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第一章 覚醒

第27話 #混浴露天風呂 #ピック

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 ふと目覚めて何気なく窓の方を眺めると、もう大分日差しが強くなっている。

 慌てて枕元の時計を見ると、八時半を過ぎていた。

 そっか、今日は日曜か。

 辺りを見回すが特に変わった感じは無い。

 頭を掻きながらベッドに腰掛ける。 

 あれからぐっすり寝た様だな。

 そう、あれから……。

 昨日の深夜は、この部屋にイーリスが時空の歪を作って、二人で遅くまで話してたんだっけな。

 いや、途中からヴェルダンディも参入して来たっけ。

 女神の様な綺麗な人だったが、どことなく沙織さんの口調に似ていた。

 そんな事を思いながら、俺は何気なく壁に開いた穴の方を眺めた。

 穴の先は愛美の部屋だが、シンと静まり返っている。

 愛美とイーリスは、もう起きたのかな?

 そう思いながら朝風呂に入ろうかと、部屋を出て大浴場へ向かった。

 大浴場前の脱衣場まで来ると、ふと思い出してガラス冷蔵庫の中を覗き込む。

 あれ?

 この前断念したコーヒー牛乳が無いな。

 先日、コーヒー牛乳の蓋が中々開けることが出来ずに、格闘虚しく断念してそのままここへ戻した奴の事だ。

 誰か片づけたのか?

 あの蓋は中々しぶとかったからな。

 そう思いながら大浴場へ向かった。

 待てよ?

 この展開は嫌な予感がする!

 そうだった。

 前はセレスが入っていたな。

 今朝のこの展開だと、イーリスだろ⁉

 ふふ。

 もう慌てないぞ!

 そう思い、俺は大浴場の扉を少し開け声を上げた。

「誰か入ってるかー? 特にイーリスとか! ピンクの髪の奴とか! おーい! 入るよー?」

 そして、空いた入口の隙間に耳をつける。

 暫しの沈黙……。

 ……何も聞こえないな?

 しゃばしゃばと、お湯の流れる音しか聞こえない。

 若干拍子抜けしたが、隙間を広げながら覗いてみる。

「いないねー? はいるよー?」

 居ないな?

 よし!

 もしそこに人影があったならば、間違いなく若い女性だろう。

 何せここに居る人は、俺以外が全て女だからな。

 しかも、若い女性だ。

 ああ、イーリス以外。

 あいつはまだ小学生並みだからね。

 恐る恐る大浴場の湯船へ向かう。

「朝風呂入るのにも、女ばかりの家族だとやっぱり神経遣うなぁ」

 そんな独り言を言いながら、俺はゆっくり湯に入った。

「くっ!」

 気持ちいい~!

 しかし、幸せだな。

 こうやって朝風呂に浸かるのも、最高の贅沢なんだろうな。

 まあ、神経つかうのも仕方ないか。

 女ばっかだからなぁ。

 去年は父さんが居たけどな。

 そう言えば、俺と血が繋がって無い事、父さんは知ってたんだよな。

 それでもそんな事感じさせない程、可愛がってくれたっけな。

 母さんの染色体を使って出来た子供だとは言え、自分とは血の繋がりの無い子供だぞ?

 その後、妹が生まれて本当の自分の子供が出来たって言うのに、かわらず俺を大事にしてくれて来た。

 俺がその立場だったらどうだろうか。

 父さんと同じ様に育てられただろうか。

 そう思うと少し複雑な気分になっていた。

 俺は潤んだ涙腺を、湯船のお湯で拭っていた。

 その時だった。

 カチャ!

 突然、観葉植物の方からドアの開いた音がした。

 ビクッとしてそっちを向くと、何と沙織さんがサウナから出て来たのだ。

「なっ⁉ 沙織さん!」
「あら~? あーっ! 約束破ったー!」

 シャワーの方へ行きかけた所で、ハッと何かを思い出したかの様に立ち止まり、力強く俺を指差した。

「へ? 約束って、な、何の⁉ すみません、すみません!」

 俺は裸の沙織さんを直視できず、両手を前に出して下を向きながら、取り敢えず謝る。

 沙織さんの生肌つーか、裸体を見ちゃったから⁉

 セレスの前で倒れた時に、俺、何か約束したっけ⁉

 色々思い出そうとしても、動揺して思考が上手く働かない。

「えー? もう忘れたのー? ひどーい!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 沙織さんはそう言いながら、その場で腕組みをしている様だ。

 上目づかいでチラッと見るが、下が丸見えなんですけど!

 俺は慌てて後ろを向きながらも、何を言っているのか動揺しながらも考える。

 何なんだよー!

