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第一章 初めて行った異世界で、俺の中に別の何かが覚醒した。

第6話 #領主の願いをカムトゥルー(実現する)

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 廃村を解放した俺は、街の門へ続く橋の上で町長とキャロル達に、これでもかと言う程の感謝の言葉をかけられていた。


「本当にハルト様へは感謝の言葉もございません!」

「町長さん、もう分かりましたから~」

「私もお父様の反対を押し切ってまで、今日来た甲斐がありましたわっ!」

「キャロルも、ホントにもう良いってば~」

「間もなく馬車が来ますので是非お乗りください!」

「え? 馬車に? 何で?」

「お送り致しますので!」


 すると間もなく、俺達の元に御者が馬車を引いて来た。

 そして町長たちが、俺にどうしてもそれに乗れと恐縮しながらも強く勧めて来る。


「これから宿に帰るんじゃ無いの?」

「左様でございますハルト様、この馬車に早くお乗りになって下さい!」

「何処へ行くんです?」

「お宿でございます」

「でしょ? で、わざわざ馬車? 大丈夫ですよ、自分で行けますから」

「いえいえ! いけませんっ!」


 俺はダンベル町長に用意された馬車に半ば強引に入れられると、すぐにキャロルとメリルも後から乗り込んで来た。


「ちょっとキャロル、メリルも! 今から一体何処へ連れて行くつもり⁉」

「すみません、ハルト様。民衆の混乱を避け、この馬車で宿へお連れします」

「だから、宿だったら自分で行けるのに……」

「ハルト様、暫くご辛抱頂けますよう……」

「うーん、分かったよ……」


 こんなにお願いされたら無下にも出来ず、俺は大人しく町長達に従った。

 だが、人目を避けて宿へ行くのであれば、飛んで行けばいいんだけどな。

『まあ、郷に入っては郷に従えとも言われるし、今はいいんじゃない?』

 ああ、そう言うことわざもあるか。

 アニマにも諭されてうやむやした気分も何と無く収まってきた。

 

 間もなく宿のある建物へ戻って来ると、アイカさんと数人が出迎えてくれた。

 そして、アイカさんや給仕の数人は目に涙を浮かべながらも、俺達に感謝の言葉を掛けてくれた。

 余程あの盗賊達に困っていたのだろう。

 だが、ここを出た時一階の食堂で賑やかに飲み食いしていたあれだけの人達が、今は一人も居ない。

 バーカウンターに数人の女性が居るが、この酒場の従業員さんかな?

 まあ、これは好都合なのかも知れない。

 あれだけの人数に出迎えられたら酷いパニックになりそうだしね。


「ではハルト様、先に二階の宿へ上がっていて下さいませ。私はダンベルと少し打ち合わせを……」 

「あ、そう? 分かった」

「すぐに済ませて私共も上がりますので」

「いえいえ、ごゆっくり」


 キャロルとメリルにそう言われ、独りで二階へ上がって行くと、俺の姿を見つけた宿の支配人メルドが足早に駆け寄って来た。


「ハルト様! お戻りになられたのですね⁉ おかえりなさいませ」

「あ、うん。ただいまー」

「さ、ハルト様、早くご入浴を!」

「え? お風呂? でも、皆が来る迄は……」

「いえ、いけません! キャロル様がお戻りになる前に早くお入りくださいませ!」

「な、何故っ⁉」


 下で町長とキャロルが話しているのに、俺だけ先に風呂に入って良いのか?

 それは少し気がひけてしまう。

『そうね、一緒に帰って来たし少し待ってみたら?』

 アニマもこう言っているし……。

 しかも、街の男達が総出で村の後処理をしているって言うのになぁ。

 だが、こうも強く風呂を勧められると俺の体臭が臭うのかとも思える。


「あの、僕……臭います?」

「もう! ハルト様ったら! 臭うとかそんな以前に、そんなお体のままではキャロル様に嫌われてしまいますよ⁉」

「え? キャロルに?」

「左様でございます!」


 何でっ⁉ やっぱ臭いのっ⁉


「もしかして、俺が臭いってキャロルが言ってるのっ⁉」

「臭いとかそんな話じゃありません!」


 すると町長を先頭にキャロルとメリルが二階へ上がって来た。


「あ、キャロル様! お嬢様もハルト様に仰って下さいまし!」


 メルドに言われたキャロルは何事かと目を丸くした。


「え? ハルト様に? 何をですの?」

「ご入浴でございます!  遊興にふけて来たと言うのに……。そもそも嗜みと言うのは……」

「 遊興?」


 アニマ、 遊興って何?

