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第一章 覚醒

第32話 #カオスその後 #悠菜の告白

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 ぶっ!

 おい、真っ裸かよ!

 間違いなくイーリスは素っ裸だ。

 さっき、イーリスを眺めていた時に、何かが足りないと思っていたのはこれだ。

 胸は少年の様に平べったいし、見た目は小学生。

 それで俺の視界に入らなかったのだろうか。

 いやいや、何たって全キャラ全裸で狂喜乱舞だった訳だからな。

 その情景に比べたら、イーリスの裸は気にもならなかったのだろう。

 下の毛も生えて無いんじゃないか?

 名誉の為にあえて言おう。

 俺はロリでは無い。
 
「なあ、愛美。イーリスに何か着せろよ」

 俺は出来る限り、落ち着いて言う。

 愛美が咄嗟的に、俺に危害を加えない為だ。

「きゃぁあああー! みかんっ! イーリスに何か着せてー!」
「ら、らじゃ?」

 その叫び声に一瞬ビクッと身構える。

 が、意外にも離れて行こうとした愛美が再度、俺の顔を手で覆うだけで済んだ様だ。

 危なかった。

 だが、こうして俺の目は又、愛美の手によって暗闇に戻された。

「イーリスは医務室へ連れて行く」

 悠菜の声が聞こえた。

「やっぱり? あいつ何か朦朧もうろうとしてたよな」

 イーリスが医務室へ連れていかれると、二度目の暗闇から俺は解放された。

 その後の俺は、ゆっくりと露天風呂に浸かっていた。

 やっと落ち着いたな。

「ふぃ~やっぱ、露天風呂はいいなぁ~」
「お兄ちゃん、何か飲む~?」

 愛美がワゴンに数種類の飲み物を載せて、風呂のふちまでやって来た。  

「お? いいねぇ~至れり尽くせりじゃないかぁ?」

 俺は風呂のふちへ肘を載せ、ワゴンの上を覗き込む。

「だって、さっきは跳び蹴りしちゃったしね~サービスだよ」

 確かに、あれは効いたぞ。

「あ~! 私も何か頂けます~?」
「え?」

 不意に後ろから西園寺さんが覗き込んできた。

 わっ!

 本当に西園寺さんの胸、巨というより爆だな!

 大きな胸を締め付ける様に、その水着が食い込んでいた。
   
「あ、友香さん、お腹空いてませんかー? 何も食べてませんよね?」

 愛美が西園寺さんにそう尋ねた。

 そうだったな、西園寺さんずっと風呂に入っていた様な……。

「そう言えば、空きましたぁ~」

 何この人、ちょっと天然?

「じゃ、ちょっと何か焼いて持って来ますね! お兄ちゃんは友香さんを見過ぎ!」
「な、何言ってんの⁉ おまぃは!」

 愛美はそう言うと、ワゴンをそのままそこへ置き、焼き場へ向かった。

「霧島くーん、愛美ちゃんホント可愛いね~みかんちゃんもシャープで可愛いし」

 声の方を見ると、五十嵐さんが腕組みしながら愛美と蜜柑を見ている。

「そ、そうか?」
「あたしさ、上は男ばっかで下にいないじゃん? 妹か弟が欲しかったなー」

 五十嵐さんは羨ましそうに二人を目で追っている。

 そこへ、愛美と蜜柑が焼けた肉などが載せられたワゴンを運んで来た。

「あ、未来さんも食べますー?」
「うんうん! 食べちゃう! あーもう、食べちゃいたい!」
「え? どうぞ? 食べて?」

 いや、愛美。

 五十嵐さんはお前を食べるつもりだぞ?

 湯の中に入ったままの俺と西園寺さんは、愛美から程よく焼けた肉を渡されていた。

 五十嵐さんは手渡されたそのお肉を、美味しそうに食べている。

 幸せそうだなぁ、西園寺さん。

 美味しそうに食べている西園寺さんを見ていると、俺も自然に手にした肉を食べていた。

「ねえ、愛美ちゃん! 蜜柑ちゃん! あたし達も一緒に入ろうよー」

 そう言うと、五十嵐さんも串に刺さった肉を持ち、そのまま湯に入って来た。

「あ、そうですねーあたし、炭酸が飲みたいかも! ちょっと持って来ますね」

 愛美がそう言うと、ビクッと五十嵐さんが反応したが、俺にはそれが理解出来た。

「大丈夫だろ? 多分」

 コーラ飲んでも、愛美は大丈夫な筈だよ?

