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第一章 覚醒

第2話 #悪友 #新感覚

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 大学生初日、その午前中は受講の仕方など細かな説明から始まり、その後も大した講義は無く、殆どが説明会の様な時間が過ぎていた。



 しかし、盛んにサークル勧誘をしているのがあちらこちらで目立つ。

 この大学では部活動では無く、同好会って言うのが多いらしい。

 あ、どこでもこんな感じなの?

 やはり高校とは大違いだった。

(まあ、とりあえずは昼飯だな……学食を探すか)

 大学のパンフにある案内図を開きながら、俺は自分の財布事情をふと思い出した。

 すると、途端にちょっとウキウキしてくる。

 実は、今日の俺はちょっとしたリッチマンなのだ。

 いつもの俺と思ったら大間違いだぞ。

 普段よりも大金を持っていると、何でも出来そうな気持になる。

 これこそが現金な奴と言うものだろうか。

「なあ悠菜、お前何食べたい?」
「なんでもいい」

(で、ですよね~)

 うん、返事は想像できていた。

 多少の我儘なら叶えてやれると自負していたが、悠菜が贅沢な我儘を言わないのは分かっている。

 だが、この日の俺は珍しく突っ込んでみた。

「今日は新生活の初日だし、俺が奢るから何でも食べたいの言ってくれよ」

 今月は俺の誕生日もあるという事で、特別に小遣いを三万円多く貰っていた。

 去年は両親の海外生活が始まるとか何とかで、俺の誕生日はうやむやにされていたしな。

 それに、今月から月の小遣いがアップしていたのだ。

 大学生ってやっぱ凄いぞ。大人って感じだ。

 それに先月、念願の自動車免許を取ったばかりで、車も欲しい所だがそれはまだ当然無理だ。

 まあ小遣いが上がったと言っても、大学での昼飯代に充てないといけない訳だからな。

 下手したら高校時代よりも貧困となる。

(げ……小遣いが上がった訳じゃ無くて、昼飯代貰い始めただけじゃん?)
 
 急に現実味が湧いて来ると、一気に気分が滅入って来る。

 やっぱり大学生ってバイトしなきゃ駄目なのかな。

 だが、今月だけは三万円多い訳だ。立ち直れ、俺。

「特にない」
「そ、そうかー?」

 まあ、そうだろうな。学食ってどこも同じ様なところだろうしな。

 どうせならもっと良い店で奢ってやりたいけどさ。

 暫くすると、俺達は食堂らしき拓けた場所を見つけた。

「お、ここだな!」

 学食を勝手に想像していたが、予想よりも遥かに広い。

 広間の中央にテーブルが幾つもあり、それを三方から囲むように色々な店が並んでいた。

「お! なんだか凄いぞ、悠菜!」
「そう?」

 妙にテンションが上がってしまったが、悠菜は特に興味はなさそうだ。

 だが、俺の感性に目の前の光景はビンビンと刺激して来る。

「いやいや! これは中々! めっちゃ凄く無いか⁉」

 この大学の付属高校へ通っていたのだが、高校の校舎が隣の町にあった事もあり、今までここへは来た事が無かった。

 最近の大型商業施設では、セルフサービス形式の屋台共有スペースがあったりするが、まさにそれだ。

(これがフードコートってやつ?)

 手前にある店から順番に見て廻ろうと歩き出すと、何だか妙に浮き浮きして来た。

(ここはカレー屋だな!)

 本格的なスパイスの香りが食欲をそそる。

 どうやらライスの代わりにナンをチョイス出来る様だ。

 更にウインナーやらゆで卵やら、色々とトッピングできるらしい。

 まるで、カレー専門大型チェーン店のGOGO壱だな。

 カレーには色々とこだわる人も多いが、一つにルウの硬さも好みが分かれません?

 サラッとした水っぽいルウとか、トロリとした硬さのルウもあるが、一説には日本最初のルウはサラッとしていたらしい。

 一般にカレーが普及されると、当時の軍隊食堂でも提供されるようになったのだが、海上の船上ではこぼれにくい、とろみの付いたルウにしたらしい。

 それが海軍カレーの人気の発端とも言われている。

 俺は少し硬めのルウが好みだ。と言うより、ボソボソしたルウでも文句は無い。

 ルウの程よい塊に、ご飯を絡めて戴く一口は、俺に最高の至福をもたらしてくれる。

「俺、カレーにしよっかな!」
「ここ?」
「んーどうしようかー?」

 悠菜が俺を見てそう聞くが、こんなあっけなく決めていいものかと、若干躊躇っていた。

 空腹時にカレーの匂いは反則だよな。

 その場で辺りを見廻して、目につく店舗に目を凝らすが、俺の思考能力を著しく下げてしまう。

 ある蕎麦屋のランチタイムでは、店内の客がカレー南蛮を注文すると、後から来店して来た客の過半数が、そのカレー南蛮かカレーライスを注文すると言う。

 店内に入った時のカレーのスパイスが、その香りによって脳に刺激を与えるらしい。

 そして今の俺はこの場から離れられなくなった。

 まだ他にも色々な店が並んでいると言うのに……。

 だがもうここから離れる気など無かった。

「よし、カレーにする!」
「わかった」

 俺がそう言った途端、悠菜は即答したかと思うと、店のカウンター内に立つ店員さんへ注文しだした。

「ビーフカレーの並をフラットブレッドで、卵サラダとアイスミルクティーのセットで下さい」

(はえーな、おい! しかもフラットブレッドって何っ⁉)

 悠菜のオーダーする声が聞こえてはいたが、その時の俺はまだトッピングで悩んでいた。

 あれこれ頭の中で想像シュミレートしてみる。

 悠菜はサラダセットか……飲み物も付いてるんだな。

 でも、俺はトッピングもしたいな。

 ウインナーにするか?