『女遊びの事ね』

 はーっ? 女遊びって何でっ⁉ 俺がーっ⁉


「ちょっと待ったーっ! メルドさん! 女遊びって何ですか⁉」

「隠さなくても結構です! お食事の後モーリスとお出かけになられたと、アイカから聞いております!」

「それは……まあ」

「お遊びは結構ですが、ちゃんと身を祓い清めるのがエチケットです!」

「お遊びって……」


 モーリスと出掛けたって言っても、あれはあの人が勘違いして連れて行っただけだし、廃村で遊んで来た訳じゃ無い。

 まあ、アニマが思う様に大暴れしてくれたから、ある意味傍観して楽しんじゃってたのは否めないけど……。

 すると、キャロルがちょっと待ったと手を上げた。


「メルド、その後の事は聞いてないの?」

「はい? その後の事? ……で、ございますか?」

「ハルト様は北の村を盗賊達から解放して下さったのですよ?」

「え? 北の村? 解放って……どういう事です?」

「で・す・か・らー! この街に寄生していた盗賊達を捕まえて下さったのですよっ!」

「はい? ……いつです?」

「ついさっき」

「……?」

「あそこの盗賊達は居なくなったのよ!」

「えーっ⁉ そ、それでは……モーリスとお出かけになったのは……?」


 メルドは驚いた表情で俺を見た。


「ああ、モーリスさんにあんなお店に連れてかれた時はビックリしましたよ。でも、そのまま店を飛び出して……あ、あの店の人達にも報告しなきゃ!」


 すると、キャロルとメリルが激しく反対してきた。


「だ、駄目ですっ! ハルト様!」

「そうです、ハルト様! 今夜は大人しくしていて下さい!」


 二人がそう言って両手を広げると、慌てて階段の前に立ちはだかった。


「でも、あそこの人達にも村を救ってくれって頼まれたんだよな……」

「それは……この街の誰もが望んでいた事ですから!」


 それにフライパンで気絶した婆さんも少し気になる。


「その時に、店の女の人に殴られて気を失ったお婆さんが……」

「え? 気を失ったお婆さん?」

「うん。あの婆さん、あの店の店長さんかな?」


 キャロルとメリルが顔を見合わせる様子を見て、メルドが思いついた様に手を叩いた。


「あ、大ママのフライさんですね⁉ 私から話しておきますから! それよりも、ハルト様! 勘違いしてすみませんでした!」


 メルドがそう言いながら深々と頭を下げた。


「あ、もう良いんですよメルドさん。頭を上げて下さいよ」

「本当に私ったら早とちりで、すみませんでした!」

「いえいえ、それよりも大ママのフライさん? あの人、大丈夫ですかね?」

「でしたら、すぐに宿の使用人に様子を見に行かせますので! ハルト様はごゆっくりとお休みください! それよりも、本当にすみませんでした!」


 すると、キャロルがまあまあとメルドを宥めながら俺に微笑んだ。


「ハルト様、明日になればその店の人達だけでなく、街の誰もが知る事になりますよ!」

「そ、そうです! ハルト様がこの宿に居る事は、この街の誰もが知る事になるでしょうし!」


 メルドもそう言って俺の顔色を伺った。


「え、そうなの? そんなに目立っちゃうの?」

「それはそうですよ! ハルト様は今や、エルの街をお救いになられた英雄様なんですよっ⁉」

「いや、俺は早くイーリスを見つけたくて、その為に邪魔そうな問題を排除しただけで……」

「それこそが偉大な事なのです! この街の事は、これまで女王陛下に何度もお願いしていた事なのに……」


 すると、メリルが遠慮がちにキャロルを制止した。


「キャロル様、それはハルト様に話す事では……」

「そ、そうね。申し訳ございませんハルト様、どうかお気になさらずに」


 そう言ってキャロルは頭を下げた。

 女王って……この国って女王が統治してるのか。


