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第二章 抗戦

第65話 #最終話 #最後の朝餐 

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 噴水のある部屋に一度戻っていた俺は、朝ご飯だと愛美に呼ばれてダイニングへ来た。

 大きくて広いダイニングテーブルには、既に朝食の用意がされている。

 そしてイーリスが大人しく椅子に座って、目の前のパンをジーっと見つめていた。

 恐らく、愛美辺りから皆が揃うまで待てと言われたのだろう。

「よお、イーリス。お前、パンのお預けくらってんのかー?」

 すると、イーリスはパンから目を離さずに手を上げた。

「ちゃんと見てないと見失うからだよ」
「はあ?」

 ホントにこいつは何処までマジで言ってるんだか……。

「あー、お兄ちゃん来たー!」

 キッチンから出て来た愛美がそう言うと、デキャンタを二つ手にした蜜柑もキッチンから顔を出した。

「お兄ちゃん、おはようございまーす」
「おー蜜柑、おはよー」
「霧島様、おはようございます」
「夜露さん、おはようございます!」
「あれ、あれー? あたしにはー?」
「愛美さん、おはよー」
「何よ、気持ち悪い」

 流れでさん付けしただけじゃんか。

 朝から愛美こいつは不機嫌なのか?

「霧島君、おはようございます」
「あ、友香さん、おはよう!」

 すると、五十嵐さんが友香さんにそっと肘を当てた。

 五十嵐さんは、どうやら友香さんの耳の傍で何かを言うつもりだ。

 俺にはそういう変化を察知出来る、特殊な能力があるのだ。

 実はこの能力、目を瞑った方が察知しやすい。

 いや、今は目を瞑って無いってば。

「友香ちゃん、霧島君に朝の挨拶は済んでるでしょ」
「あ……そうでした」
「友香さんっ! おはよー! 五十嵐さんもおはよー! みんなに何度もおはよー!」

 ちょ、ちょっと!

 めっちゃ焦るんですけどーっ!

 大浴場で遭遇しちゃったの知ったら、間違いなく愛美が激怒するからっ!

「何なのお兄ちゃん……どっか具合悪いの?」
「あ、愛美ちゃんおはよー!」
「だから、キモいってばっ!」

 うっ……でも、これで誤魔化せた?

「じゃ、みんな席についてー!」

 愛美がそう言って椅子に座った。

 あ、こいつイーリスからやっぱ聞いたな?

 皆に一斉に発表か?

 愛美の奴、危機が無くなった嬉しさを、実は精一杯押し殺してるんだろうな!

 サプライズ発表も、嘘の付けない愛美には苦労するだろうな。

 あいつはすぐに顔に出るし。

 皆が席に座ると、愛美は傍に立っている朝比奈さんと夜露さんを見た。

「あ、朝比奈さんと夜露さんも座って下さいね?」
「え?」
「今日から特別な事情が無い限り、朝比奈さんと夜露さんも一緒に座って欲しいの」
「え……」

 朝比奈さんと夜露さんがその場で固まる。

「今日は皆さんに、この事をお伝えしたくてー」

 そう言うと、蜜柑と目を合わせてからぐるっと皆の顔を見廻した。

 この事?

 は?

 サプライズ報告は?

「そうなの?」
「うん、だってさー朝比奈さんも夜露さんも、友香さんのSSさんだけどさー」
「あ、うん」
「今は友香さんが、お兄ちゃんのお嫁さん候補として来てくれてる訳だから、結局は友香さんも家族じゃん?」
「あ、まあ……」
「そうなったら、友香さんのお連れとして、二人が一緒に生活してくれてたら、やっぱり家族でしょ?」
「そ、そうなるな」
「あたしは家族はみんな、一緒にテーブル囲みたいの」
「そうか……」
「あたし、例えお手伝いさんだって、一緒に座って一緒に食事したいもん。ね、みかん?」
「うん。私もまなみの保護任務で一緒に生活してるけど、お兄ちゃんは今のままで良いって言ってくれたよ?」

