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第一章 覚醒

第25話 #時空の歪 #セピア色の空間

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「おい、いつまで寝るつもりだ?」

 突然のその声に、俺は眠りから一気に呼び戻された。

 そして、大きなベッドに横になったまま、声がした方にハッと目を向ける。

「な、何だ⁉」

 そこには、ベッドに横になっている俺を、怪訝そうに覗き込む少女が居た。

 ピンク色した髪のイーリスだ。

「何だ、イーリスかよ。今何時だ?」
「何だとは何だ! あたしが聞いてんの! い・つ・ま・で・寝るんだ⁉」

 彼女は腕組みをして俺を見降ろしている。

 何なんだよ、まったく。

「はいはい、起きますよ」

 そう言いながら窓の方を見ると、まだ真っ暗だ。

「ちょ、まだ真っ暗じゃんか!」

 しかし、イーリスはかわらず腕組みをしたまま俺を睨む。

「何言ってるんだ、ハルト。いつまで寝るんだと聞いてんだよ!」

 はぁ?

 こいつ何言ってんだ?

「いつまでって、明日は日曜だから八時頃だよ」

 そう言うと、イーリスはびっくりして腕組みを解く。

「そ、そんなに寝るのか⁉」

 ベッドに両手をつくと、今度は心配そうに覗き込んだ。

「ハルト、具合悪いのか? 頭が痛むのか?」

 え?

 こいつ、マジで言ってんの?

「どこも悪くないよ。普通は朝までは寝るものなんだ」

 込み上げる欠伸あくびを堪えながらそう言い終わると、思い切り欠伸をした。

「そうなのかぁ。何か変なところだなここ……ニホンとか言ってたな」

 そう言うと、ベッドの横へちょこんと座った。

 やれやれ、寝る気ないのか?

 こいつは。

 そして彼女は部屋の中程にある噴水を興味深げに眺めている。

「あれ、ハルトにしてはいい趣味だな!」

 そう言って噴水を指差した。

 いい趣味と言われて嫌な気はしないが、俺のチョイスでは無い。

 愛美が沙織さんに頼んだ……加湿器だ。

「ああ、あれな。金魚もいるぞ?」
「きんぎょ⁉」

 俺がベッドから起き上がり噴水へ近寄ると、その後をイーリスもついて来る。

 そして噴水の下を覗き込むと声を上げる。

「おおおー! 小さい魚がいるな! でも、こいつ赤いぞ? 金色じゃないじゃん」
「ああ、金魚って呼ぶのに赤いよな~」
「どうしてだ?」
「しらねぇよ」

 俺はため息交じりに、横にあるワゴンから餌の入ったケースを手に取ると、それをイーリスに差し出した。

「これが餌。チョットだけあげてくれ」

 イーリスはケースを受け取ると、しゃがみ込みゆっくり餌を落とす。

「お、食べてるぞ⁉ 元気良いなぁ」

 ニコニコしながら見入っている。

 こうやって見てると、ホント子供だよな。

「なあ、イーリス。今日、どうしてあそこに倒れてたんだ?」
「んー? ああ、何か知らないけどあそこに出ちゃったな。そもそもハルトだろ? 呼び止めたのは」

 そう言いながら、金魚を楽しそうに見ている。

「え? 俺が呼び止めた?」

 こいつ、何言ってんだ?

 倒れてたから俺が声かけたんだろうが!

 いや待てよ?

 沙織さん達が言ってたな。

 俺がこいつを呼び止めたとか何とか。

「そうか。俺が呼び止めたのか」

 思わず独り言の様に呟いていた。

「んーまあ、話は分かったから。気にすんな!」

 片手を上げ降りながらそう言うが、金魚からは目を離さない。

 こいつ、一体何が分かったって言うんだ?