 約束何て思い当たらないんですけどっ⁉

「沙織さんじゃないでしょー? お姉さんでしょー?」

 シャワーを浴びながらそう言って来た。

 へ?

 あ、それか⁉

「あ、そうでした! ごめんなさい、ごめんなさい!」
「まあ、今回は許す~」

 そう言いながら、俺の横に入って来る。

「うわっ! 入るの?」

 思わず股間を隠して、沙織さんに背中を向ける。

「そんな事言わないで、入れてよ~」

 沙織さんは近付いて、俺の背中から抱きついて来る。

 うわっ!

 ちょ、当たってるってばっ!

「いや、け、結構ハズイんですけど! 当ってるし!」
「いい加減慣れなきゃね~」

 背中越しに抱きつく沙織さんは愉しそうに笑ってる様だ。 

 絶対に弄ばれてるっ!

「俺、入り口で声張り上げて、ちゃんと確認したんだよ⁉」

 そう言いながら、自分の顔が熱くなって来るのが分かる。

「え~? そうなの~? そう言う時は~」

 そう言って、沙織さんはキョロキョロしていた。

「あ~これこれ~!」

 指をさした方を見ると、幾つか色の違う場所がある。

 あ!

 これか!

「そうだった! それって中にもあるんだ⁉」

 沙織さんは、両手でお湯をすくいながら頷いている。

「ありますよ~? 大体すぐ触れる所にあるの~」

 そうだったのか。

 大抵これでトラブルは避けられるのか。

「まだ慣れて無くてごめんなさい」
「あらあら~謝らなくてもいいのにぃ~」

 沙織さんの身体が凄すぎて、もう本当にのぼせるわ。

「俺、そろそろ限界なので出ますよぉ」
「あらそぉ~? ゆっくりすればいいのにぃ~」

 後ろを向いたまま、そう言ってお湯から出ようと立った時だ。

 ガチャ‼ ガチャガチャ‼

 なっ!

 何だ⁉

「もうだめだーぁ! くそぉ! 負けたーぁ!」

 そう言って、イーリスがサウナから飛び出して来た。

 ひぃーっ‼

 俺は慌てて湯の中にしゃがんだ。

「あーははは! 私にサウナで勝負とは愚か者ですよー!」

 その後を勝ち誇ったように高笑いしながら、肩からタオルを掛けたセレスが出て来る。

 イーリスは湯船に駆け寄りながらも俺に気付いた。

「お? ハルトじゃんか! ルーナと二人で何かしてたのか⁉」

 そう言うと、勢いよく湯船に飛び込んだ。

「ちっ! 何もしてないよっ! てか、俺が居るんだから少しは隠せよなっ!」
「お? ハルト、起きたのかー? あ、こらイーリス、シャワーを浴びないと!」

 セレスはシャワーヘッドを握り、湯船のイーリスに向けている。

「セレスも前、隠そうよ!」

 そう言ったが、セレスは全く聞こえてない。

 今は頭からシャワーを浴びている。

「もう、入っちゃったもーん」

 イーリスは涼しい顔をして湯船で泳ぎ始めた。

「あらあら~」
 
 沙織さんは気持ち良さそうに目を瞑っている。

 女は良いよな、興奮しても表面上分かりにくいから!

 はぁ~本気で出ないとヤバそう。

 色んな意味で。

「マジで出るから……」
「何だ、もう出るのかー?」

 シャワーで身体を流し終えたセレスが、俺の隣に足を入れるとそのままお湯に浸かって来る。

 当然下を向いていても、視界にはセレスの身体が入ってしまう。

 ホントにのぼせるってば。

 俺は意を決して、湯から出ようと立ち上がった。

 その時、俺の背後まで泳いで来ていたイーリスが俺の尻を触る。

「お? ハルト、いいケツしてるな~」

 ひゃっ!

 声にならない悲鳴を上げてしまった。

「ば、触るなよ!」

 俺の意識を無視して、瞬時に反応した股間……。

 その限界を察した俺は、慌てて大浴場を飛び出した。

「お? そんなに慌ててどしたー?」
「も、もう無理っ!」

 背後からイーリスが話しかけて来るが、当然振り返る事も出来ずに脱衣場に向かった。

 全く……えらい目にあった。

 身体を拭きながら、コーヒー牛乳が入った冷蔵庫をふと見ると、その横に何かがぶら下がっている。

 何だ?

 あれは……?

 手に取って見ると、栓抜きの様な形で先端が尖っている。

 ん?