 いや、ここはコロッケかメンチもいいな!

 でも、悠菜の言ってたフラットブレッドって何だっ⁉

 その時、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。

「きりしまぁー! お前、もう来てたのかよー! あちこち探してたよ!」

 聞き覚えのある声に振り向くと、高校が一緒だった友人が一人近寄ってきた。

 こいつは鈴木茂すずきしげる。その存在を今日は忘れていた。

 確かこいつは、俺とは別の学科を専攻していた筈だったからだ。

「ああ、見渡したけど見かけなかったぞ?」

 すっかり存在を忘れていたが、そう答えておく。

 こいつは何かと俺にまとわりつく事があるが、大体の目当ては悠菜か愛美いもうとだからな。

 そう言えば――。

 初めてこいつと出会った頃、日本中に自分と同姓同名が数多く居る事を、何故か目を輝かせて自慢げに話していた事があった。

 しかしその翌年、今度はその事を嘆いてみたりと、何かと面倒な一面もある。

 ま、嫌いな奴では無いが。

「あ! ゆうなたん、カレーにしたの? んじゃ、おれもー! 店員さん、俺もこちらの彼女と同じ奴ね! それから、代金はこっちの奴と同じで!」

 ゆうなたんって何だよ……。

 大学生になったから、たん呼びにかえたのか?

 おかしくね?

 鈴木は俺に背中を向けたまま、親指でクイッと指しやがった。

 しかも、こいつにまで俺が昼飯を奢る訳?

 やっぱり面倒な奴だなこいつ。

「しかしお前さ、いつも悠菜さんと一緒で羨ましいぞ!」
「はいはい」
「で、飯は頼んだのか?」
「まだ、これからだよ」
「早く頼みなさい! 昼休みは永遠じゃないのだよ?」

 何言ってんだかな、こいつは。

「さ、注文が済んだ私達は、あそこの席へ行きましょう!」

 そう言うと適当な席を指さした。

 悠菜はチラッとこちらを見たが、俺が『ああ、分かったよ』と軽く手を上げたのを見ると、そのまま席へ向かっていった。

 いつも俺の近くに居るからな悠菜って。

 何だろう、別に付き合っている訳でもない。

 幼馴染ってだけ。昔からずっと一緒だよな。

 そんな事を思いながら、店員さんへ注文する。

「俺はポークカレーをライス二百で、メンチをトッピングして下さい。それとアイスコーヒーで」
「それでしたら、サラダの代わりにメンチをセットに出来ますが?」
「そうなんですか⁉ じゃあ、それでお願いします!」
「畏まりましたー」

 おお! これは⁉

 注文を終えたその時、レジ横にある告知ボードに目を奪われた。

 学生証を提示すれば、提示価格の七割引きだと書いてあるでは無いか。

「お会計は三名様ご一緒で宜しいのですか?」
「ええ。一緒でお願いします」

 七割引きって事は……おお!

 三人分のランチが千円程度で済む。

 この時こそ、この大学へ入学して本当に良かったと、そう心から思えた瞬間だった。

 しかし、この割引率は有難い。

 俺にとっては天国の様だ。

 そして三人分の代金と引き換えに手渡された、四角いエアコンのリモコンみたいなもの。

 アルファベット表記と数字が書いてある他、特にボタンなどはない。

 こいつがオーダーが出来上がると音を鳴らすらしい。

「お、来た来た! 霧島、こっちだー!」
「おお、ここって、結構人が居るんだな」
「ああ、そうだな~。よし、三人で記念の写真撮ろうぜ!」
「何の記念だよ」
「はー? お前なー、今日初日だろー? 今日と言う日は二度と来ないんだぞ?」
「え? ま、まあそうだけど」
「さ、さ、悠菜ちゃんも一緒に! いくよー?」

 そう言って鈴木は、携帯を持つ手を精一杯伸ばしてシャッターを切る。

「あー失敗! もう一枚!」
「それより、どうして俺がお前に、飯奢らなきゃならないんだ?」
「よし、おっけー! 奢ってくれたお礼に、後でお前にも送ってやるから」
「あ、ああ、ありがと? ちげーよっ!」

 席へ座りながら周りを見渡すと、かなりの人が食事をしていた。

 中には小さな子供を連れた、母親集団もあちこちに居たりする。

 これがママ友ランチ会と呼ばれるものなのか。

 まだ若いお母さんも多いんだな。

 あっちの子供を連れたお母さん、俺らと同じ年位じゃないか?