「ハルト様、お探しのイーリス様とおっしゃる方も、街の中には知る人も居るやも知れません」


 町長がそう言うと、キャロルとメルドが顔を見合わせて頷いた。


「そうですね、きっと……」

「ええ、明日の夜までにはお母様からお返事もあるでしょうし」

「そうですか……何だかすみません、お願いします」

「そんな、ハルト様! 私共に出来る事は何でもさせて頂くつもりでございます! 何でもおっしゃって下さい!」

「あ、ありがとうございます」


 何だかそこまで言われちゃうと、逆に恐縮しちゃうけど。

『でも、イーリスの情報は出来る限り欲しいところよね』

 そうだな、逆に目立ったのは好都合かもしれない。


「ではハルト様。そろそろご入浴をなさって下さいまし」

「あ、やっぱ臭い?」

「え? いえっ! 決してそんな事はっ!」


 慌てて否定するメルドを庇う様に、キャロルがメリルと顔を見合わせた。


「ハルト様。お休みの前に出で湯にて身体を清めるのが、古くからこの街の慣わしでございます」

「出で湯?」

「ええ、この街の東に源泉があって、この宿はそこから温泉を引いているのです」

「温泉ですか! それは凄いですね。じゃあ、お言葉に甘えて戴きますか」

「ではこちらへどうぞ」


 メルドに案内されて彼女の後をついて行くと、どういう訳かキャロルとメリルもついて来る。

 ひょっとして、俺のお背中を流しますとか?

『何を馬鹿な事を……』

 うっさいなー、ちょっと期待しただけじゃん。

『そんな事されても動揺する癖に』

 うっ……。

 しかしまあ、キャロルはこの街の領主の娘で……次女って言ってたっけ?

 で、親である領主がこの街を治めていて、その領主は女王に仕えてる訳か。

 俺が居る世界と違い過ぎて良く分からないけど、女王陛下が治めるこの国には領主とか貴族とかが他にも沢山居るって事か。

『君主制って事でしょうね』

 ああ、この世界の事を少しは知っておかないとな。

『うん、一度接触した人達の感情から、出来る限り情報収集してみる』

 うん、頼むよ。


「さあ、ハルト様。こちらでお召し物をお脱ぎになって下さいませ」

「あ、はい」


 メルドに案内された先は、脱衣場の様な広い部屋だった。


「では、ハルト様。私共はあちらですので」

「失礼致します」


 キャロルとメリルがそう言って頭を下げた。


「あー、うん。またね」


 やっぱり一緒とはいかないか。

『一緒だったら困る癖に』

 だから、一々うっさいよ。


「では、ハルト様。私は戻りますので、ご用がありましたらメリルにお伝え下さいませ」

「はい、どうもありがとうございます」


 支配人のメルドが脱衣場から出て行った後、少々躊躇しながらも服を脱ぐ。

 そして浴室の開き戸を開けると、広い洗い場と大きなお風呂が見えた。


「おお、大きいお風呂だな! これなら友香さんと沙織さんも喜びそ……うだ」


 ふと、友香さんと沙織さんを思い出してしまった。

 俺はゆっくりと湯に浸かりながら考える。

 異世界へ帰ってしまった沙織さんとの別れは仕方ないとしても、俺の家で一緒に住む事になった友香さんは切な過ぎるだろ……。

 何だかバタバタと同居する事になってお嫁さん候補になってしまったけど、初めて異性と特別な関係になったのは初めてだし、彼女と一緒に生活するのが楽しみだったけどさ。

 俺が居なくなった事で友香さんが気を悪くしなきゃいいけど……。

『早くイーリスを見つけないとね』

 アニマが俺の気持ちを察して声を掛けてくれた。

 ああ、そうだよな。

 友香さんだけじゃない。

 家には愛美や蜜柑、朝比奈さんや夜露さんだって居る。

 メアリーさんや灰原さんも……。

 しかも、海外に行っていた父さんや母さんだって帰って来るのにな。

 てか、プライベートビーチでエンジョイするイベントがあった!

