰原さん! こいつは悠菜と違ってずけずけと言ってしまうので……」

「いやいや、そう言うのも嫌いじゃ無いから」


 今度は明らかに作り笑いだ。

 何と無くだが、大人の見てはいけない部分を感じた気がした。

 その後、灰原さんと別れた俺達は、杉本を自宅へ送り届けると何事も無く帰宅した。
  

   ♢


 ―― 影浦邸リビング ――

 広いリビングには、先程悠斗達と相まみえた灰原が、大きなソファーにどっかりと座っていた。

 そして、その目の前にはメアリーとケントが並んで座っている。


「で、ケント。お前はどうすんだ?」

「そうだね……勿論CIAむこうには報告して無いんだけどね」

「……するつもりなのか?」

異世界人がこちらに居る事このことが公に知れ渡ったら、CIAあっちに報告しなかった事の言い訳も出来ないよね」

「まあ、そりゃそうだけどよ。CIAむこうだって結構隠してる事多くね?」

「まあね~立場弱いよね~JIAこっちってさ」


 グレイとケントが話していると、不意にメアリーが声を上げた。


「あ、悠菜さんお帰りなさい!」

 それを聞いた二人がやにわにそちらを見ると、帰宅したばかりの悠菜が黙って頷き、ソファーに座る三人をぐるりと見回した。

 その後、無表情のまま沙織が居るダイニングへ向かった。


「お、お帰り!」

「――っ」


 グレイが慌てて悠菜の後ろ姿に声を掛けるが、彼女に反応は無い。

 ケントは声を掛けるタイミングを失った様だ。彼は半開きの口のまま彼女を目で追っていた。

 ダイニングに現れた悠菜に気付くと沙織が声を掛けた。


「あら、悠菜ちゃんお疲れ様~安けく過ごせましたか~?」

「うん」

「それは何よりです~」


 沙織はそう言うと、グラスに注がれた飲み物を悠菜に手渡した。


「ありがとう」

「どういたしまして~」


 沙織が笑顔でそう言いながらリビングへ向かうと、悠菜もその後をついて行く。


「皆さんお待たせしました~では、お伝えしますね~」


 そう言いながら沙織がソファーへ座ると、悠菜もその横へそっと座った。


「結論から申し上げますと~今後、私がJIAを掌握させて頂きます~」

「――っ⁉」

「西園寺さんには昨夜お話はして来ました~」


 予想だにしなかった沙織の発言に、三人はハッと息をのみ怖じ恐れた。

 見た目こそ人間ではあるが、その実態は未知の生命体である目の前の二人。

 瞬時にグレイ達の心拍数はぐんと跳ね上がり、体内を大量のアドレナリンが駆け巡る。


「今は落ち着いて理解して」


 三人の状態を感じ取ったのか、悠菜が無表情ではあるが若干強い口調でそう言った。

 だが勿論、三人の心中は穏やかでいられない 。


「あ~勘違いしないで欲しいの~私は悠斗君の保護観察だけがしたいのよ~」

「エランドールはこちらに一切関与しない」


 沙織が言った後、悠菜が即座に補足した。

 JIAの実権を握って何かを企てるつもりでは無いという事か。

 だとしても、悠斗の保護観察だけにJIAを利用するつもりだとは俄かに信じがたい。


「悠斗君が成人したら、私と悠菜ユーナちゃんはここには居られないもの~」

「成人? 二十歳になる迄って事です?」


 メアリーがそう訊くと沙織は首を横に振る。


「いいえ~恐らく十八歳位だと思うの~」

「悠斗の覚醒が成人の前提」


 今度も沙織が言った後、やはり悠菜が即座に補足した。

 成人といっても年齢が決まっている訳ではないらしい。


「覚醒っ⁉」

「おいおい、覚醒って……」

「ど、どんな症状があるのです?」


 動揺を隠せないままメアリーが訊くと、ケントとグレイもその身を乗り出した。


「ん~どんな症状って言うか~」

「それらも踏まえて保護観察をしている」