 そうだったな……。

 蜜柑は愛美のボディーガードとして、沙織さんの依頼でJIAから派遣されてるんだよな。

 でも、影浦家が消滅した今、蜜柑はこうして霧島家の家族として一緒に生活してる。

 そしてそれは今後もずっとだろう。

 勿論、蜜柑が望んでくれたらの話だけど……。

「まあ、それは俺もそう思う」
「じゃあ、お兄ちゃんも賛成してくれる⁉」
「ああ、賛成だ」
「やったね、みかん! 朝比奈さんと夜露さんも家族だよ⁉」
「うん! お兄ちゃんならきっとそう言うと思った!」
「うんうん! あ、友香さんと未来さんはどう思います?」

 急に話を振られた二人は顔を見合わせた。

「そこは、そのご家庭の、それぞれと言うか……」
「私は、こちらの皆さんが朝比奈や夜露を、家族として受け入れて戴けるのであれば……」
 
 二人とも歯切れの悪い言い方ではあるが、まるっきり反対では無さそうだ。

「じゃあ、これからは皆で一緒にテーブル囲んでくれる⁉」

 そう言って、愛美と蜜柑は朝比奈さんと夜露さんを見る。

 二人が困惑した表情で友香さんを見ると、彼女は軽く頷いて俺を見た。

「あの……霧島君」
「ん? なあに?」
「私、ご奉公って事でこちらへ居候させて頂いていて……そのお供という形で、朝比奈と夜露を連れている事になったのですけれど……」

 そうかー!

 そうだったーっ!

「それも昨日の夜に急遽決まった事なので、両親には電話でしかお話して居なくて……」
「で、ですよねー」
「でも、既に両親は祖父から事情を知らされていて……」
「そうだったの?」
「ええ。ですから、正式に本日からご奉公をさせて頂きたく思っておりました」
「ご、ご奉公ですか……」
「はい。宜しくお願い致します」
「って、ご奉公って何するの?」
「父は花嫁修業だと思いなさいと……」
「は、花嫁修業ーっ⁉」

 そう言うのって、相手の家で泊まり込みでやるものなのっ⁉

 実際、ご奉公が何だか分かんないけどさ。

「母にも伺ったのですけど、その……霧島君にお嫁さんと認められるまで、しっかりとお世話をしてみなさいと……」
「お、お嫁さんーっ⁉」

 何だか、マジで偉い事になってんじゃん!

 そんなんで良いのっ⁉

 婚前何とか色々モラルに問題とか起きたりするでしょ⁉

 自分でも何言ってるか分かんなくなって来た!

「あー、本当に友香さんがお兄ちゃんのお嫁さんかー」
「うん、何だか私も実感出て来た」 
「友香お姉ちゃんだね」
「うん、友香お姉ちゃん」

 愛美と蜜柑がこそこそ話している。

「あのさー、お前らもっと大事な話があるんじゃ無いの?」

 不意にイーリスがそう言った。

「え?」

 俺達は一斉にイーリスを見たが、彼女はまだパンから目を離して無い。

「え? イルちゃん、どうしたの?」

 あいつ、まだパン見てるのっ⁉

 つーか、俺にとっちゃこれも大事だけど?

 でも、地球存亡の危機を脱した訳だしな。

 早く皆に伝えないとね。

「ああ、そうだったな」

 俺がイーリスにそう言うと、愛美が不満そうな表情で俺を見た。

「何よ」
「ん? 愛美聞いただろ?」

 俺が愛美を見てそう言うと、他の皆も不思議そうな顔で俺を見た。

「だから何をよ」
「あれ? イーリスから聞いてない?」

 俺がイーリスを見ると、彼女はパンから目を離さずに手を横に振った。

 マジで?

