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第二章 抗戦

第47話 #渾身の一撃 #ルーナの加護

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 幸いにも、あいつらはまだ俺には気づいていない。

 気づかれる前に倒せるものなら倒したいが、なんせ数が多すぎる。

 ここから確認出来るだけでも、正確な数は分からない程だ。

 恐らく渓谷一帯、数多くのこいつらが待ち構えているんだろう。

 あいつらが一斉に向かって来たら、到底全てに対処出来ないだろう。

 どうするか……?

 剣の稲妻はかなり強烈ではあったが、あの一撃で全てを倒す事など、到底出来るとは思えない。

 あの時は単体のロックベアだから、あれで何とかなったに違いないのだ。

 だが、今はあいつらを全て倒さないと、間違いなく俺がやられる……。

 やられない迄も、一斉に向かってくれば、それこそカオスな状況になる事は、俺でも容易に予想出来る。

 その時、右腕のブレスレットがジンジンと共鳴するのが更に強くなった。

≪フリサフィサイフォス・カイ・スリーアンヴォスポース≫

 頭にそう響いた時、自然に俺は剣を握っていた。

 特に剣を探して握ろうとはして無かった。

 だが、気づいたら俺の右手に剣を握っている。

 ふと右手を見ると、見覚えのあるあの剣の形では無い。

 な、なんだこれっ!

 さっき手にした剣は細身の長剣だったのだが、今の俺が手にしているのは、もっと大きな幅広い大剣なのだ。

 だが勿論、その重さは感じない。

 俺はその剣を両手で握り直すと、更に体中から力が漲って来る。

 脚の腿辺りから、更に全身からも熱い何かが込み上げる。

 特に胸の辺りが光り輝くような、そんな感覚がした。

 そして、それは必ず倒せると言う確信へと変わる。

 何故だか分からない。

 不思議と負ける気がしない。

 気付くと、その大剣は真っ白に光り輝き、ゆらゆらとオーラが出ている様に見えた。

 今ならロックベアを倒した長剣よりも、間違いなく強烈な攻撃が出来そうな気がした。

 よ、よし……やるしかない……。

 そうなのだ。

 やらなきゃやられる。

 先にやらなきゃこの後、間違いなく俺は大変な目にあうのだ。

 攻撃を逃れた奴らがこっちに気付き、一斉に反撃に来る筈だ。

 一撃で出来る限り、一体でも多く奴らを倒さなきゃいけないのだ。

 俺は意を決して大剣を振りかぶり、しっかりと狙いを定める。

 行くぞっ!

 出来るだけ多く倒す!

「うおぉぉぉー!」

 そして、思い切り渓谷に向けて、大剣を思い切り振り下ろす。

 渓谷の両サイドに張り付く、大きな無数の奴らに向けて、遂に俺は先制攻撃を仕掛けたのだ。

『グワーッ! グォオオオオオーッ‼』

 眩い光と激しい衝撃波が辺りに響き渡ると、もの凄い轟音と共に、目の前にあった渓谷が、跡形も無く消し飛んだのだ。

 うわっ!