「だって~悠斗君は初めて出来た子ですもの~私達のね~」

「前例が無い事には予測しか出来ない」


 二人にそう聞かされたグレイ達三人は、少し呆れた表情でソファーに座りなおした。

 どうやら悠斗は初めてのケースだから、詳細は不明だという事らしい。


「そ、そんな……」

「って、分かんないのかよ……」

「やれやれ……」


 グレイ達三人は、それぞれ顔を見合わすと深くため息をついた。


「責任をもって悠斗を保護観察している」


 そう悠菜が言うと、困惑した表情の三人はしみじみと彼女を見た。


「頼むよー? 化け物に覚醒とかシャレになんねぇぞ?」


 グレイがそう言った時、悠菜がキッと彼を睨んだ。

 その瞬間、ブンッっと強い振動と共に、悠菜の全身が赤くまばゆく光る。

 その髪は逆立ち、彼女の瞳は白銀色に強い光を放った。


「うわっ!」

「ひっ!」

「ちょ、ちょっと待てっ!」


 三人はソファーに座ったまま、仰け反った姿勢で身構え息を呑む。

 いつも無表情の彼女がここまでの変化を見せた事に、三人は驚きを超え恐怖さえ感じた。


「あらっ⁉ 悠菜ユーナちゃん⁉」


 だが、沙織だけはその目を輝かせて嬉しそうだ。


「あ……」


 瞬時に元に戻った悠菜から声が零れた。


「あらあら~?」


 沙織は嬉しそうに彼女の顔を覗き込むと、悠菜はスッとその顔を背けた。


「問題ない」

「あらそ~?」


 沙織はテーブルの紅茶を飲み始めたが、まだニコニコしていて心から嬉しそうだ。

 だが、グレイ達三人はまだ動揺を隠せない。

 そして、どうして沙織がご機嫌なのかを理解出来ない。

 それよりも、知らなかった方が良かったとも言える、悠菜の本性を見た気がしていた。

 そして、悠菜が今見せた異常な殺意を以って、例の男達を排除したと感じていた。


「悠斗は決して、あなたの想像するような化け物にはならない」


 無表情になった悠菜が改めてそう言うと、グレイ達三人は慌ててソファーに座り直して何度も頷いた。


「あ、ああ、分かってる!」

「立派に成人して貰わないとね⁉」


 グレイとケントが、悠菜の顔色を見ながら肯定の意を述べると、言葉には出さないがメアリーもまた深く頷いた。


悠菜ユーナちゃんが保護観察してるので大丈夫ですよ~まあ、兎も角~来年の春迄には完璧にJIAを掌握しますので~」


 沙織が笑顔でそう言って三人を見廻すと、西園寺会長夫妻と細かな打ち合わせを済ませた内容を、メアリー達に詳しく話した。

 その内容は、既存のJIAを沙織が掌握する事によりJIAは解散し、全ての施設を沙織が買収後に即時再結成する。

 よって、今までのJIAとは異なった秘密組織となり、これまで私物化していた政治裏の組織や団体も一切関与出来なくなる。

 また、その旨をCIAやMI6を初め、各国にある幾つかの諜報機関にも報告したという事だった。

 そしてそれらの各組織は、新たなJIAと改めて協力協約を締結する事となる。

 その恩恵として、各組織には資金調達の為の財団法人を用意する準備があるという事だった。


 JIAだけでは無くCIAやMI6等の組織は、秘密裏な組織な故にその資金捻出が非常に困難なのだ。

 沙織が提案した合法な資金調達のシステムは、彼らにとってもかなり魅力があるものであった。


「しかし、えらい急展開だな……」

「うん、帰国して早々トップが変わる事になるとはね」

「ええ……MI6とも新たに関係を築き直すとは驚いたわ」

「まあ、それで早速俺に運転手を頼んだって訳か」


 グレイは日本本国にあるJIA本部所属であるが、ケントはJIA米国支部所属の為CIAに、メアリーはJIA英国支部所属の為MI6に、それぞれがJIAとの情報交換を担う役割を持っている。