 お前、何にも話して無いの⁉

「お前ら、イーリスから地球の危機が無くなったって聞いてないの?」
「危機って……。ええーっ⁉ マジでーっ⁉」

 愛美が俺の方へ身を乗り出して声を上げた。

「ええええーっ!」
「嘘ーっ⁉」

 蜜柑も俺を見て声を上げた。

「いや、ホント」
「いつの間にっ⁉」
「明け方にね」
「明け方って……今朝の? だよね?」
「ああ、今朝だな」
「こいつ、独りで片付けちゃった」

 イーリスは俺を指差してそう言ったが、まだパンからは目を離していない。

「お兄ちゃんっ!」
「は、はいっ⁉」
「ホントにっ⁉」
「ホントだってば」

 すると、愛美と蜜柑が急に立ち上がった。

「やったーっ! ほらねっ⁉ お兄ちゃんなら出来るって思ってた!」
「私もーっ!」

 愛美がガッツポーズをして見せると、蜜柑が目を輝かせて頷いた。

「そっか? まあ、呆気なかったけどね」
「そうなのっ⁉ 大変じゃ無かったの⁉」
「んー、やってみたら出来ちゃった、みたいな?」
「何それーっ!」
「あ、いや、やってみる前までは大変だったさ」
「一体どうやったのっ⁉」
「あー何て言うのかな……理屈は簡単だけどさ、やれると思える迄が難しかったって言うか?」
「なにそれー!」

 自分で言っておいて何だけど、なんだか聞き覚えがある……。

 あ……悠菜が言ってた?

 生垣消した時に悠菜が言ってた!

 理屈は簡単でもやるのは困難だっけ?

 あの時は訳分かんなかったけど、こういう感じなんだな。

「でも、凄い凄いーっ!」
「うんうん! お兄ちゃん凄いーっ!」

 愛美と蜜柑が手を取り合って喜ぶと、朝比奈さんと夜露さんも嬉しそうに顔を見合わせた。

「私はあまり実感が無いけど、凄い事なんだよね⁉」

 五十嵐さんは友香さんにそう聞いているが、友香さんにしても実感は薄い様だ。

「私も良く分からないけど、危機は無くなったって事ですよね?」

 友香さんはそう言って朝比奈さん達を見た。

「はい、お嬢様! 霧島様が地球をお救いになられたのです!」

 地球をお救いにって……それこそ実感が無いけどさ。

 でもまあ、皆にも喜んで貰えたし良かったわー本当に。

「んじゃ、もうこれ食べていいー?」

 イーリスがこっちを見ずにパンを指差してそう言った。

「あっ! イルちゃん!」

 愛美がイーリスに驚いて彼女に駆け寄る。

「うんうん! 食べていいよっ⁉」
「やたーっ!」

 愛美に言われるか否や、イーリスは目を輝かせてパンを口に頬張った。
 
「皆さんも一緒に食べましょおー!」
「はーい!」
「はい!」

 愛美がそう言うと、皆が一斉に返事をする。

 そして皆、思い思いに朝ご飯を食べ始めた。

 ここに居る皆が零れる様な笑顔だ。

 ああ、何て気持ちの良い日だ……。

 沙織さんと悠菜が帰ってしまってから色々あったけど、今はこうして新しい家族と食事をしている。

 そして、この先もずっと続くだろう。

 その内、両親も帰って来る。

 もっと賑やかな家族になる。

 こんなに家族が増えて、父さんも母さんも驚くだろうけど、絶対に喜ぶ筈だ。

 いっその事、ここをJIAの本部にしちゃうとか?

 そうすれば灰原さんもイオさんも、いつも俺らと一緒に居られるしさ。

 そうだよ、裏には実家もあるし父さんと母さんは反対しないかも?

 愛美と蜜柑だって、裏とこっちを行き来したらいいしさ!

 これからの生活が激変する予感がめっちゃする!

 大学だって毎日友香さんと一緒だぜ⁉

 その内、愛美と蜜柑もうちの大学だろ?

 しかも、大学の理事長さんが友香さんのお婆ちゃんだしさ。

 お爺ちゃんは水族館だし⁉

 あ、いや、爺さんが水族館じゃ無いか。

 兎に角、明日から楽しみじゃん!

 あ……しかも!

 再来週には友香さんのプライベートビーチでしょ⁉

 皆で行けるじゃん‼

 何だか沸々と喜びが湧き上がって、改めて実感出来る!

 俺、こんなに幸せでいーの⁉

 そう思うと、ふと何かが気になった。

 何だろう、このモヤモヤは……。

 目まぐるしく脳内でサーチすると、思いの外直ぐにその原因らしきものが頭に過った。

 イーリスか……。

 あいつはどうするんだろう。

 いや待て、あいつがどうするかを俺が考えるより、あいつの問題を俺が解決しなきゃ駄目じゃん!