 これは⁉

 もしやと思いながら、冷蔵庫からコーヒー牛乳を取り出してみた。

「おおおー! これは、蓋を取る道具か!」

 紙の蓋に尖がった部分をゆっくりと刺し、そっと中身が零れない様に蓋をひっくり返す。

「うおーっ! これだ!」

 そっとコーヒー牛乳を口に含むと、程よい冷たさが伝わってくる。

 おおー!

 美味い!

 あ、いかん!

 腰に手だよね?

 脳裏にあったお決まりのポーズを思い出し、腰に手をやると一気にコーヒー牛乳を飲み干す。

「うっめーぇ! この前は栓抜きに気付かなかったぞ? 一本飲み損なったじゃん。だからもう一本飲んじゃえ!」

 俺は二本目を取り出し、一気に飲み干した。

 さて、皆が出て来る前に着替えなきゃな!

 この場であの人達が出てきたら、完璧にアウトだ。


    ♢   


 速足で部屋に戻って着替えを済ませると、俺は一階のリビングへ来た。

 ダイニングの向こうのキッチンに、三人の姿が見える。

 悠菜と愛美、そして蜜柑だ。

 こうして見ると三人とも仲が良いな。

 愛美は仕草とか悠菜に似て来たし、沙織さんと話していると、その話し方が似て来るし。

 まあ、愛美あいつがあの二人の事が好きだから、やっぱり似て来るんだろうな。

 そう思って見ていると、何だか不思議と心が落ち着く。

 立ち止まって彼女達の後ろ姿を見ていると、悠菜がゆっくり振り返った。
 
「おはよう」

 そう言うと銀色の瞳でジッーと見ている。

 あ、別に何でもないんです。

 これが悠菜のいつもの対応です。

「悠菜、おはよう」

 愛美と蜜柑も気づいて振り返る。

「あ、お兄ちゃん! 起きたのー? もう朝ご飯出来てるよー」
「お兄ちゃん、おはよー!」

 そっか、今朝は皆も遅かったのか。

「おはよう、他の三人は大浴場に居たよ」
「えっ⁉ お兄ちゃん! もしかして覗いたの⁉」

 いや、覗いてない。

 入っただけ……。

「覗いてないってば! 本当だぞ!」

 もう一度心で言う、覗いてない。

 入っただけ。

「ふ~ん。どうだかな~」

 そう言って、愛美はキッチンへ向き直った。

「悠菜、プランターに水はやった?」

 悠菜は軽く頷いて、キッチンからリビングへ出て来ると、カウンターからダイニングテーブルへフルーツや取り皿など並べ始めた。

「そっか。いつもありがとなー」

 俺はリビングのソファーに座り、テレビのリモコンを探そうと見渡す。

 そう言えば、リモコンって無いのか?

 この部屋で見た事無いよ?

 あちこち探してみるが、やはり見当たらない。

「おーい! テレビのリモコンどこー?」

 ソファーから立ち上がって、あちこち探しながら聞く。

「えー? リモコン? こっちには無いよー?」

 愛美がキッチンからそう言って来た。

「はー? どうやってテレビつけんだよ」

 探し回っていた俺がバカみたいじゃん。

「テレビつけて! って、テレビに言ってご覧?」

 はぃ?

 何言ってるの、お前は。

 呆れてテレビを振り返ると、真っ暗な画面にフッと画像が浮かび上がる。

「うをっ! つきやがった!」

 これって、愛美の声で反応したのか⁉

 壁に掛かれた大きなテレビ画面が映像を映し出している。

 だが、その音はしない。

 無音なのだ。

「あ、ついたー?」
「ついたけど、音がしないんだけどー?」

 何だか、色々面倒くさくなってきた。

「音おっきくしてー! って言って御覧?」

 何だよそれは。

 もうちょっとカッコよく操作できねーの?

「大きくしてー! うわっ!」

 映し出されている番組の画像が、そのまま拡大された。

 テレビに揶揄からかわれてる感、たっぷりだな。

 アホらしくなって来た。

「音大きくしてー!」

 段々と音量が上がる。

 その内うるさい程に音量が上がっていく。

「ストーップ! ミュートッ! ミュートーぉ!!」

 段々と上がっていった大音量が、一瞬でピタッと鳴りやんだ。

 もういいや!

 諦める!