 さっきの大騒ぎを見た後では、少し過敏になってしまう。
 
「どうしてこれでセレスさん、暴れちゃったんだろうね~」

 そう言うと愛美は湯に浸かったが、手にはコーラを持っていた。

 五十嵐さんと俺は食べる手を休めて、その様子をジッと見てしまっていた。

「な、何見てんの、お兄ちゃん!」

 照れた様に一瞬で顔が赤くなったが、それはコーラの覚醒作用ではない筈だ。

「あ、いや、つい」

 五十嵐さんも気まずそうに目を逸らす。

「あ、あたしは飲んだって荒れないってばぁ」

 ちょっとだけ身構えてしまった。

「でもさ、皆脱がされちゃったね~」

 コーラを飲みながら愛美が五十嵐さんにそう言った。

「うんうん、ホントに」
「お兄ちゃんが居なければ問題無いけどさ~」
「あ、まあ、そうだよね~」

 そう言いながら三人が俺を見る。

 まあ、そうだよな。

「霧島君も脱いじゃえば気にしないけどね~」
「ちょ、ちょっと、それは……」
「お兄ちゃん、本気にしないの!」
「あ、はい」
「あははは! 霧島くんも可愛いね~」

 五十嵐さんはそう言うと、露天風呂へ肩まで浸かった。

「そうそう、夏休みのプライベートビーチの話だけどさ。何処なの?」

 俺は湯の中でくつろいでいる西園寺さんに聞いてみた。

 が、返事がない。

「あ、今年は何処なの? 友香ちゃん」

 今年は何処なのって……。

 プライベートビーチって、そんなにあちこちにあるのかよ。

 五十嵐さんは西園寺さんを見て聞いていたが、彼女は既に幸せそうな温泉モードになっていた。

 その時の俺は、何処かで見たカピバラさんの入浴シーンを思い出していた。

「今年の海は何処なの~?」
「え~? なんて~?」

 もう一度五十嵐さんが訊いたが、ほわーっとした表情でその目は虚ろだった。

「あーダメかなもう」

 何たって、水着剥がされても動じない位だからな。

 五十嵐さんは苦笑いをしながら、両手でバツ印の合図をした。

「もうちょっとしたら帰って来るかもだけど、今はお腹に入れたばかりだから駄目かもね」

 そう言うと、五十嵐さんは冷たそうなグラスを傾け、その喉を潤している。

 まあ温泉とは、ゆったりと現実逃避できる場所でもある。

 そう思うと、穏やかではあるがしっかりとした性格の西園寺さんには、唯一気の抜ける絶好のオアシスなのだろう。


 ♢   


 露天風呂に浸かりながら、俺は素晴らしい光景に目を奪われていた。

 西園寺さんと五十嵐さん、女子大生二人の水着姿が今この目の前にあるのだ。

 西園寺さんはあれからずっと温泉モードに入っており、殆ど反応がホワンとしていて、オブジェの様に湯に浸かっているだけだけどさ。

 その上半身の小さめのビキニは、大きな膨らみを押さえつける様に、ぴっちりと張り付いている。

 たまに動くと、たゆんとそれも動いて見せた。

 ……あれがたゆんか!

 西園寺さん!

 ありがとうございますっ!

 そして五十嵐さんは、最初に着ていた赤いビキニが上部損傷の為、既に白い水着になっていた。

 さっきの赤い水着よりも生地は大きめではあるが、足の付け根にあるビキニカットはかなり鋭角になっている。

 勿論、湯に浸かっている時は下半身ゾーンは見えないが、たまに飲み物をワゴンから取る時に見え隠れするそれは、俺の視線を釘づけにしていた。

 たまに下が透けて見える気がする……。

 それが見える度に、何か熱いモノが込み上げて来ていた。

 この二人の水着姿は、当然俺にとって初物ではある。

 それゆえに新鮮な感動を与えてくれていた。

 この露天風呂の奥には、岩肌をショロショロとお湯が流れ落ちる様になっているのだが、その横に俺と西園寺さんは座っている。

 そして前の方に、五十嵐さんと愛美、蜜柑が三人で楽しそうにお喋りしていた。

 五十嵐さん、本当に妹が欲しかったんだな。

 愛美も今日はかなり艶やかに見える。

 あいつ、あんなに色っぽかったっけ?

 鮮やかなショッキングピンクのその水着は、ビキニと違って複雑に紐で編んだ様な形状をしている。

 あれ、着るの大変そうだなー。

 そんな事を思いながら、どうやって着るのだろうと、俺は頭の中でシミュレートしていた。

 肩からこうだろ?