 そう思うと浮かれてはいられない。

 あいつの問題は何も解決して無いんだから……。

 俺はそっと皆を見回した。

 愛美も蜜柑も楽しそうに話している。

 朝比奈さんも夜露さんも、ここに居る皆が楽しく食事をしている。

 地球存亡の危機を知った沙織さんは、直ぐにセレスや悠菜、JIAにもその情報を共有して対策を練ったんだよね。

 でも結局、俺の生命の危機だと予測して、沙織さん達は俺をエランドールへ連れて行く案を提案した。

 だけどこの皆を置いて行きたくは無かった。

 俺はこの皆の笑顔の為にここへ残ったんだ。

 悠菜もあの時は、まさか俺がこんな事が出来るとは思わなかった筈だ。

 セレスと沙織さんだって、こうなるとは想定しなかっただろう。

 でも、心から俺を信じて、祈ってくれたんだろうな。

 離れていても、今でもずっと俺達の事を想ってくれているだろう。

 俺達だってずっと沙織さんと悠菜とセレス、三人をずっと想ってる。

 絶対に忘れる事は無いだろう。

 そして、今の俺にはまだやりたい事がある。

 それも直ぐにやらなきゃいけない。

 ふと見ると、イーリスが夢中でパンを食べ散らかしていた。

 このイーリスが放浪しなきゃいけない、その問題を解決したい。

「みんな、ちょっと聞いてくれ」

 皆が一斉に話すのを止め、口へ運んでいたその手を止めた。

 いや、イーリスだけはゆっくりと口へパンを運んでいる。

「俺、まだやらなきゃいけない事があるんだ」

 愛美がキョトンとして俺を見ている。

 愛美だけじゃない。

 皆も不思議そうな表情で見ている。

「このイーリスが放浪しなくても良い様に、その問題を解決したい!」

 そう言うと、イーリスがピタッと固まった。

 皆が俺とイーリスを交互に見ている。

「どういう事?」

 愛美が小さな声で俺に聞いた。

 愛美の精神状態を自然と俺は察知している。

 不安そうなのは愛美だけじゃない。

 ここに居る皆の精神状態は一瞬で察知出来るのだ。

 特に変化が大きいのはやはりイーリスだった。

 その精神状態は不安と言うより、ここから逃げ出したいと言う、敗北感に近い感情が彼女に溢れている。

「イーリスはね、妹さんとの確執とかがあって、それが原因で漂泊者と呼ばれる様になってるんだ」
「え……」

 皆がイーリスを見ると、彼女はそっと視線を落とした。

「これから皆とそれを話し合いたい」

 すると、急にイーリスがガタッと椅子から飛び降りた。

「何でそんな事っ!」

 イーリスは戸惑った表情をして俺を見た。

 ヤバいっ!

 こいつに逃げられたら二度と会えないっ!

「待て、イーリスっ!」

 俺は立ち上がってイーリスに駆け寄ったが、伸ばしたこの手に何も触れる事は無く、彼女はフッと消えた。

 『でもハルト……何か……ありがと』

 そう聞こえたが、耳で聞こえたのかよく分からない。

 今の俺は通常よりもかなり素早く駆け寄れた筈だが、イーリスには触れる事が出来なかった。

 慌てて脳内レーダーでイーリスを検索するが、どこにもあいつの気配が無い。

 既に近くには居ない様だ。

 ちょっとでも触れてさえいれば、時空の歪へ一緒に行けたと思う。

 そんな事を思いながら、イーリスの消えた空間をただ茫然と眺めていた。

「イルちゃん⁉」
「ねえ、お兄ちゃん! イルちゃんはっ⁉」
「イーリス様っ⁉」

 皆が目の前で起きた現象に戸惑いながらも、口々に問い出すが俺にはどうしようない。

「どうしてイルちゃん消えちゃったのっ⁉」
「あ、ああ……」

 その後、俺は悠菜や沙織さんから聞いていたイーリスの伝説等、順を追って話した。

 俺が無意識ではあったものの、時空を彷徨っていたイーリスを召喚したであろう事や、あいつに二人の妹が居てその妬みによって、次元を超えて逃げる生活を送っている事など、多少の憶測も踏まえてだ。