 こ、これは何としてでも早くイーリスをとっ捕まえないと!

『あのさ……今それ? 明らかに今、モチベーションアップしたけど?』

 あ、いや、邪な気持ちは無いけどっ⁉

『まあ、嘘は見抜けるけどさ。そんなに楽しみなんだな~って』

 じゅ、純粋にっ! だよっ!

『あたしにしたら、成長した愛美を感じる方が感慨深いけどね』

 な、何でアニマが感慨深いんだよ。

『そりゃ、あたしの妹でもあるんだもん。当然でしょ』

 そっか、アニマって俺の中に居る訳だし、アニマの妹でもあるのか。

『そゆこと~』

 さてと、そろそろ出るか。

 俺はあまり長湯をするタイプでは無い。

 そう思って出ようとした時、アニマが付近の変化を感じた。

『あら? 二人が来たよ、何だろう』

 え?

 俺は近くの変化を無意識に感じ取る事があったのだが、それは潜在意識の中に居たアニマが俺に教えていたからなのだ。

 異世界という場所で持って生まれた、ある種の危機察知能力なのだろうが、一般の地球人よりも俺のパーソナルスペースはかなり広い様だ。

 少し意識を集中すると、俺にもキャロルとメリルが浴室の外、脱衣所辺りに立っているのが分かった。

 もう部屋へのお迎えとか?

『まさか、ハルトみたいに早風呂?』

 まさかだよね?

 女の人はお風呂って結構ながくない?

 出ようと思っていたが、俺は思わず湯船に深く浸かった。

 湯船から顔だけを出して様子を伺っていると、扉の前に居たメリルが大浴場の開き戸を少し開けた。


「ハルト様、メリルでございます。失礼致します」

「あ、キャロルも失礼致しますっ!」

「えっ⁉ な、何ですかっ⁉」

「せめてものお礼に、お背中を流させて頂きたく……」

「えーっ⁉ いやいやいや、そう言うのはっ!」

 
 慌てて否定するが、開き戸を開けて二人が大浴場に入って来た。

 
「うわっ! ちょ、ちょっと……あれ?」


 だが、入って来た二人は薄い服を着ている様だ。

『あら? 湯浴み着って奴かな?』

 ゆあみぎ?