 流石に沙織さんより若そうだが、沙織あのひとの美しさには程遠いな。

(ふっふっふっ)

 何故か勝った気分になり、自然と口元が緩んでしまう。

 しかし、ここは学生じゃなくても、誰でも利用出来る様だな。

 近所の人や、用事でこの近くまで来たついでに、誰もがここで食事が出来る訳か。

 店の種類も豊富だし、色々選べて最高じゃん!

 あ、今更思ったが、何も同じ店で注文しなくても良かったな。

 どこで注文しても、一緒のテーブルで食べる事が出来る訳だし……。

「ねえ、悠菜さん! この後の説明会、何処から行く予定?」
「無機化学」
「あ、そうなの⁉ じゃあ一緒に回ろうよ!」

 目の前では、鈴木が悠菜のご機嫌をとっている。

 今の鈴木に犬の尻尾でもあれば、きっとブンブン振ってるんだろうな。

「悠斗と共に」
「あ、そ、そうだよね……じゃあ、俺も一緒に行こうかな~」
「そこは関与しない」
「あ……はい……」

 やっぱり今日も無駄だったな。

 鈴木の尻尾が動きを止めて、下にだらーんと下がったかと思うと、今は後ろ足の間に捲きついている。

 あ、いや、これは俺の想像ね。

 だが鈴木は毎回、ああやって苦戦していた。

 なんせ悠菜だよ?

 あの無関心、無表情な悠菜だよ?

 悠菜が鈴木に、笑顔で合わせる事は決してないだろう。

 社交辞令など悠菜の行動パターンには無いのだ。

 案の定、鈴木の心が折れかけた頃、テーブルの上に置かれた機械がピーピーと鳴り出した。

「お、鳴ったな」
「よ、よし、俺も一緒に取りに行くよ霧島!」

 鈴木の引きつっていた苦笑が、瞬時にホッとした様な救われた表情に変わる。

「ああ、そうしてくれると助かるよ」

 少しにやけてしまったが、そう答えて立ち上がった、その時だった。

 目の前に座って居た悠菜が、素早く俺の背後へ移動したと同時に、背後から小さな悲鳴が聞こえた。

「きゃっ!」
(え?)

 慌てて振り返って見ると、トレイを持った女の子がいたのだ。

 そして手にしていたトレイを、何とかひっくり返さずに済んだ様だ。

 悠菜がその子のトレイを両手でしっかりと支えていたのだ。

 悠菜こいつめっちゃ早く動いたよなっ⁉

 どうやら俺が立ち上がった時に、後ろに居た人にぶつかりそうだったのだ。

「あ! ごめん、大丈夫⁉」

 俺はそれに気づくと、慌てて謝っていた。

「あ、はい、大丈夫です」
「本当にごめん!」
「いえいえ。でも、びっくりした~」
「そうだよね」
「ひっくり返さなくて良かった~あの、どうもありがとうございます」

 そう言って彼女は、トレイを支えてくれていた悠菜に頭を下げたが、悠菜は無言のまま頷くとその場を離れ、無表情のまま元の席に座った。

(全く悠菜あいつは愛想が無いんだから! こんな時ぐらい……まあ無理か)

 彼女の持っていたトレイに乗ったスープやら飲み物を、俺は危うく頭から被る所だったのか。

 どうやらそれを悠菜が助けてくれた様だ。

 その彼女は笑顔を見せてくれているが、改めて見ると綺麗な顔立ちをした女の人だ。

 スタイルもいいし、凄くいい匂いがした。

 その時だった。

 突然、俺の脳裏に彼女の情報が入って来た。

 ぬぉっ⁉

 簡単に言うと、PCにダウンロードしてインストールされた様な感じ。


 今は視界の横にその人の名前は無いが、シリアルコードの様なモノと染色体やDNA情報等が羅列されている。

 一瞬焦ったが、特に俺の身体には問題無い様だ。

 だが、こんな事は今まで経験した事が無いと思う。

 内心は動揺しながらもその人を見た。

 妹達とも違う、大人の女性って感じか?

 もしかしたら、この大学の先輩かも知れない。

 そこに、すかさず鈴木が割って入って来る。

「お嬢さん、うちの霧島が失礼しました! 是非、お詫びしたいのでお名前だけでも!」

 おいおい!

 俺はお前の部下か下部か?

「え? 別にいいよお、何でもなかったし……」
「いえいえいえ、そうおっしゃらずに、せめてお名前をおおおおお――」

 その子は苦笑いしながらも、トレイを持ったまま一歩二歩と後退あとずさる。

 うん、今のうちに逃げた方がいい。

 あ、目を合わせたら駄目だよ。

「さあ、カレーが待ってるよ、鈴木」

 彼女に迫る鈴木の後ろ襟を掴み、もう片手でその子に手を振る。

 もう行った方が良い、そして振り返ったら駄目だ。

 俺の意を察したその子は、軽く会釈をして離れて行った。

 ああ、本当にめんどくさい。

 これから毎日こんなのが続くのか……。

 それよりも、さっきの人に会った時のあの感じは何だったんだろう。

 新感覚というか、経験した事も無いあの状態を思い出していた。
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