「分かった? 何が?」
「何がって、ハルト、お馬鹿なの?」

 そう言いながら俺を見上げた。

「な、なんでだよ」
「あのなぁ~」

 イーリスは、ため息をつきながら立ち上がり、腰に手をやるが直ぐに驚いた表情になり、再度俺を見上げる。

「あ、お前! もしかして本気で分かってないのか?」

 そして怪訝そうな顔でそう言った。

「あ、ああ。俺、分かってないと思う。多分」

 一体、何が分かって無いのかが分からないぞ?

 イーリスは噴水の元へ、又しゃがみ込んだ。

「なーんだ。分かってなかったのか。無意識に呼び止めたって訳か」

 そして金魚を見ながらそう言った。

 あ、何かがっかりさせちゃった?

「まあ、ご飯食べてて、何と無くそうかとは思ったけどな」

 しゃがんだまま俺を見上げ、笑顔でそう言った。 

「そ、そっか」

 そうとしか俺は言えなかった。

「黄金の剣の人とかアトラスの姉ちゃんとか、あいつらの居場所じゃない筈だけどなーここは」

 イーリスは金魚に目を戻すと、独り言の様に呟いた。

「なあ、悠菜の事アトラスの姉ちゃんて? どうしてだ?」

 イーリスの隣にしゃがみ込み、顔を覗き込んでそう聞くと、彼女は呆れた表情で俺を見た。

「ん? アトラスの人だからじゃん? ハルト、お前やっぱりお馬鹿なの?」

 先祖がアトラスかも知れないけど、悠菜はエランドールじゃないのか?

「あー! 分かった! さてはお前が呼びつけてるんだな⁉ あんなに女ばっか呼びつけて! 何企んでるんだよ! まるでゼウスみたいだな」
「ゼ、ウス?」

 ゼウスって、神様の名前じゃん⁉

 イーリスは急に立ち上がって声を上げた。

 圧倒された俺は後ろに手をついて、尻餅をついてしまった。

「ここはお前のハーレム屋敷だったのか⁉」
「いやいやいや! 違うから! あれはだな、その」

 イーリスに上から睨まれながらも弁明する。

 ハーレムって、何でそんな単語知ってるんだか。

「何だよ! 言い訳してみろよ! この変態っ!」

 イーリスは俺の脇腹を蹴りながら怒鳴りつけた。

「ちょ、お兄ちゃん⁉ 何してるのーっ!」

 隣の部屋で寝ていた筈の愛美と蜜柑が、 声を上げながらそこまで駆け寄って来ている。

 ヤバい!

 二人を起こしちゃったよ!

「いやいや、違うんだって!」

 必死にそう言うが、愛美はイーリスを庇う様に抱き寄せる。

「イルちゃん、どーしたの⁉」
「おいっ! こいつは変態だったのか⁉」

 愛美に抱かれたイーリスは愛美を見上げ、俺を指差しながら言い放った。
 
 あ、そんな火に油を注いじゃダメ!

「な、なんで⁉ 何かされたの⁉ 大丈夫⁉」

 愛美は動揺しながら涙目でイーリスに聞いている。

「お兄ちゃん⁉」

 蜜柑も驚愕した表情で俺を見てる。

 ああ、なんだこれは。

 何かが壊れてゆく。

「何にもしてないってば……」

 俺はため息交じりにそう言う。

「ほんとー? まだこんなに小さいんだからね? 変な事しちゃダメだよ?」

 愛美は苦笑いで俺を見た。

 何だよ……冗談かよ。

「する訳ないだろ! はあ~今、何時だよ」

 俺は壁の時計を見てため息をついた。

「まだ二時だぞぉ? 明日は日曜だからゆっくり寝たいのにぃ」

 俺は頭を掻きながらベッドへ向かう。

「でも、どうしてイルちゃん、ここに居るの?」

 愛美はしゃがんでイーリスの顔を覗き込み、頭を撫でながら聞いた。

「ん? 起きたからハルトの所へ来た」

 キョトンとして愛美に答える。

「そっか~でも、まだ夜だから寝なきゃね~?」

 愛美はそう言ってイーリスを抱っこした。

「お前もまだ寝るのか? 普通は朝まで寝るのか?」
「そうだよー? みんな朝まで寝るの~」
「そうなのかー分かった」
「さ、行こうね」

 そんな事を話しながら部屋へ戻って行った。

 俺はその二人を目で見送りながら、ベッドに座った。

 何気なく窓の外を見ると、悠菜がベランダに立っている。

「あ、起こしちゃったか?」

 そう言ってベッドからベランダへ向かう。

 悠菜は首を横へ振っていたが、俺が来るのを待っていた。

「よお、どした?」

 月明かりに悠菜の銀色の髪が光っている。

「悠斗がイーリスを召喚した?」

 え?

