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第十一章 四国連合会議

50本目

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 俺は王都でも指折り料理店のシェフをしている男だ。今日は王都に新しくオープンするスィーツメインの店に来ている。なんでも王家主催のコンテストで優勝した者の店らしいのだが、その優勝者は商人であって菓子職人ではないらしい。

 長年修行を積んでようやくメインシェフになった俺からすればぽっと出の商人がたまたまアイデアが当たったから金に物を言わせて出した店などすぐに廃れる事間違いないだろう。

 なんでそんな店にやって来ているかと言えば、同じ料理店の菓子職人であった元同僚のビーンがわざわざ俺に食べに来いなどと言ってきたのだ。
 奴とは同期で下積み時代から共に頑張って来た仲間だと思っていたのだが、コンテスト優勝者に誘われてあっさりと店を辞めてしまった……馬鹿な奴だ。

 どちらにせよ今は長く続くブームで美食が注目されている。お菓子などあくまで添え物、メインとサブだ。ビーンの奴はその俺の考えが気に入らないのか昔からやたらと突っかかってきていたな。

 そのビーンが自信満々な面で俺に食べに来いなどと言ってきたんだ。だから来てやったんだ……しかし随分並んでいるな。とはいえ開店初日だから盛況なのはあり得るだろう。

「ふむ、外観はなかなか立派じゃないか……まぁ金持ちの商人が作らせた建物なんだからこれくらいは何とでもなるよな」

 建物は最近流行のセメントを利用した建物では無く、木材を利用したているようだ。だがむしろ流行の建物よりも高級感の漂う作りに見える。

 おっと、あれはテラス席か? ウッドデッキのテラス席で男女のカップルや親子が笑顔でお菓子を食べている。しかもどうやって用意したのかテーブルや椅子は切り株その物を使っているのか? テーブル中央から伸びている木が日よけの傘になっている……まるで森の中でお菓子を食べているような雰囲気だ。

 今の時代、俺の世代ですら戦争を知らない。治安が良くなり盗賊なども殆どいなくなったとは言えモンスターなどは少なからずいる。一般人が森の中に入る事など田舎の村くらいしかあり得ないだろう。それを疑似体験できるのは面白いな。

「いや、建物の作りがよくても肝心の菓子の味が駄目なら意味が無い」

 俺は誰にでも無く呟く。おっと、そろそろ順番がやってきそうだな。

「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」

「ああ、一人だ」

 俺を迎えた女性店員は清潔感のある制服を着ていた。シミひとつ無い真っ白いシャツに膝下までのスカートにエプロン。生地も良い物を使っているように見える。そして驚くべき事に店の全員が同じ制服で統一されているようだ。

 こんな店はそれこそお貴族様が利用する店でもないとあり得ないぞ、本当にここは庶民の店なのか? 俺は内心焦りながら周りを見渡すが、客層はどうみても一般庶民に見える。

「相席で宜しければすぐにご案内出来ますがいかが致しましょうか?」

「あぁ、かまわない」

 目の前の店員……それこそ俺の娘と同じくらいの年に見える……が綺麗な言葉遣いで提案してくる。まさか、全員このレベルで接客できるんじゃないだろうな?

 俺は驚愕を悟られぬように前を先導する女性店員の後をついて行った。

「こちらのお席におかけになって下さい」

 俺は勧められた席に座る。向かいには俺と同い年くらいの男性が唸りながらお菓子を食べている……まさか、同業者か?

「お水はおかわり自由です。こちらがメニューになります。お決まりになりましたらお呼び下さい」

 目の前に水の入った木製のコップと薄い本のような物が置かれた。

「いや、水は頼んでいないが」

「お水は無料です。おかわりもこちらのポットに入っておりますのでご自由にどうぞ」

「そ、そうか、ありがとう」

 なんてこった、水が無料だと……おお、しかも冷たいぞ!? こんな冷えた水が無料で飲めるなんて……うまい。


  ……俺は夢でも見ているような気分で薄い本……メニューを開いた。
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