 それで、あれがこっちへ来てるなぁ。

 バシャーッ!

「わっ!」

 気付くと真っ赤になった愛美が、両手にすくったお湯をかけて来た。

「お兄ちゃんっ! 見過ぎだってば! えっち!」
「あははは! 霧島君、愛美ちゃんに見とれてたのー?」

 いや、見入っていたのは貴女の股間ですっ!

 五十嵐さんは笑いながら俺を見ている。

「いや、違うってば! 愛美おまえのその水着、どうやって着てるんだろう、って思っただけだってば!」

 愛美はもう一度お湯をかけようとして、その手を止めた。

「あ、これー? いいでしょー? 沙織お姉ちゃんに選んで貰ったの!」

 沙織さんか!

 確かにあの人が着たら、滅茶苦茶似合いそうだな!

「へ、へぇ~中々いいじゃんか」
「そぉ? 可愛い?」
「うんうん」

 あんなに際どくて色っぽい水着でも、あいつって可愛い? って聞くんだよな。
 
 自然な流れで、色っぽい? って聞かれた方が、肯定しやすいと思う。

「あたしもそれ、可愛いと思う! 愛美ちゃん、スタイル良いからね~」
「え? そ、そんな事無いです! 未来さんの方がすっごく綺麗です!」
「私も未来さんのスタイルが羨ましいですっ!」
「そ、そんなー。二人の方が若くて羨ましいよー!」
「みかんもそう思うでしょ⁉ 未来さんってモデルみたいよね⁉」
「うんうん!」
「そ、そう? そんな事ないよー愛美ちゃんの方が――」

 はいはい、やっててくれ。

 俺は両手にお湯をすくい、顔にザバッとかける。

「胸だって未来さん素敵ー!」
「うん! 私もその位は欲しい!」
「うんん! 愛美ちゃんの胸だって形がいい!」

 ――ん?

 どうしても反応して見てしまう。

 男のさがだな。

「大きさは友香ちゃんだよね~」
「ですよね~」
「ですよね~」

 決着がついた様だ。

 すると、脱衣場のドアが開いて沙織さんが顔を出した。

「どお~? 楽しんでる~?」
「あ、どうですか? セリスさんとイーリスは?」

 沙織さんはシャワーヘッドを掴むと、出て来るお湯加減を探りながらこちらを振り返った。

 五十嵐さんと同じ真っ白な水着だが、その生地の面積が明らかに小さい。

 大きな胸をやっと支えているが、今にもその先端の近くが見えそうになる。

 あっ♡

 しかも下が濡れたら五十嵐さんみたいに透けるかも!

 俺は顔を覆い隠すようにしてその指を広げ、考える振りをしながら指の間から集中して見ていた。

 だ、駄目みたい……。

 シャワーのお湯に濡れていく小さな下の生地は、濡れてはいるが残念ながらそれを確認出来なかった。

「あの二人はぐっすり眠ってますよ~もう安定してるから来ちゃった~」

 沙織さんは、シャワーのお湯を全身に浴びながらそう言った。

 愛美が露天風呂の縁に座ると、シャワーを浴びる沙織さんに向き直る。

「そうなんだ~」 
「ごめんね~未来さんもびっくりしましたね~」

 そう言うと、ゆっくりお湯へ入って来た。

「あ、いえいえ! 驚きましたけど、今となったら楽しかったですね」

 そう言って笑い出すと、釣られて愛美と蜜柑も笑い出す。

「あははは! もう、凄かったもんね!」
「セレスさんとか行き成り脱ぎだしてさ、あたしもあっという間に脱がされたし」
「うんうん!」
「何か、イーリスちゃんは想像出来るけど、セレスさんはびっくり! あたし、裸なの忘れて霧島君の所まで走ったしね」
「そうだったよね~」

 そうだろうけど、驚いたのは俺の方だと思う。

「あたし、お兄ちゃんにこの辺から、裸のままドロップキックしちゃった~!」

 愛美の言う通り、かなりの距離からのドロップキックだった。

 ドラゴン愛美と呼んでも良い位だ。

「悠斗、今は何ともない?」

 急にかけられた声の方を見ると、悠菜がグラスを持って俺のすぐ後ろに入っていた。

 こ、こいつ、いつの間に!

 忍者かよ!