 召喚?

「召喚ってどういう事? そんな記憶ないよ?」

 悠菜は俺をジッと見つめながら話した。

「私が居ない不安感と、転ぶと思った時の危機感が重なって、異次元を彷徨っていたイーリスを呼び出した……と思う」

 そんな事を沙織さんとセレスが言ってたな。

「やっぱりそうなんだ?」

 悠菜は深く頷いた。

 大変な事をしでかしたんだろうな、俺。

「それは偶然とはいえ、凄い奇跡を起こした」
「え? そうなの?」

 悠菜はまた大きく頷く。

 奇跡って……あ、まあ、普通は召喚なんて出来ないしな。

「でも、帰し方は分かんないよ。どうしたらいいんだろう。悠菜おまえ分かる?」

 そう聞くと、悠菜は意外にも驚いた表情になった。

「なっ! 何を言ってるの⁉」
「え? 何か不味い事言った?」

 悠菜はすぐにいつもの表情になったが、少し動揺している様にも見える。

 こんな悠菜を見るのは初めてだった。

「イーリスがここに居るのは彼女の意志。誰もそれを変えられない。例えルーナでも」
「そ、そうなのか?」

 家へ帰れって言えば済むんじゃないか?

 頷きながら悠菜が話す。

「イーリスが留まる事は無い。目的が無ければここには居ない筈」
「え? 留まる事が無い?」

 家が無いって事か⁉

 悠菜は一瞬寂しそうな表情になる。

「伝説でしか聞いた事は無いから」

 そう言って珍しく俺から目を逸らした。
 
 伝説って、あいつまだ十歳かそこらだぞ?

 そう思ったが、目を逸らした悠菜に聞けないでいた。

「イーリスは漂白者だから。自らそれを選んだと言われている」

 そう言いながら悠菜はゆっくり俺を見た。

「私が生まれた時には、既にイーリスは漂泊者となっていた」
「え? マジか⁉ てことは俺より年上⁉」

 悠菜は頷いた。

 悪い冗談としか思えない。

「状況を詳しく知りたい」

 そう言ってベランダの椅子へ座ると、俺へ座れと手招きした。
 
「私が居ない時の悠斗の行動が知りたい。そこからどうしてイーリスを召喚出来たのかを探りたい」

 そう言うと俺をジッと見た。

「そ、そうだな。先ずは愛美と蜜柑とで家へ帰って、戸締り確認したな。その後は、昼飯を三人で食って、夕方になって俺は一人でコンビニ行ったんだ」

 悠菜はジッと聞き入っている。

「向かっている最中に、夕立にあってコンビニへ駈け込んでー、あ、入った時に滑って転びそうなお婆さんを抱えて、俺は後頭部ぶつけた。そして、その帰り道だな。あいつが居たのは。普通に歩道に倒れてた。ボロ布纏って……殆ど裸だったよ」

 悠菜は頷いている。

「ま、最初は悠菜が居ないのは、少し解放感みたいなのがあったけどさ。何だかすぐに不安な気持ちにもなったよ? だって、今までずっと一緒だったからな」

 何だか照れくさくなって弁解した。

 悠菜は頷くともういいと、手を上げた。

「大体の予想通りだけど、イーリスの召喚については不明」

 そうかぁ。

 これと言って他に何か変わった事あったっけかな?