『お風呂で着るものね』

 な、何だ……そうだったのか。


「そんな事おっしゃらずに、ハルト様」

「そうです、ご遠慮なさらずに」

「で、でもねっ! 俺は裸だしっ!」


 だが、妙に二人共裸の俺を前にして動じない。

 この世界の女性ってみんなこんな感じなのっ⁉


「ハルト様ったら、最初の出会いは一糸纏わぬお姿でしたわ?」

「そうですよ、何を今更ですわよ?」


 そう言って二人が悪戯っぽく笑う。

 そういやそうだった……。


「う……確かに……。じゃ無いよっ! あれは仕方なくっ!」

「まあまあ。さあ、こちらにお座りになられてくださいまし」


 そう言ってメリルが薦めた腰掛に座らされ、俺は二人に背中を洗い流されたのだった。


   ♢


「な、何だこの部屋は……」


 その後、宿泊するという部屋に案内された俺はまた驚かされていた。


「どうです? お気に召されましたか?」

「この部屋は私のお母様のお気に入りなんです」

「あ、ああ。部屋の中に幾つも小部屋があって、一人で泊まるには勿体無い位だ……」

「そうでございましょう? あ、私共もこの部屋に宿泊予定ですが……」

「あ、そ、そうなんですか?」

「ええ。ですが、主寝室は勿論ハルト様にお休みになって頂きます」

「あ、そうですか? 何だかすみません」

「いえっ! ご用が有りましたら直ぐに対処出来る様にと、同室にさせて頂いたのはお嬢様のご提案でございます」

「メリルっ! それは言わなくても……」

「すみません、キャロル……さん」

「そんなっ! キャロルとお呼び下さい!」

「あ、はい」


 何だか気まずくなってちょっとした沈黙が流れると、不意にショロショロと水の音が耳に入り、それがまた妙な現実感を呼び起こす。

 そういや、俺の部屋にもあったっけな……噴水。


「ここにも部屋の真ん中に噴水があるし……」

「はい。この噴水は街の湧き水なんです」

「湧き水?」

「はい。遥か北の山の雪解け水が地下を通り、永い年月をかけてこの街に湧いているのです」

「へ~、そうなんですね」

「ええ。では私共は隣の部屋におりますので、ご用がありましたらお声がけ下さいませ」

「あ、うん。どうもありがとう」

「では、おやすみなさいませ」


 キャロルとメリルが部屋を出て行くのを見届けた後、俺はベッド横の窓から顔を出して辺りの景色を見た。

 勿論空は真っ暗ではあるが下の通りには明かりが灯り、大勢の人が出ていて何やら賑わっている。

 何だか夜店も出てるぞ?

『凄い喜びようね~』

 そうか、村の皆が解放された事で街の皆が喜んでるのか!

『あの盗賊達がどれだけ街の皆の脅威だったのかも、これでハッキリわかったわね』

 あ、ああ。

 あの廃村にいた盗賊達が全員捕まった事で、老若男女問わず街の皆が喜びあっているのだ。

 しかし、あんなに喜んで貰えると何だかこっち迄嬉しくなってくる。

 なあ、アニマ……人が喜ぶ事をするって気分が良いな。

『あ、でも、これをハルトが優越感として喜び始めたら、あたしがキッチリ意識修正するからね?』

 え? あ、ああ……気を付ける。

『水を差す様で申し訳ないけど、今のハルトにはあたし以外こんな事言えないと思うから』

 そう? でも、アニマが居るから俺が居るって事もあるしな。

『そう考えて貰えると生まれて来た意味があるって事ね』

 そうか……アニマは俺が生まれたと同時に俺の中で生まれてるんだよな。

『こうやってわたしがハルトとやり取り出来るほどに成長出来たのは、やっぱりこの世界へ来たからだよ』

 そうだよな、俺が気を失って目を覚ましてからだ。

『これまではこうやってやり取り出来なかったから、あのままずっとハルトの中で存在しているだけだと思ってたけどさ~』

 そうか、それはかなり窮屈な気分だな……。

『あ、でも、案外そうでもないんだよ?』

 え? そうなの?

『うん。ハルトの身体はいつでもコントロール出来るし』

 え……えーっ⁉

『は? 気付いて無い訳無いでしょ? 嫌な奴に絡まれた時だって、あたしが避けてたじゃ~ん』

 あ、フードコートとか?

 あの時は無意識に身体が避けて流石に驚いたけど。

『あ~そうそう! あの人達、ルーナとユーナに邪な感情で近づいて来たから大っ嫌い!』

 あー、うん。確かに。

『よりによってあたしの親にーっ!』

 へ?

『は?』

 あ、そっか! そうなるんだよな。

『何を今更……』

 悪い、悪い!

 何だかアニマと俺が同一ってのに慣れて無くて。

『あたしにしたら産まれた時からこんなだから、何も違和感は無いけど~?』

 そっか……ずっとそうやって生きて来たんだからな。

『そんな他人行儀な……』

 あ、まあ、アニマが居てくれて俺は嬉しいよ!

 これからは独りで居ても、絶対に孤独感は無い訳だ。

『まあね~、でもこの世界へ来てからわたしも成長したしさ。何て言うのかな、何でも出来る気がする!』

 はい?

 何でもって……例えば?

『ん~、具体的に何が出来るのか試してみないと何とも言えないけど、要は可能性って言う奴よ!』

 あ、そっすか。

『何よ……そうやって子供の成長に興味なさげな態度は良くないんだよ?』

 誰が子供だよ……。

『あたし達まだまだ成長段階よ? 覚醒したばかりだし。ルーナやユーナとずっと一緒に居て、それが分からない訳無いでしょ?』

 あ、まあ、それは……分かってるよ。

『あ、そうそう、キャロルの件だけど……』

 キャロルがどうかした?