 俺は音のしないテレビを、大人しくそのまま眺めていた。

「お兄ちゃん、何か飲むー? あれ? テレビの音消してどうしたの?」

 ダイニングからリビングへ顔を出した愛美が聞く。

「いや、さっきコーヒー牛乳飲んだから今はいいやー!」
「あー! 思い出した! お兄ちゃん、コーヒー牛乳開ける途中で、そのまま冷蔵庫に戻したでしょ!」

 ヤバい。

 あれ、愛美が片づけたのか。

「あぁ、悪い! 開けられなくて断念した奴。だけど、後でチャレンジしようと思ってたんだよ?」
「ほんとぉ~? 横に栓抜きあったじゃーん。あれ、ピックって言うんだよ~」

 ほぉ~ピックって言うのか。

 しかし、お前良くそんな事知ってるな。

「じゃあ、皆が下りて来るまで、朝ご飯待ってるよね?」
「うんうん。コーヒー牛乳二本飲んだから、そこまで腹減って無いかも」
「はぁ~? どうしてそうやって暴飲するかな~」
「この前飲み損ねた分だよ」

 ぶつぶつ言いながら、愛美はダイニングへ戻って行った。

 あいつ、母さんにも似て来たな。

 そう思いながら音のしないテレビを眺めていると、玄関ロビーから賑やかな声が聞こえて来た。

「いやぁ~! 気持ち良かった! なっ? 剣の人!」
「そうですね、私は毎日朝風呂は欠かせません!」
「でしょ~? 大浴場は私のこだわりなの~」

 あのでかい風呂は、沙織さんのこだわりなのか……。

 イーリスが剣の人と呼ぶのはセレスだよね。

「だが、サウナ対決は明日にでも絶対にリベンジするからな!」

 イーリスがそう言って、セレスを指さして立ち止まると、やっとリビングに座っている俺に気付いた。

「お? 何だ、ハルトじゃん! テレビの音消して何してんだ?」
「考え事だよ」
「あー! さてはイーリスちゃんの入浴シーンを回想してたな? この変態!」
「し、してねぇよ!」
「何だってーぇ⁉ お兄ちゃん、やっぱり覗いたんだ!」

 すかさず愛美が聞きつけて、勢いよくリビングに飛び込んで来た。

「いやいやいや! 違うんだって!」
「こいつ、覗いてないよ?」

 イーリスがそう言うと、愛美はキョトンとして立ち止まった。

「え? そうなの?」
「うん。ハルトはルーナと風呂に入ってた」

 ぎゃああああああー!

 言っちまいやがった!

「えぇええええー! ホントにぃ⁉」

 愛美はイーリスと沙織さん、セレスの顔を交互に見ながら、驚愕の表情になっている。

 ま、まあ、そうなるわな。

 愛美と顔を合わせる度に、セレスがこくんと頷き、沙織さんも涼しい顔で頷く。

 俺の前でイーリスは、仁王立ちに腕組みをして、ウンウンと頷いている。

 イーリスおまえ俺に何がしたいんだよ……。

「まあまあ~愛美ちゃん、今朝は悠斗くんも倒れなかったし~」
「おぉ! ハルトはもう裸に慣れたのか⁉」

 違うよ、セレス。

 そうじゃないんだよ。

「何だお前、風呂場で倒れたのか? 虚弱体質かぁ?」

 それも違うよ、イーリス。

「セリカちゃんの時は倒れちゃったけど、私の時は倒れなかったわね~」

 ひっ!!!

 そう言うと、笑顔で沙織さんがダイニングへ消えて行った。

 セレスは腕組みをしてニヤニヤ笑ってる。

「ちょ、ちょっと沙織さんっ!」
「あぁーっ!」

 ダイニングへ消えた沙織さんが突然声を上げたかと思うと、サッと顔を出して俺を指差して睨む。

 はっ!

「お、お姉さまっ⁉」

 沙織さんは、こくんと頷くとニッコリしてダイニングへ消えた。

「お兄ちゃん⁉ 朝から何やってんの!」

 愛美はジーっと俺を睨みつけている。

「いや! だから、俺は声かけたんだけどさ、入った時は誰も居なかったんだってばぁ」

 涙目で訴えたが、愛美は俺の前で仁王立ちになっている。

「まあまあ、そのくらいにしといてやるか?」

 イーリスが愛美の背中を、ポンポンと諭すように叩いた。

 お前が言うなよ……。

「朝ご飯、食べよ」

 いつの間にかリビングへ来ていた悠菜が、愛美にそう言った。

「あ、うん。せっかく今朝はお姉ちゃんとパン焼いたのにね~」

 そう言うと、愛美は俺を睨みつけた。

「だーかーらぁー! 事故だってばぁ」

 愛美は親指でくいッとダイニングへ来いと、俺に向かって合図した。

「は……はい」

 こりゃ、この先たまらんな。

 沙織さんが大浴場で教えてくれた、色の違う場所を触りながら話す事。

 今度から風呂に入る前に必ずそうしようと、固く心に誓ってダイニングへ向かった。
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