「ああ、もう平気」
「あ、お姉ちゃん! お疲れ様~!」
「お姉ちゃん!」

 愛美と蜜柑が悠菜の傍へ寄ってくると、五十嵐さんも一緒に近寄って来た。  

「悠菜ちゃん、大丈夫だった?」

 悠菜はこくんと頷くと手にしたジュースを一口飲んだ。

「さっきも思ったけど、霧島君ってホントに凄い環境だよね!」
「ま、まあね」

 改めて言われると、やはり本当に凄い環境だとは思う。

 まあ、さっきみたいな大混乱カオスは初めてではあるが。

「こんなに凄いお家、中々無いと思う! 家に露天風呂、しかもこの大きさ!」

 え?

 そこ?

「友香ちゃんの家も広いけど、こんな露天風呂は無いよ~しかも源泉かけ流し!」

 五十嵐さんが興奮気味に、愛美と俺の顔を交互に見てから大きく頷く。

「源泉かけ流しは、沙織さんのこだわり」

 悠菜がボソッと言った。

 すると、五十嵐さんと愛美と蜜柑が、同時に沙織さんを振り返る。

 釣られて俺も見た。

 何か、ちょっと似てる?

 あの二人。

 沙織さんはいつの間にか、西園寺さんの隣まで移動していた。

 そこがきっとこの露天風呂のベストポジションなのだろうか。

 一般人には分からない、何か特別なスポットなのかも知れない。

「何だか、凄く幸せそうだね、あの二人……」

 愛美がそう呟くと、俺達は揃って頷いた。

「未来、実は話があってここへ呼んだ」
  
 え?

 不意に悠菜がそう言った時、絶対に俺が一番驚いていたと思う。

 五十嵐さんはキョトンと、その言葉の先を待っていた。

 あまり自分から話があるとは、改まって言う奴ではない。

 愛美にしても、そこまでずっと悠菜と一緒に居た訳では無い。

 俺が一番悠菜こいつを知っている。

 第一、悠菜が友達を連れて来るなんて、これまでに一度も無かった。

 そんな事はあり得なかった。

 それが、今、悠菜が話があって未来を呼んだという。

 妙な胸騒ぎしかしない。

「え? 何々?」

 五十嵐さんは新しい友人の話を、興味を持って聞こうとしている。

 それは、まだ慣れていない仲良くなる前の友人に、気を遣っている訳でもない。

 きっと、本心からそう思っているのだろう。

 それでも俺には嫌な予感しかしなかった。

「さっき、夏休みに私達を誘ってくれたけれど、それが理由では無く、その以前からこれは決まっていた事」

 ――っ!

 恐らく俺の嫌な予感は的中している。

「私達は最悪の場合、来月はここに居ない」
「え?」

 言っちまった――。

 愛美は呆然としている。

 五十嵐さんはまだ事態が掴めていない。

「間際になって突然言うより、早く伝えて置きたかった」

 そうか。

 こいつなりの優しさか……。

「ど、何処か行っちゃうの? 大学やめちゃうの?」

 まあ、そう聞きたくなるよね。

 暫く悠菜に任せて、俺は沈黙を続けていた。

「悠菜お姉ちゃん――。それって、あたしも?」

 そう言われると、悠菜は愛美を見てゆっくり頷く。

 あぁ。

 そうなのか。

「私と沙織さん、そして悠斗。最悪の場合この三人がここに居なくなる」

 そうだった。

 悠菜の真意は、異星人襲来の件にあった。

 地球の存亡にかかわると言っていた。

 そうなると、俺はエランドールへ連れて行かれる訳だ。

 俺という実験体を護る為に、沙織さんと悠菜は俺を異世界へ連れて行くのだろう。

 だが、それでいいのか?

 この皆を見殺しにして異世界へ行き、そこで生きていくと言うのか?

 きっと、沙織さんと悠菜はそれでも俺を生かすだろう。

 何としても俺を護ると思う。

 だが、俺は愛美も母親も父親も、目の前の五十嵐さんだって守りたい。

 向こうで幸せそうな西園寺さんだってそうだ。

 出来る限りの人と、幸せに生きていきたい。

 俺だけが生きていたって、全く意味が無いようにも思えた。

 でも、俺の命はユーナやセレスの、種の存続と言う意味もあった。

 だが、それでも俺は、この場を放ってはおけない。

 きっと沙織さんと悠菜に、皆も助けて欲しいと俺は訴えるだろう。

 だとしたら、何処までの人達を助けてくれと頼むんだろう。

 あの悪友鈴木か?

 あいつであっても、死なす訳にはいかない。

 だとしたら、その境界線って何処だ?

 そんなの引けるか?