『領主の次女でこの街を含めた、この辺り一帯を治めているのは分かってるよね?』

 ああ、聞いてる。

『あの子、両親も手を焼いていたこの街に、今回の様に何度も赴いては領民を元気づけていたらしいよ』

 そうなんだ?

『うん、ハルトの背中を二人が流してくれていた時に、彼女達の意識を探ってみたんだけどさ』

 そ、そうだったのか?

 俺はドキドキしててそれどころじゃ無かったんだが。

『まあ、それは知ってるから。で、キャロル自身は純粋に領民の皆を護ろうと動いているんだけど、メリルにしてみたら領主であるキャロルのお母さんが、娘を心配しているのが気がかりなのよ』

 そりゃそうだろうな。

 あんな盗賊が街へ向かう道の途中で蔓延っていた訳だからなぁ。

『でも、キャロルに仕えているメリルにしたら、彼女の想いにも応えたい訳よ』

 ジレンマ……か。

『うん。そして、領主であるキャロルのお母さんも、何かと心労が絶えない様よ?』

 どうして?

『長女の結婚問題や領土の治安維持、この国の行く末等々ね』

 結婚問題とかって、母親なら何かと心配もあるだろうけど、この国の行く末ってどうなの?

 やっぱり領主さんともなると女王陛下に近い存在だろうから、俺に想像も出来ない程の心労もあるんだろうな。

『この国の直面している問題の一つに、近隣諸国との外交問題ね』

 あー、そうなの?

『うん。国土を守るための戦争も懸念している様ね』

 マジかよ!