 三人の所属は共通してJIAとなっているが、派遣先の違いからそれぞれ活動拠点は違っていたのだ。

 だが今後、JIAを掌握するのが沙織になるという事は、メアリー達の任務が悠斗の保護観察となるという事だ。

 これまでの任務とはかなり変わってしまい、理屈では分かっていても中々頭の整理が追い付かない。

 他の職員達はどうなるか沙織に訊いてみたが、彼女の話によるとそこは西園寺会長から任せてくれと、会長自らが駆って出てくれたらしい。

 会長と話した沙織の予想では、恐らくは殆どの職員がこのまま、JIAとして変わらず務める事になるとの事だ。

 西園寺会長の話では、職員教育には時間をかなり要するが故に、暫くはこのままにした方が都合が良いとの事らしい。

 故に今のJIAを沙織が掌握する事を、内部の人間であっても知らない内に移行させるのだ。

 CIAやMI6にしても、JIAを掌握する人物が誰か等は関係無い。

 JIAという組織が自分達と今後、どの様な利害関係を築く事になるのかが問題なのだ。

 そして、JIA内部職員としても誰が掌握するかよりも、上層部からどんな任務が来るのかが問題なのだ。

 誰でも自分の任務に誇りをもって行動したいという節理がある。

 沙織が掌握する事になったJIAが、今後どの様な任務を与えるのかが問題なのだ。


「話は分かった。で、お前らはどうすんだ? あっちへ帰るのか?」


 グレイがそう言ってメアリーとケントに目配せをした。


「ああ、一旦調査資料をまとめて帰らないとね。今回の任務は旧JIAまえ任務やつだからさ」

「そうね……私も一旦戻って整理しないとだわ」

「んじゃ、早速戻るのか?」

「今夜の便でね」


 メアリーがグレイにそう言うとケントも答えた。


「僕もそうするよ」

「そうか。ま、当目は悠斗の保護だしな、俺だけでも問題ねーわ」

「悠斗君の保護は、悠菜さん一人で大丈夫だろうけどね」


 ケントがそう言って悪戯っぽく笑った。


「何だよケント! 異世界人の彼女は表立って保護出来ないだろ?」

「それを言ったら、グレイだって表立って保護しちゃダメだよ」

「うっ……」


 正論を言われて言葉に詰まったグレイを、まあまあとメアリーが宥める。


「でも、グレイにはあの子達の運転手という任務があるでしょ?」

「何だよそれっ! お前もけなすのかよ……」

「いいえ、運転手は立派な任務よ?」


 そう言ったメアリーも悪戯っぽく笑った。


「はいはい、そうですね」


 グレイが手を振ってソファーに深く座ると、悠菜がスッと手を上げた。


「鈴木という悠斗のクラスメイトが何かを企んでいる」

「えっ?」


 背もたれに深く座っていたグレイが身を乗り出すと、メアリーとケントも耳を傾けた。


「どういう事?」

「内容は分からない。今は様子見」


 無表情のままそう言う悠菜を、三人はただ心配そうに見つめる。


「まあ、悠菜ユーナちゃんが傍に居て、グレイさんも運転手さんで就いていてくれたら大丈夫ですよ~」


 沙織がそう言って笑うが、三人の心中は穏やかにはならない。


「その鈴木ってクラスメイト、調べておくか……」

「そうね、イオにも情報を集めて貰って!」

「オッケー!」


 直ぐにケントがタブレットを出して席を立つと、少し離れた壁のハーネスを目で探した。

 ここでは通信が出来ないのは既に承知している。

 それを微笑みながら見ていた沙織が気が付いた様に言った。


「それとね、皆さん~悠斗君のご家族も保護対象ですので~」

「あーやっぱりそうなるか」


 グレイがやれやれと頭を掻いた。


「今は悠菜ユーナちゃんが、悠斗君の保護観察を担って居るので~JIAの皆さんは、霧島夫妻と愛美ちゃんの保護をお願いしますね~」

「ああ、了解した」

「極力、霧島家のお知り合いの保護も、場合によってはないがしろには出来ませんよね~?」


 沙織が笑顔でそう言うと、グレイはハッと気づいた様に了承した。


「あ、ああ……分かった」

「勿論、秘密裏に~ですよ~?」

「うっ……保護対象広くねーか?」


 そう言ったグレイの表情が蒼ざめると、メアリーがやれやれと諭した。


「何も全てをグレイに押し付けてる訳じゃ無いのよ?」

「あっ……そうかっ! そうだよなっ! これからはJIA全職員みんなでやる事だよな!」

「そうだよ、グレイ。どれだけ独断ワンマンでやる癖がついてるんだい?」


 ケントが呆れ顔でそう言うと、グレイは少し寂しげな表情になった。


「まあな……色々あんだよ」