「お兄ちゃんの気持ちは間違って無いと思うけど、イルちゃんの前では唐突過ぎたんだね」
「そうだったな……」

 愛美にそう言われて、俺は軽率だったと反省を始めた。

「でも、イルちゃんがここに居てくれたのって、霧島君を手助けするのが目的だったとしたら……」

 そんな俺を見ていた友香さんが助け船を出してくれた。

「……ここに居る目的は無くなったとも思えますね」

 朝比奈さんは友香さんに同意してくれた様だ。

「いずれにしても、早かれ遅かれイーリス様は行ってしまわれた事でしょう……」

 夜露さんもそう言った。

「そうだよね、お兄ちゃんはイルちゃんにここに居て貰いたいから、話し始めたんだもんね」

 蜜柑も愛美と顔を合わせてそう言った。

「うん、それはあたしも良く分かる。だけど、イルちゃんの姉妹事情なんだから、あんな唐突に皆に話したら駄目だよ?」
「うん、愛美の言う通りだよ。俺が軽率だった、みんなごめんね」

 俺は立ち上がって皆に頭を下げた。

「いえ、霧島様……」

 朝比奈さんと夜露さんが慌てて立ち上がると、困った表情で頭を下げる。

 すると、愛美もスッと立ち上がって皆を見回した。

「みんな……お兄ちゃんを許して下さい」

 そう言って愛美が頭を下げると、蜜柑も立ち上がって同じ様に頭を下げた。

「わ、私からもすみませんでした」

 友香さんもスッと立ち上がると、深々と頭を下げた。

「ちょ、ちょっとみんなーっ! 何か変だってばっ!」

 五十嵐さんがそう言って立ち上がる。

「あ……」

 立ち上がった皆は顔を見合わせると、クスクスと笑い出した。

 気付くと確かに妙な状況だ。

 俺も釣られて笑ってしまった。

「だけど、イーリスが居ないのは寂しいな……」
「うん……」
「お兄ちゃん、何か心当たりは無いの?」
「心当たりたって……あいつ、次元が違うんだよ?」
「そっかぁ……心当たりはあっても行けないか」
「そう言う事……」

 俺達は椅子に座り直すとそれぞれ考え始めた。

 だが、考えたって解決など出来そうもないよね……。

「あれ?」

 すると、愛美が俺の手を見て何かに気づいた様だ。

「ん?」
「お兄ちゃん、悠菜お姉ちゃんの指輪してないの?」
「え? あいつの指輪? これだけど?」
「嘘だぁ……」
「ホントだってば」
「だって、あたしが知ってるのと形が違うしー!」
「あ、そっか。これにイーリスが付加したんだっけ」
「イルちゃんの?」
「ああ、何だか分かんない事言ってたけど、この指輪に付加したって言ってた」
「それで形も変わっちゃったの?」
「そうじゃない? だって、指輪ってこれしか持って無いもん」
「ふーん……」

 そう言われて俺は指輪を触っていた。

 確かにこれにイーリスが付加をしたから、形にも変化があったんだろう。

 あ……待てよ?

 盾にイーリスのスキル付加したんだよな?

 じゃあ、盾遣って検索したらどう?

 俺は思わず立ち上がって庭へ飛び出た。

「ちょっと試してみる!」
「なっ、何をっ⁉」
「霧島君っ⁉」
「霧島様っ⁉」

 背中越しに皆が驚いているが、先ずは試してみたい!

 俺は右手で指輪に触れながら盾を展開した。

 そして、イメージしてみる……。

 次元を超えてイーリスの所在を検索出来ないかっ⁉

 だが、盾を広げた所で次元を超えた事にはならないだろう。

 どうしたら……。

 ――加護かっ!

 俺は左手でネックレスに触れると、沙織さんに祈りながらイメージを始めた。

 急にブンッと全身に力が漲ると、辺りが眩く光り出した。

 明らかに俺の身体が発光している。

 そして、バチッと頭の中に乾いた音が響き渡ると、脳内レーダーにイーリスを捕捉した!