『まあ、冷静に考えたら国同士の争いごとはあるでしょうけど……』

 ああ、地球の歴史から見ても、そんな争いは幾度となく繰り返して来た様だしな。

 しかし、自分の身近な所でそんな事が起きるとはまだ信じられない。

 というか、信じたくも無い。

 だが、これが異世界か……。

『異世界って言ってもさ、わたしたちがここに居る時点で、既にここは異世界じゃ無いかもよ?』

 な、何だと……そんな事、考えてもみなかった。

 しかし、よくよく考えたらそうかもな。

 この世界に生きている人は誰一人として、ここが異世界だと思う筈も無いだろう。

 この世界で俺だけが異世界だと認識している訳だ。

『こうなったら、イーリスを探しながらこの世界で出来る事を出来るだけやっておこうよ』

 出来る事を出来るだけ……か。

 そうだな、やっておくか。

『あたしも何が出来るか試してみたいし』

 ああ、お前となら何とかやれそうだ。

『うんうん』

 それならそうと、早くキャロルの親って言うか、領主さんに会って置かないとな。

『じゃあ、少し私は休むからね~、おやすみ~』

 ああ、お疲れさん。

 覚醒した俺の身体は睡眠不足を感じなくなっている様ではあるが、この世界へ来た瞬間にぐっすりと寝ていたのも影響しているのか、今は疲れや眠気は全く感じない。

 俺はそっと窓から下の通りを見下ろすと、嬉しそうに大騒ぎをしている人々を眺めた。


 ♢


 その後の俺は、大きなベッドに横になったまま街のサーチをしてみたり、イーリスの捜索をしていたがアニマが休息中だからなのか、その捜索範囲はかなり狭かった。

 意識を集中してもこの部屋の周りが限界の様だ。

 やはり、特殊な能力にはアニマの力が大きく作用しているのだろう。

 それでも収穫がある。

 ここの一日が、地球時間の凡そ三十時間だという事が分かった。

 一年が十八か月かもとかアニマが言っていたが、一日が三十時間という事はもう少し少ないかも知れない。

 だが、そのカレンダー的なモノは良く分からん。

 そもそも太陽だって元の世界とは違う訳だし、それを回る地球とは違うこの星が、どの様な惑星なのかも分からないからな。

 それに、地球の様に太陽の周りを一周して一年と言う定義も、この世界に当てはまるかも疑問だ。


 ベッドから起き上がり窓の外を見ると、空が薄っすらと明るくなってきている。

 それでも日は登る……か。

 そう言えば、騒いでいた声もいつの間にか聞こえないな。

 窓から顔を出して下を見下ろすと、あれだけ騒いでいた人達もいつの間にか疎らになっており、酔い潰れたのか路上でそのまま寝ている人も数人居た。

 まあ夜通し大騒ぎしていたから流石に疲れたのだろう。

 それだけ嬉しく思ってるんだな。

 さてと、夜明けまではまだ時間がありそうだし、俺もベッドに横になって少しだけ寝てみるか。

 寝なくても身体を休めるのも必要だろう。

 俺はハーブの香る柔らかな枕に顔を沈めるとそっと目を閉じ、先程の街の皆の喜び騒ぐ姿を思い浮かべては、自然に湧き上がる笑みを堪える事も出来ずにいた。


 ♢

 この部屋の外でキャロルとメリルが話している事に気付いて目を覚ました。

 ベッドに横になった時は寝られるとは思わなかったが、それでもいつの間にか少し眠っていたらしい。

 普通は聞こえない程の小声であっても、彼女達の声を音声と言うより彼女達の僅かな振動として察知し、その内容は理解出来ている。


『ねえ、メリル。ハルト様はお目覚めかしら』

『どうでしょう……昨夜はあれだけの偉業を成し遂げられた訳ですし、もう少しお休みになられた方が……』

『でも、お腹は空くでしょう?』

『そうですねぇ、そろそろ朝食のお時間ですし……』


 どうやら俺が腹を空かせていないか気にかけてくれている様だ。

 あれこれ思い悩ませるのも気が引けるし、こちらから声を掛けてみるか。


「おはようございます。キャロル、メリル」

『あら⁉ ハルト様のお声が!』

『ええ! お目覚めの様ですね⁉』

「ええ、どうぞお入りください」

『やっぱり⁉』

『あ、おはようございます! 失礼致します!』


 二人がそっと部屋のドアを開けてこちらをおずおずと見た。


「そんなに恐縮しないでよ。何だか妙な気分になるし」


 苦笑いを浮かべてそう言うと、二人は部屋に慌てて入り込んで頭を下げた。


「す、すみませんっ!」

「申し訳ございませんっ!」

「あ、いや、ホントにそんなに畏まらないで? こんな部屋まで用意して貰って、感謝してるのはこっちなんだから」

「いえっ! とんでもございませんっ! 街を救って戴いてきちんとしたお礼も出来ずに……」

「そうですっ! 母から、いえ、領主としても感謝の意を表させますのでっ!」

「いやいや、そんなっ! もう十分皆さんの気持ちは伝わってますよ」


 そう言うと、二人は唖然とした表情で俺を見ている。


「ハルト様……何というお方でしょう……」

「まるで……神……様」


 そして二人は顔を見合わせた後、ハッと驚いた表情で俺を見た。


「はぁ? 何を言ってるんですかっ!」


 だが、二人は俺を驚愕の表情で見つめたまま目を逸らさない。