 そう思っていると、少し何かが引っかかる。

「あ、待てよ? いつもと違う違和感があったっけ」

 そう言うと悠菜は俺をハッと見た。

「コンビニに向かっている時、雷でも来そうなそんな感じ」
「雷?」
「うん、雷と夕立が来そうだなって……そしたら急に雷と雨が凄くなって、コンビニに駆け込んだんだけど……」
「夕立が来る前をもう少し思い出せる?」
「んーあの時は……まあ、色々俺なりに考えてたっけ、何か出来る事をしないとって」

 すると、暫く考えていた様子だった悠菜は小さく頷いた。

「大気が不安定になったのは、時空歪が起きた為だと仮説を立てていた」
「時空歪?」
「悠斗が転びそうになって、自分の力では対処出来ないと判断して、意識せずに次元移動していたイーリスを引き出した」
「え……そうなんだ?」

 ひ、引き出したのかよ、俺があいつを?

「恐らく、夕立自体は偶然だと思うけれど、そこにイーリスを呼び止めたのは、無意識であっても悠斗」
「え……あ、でも、そう言えば、イーリスは俺が引き留めたって言ってた」

 悠菜は頷くと立ち上がった。

「今夜はもういい。わかった」

 そう言うと、悠菜は部屋へ戻ろうとした。

「そ、そうか? 何か、大変な事しちゃってごめんな」

 俺は悠菜の背中越しにそう言うと、自分も部屋へ戻ろうと立ち上がった。

「いや、謝る事はない!」

 急に悠菜がいつになく大きく否定した。

 びっくりして悠菜を見ると、少し動揺した様子で俺を見ていた。

「悠斗のお陰でイーリスと逢えた。これこそが奇跡だから謝らなくていい」

 そう言われて俺は少しホッとした。

「そうか? ならいいんだけどな」
「おやすみ」

 悠菜の姿が見えなくなり、俺も部屋へ戻りベッドへ向かう。

 が、噴水の所に戻った筈のイーリスが座っている。

 しゃがんで金魚を見ている様だ。

「うわっ! また来たのか⁉」

 俺がびっくりしてそう言うと、真剣な表情でこっちを振り返る。

 そして俺と目が合うと立ち上がった。
 
「あたしの考えをハルトに伝えよう!」

 暗闇の中、少女はニヤッと笑うと部屋の中を見回して呟いた。

「ここは落ちつかないなー」

 ベランダの方を見ていたかと思うと、俺の方へぴょんと跳び寄り、俺の腕を掴んだ。

 な、なに⁉

 その時、バチッと目の前で音がした感じがする。

 俺は突然の事でびっくりしたが、すぐに辺りの変化に気が付いた。

 ――噴水の音がしない。

「なっ! 何をした⁉」

 そう言っているのだが、実際に口から声が発している感じがしない。

 そして、イーリスの姿を除いて、周りが薄いセピア色に見える。

 さらに、噴水の水が……止まっている。

「えっー⁉ 何だこれっ!」

 下から上に上がった水が、そのままの形で静止している。

「へへん! これでどんだけ騒いでも奴らは気付かないぞ」

 イーリスは自慢げにそう言って腕組みをした。

「どうなってんだ⁉ 俺は大丈夫なのか⁉」

 すると、イーリスは呆れた顔で俺を見た。

「あのなぁ~お前、気付くんだろー?」
「は? 気付くって、何を?」

 イーリスを見てそう言うが、彼女は相変わらず呆れ顔で見ている。

 そんな事言われても……。

 そう思ったが、何を言っているのか少し心当たりがあった。

 もしかして、状態変化を見てみろって事か?