 な、なんだ⁉

 既に渓谷のあった辺りがボコッと大きく抉れ、まるで水の無いナイアガラの滝の様だ。

 既にそこには何も無かった。

 渓谷に張り付いていた、無数の大型トラック並みの奴らは勿論、渓谷すら跡形も無く消えていた。

「あちゃー! あんたさ、本当に加減出来ないんだね……」

 急にウルドがそう言いながら、頭の上から降りて来た。

 そして、その胸にイーリスを抱えたまま、俺をしみじみと眺める。

「不器用だな、ホントに」

 ウルドに抱かれたイーリスがそう呟くと、そのままそっと下に降ろされた。

「まあ、戦える様になったのは間違いないけどさ……危なっかしいわね」
「ああ、マズいな」

 そして俺を眺めたまま彼女たちは話しているが、俺は意気揚々と渓谷跡を眺めていた。

 何だか、俺って凄いんじゃない⁉

 少し俺は調子にのってしまった。

 が、こんな事が出来た後であれば、恐らく誰でもそう思うんじゃないだろうか。

 例えこれが悠菜達から授かったものだとしても、俺の戦闘力が上がったのは間違いない。

 初めて先制攻撃を仕掛けた俺は、その攻撃力に有頂天となっていた。

 嬉しさを隠しきれない表情のまま、ウルドとイーリスに向き直った。

「ねえ! これなら相手が宇宙船だとしても、俺ってかなり戦えない⁉」

 彼女達は同時に俺を呆れた表情で見たが、そのまま二人は顔を見合わせてしまった。

 遂に俺は盾と剣を使いこなした。

 そう思っていた。

「で、ウルド! 次の相手は⁉」

 俺が自信満々でそう言うと、彼女は神妙な表情で俺の顔を見た。

「あのさ、あんたの攻撃は良く分かったよ」
「でしょでしょー? 中々凄いでしょ⁈」

 だが、ウルドとスクルドの表情は険しい。

 そして二人は顔を合わせてしまったが、その後ウルドが呆れた表情をして俺に言った。

「あんたさ、例えその攻撃で相手を倒してもさ、それ以外の被害が多過ぎるとは感じない訳?」
「え?」

 それ以外の被害?

 そんな事、考えても居なかった……。

 確かにあいつらを倒す事だけ、それだけを思って力任せに攻撃していた。

 でも、それじゃ無きゃ、こっちがやられると思っての事だ。

「でも、そうしないとこっちが……」
「ああ、そうだよね……」

 そこには反論しないまま、ウルドは横に立つイーリスとまた顔を合わせた。

 すると、今度はイーリスが俺に言う。

「なあ、ハルト。あたしが動きを止めて、あんたがそれやれば確かに倒せるけどさ。それじゃあ、辺り一面何も無くなるよ?」
「あ……そうか……」

 そう言われて、やっと二人が険しい表情の意味に気が付いた。

 例え倒せたとしても、その他の被害が尋常では無いのだ。

 ここはやはり対策を考えざるを得ない。

 確かにそうだ。

 あれじゃ駄目なんだ……。

 ウルドとイーリスは腕を組んで顔を見合わせている。

 俺は辺りを見廻しながら、何とか攻撃がコントロール出来ないかを考えていた。

 例え攻撃を抑えてしたとしても、敵の反撃が来る筈だ。

 そうなると、略奪者はそれ以上の攻撃をこちらに仕掛ける事だろう。

 恐らくその攻撃は、こちらの攻撃に反撃する訳だから、かなり強烈なものであろう。

 迚もじゃないが、それを被害無く交わす事など出来ないだろう。

 あの時――。

 セレスが、相手は大型の宇宙船だと言っていた。

 恐らくその全てを、イーリスは時空間に停止させる事だろう。

 そして、俺が倒す訳だろうけど、その攻撃は威力が大き過ぎるって事だ。

 どうしたら敵だけを倒す事が出来るのだろうか。

 あれ?

 ちょっと待てよ……あれは?

 空中に居たウルドとイーリスを護った時だ。

 あの時、俺の盾が離れた二人に、シャボン玉の様なバリアを張った。

 あれを出来る限り大きくしたらどうだろうか。

 どこまで大きく出来るか試す価値はある。

「ねえ! ウルド! ここの広さはどの位?」
「え? どの位って、どういう事?」
「盾で何処までバリア出来るか試したいんだけど!」
「えっ? さっきのあれで?」
「うん」

 明るい表情で俺の考えを聞いてくれたウルドだったが、すぐにがっかりした様子になると軽くため息をついた。

「あのさぁ~どんなにその盾が有能だって言ってもさ、それは無理なんじゃない?」
「そ、そうか……」

 呆れ顔になったウルドを見て、俺は落胆してしまった。

 下手の考え休むに似たりだっけ?

 そんなことわざが頭に過った。

「あ!」

 不意にイーリスがそう言って俺を見た。

「ちょっと待てよ?」
「なに? 何かいい案あった⁉」
「さっきさ、あいつらを消し飛ばした時、加護使ったじゃん?」
「え? 加護? そうなの?」

 イーリスがそう言うが、俺には加護を使った記憶がない。

 ただ集中して剣で攻撃をしただけだ。

 確かにいつもの剣では無かったが、それはこっちの意識で変化しただけじゃ無いのか?

「ハルト、意識しないであんな事したのか⁉ どんだけ危ないんだよ……」
「え……そりゃ、意識を集中してデカい攻撃をしようと思ったけど……」

 イーリスが珍しく驚いた表情で俺を見た。

「でもお前、加護の印しるし出てたよ?」
「え? しるし?」

 ウルドにそう言われても記憶がない。

 印って何っ⁉
 
「まあ、いいや。今度は盾に加護を賦与してみ?」
「え? 盾にふよ?」
「うん。さっきは剣に加護の力が加わってああなったんだから、今度は盾に賦与するのさ」

 イーリスがそう言って、親指を立てた。

 だが、俺にはその方法が見当も付かない。

「どうやって?」
「全集中だ!」
「は、はい!」

 急にウルドに怒鳴られてつい返事をしてしまったが、どうやって賦与ってするのか分からない。

 しかも、また全集中とか言ったし。

 ウルドのブームなのか?