 いたーっ⁉

 いや、だがその場所が問題だ。

 この世界の次元とは違った世界なのだ。

 通常の脳内レーダー捕捉と違って、加護を発動した盾にイーリスの付加スキルが更に発動している訳だ。

 この位置情報に示されたとはいえ、かなり複雑で簡単にたどり着ける場所では無さそうだ。

 加護を発動して考えてみても、イーリスが居る同じ次元へ移動するのが限界らしい。

 でもさ、同じ次元に行けるんだったら、そこからイーリスの近くまで移動したらいいんじゃね?

 よし、先ずはイーリスと同じ次元へ入ろう。

「よし! みんな、俺、イーリスを連れて来る!」

 そう言うと、傍で見ていた皆が驚いて聞き返してきた。

「え?」
「えーっ⁉」
「どの異次元世界かってのは特定出来た!」
「マジっ⁉」

 愛美が期待に満ちた表情で俺を見た。

 いや、皆も同じ表情だ。

「だから、先ずはその世界へ入って、そこでイーリスを探してくるから!」
「そ、そんなどっから行くのよ!」
「こっから行って来るから! 大学にはちょっと休むって言っといて!」

 そう言って俺は、加護を遣ってここから行く方法を探りだした。

「待って! 霧島君!」
「落ち着いてよっ!」

 だが、友香さんと愛美が駆け寄って来ると、両手で俺の腕を捕まえた。

「あ、うん……」

 呆気にとられて二人を見ると、明らかに動揺している。

 どうした?

 急がないとイーリスはまたどっかへ行っちゃうよっ⁉

 何処かへ行く?

 あ……そうか……あいつは漂泊者か。

「ああ、そうだったね……」
「うん、お兄ちゃんが追いかけても、イルちゃん直ぐに消えちゃうかも……」
「そうですよ? それに霧島君、その恰好で行くつもりなの?」
「え?」

 友香さんにそう言われて我に返った。

 ベランダのサンダルにTシャツとスウェットズボン⁉

 コンビニへ買い物行くんじゃ無いんだよな。

 先ずはJIAの皆に危機は無くなったと報告して、追加事項としてイーリスのロストを報告か……。

「朝比奈さん」
「はい!」
「予定通り、JIAには朝比奈さんが今すぐに報告して下さい」
「はい! 畏まりました!」
「追加事項として、イーリスが消えたと伝えて下さい」
「はい! 行ってまいります!」

 そう言うと、朝比奈さんがリビングへ戻って行った。

「夜露さんは引き続き、友香さんの警護をお願いします」
「はい! 承知いたしました!」

 夜露さんはスッと友香さんの傍へと寄った。

「五十嵐さんは出来る限り、友香さんと一緒に居て欲しい」
「う、うん、分かった」

 五十嵐さんは友香さんと目を合わせると軽く頷いた。

「蜜柑も愛美をよろしくな」
「あ、らじゃー!」

 蜜柑は手を上げて愛美の傍へ移動した。

「ちょっと、お兄ちゃん? 何処へ行くつもり⁉」
「俺は着替えてからJIAの灰原さんへ相談する」
「え? 何を?」
「俺がイーリスを探しに行って留守の間の事とか?」
「え……本気?」
「ああ、あいつは黙って何処かへ行かないって、お前と約束したのにそれを破った」
「あ……」
「だからチョコもアイスもおやつだって暫くは抜きだ」
「お兄ちゃん……」
「俺はそれを言い渡しに行って来る」
「うん……」

 愛美がボロボロと泣き出すと、蜜柑がそっと寄り添った。

「みんな、後の事はJIAへ相談してくれ!」

 そう言うと、三階のベランダへ飛び上がった。

 そして俺は急いで着替えると、携帯から灰原さんへメールを入れる。

 今は電話で話すのは止めて置いた。

 きっと話もながくなるに違いない。

 危機が無くなったからと言って、俺達家族は手放しで喜べない状態なのだ。

 大切な家族が一人逃亡中だからな。

 俺はさっさとそいつをとっ捕まえて、罪状を言い渡さなきゃいけない。

 そうしないと、本当の家族の安息などあり得ないのだ。

 そして俺は部屋を見廻すと、部屋の壁の色の違うタイルを触った。

 これで話せば、この家の何処に居ても皆に聞こえるのだ。

「再来週のプライベートビーチには、必ずイーリスを連れて帰って来るから! んじゃ、行って来るよ!」
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