「ち、ちょっとっ! ホントにそんなもんじゃ無いですってばっ! 昨日言ったでしょ? 俺は異世界から来たんだってばっ!」

「それは伺っておりますけど……」


 すると、メリルが何かを思いついた様に俺を見た。


「あ、そう言えば! ハルト様のお着替えを何着かご用意しております!」

「そうでしたわっ! メルドにハルト様のお着替えを用意させておりました!」

「あ、そうですか⁉ それはありがとうございます!」

「では出で湯に入られてからお着替えを」

「ああ、朝風呂ですか、いいですね」

「お背中を……」

「あっ! 結構ですっ! 一人で入りますからっ!」

「そ、そうですか……」


 その後朝風呂から上がると、待ち構えていたメリルとキャロルに甲斐甲斐しく着替えの世話をされた。

 まあ、朝から女性に背中を流されるよりマシか。

 着替えを済ませ、そのまま二人に案内されて一階の食堂へ向かうと、既に多くの人が食堂の席を埋め尽くしている。

 それどころか、店の外の大通りにまで人が集まっているでは無いか。

 そして俺達の姿を見るや否や、もの凄い歓声が沸き起こった。


「な、何だっ⁉ 朝から大盛況だな」

「勿論、ハルト様を一目見ようと集まっているのですよ」

「え?」


 アイカがそう言って俺達を例の席へ案内をしてくれた。


「俺を見ようと? ……マジかよ」

「昨夜お伝えした通りになったでございましょう? この街の全ての人がハルト様に感謝しているのでございます」

「それにしても、こんなに……」

「この十数年、こんなに街の人達が笑顔になったのは、全てハルト様のお陰なのです」


 俺にしてみれば何の事はない不届き者への成敗が、こんなにも多くの人を救える事になったとは……。

 それから暫くして、食事を始めた俺達の元へ給仕が近寄って来た。


「キャロル様、失礼致します。ミランダ隊長がお見えですが……」

「そう? 通して下さいな」

「承知いたしました」


 暫くしてミランダが席まで来ると、キャロルへ頭を下げた後、俺に対して跪き深々と頭を下げた。


「ハルト様! この度の事、改めて感謝の言葉もございません!」

「あ、いえいえ! あれで良かったんですね?」

「はい! 野盗は一人残らず留置しております。そして村に捕らえられていた人達も全て無事でございます」

「それは良かったです……でも」

「はい?」

「捕らえられていた人達のこの先はどうなるの? 住む所とか、家族とかとちゃんと会えるのかな?」

「え……それは、まだ保護しているだけで……」

「出来たらあそこに捕まる前の状態に、出来るだけ戻せたらいいんだけど……」

「は、はい……」

「あ、あいつらあの村に金品とか貯め込んで無かったです? 盗賊って位だから何かありそうだし? 俺がちょっと探せば良かったなー、今気づいたよ。ミランダさん、あそこに金目の物が何かあれば、それを少しでも村に居た人達にあげることって出来ません?」

「そ、そこまでお考えを……」


 跪いていたミランダが驚いた表情で俺を見上げると、キャロルとメリルがガタッと立ち上がって俺を見た。


「そ、そりゃ、そうですよ! 男の人は殺されたと聞いているし、中には家族も殺された人も居ると思うんです。出来る限りこの後、あの人達の不自由の無い様にして貰えたら良いんだけど……俺には手持ちのお金とか無いし……」

「ハルト様……」


 ミランダが目に涙を浮かべて俺を見上げている。

 すると、俺をジッと見つめていたキャロルが呟くように言った。


「やはり……神使様でございますね……」

「は? しんし?」

「ええ! 私もそう確信しましたっ!」

「はいーっ?」


 メリルもそう言って俺を見つめた。

 なになに⁉ 神使って何よっ!

『神の使いって事ね』

 な、アニマ起きたか⁉

『とっくに起きてたけど?』

 い、いつから⁉

『キャロルとメリルが部屋に来た時』

 俺が起きた時じゃん!

『あたしが起きて無きゃ、寝ているハルトが二人の声に気付く訳ないじゃん』

 あ……そっか。


「神使様っ!」


 そう言うと、キャロルとメリルがその場で跪いて頭を下げた。

 すると、その様子を見ていた店中の人々がガタガタと跪いて、彼女達の真似をする様に頭を下げる。

 いつの間にか店の外で見ていた人達も、これは只事では無いと言う様子で、キャロル達の真似をする様に跪いてしまった。


「な、何でそうなるのーっ⁉ ちょっと、キャロルーっ!」

「神使様っ! 恐れ多くもお願いがございますっ!」

「は、はいーっ⁉」

「我が領主の願いを聞いては戴けませんかっ⁉ 多くの領民、多くの国民の命を救って戴きたいのですっ!」

「ちょ、ちょっと、キャロル?」

「私からもお願いですっ! この願いを聞いて戴けるのであれば、私のこの命、いつでも捧げる覚悟がございますっ!」

「だ、駄目よっ! メリルがそんなお願いをしたらっ!」

「いいえ、お嬢様っ! 私の命などではとても釣り合わないと存じておりますが、それでもこのメリルはっ!」

「ちょっと待てーっ! 落ち着けーっ!」


 何だってんだよ一体。

『何だか、凄い状況になったわね』

 あ、ああ……どうすんのこれ。
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