 盾に賦与……。

 剣の時は、全ての敵を倒そうと全力で攻撃のイメージした訳だ。

 今度は、全力で護るイメージって事だろうか。

 その時、イーリスは両手の拳を硬く握りしめ、俺に向かってガッツポーズを見せた。

「いいか、ハルト。おまえ、皆を護るんだろ? マナミや友達皆を護るんだろ?」
「あ……ああ。皆を護りたい」
「護りたいじゃ弱いよ。護るんだよ」
「うん、護る!」
「じゃ、やってみ」

 あのシャボン玉か?

 あれを大きくするのか?

 俺はさっき出来たバリアをイメージして集中する。

 あの時は上に居た二人を護るイメージだった。

 だが、今度はもっと大きくしなきゃいけないのだ。

 更にイメージを強くしていくと、指輪が共鳴する様にジンジンして来る。

 よし、出来る⁉

 音も無く、辺りを透明なバリアがスーッと広がっていくのがイメージで来た。

 そのバリアは辺り一面を、間違いなくあらゆる攻撃から護ってくれる筈だ。

 その大きさは目視では確認出来ないが、かなり広範囲に広がっている様だ。

「出来た! 出来たよ!」

 俺は思わず声を上げて二人を見たが、ウルドは腕を組んだまま表情を変えない。

 イーリスは落胆の表情で、力なく握った拳をゆっくり下した。

「は? 何が出来たよ! あんたね、そんなので護れるの?!」
「え……だめ?」

 呆れ顔のウルドに怒鳴られ呆気にとられた。

 自分では完璧に、広範囲に渡ってバリアを張れた感覚があったのだ。

「ちょっとその目で見てみなさいよ!」

 そう言うと、俺にツカツカと詰め寄り、グッと後ろから抱き上げられた。

 うわっ!

 凄い力!

 そのまま、俺の身体を持ち上げる様に空中高く飛び上がったのだ。

「うわああああああああー!」
「うるさいわね! 大人しくしなさいよ!」
「だ、だって!」

 自分でジャンプしたのと、誰かに抱かれて空へ上がったのでは感覚が大きく違った。

 股間が縮み上がる思いを堪えながらも、更にどんどんと俺は空高く上げられる。

 すると、次第に下の地面が遥か下の方へ見えて来た。

 思わず目を瞑ってしまう。

 実はこう見えて結構な高所恐怖症なのだ。

「ほら、見なさいよ」
「え……」

 そう言われ、目を開ける。

 だが、その高さに脅威を感じ、グルンと目が回る様な眩暈が襲って来る。

「ぎゃあああああああああ!」
「うるさいって言ってんの! よく見なさいよ! 手を放すわよ!?」
「ひぃいいいい!」

 ウルドに言われて恐る恐る見るが、バリアは真下の辺りから広がっており、その端は見えない。

「け、結構大きく広がってるじゃん!」
「あんたねー言ってる意味が分からないの? これじゃ駄目なの!」
「え……何で?」
「これ、あんたを中心に広がってるでしょ! これでみんなを護れるっての⁉」
「あ……そ、そうか」