 俺は頭の中で自分の位置情報を見るが、明らかにいつもの場所では無い。

 座標がまるで見た事のない場所なのだ。

 これは違和感どころの騒ぎじゃない。

 噴水の水が止まってたりと辺りが異常なのだ。

 時空歪間による次元転移……不意にそんなイメージが頭の中に浮かんだ。

「時空の歪みの中? 次元転移中だって事⁉」

 イメージをそのまま解釈して驚いた。

「んーまあ正解だな! でも、転移中じゃないんだなー」

 イーリスは微笑んでそう言った。

「あ、待てよ? 思い出した! 夕飯食ってる時、怪我と言えばこいつって言って、俺を指差したよな⁉ あれって、俺が転んで頭をぶつけた事を言ってたのか⁉」
「ん? ああ、そうだけど? どうしたんだ? ハルト?」

 そうだったのか。

 てっきり揶揄われたのかと思ってた。

「で、ルーナに診て貰ったんだろ?」

 俺は頷く。

「なら大丈夫じゃん? メングロズじゃ無くても、あのルーナが診たんなら平気だろ~」
「メングロズ? 誰それ?」
「あー駄目だあの人、女しか治さないんだっけ?」
「いや、俺に訊かれても……そうだ! ここへ来た時、何か張ってあるって言ってたのは⁉」

 この家へ来た時に、確かにイーリスは変な事を言っていた。

「はぁ? ハルト知らなかったのか? ここには強い空間領域あるぞ?」

 呆れ顔でイーリスが言う。

「マジか……知らなかった」

 でも、空間領域って……そのものが分からないけど……。

 やれやれと言う表情でイーリスは腕を組む。

「あ、もしかして、小さな四角い金属かな?」

 ハッと思い出してイーリスに聞くが、イーリスは首を傾げてる。

「そんなの知らないよ? だた、強烈な空間領域があっただけ」
「じゃあさ、セレスが持ってる剣を、どうして分かったんだ?」
「はぁ~? 持ってるって? あいつの守護が剣だろ? そんくらいわかれよな!」

 守護?

 そんくらいわかれって言われてもなぁ。

「じゃ、じゃあさ! 悠菜をアトラスって言うのは⁉」
「お前さぁ、あいつらといつから一緒に居るんだか知らないけど、ほんと、なーんも知らないのな」

 イーリスは頭を抱えて落胆している。

「なあ、教えてくれよ。頼む!」 
「あたしは、ハルトに考えを伝えるって言ったんだけど?」
「あ、ああ」
「これじゃ、ハルトの質問ばっかり答えなきゃなんないじゃんか!」
「ま、まあそうなんだけどさ……俺、何にも知らないから……」
「まあ、しょうがない。あいつはアトラスの奴だよ、因みに守護は盾」
「え? エランドールじゃないのか?」

 俺がそう言うとイーリスは意外そうな顔になる。  

「お? 難しい事は知ってるな? 中々エランドールを知る奴は居ないぞ?」
「それは沙織さんに聞いたから……」
「サオリ? あ、そうか! ルーナが居たっけなー」

 急にイーリスは、なーんだと言う表情に戻った。

「まあ、ルーナがここに居るって事は、ハルトに関係があるって事だろ? ここでは表立って動けないルーナの代わりに、あのアトラスの姉ちゃんが動いてる訳だな」

 こいつ、やっぱ凄いかも!

「それに、あの剣の姉ちゃんもな。あれ、ラ・ムウの子孫だろ?」

 そう言って、俺に指を立てた。

 こ、こいつやっぱすげぇぞ!

 俺は驚きながらも頷き、呟いた。

「お前、凄いな……」

 すると、ハッとしてこっちを見る。

「ば、バッカじゃねーの!? そんくらい鳥でもわかるっつーの!」

 何照れてんだ?

「まあ、あれだ! その破壊者っての、どっちから来るって?」

 後ろを向いて照れながら聞いてきたが、そう言われてもよく覚えて無い。

「オリオンのゼータ? とか?」
「何だよそれは! 分かって無いのか?」

 振り向きざまに聞いてきたが、俺は気まずそうに頷く。

「おいおい、何だって言うんだよー、結局ルーナに聞かなきゃ分かんないのか?」
「んー沙織さんよりも、セレスかな? 彼女の方が詳しいと思う」
「あの剣の人か。まだ先だとか言ってたなぁ」

 イーリスは考え始めた。 

 一か月位だっけか?

 いや、もう少し短いか?

 どうすんだよ。

「要は破壊者を追っ払えばいい訳だろー? それとも跡形も残さず消し去る?」

 は?