 前にセレスの祖先の話を聞いた。

 ラムウ王は地球の未来に悲観して、異世界のエランドールへ大陸ごと移住した、と。

 じゃあ、日本列島をそのまま移住か?

「待ってくれ――」

 悠菜が話をしようと、音も無く息を吸い込んだのが、初めて分かった。

 それを自然に止めていた。

 悠菜は吸った息を止め、ゆっくり吐いた。

「俺が何とかする。だから、俺は何処へも行かない。来月だって来年だってここに居る」

 悠菜はジッと俺の話を聞いている。

 愛美と蜜柑、五十嵐さん達のその目には、いつの間にか涙が溢れていた。

 そして間もなく、溢れる涙は頬を伝い床へ落ちた。

「この先、悠斗に何が出来るか、私には分からない。だけど、今の悠斗には出来ないから」

 うっ……。

 確かに俺に出来る事など無い。

 悠菜はいつも冷静に、そして正しく分析する。

「だ、だけどな。俺は皆を置いて、逃げるのは嫌だ!」

 五十嵐さんと愛美が悲しみの表情から、困惑した表情に変わり始めた。

 地球の存亡に、俺だけが逃げるのは嫌だ。

「なあ、悠菜」
「なに?」
「ラムウ王は大陸ごと移動させて貰ったって言ったよな?」
「うん」
「地球ごと移動できない?」
「エランドールでは無理」

 ですよねー。

 だが、エランドールでは無理って言ったよな?

「何処なら無理じゃない?」
「分からない」

 そうですか。

 沙織さんなら答えを出せるのかな。

 俺はゆっくり沙織さんを見たが、西園寺さんとダブって見える。

 という事は、温泉モードか?

 五十嵐さんと愛美、蜜柑は困惑した表情で俺を見ているが、一番困惑しているのは俺だ。

 その後、暫く沈黙が続いた。


 気付くとショロショロと露天風呂の岩から、お湯が流れ落ちる音がしている。

 その下には沙織さんと西園寺さんが、気持ち良さ気のままにオブジェ化していた。

 俺はその二人から少し離れて湯に浸かっていたが、露天風呂の縁まで移動しそこに腰掛けた。

 目の前の悠菜がその場で立ち上がると、湯から出て近くのビーチチェアーに腰を下ろす。

 愛美と蜜柑がその後を追う様に、悠菜が座る隣のビーチチェアーに座った。
 
「なあ、悠菜。沙織さんでも無理かな?」

 その問いに悠菜はゆっくり頷いた。

 そうだよな。

 こっちの世界と関わるのでさえ、本来は禁止されていた筈だ。

 セレスとユーナの存続の為の生体実験として、俺に関わっている訳だからな。

「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」

 愛美が心配そうな、困惑した表情のまま俺を見ている。

 五十嵐さんも心配した表情をしてその横に座った

「あたし、来月も来年もお兄ちゃんが居るって思うよ?」

 え?

「今はこうしてみかんが護ってくれてるけどさ」

 何言ってる?

「結局は、お兄ちゃんが絶対にあたしとみかんを守ってくれると思う」

 ――っ!

「何と無くだけど、そう思う」

 愛美……俺だって、お前だけでも守りたいよ。

 俺はそう言う愛美を見ていたが、傍にいる悠菜の表情が少し変わったのを、何故か直感的に感じた。
 
「悠斗。私にもルーナにも出来ない事がある。でも、貴方なら出来る事もある」

 え?

 あえてルーナと呼んだのか?

 五十嵐さんは悠菜の言うルーナが誰なのかは、当然知らないが故にスルーしている。

 悠菜と沙織さんに出来ない事と、俺になら出来る事……。

 二人はエランドールの決まりで、こっちの世界での行動は制限されている。

 だから、この後の異星人襲来に対しても、俺だけを避難させる事しか出来ないでいる。

 この世界、地球全てを救う事は、その制限から出来ないという事だ。

 だが、俺にはそのエランドールの決まり事を守る義理は無い。

 だから、迫りくる異星人に対しても好きに出来る訳だ。

 だが、俺に何が出来る?

 この俺に、異星人に対して戦う力などあるのか?

 悠菜はフォークで壁に穴を開ける。

 沙織さんは異世界へ自由に行ける。

 セレスはその手に光る剣を出せる。

 俺には何が出来るって言うんだ?

 ダメじゃん? 

 俺に出来る事……。

 どうしたらいいんだ。

 あ、めちゃ高くジャンプ⁉

 して、どうするの?

 ダメじゃん……。
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