 その表情の意味する事を、この時のケントとメアリーの二人は分からなかった。


「二人共ちょっと良いかな? イオから早速調査結果が来たんだけどね」


 不意にケントがタブレットを見ながら言った。


「あら、もう?」

「おお、流石あいつは仕事が早いな」

「まだ調査途中な様だけど、あまり興味のある内容では無いんだよね」


 そう言ってタブレット端末からハーネスを抜くと、グレイとメアリーにそれを見せた。


「ふむ。普通の高校生だな、多少趣味嗜好には問題はありそうだが……」

「そうね。でもこの位、脅威では無さそうですけど……」

「でしょー? 何を企んでるんだろうね~この男の子」


 そう言って、ケントはソファーに座ると悠菜を見た。


「注意するに越したことはない」

「まあ、この事は悠斗君も認識しているので~」


 無表情でそう言う悠菜の後に、沙織はそう言って三人に笑みを向けた。


「ああ、悠斗が分かってるんなら、少しぐらい注意はするだろうけどな」


 グレイも一度は悠斗と話した事により、彼が少なくとも注意力散漫では無い事は既に分かっている。


「そう? 気になるけど、グレイもそう言うなら……」

「そうだね、悠斗君の保護責任者はグレイだものね」

「いつ決まったんだよっ!」


 グレイがケントに食い付くと、彼はそれを交わすようにスッと席を立った。


「さてと、本部へ荷物取りに戻らなきゃ」

「く、くぬやろっ!」

「もうこんな時間だもの」


 そう言ってケントが壁を指差すと、グレイは釣られて壁の時計を見た。

 既に九時を回っている。

 空港まで凡そ一時間半はかかる為、そろそろ出た方が良いだろう。


「あーもうそんな時間か」

「では、沙織さん。私は一旦イギリス支部へ戻ります」

「あ、僕もアメリカ支部へ戻りますね」

「は~い。お二人には追ってご連絡しまーす」


 沙織がそう返すと、メアリーは立ち上がってグレイを見下ろした。

 すると、その視線に気づいたグレイがやれやれと腰を上げる。


「んじゃ、空港まで送ってやるよ」

「よろしくー」

「グレイ、宜しくね」


 そう言って帰る三人を沙織が屋敷の外までついて行くと、そっとメアリーに耳打ちした。


「あ~メアリーさん、あの件宜しくね~」

「はい、お任せください」


 メアリーがそう返事をすると沙織はニコッと笑顔になった。

 そして、三人が車に乗り込むと改めて声を掛ける。


「ケントさん、局長にも宜しくね~」

「えっ?」

「あ~昨日、リモートでお話はしたので~」

「え……えーっ⁉ CIA局長と⁉」

「ええ~。では、皆さんごきげんよう~」


 程なくして三人を見送った沙織がリビングへ戻ると、悠菜が独り悠斗の家がある方を見つめていた。

 沙織は彼女の顔を覗き込んでその表情を伺う。


「どうしたの~?」

「ん……問題ない」

「そお? なら良かった~」


 悠菜は時々こうやって一点を見つめる事がある。

 彼女特有の意識集中だと分かっているが、それでもその結果がいつも気になってしまう。

 これでもなるべく聞かない様にはしているのだが……。


「あ~でもさ、これで私も一緒に行けますよね~?」


 沙織はそう言うと嬉しそうに悠菜の顔を見た。


「……それはまだ」

「なっ、なんでよ~」

「霧島夫妻の保護をもっと強固に」

「は~い。分かりました~西園寺さんにお願いしたら良いんですよね~?」

「その対策にもよる」

「む~悠菜ユーナちゃんのいじわる~」

「これが任務」


 そう言う悠菜が、珍しく困惑した表情をしているかの様に見えた。


「んーまあ、これこそが悠菜ユーナちゃんですけどね~」


 そう言うと沙織は笑顔を見せると、後ろからそっと悠菜を抱きしめた。


「いつもありがとう悠菜ユーナちゃん」

「ん……問題ない」

「そうそう、あの時の悠菜ユーナちゃん本気で怒ったよね⁉」

「……そう見えた?」

「うんうん~あんな悠菜ユーナちゃん珍しいよね~」

「……そう?」

悠菜ユーナちゃんの子でもあるんだものね~怒って当たり前ですよ~」

「……そう……かな」

「うんうん~セリカちゃんだったら、その場で斬り刻んじゃってたかも~?」

「セレスは見境なくそんな事しない」

「うんうん~そうよね~」

「うん」

「でもね、何だか嬉しくなっちゃったの~」

「……そう」

「うんうん~」


 そうして二人は暫くの間、並んで悠斗の家の方を見ていた。
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