 こいつ、サラッと凄い事言って無いか?

「お前、簡単に言うけどさ、相手がどんな者かも知らないし」
「あのさぁ、ハルトはどうしたいんだ?」

 そう言われて考えながら答えた。

「みんなの話だと、その異星人は地球に、海の水を強奪しに来るって言うんだ。そして、その異星人はこれまでも、あちこちで強奪を繰り返して来たらしい」

 ふむふむとイーリスは聞いている。

「俺としてはそれを許す訳にはいかないけど、どうしたらいいのかが分か――」

 そこまで言った所でイーリスに話を遮られた。
 
「それは分かってるってば! 許す訳にはいかないって事が分かればいい。あたしはハルトがどうしたいのかって聞いたんだ!」 
「だけどさ、相手がどんな奴かも分からないのに、ただ追っ払えってのもどうなの? 向こうも困って強奪してるのかも知れないし」

 すると、呆れた顔でイーリスが俺を見た。 

「あのさーハルトがルーナをどこまで分かってるかなんて、あたしには興味ないけどさ。あんたの知ってるルーナは、そいつらをどう言ってるんだ?」

 あ、そうだった。

「とんでもない略奪者だと言ってた」
「で? ハルトはどうすんだって事」
「そ、そうだな。いつまでも、うじうじ思ってた……」

 だが、俺には何も出来る事が無くて、ただあたふたしていた。

 暫く俺を見ていたイーリスは、大きく頷くと俺をポンポンと叩いた。

「よしよし」

 中身は年上だとしても、こんな子供に諭されてるぞ?

「あたしの考えた作戦は、だな……こうだ! 奴らがこっちへ来たと同時に、あたしがピーン! とやって、ハルトがバーン! だ。な? 凄いだろ⁉ な⁉」

 え?

 自慢げに両手でジェスチャーしているが、さっぱりわからん。

「何だよ! 張り合いがないな」

 俺の反応を見てふて腐った。

「いや、さっぱり分かりませんが?」
「ダメかー凡人で変人には無理か~変態だし」
「おいおい! 変人と変態は余計だろ!」
「まあ、破壊者がこっち来てからが勝負だな。あたし、宇宙には行きたくないもん!」

 いや、行けるもんじゃないでしょ⁉

「で、それまではどうする?」

 そう聞いた俺を、キョトンとした表情で見た。

「どうするって言われてもな~あ、チョコ食べるか⁉」

 そう言ってキラキラした目で俺を見上げた。

 ダメだなこいつ……。

「朝になったら愛美に貰えよ」
「マナミって、妹か。あいつ、いい奴だな!」

 どういう訳か、ガッツポーズしている。

「ああ、俺の自慢の妹だからな」
「妹か……」
「もう一人は蜜柑って言って、愛美と同じ年の妹だよ」
「そうか……二人の妹か」

 急にイーリスが寂しそうな表情になる。

「ん? どうした? ホームシックか?」
「何だそれ? 妹な、あたしにも二人居るんだけどな。ずっと会ってない」
「そうなんだ? それは寂しいな」
「会ってないから寂しいんじゃない……」
「どういう事だ?」
「もう、いいだろー別に。あまり詮索するなよな! プライバシー侵害だぞ!」

 イーリスはそう言って後ろを向いた。

「む、難しい言葉知ってるんだな」

 何だか訳ありなんだな。

 聞かないでやるか。
 
「まあ、破壊者の件はあたしが協力を約束する! 大船を漕いでみやがれ!」

 それを言うなら、大船に乗るだよ。

「それまではここに居てやるからな! ハルト、有難く思えよな!」

 イーリスはそう言って俺を指差した。

「それはそれは」

 何だかなぁ。

「今は変な奴がウロウロしてるからな、あんまりこうしちゃ居られないな」
「変な奴?」
「ああーっ! ほら気付かれた! あれはヴェルか? スクルドよりまだマシか」

 何やら独り言を言っている。

 と、その時、目の前のセピア色した空間が、グニャーっと歪みだした。
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