 俺が理解したと思ったウルドは、俺を抱えてそのままスーッと下へ降りていく。

「これじゃ駄目なのよ。マナミだか友達だか知らないけど、あんた、結局は地球の全てを護りたいんでしょ?」

 俺を下へ下すと、ウルドは優しくそう言った。

 だが、俺は何も言えないままウルドを見ていた。

 自分に何が出来るか、もうその術が思いつかないのだ。

「だから、もうちょっと真剣にやりなさいよ!」
「え……」

 そう言われても、あれ以上大きくすること等出来る筈無い。

 俺が放心状態にも似た表情でウルドを見ていると、イーリスが背中をポンと叩いた。

「あのさ、ちゃんと加護を賦与してみなよ」
「え? 賦与出来て無かった?」
「は? 出来て無いけど? だからウルドは真剣にやりなって言ってんだよ?」

 俺はちゃんと加護の力を出せていたと思っていた。

 だが実際には、加護の賦与をせずに、盾の力だけであんな大きなバリアが張れたという事だったのだ。

 だとしたら、まだあれ以上のバリアを出せる可能性はある。

 よ、よし。

 加護……どうやるんだか今一つ分からないけど。


 そう言えば――。

 剣が変化した時、何か頭の中に聴こえたその後、剣の形が変化して現れた。

 という事は、盾に加護を賦与する時はあの声が聞こえる筈だ。

 イーリス達なら何か分るかも知れない。

「あの時さ、剣が変化した時ね、頭に声が聞こえたんだよ」
「ん? 声?」
「うん、それが聞こえてから剣が変化して現れたんだ」
「ああ、祝詞かな?」
「え? 祝詞? 誰が祝詞を言ったの?」
「誰がって、基本は使用者でしょ」

 そう言われて考えてしまう。

 俺は祝詞など知らないし、俺が唱えた記憶も無い。

「使用者って俺だよね?」
「そう言う事だね」
「でも、俺じゃ無くて、知らない言葉が頭に響いたんだよ?」
「ああ、それは守護と加護の祝詞だね」
「え?」
「守護も加護も賦与された時に、予め対応した祝詞が唱えられているものだよ」
「そうなんだ……」

 そう言えば、沙織さんや悠菜とキスしたあの時――。

 何か聞き慣れない言葉が聞こえた。

 今思えば、あれが祝詞だったのかも知れない。

「ハルトが盾に加護を賦与しようとしたら、祝詞を唱えればいいんだろうけどね」
「そんな事言っても俺、祝詞なんて知らないよ?」
「まあ、そうだろうね」
「な、なんだよ……」
「だから、イメージしろとしか言って無いじゃん」
「イメージか……」
「祝詞が唱えられないんじゃ、イメージするしか方法が無いもん」
「そうなのか」
「この際、この地球全体を護るバリアを張るイメージしてみ?」
「え⁉ ち、地球全体にっ⁉」

 イーリスがそう言うと、すかさずウルドが止めに入る。

「ちょ、いくら何でもこいつに出来ないでしょ!」
「まあ、試すだけ試してみよう」
「はぁ? 無理だと思うけど?」

 イーリスがそう言うが、ウルドは呆れ果てた表情でそっぽを向いてしまった。

「ハルト、ここの地球が大きいのは理解してるよな? それを全て護るんだよ」
「な、なんと……」
「一瞬でいい。そしたらすかさずバーンだ!」

 バーンは出来そうな気分だけど、バリアか……。

「いいか? 地球全てをイメージして護るんだ!」
「す、全てを?」
「ハルトの守護であるその盾は、全てから護るからな!」
「わ、わかった……」

 少し離れてウルドが呆れた様子のまま見ているが、今は止める気も無さそうだ。

 特に口出しはして来なかった。

 イメージ……。

 この地球を全て包み込む様に護る。

 そうしなければ、愛美だけじゃなく、メイドさん達も未来も、外国に居る父さんや母さんも護れないのだ。

 絶対に護りたい。

 護らなきゃいけないのだ。

 この先ずっと皆と楽しく暮らして行くんだ。

 そうだ!

 西園寺さんのプライベートビーチ!

 これが出来ないと、西園寺さんとの水着イベントも在り得なくなるのだ。

 聞いた事はあるけど、俺には初体験のプライベートビーチ。

 この夏、人生最大のイベントが待っているのだ。

 ぜ、絶対に護る!

 そう思った瞬間、不意に指輪が共鳴して来た。

 更にそれが強くなると、全身がジンジンと熱くなる。

≪レフコクリソスアスピダ・カイ・スリーアンヴォスポース≫

 フッと頭の中に響いたその言葉。

 これは!

 沙織さんと悠菜の祝詞に違いない!

 この俺に加護を授け、守護してくれていたんだ。

 そして今、みんなの事を護る為、この地球全てを護るのだ。

 そう思うと、自然に沙織さんと悠菜の姿を思い浮かべていた。

 内から湧き上がる莫大なパワーを感じつつも、俺は全てを護る事に集中していた。

「うおおおおー!」

 そう腹の底から叫び声を絞り出した時だった。

 ふと違和感を感じて、辺りを見回す。

 すると、ここへ来た時から薄暗かったこの世界が、辺り一面、薄い緑の光で包まれていた。

「おおー! ハルト!」

 イーリスが声を上げたのに気付いてそちらを見ると、嬉しそうな表情で俺にガッツポーズをして見せた。

 その向こうではウルドも驚愕の表情で見ている。

「あ、あんたもしかして……」

 ウルドは声も上げない迄も、驚きの表情は隠さないまま俺を見つめていた。

「え? 俺、出来てる⁉」
「うんうん、その紋章は間違いない!」

 そう言ってイーリスが俺を指差した。

「え? 紋章?」

 俺が自分の手を見ると、腕に模様が浮かび上がっているのに気付いた。

「な、何だこれ!」

 その模様は腕だけでなく、肌が見える範囲、俺の全身にある様だ。

 特に目立ったのは、首の廻りに描かれた、幾何学模様の様な模様だった。

 これは……いつの間に……?

「それが加護の印だよ」

 イーリスがそう言うと、ウルドがそろそろと近寄って来た。

「初めて見たよそんなの……これがルーナのご加護か」

 ウルドはそう言って俺の全身を見廻している。

 そうか、ネックレスじゃなくて、これの事を彼女たちは言っていたのか。

「その加護はね、ハルトの全ての災いから護る為に印されているんだよ」
「そうなのか……」
「その加護をどう遣うかはハルト次第。この世界では在り得ない力となるよ」
「そんなものを俺に……」
「そ、そうだよ! あんた、凄いんだから!」

 急にウルドが目を輝かせて俺の手を握った。

「それこそあんたの思い通りに、そう! 全てを支配だって出来るよ!」
「え? 支配ぃー⁉ し、しねえよ!」
「は? あんた、馬鹿? あんたの居る世界位、何でも思い通りになるんだよ⁉」
「思い通りって……」
「地位も名誉も思いのまま! あんたの世界の絶対的な支配者よ⁉ もしかしたらエランドールだって!」
「エランドールも思いのまま? 支配者?」
「うんうん! 今すぐにでも!」
「いや、今は地球を護る! そして、プライべ……いや、兎に角地球を護るんだよ! それが俺の野望だ!」

 すると、フッと辺りから薄い緑の光が消え、ここへ来た時と同じ薄暗い世界になる。

 さっきまでバリア的な何かが発動してたって事なのだろうか。

 だが、最初にここへ来た時と雰囲気が違う。

 確か疑似冥界だと言っていたが、俺の脳内には何処にも脅威となる目標物が見当たらない。

 更に広範囲に拡げてみても、やはりここには何も無い様だ。

 そして気付くと、俺の身体に描かれていた模様もいつの間にか消えていた。

「な、なんだかあんたが良く分かんないわ……」

 ウルドはそう言うと頭を抱えてしまったが、イーリスは笑いながら彼女の背中を、軽くポンポンと叩いた。

「まあ、ハルトはこういう奴だよ」
「でも、これって宝の持ち腐れだよ⁉」
「ハルトはそんな宝だとは思って無いのさ。それか、ルーナに貰った宝だと分かっているからこそ、大事にするんだろうな。だとしたら尚更、支配にとかそんな理由で使う筈が無い」
「何て奴なの……」

 二人がそう言って俺を眺めているが、俺は貶されて居るのか?

 それとも褒められているのだろうか。

「まあ、この疑似冥界を全て浄化させたしね……凄い力だわ」
「その、疑似冥界って何?」

 ウルドがそう言って俺を見つめるが、疑似冥界と言う所に聞き覚えが無い。

 ここも異世界の一つなのだろうか。

「ああ、ここは冥界を疑似的に展開した、言わば空想の世界。さっきのロックベアもそう。冥界に居るモノを模造してあるのよ」
「あ、だから生き物は居ないって……」
「あんたに生き物を殺させる事なんて強要出来ないじゃない? だからよ」
「そうだったんですか」
「しかも、ここの物理的な広さは……そうね、太陽を回る地球の軌道程なのよ」
「え……」
「それなのに、盾はしっかりとここの中心から、すっぽりと包んだ様ね」
「そ、そうなの⁉」
「ええ、間違いないわ」

 それって、滅茶苦茶凄い広さじゃない⁉

 最初から生き物は居ないって言ってたけど、ロックベアやサソリの化け物が俺に襲って来なければ、ここまで必死に出来なかったかも知れない。

 恐れくそれはウルドの考えがあってのものだろう。

 俺に世界を支配しろとか言って来たけど、そこまで悪い人では無さそうに思えた。
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