戦国姫城主、誾千代の青春

万卜人

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第三章 初陣

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 天正九年霜月──。
 目覚めると、城の内外が騒然としていた。
 誾千代は、寝床から起き上がると、掌を打ち合わせて、侍女を呼び寄せた。
 ほどなく、朝日に照らされている障子に人影がして、侍女が控える気配がした。誾千代は、障子に向かって話し掛けた。
「この騒ぎは、何ゆえじゃ?」
 からりと障子を引き開け、誾千代の身の回りを世話する侍女の中で、最年長のお蓮が、持ち前の長い顔を突き出した。
 お蓮は興奮で、顔を赤らめていた。
いくさで御座います! 秋月勢との戦で御座います! 皆様、戦の支度で、大童おおわらわとなっております……!」
 一気に捲し立てると、今にも飛び立ちそうに、そわそわと周囲を見回した。
 敵は秋月! となれば、大将は、筑前守種実たねざねに違いない。
 秋月氏は、以前は大友氏に仕えていた。しかし天正五年の〝耳川の戦い〟で、大友氏が島津勢に大敗を喫すると、俄かに見限り、龍造寺や島津に接近して、反抗するようになった。
 以来、数度にわたり、戦いを仕掛けてきたが、道雪はその度に、退けている。大友氏にとっては、宿敵ともいえた。
 今度こそは、滅ぼしてみせる! それが立花城内の、固い決意であった。
 誾千代の胸にも、熱い興奮が込み上げてきた。侍女のお蓮と同じく、じっとはしておれず、誾千代は寝所を飛び出した。
 廊下に出ると、眩しい初冬の日差しが、誾千代の目を射た。きりりと空気は引き締まり、吐く息が白い。誾千代は飛ぶように廊下を駆けると、大急ぎで履物を探した。
 移動する間にも、城内を駆け回る、家来たちや、小者の喚き声が聞こえてくる。
「急げ! 敵は待ってはくれぬぞ!」
のぼりはどこじゃ? 馬印はきちんと、揃っておるか? ええい、用意はいつになったら、整うのじゃ? 日が暮れるわい!」
「儂の鎧がないぞ! 兜だけで戦えと申すのか? 何、刀も御座いません? 冗談もたいがいにせいっ!」
 城内は興奮の極に達していた。
 誾千代は、喚き合い、どたばたと駆け回る城の男たちから、熱気を感じていた。皆、怖れより、期待感が横溢している。誾千代もまた、胸の弾みを押さえ切れない。
 後世には戦国時代と総称される、この時代。人々にとって、戦争は悲劇ばかりではなかった。戦いに勝利すれば領土が増えるし、戦闘で目立った働きをすれば出世も見込める。
 上は将帥から、下は足軽まで、戦いこそ生き甲斐、という時代だった。
 戦いに興奮するのは、武士ばかりではない。百姓にとっても戦争は稼ぎ時で、落ち武者狩りなどで、稼ぐ機会が巡ってくる場合も、あった。
 大手門へ向かう騎馬の列が、誾千代の注意を惹いた。
 先頭の騎馬武者は、父親の道雪。隣に、甚兵衛が従っていた。今日の道雪は、全身が黒尽くめの鎧兜に身を包み、槍持ちが大身の槍を掲げて、控えていた。
「父上! 妾もお供に加えて下さいませ!」
 誾千代は、自分の言葉に驚いた。今の今まで、戦いに加わるなど、丸っきり考えていなかったのだが、騎乗の道雪を見た瞬間、一気に戦場に出たいと、欲求が突き上げた。
 道雪は誾千代の言葉に、ぐいっと馬上で身を捻った。道雪の急激な動きに馬が驚き、鋭く嘶くと、前足を宙に足掻かせた。
 道雪は手綱を力強く引き、馬を力任せに屈服させる。
「正気か? 誾千代! 汝は女じゃぞ!」
 誾千代は食い下がった。
「女でも、戦場に出た実例は御座いましょう? 誾千代は、是非とも父上と同道いたしたく、存じます!」
 誾千代は一歩さっと前へ出て、道雪の手綱を無理矢理、握り締めて叫んだ。
「馬鹿っ!」
 道雪は鋭く叫ぶと、まだ足掻いている馬を御しながら、鞭を振り上げ、手綱を握る誾千代の手元を、びしっ、と叩いた。
 誾千代は「あっ!」と小さく悲鳴を上げ、手綱から手を離した。
「御父上、誾千代殿を、お連れしては如何で御座いましょう?」
 不意に呼び掛けられ、道雪と誾千代は、同時に、声の方向に目を向けた。
 声を上げたのは、彌七郎だった。緋おどしの鎧に、南蛮鉄の兜、細身の大小を腰に差し、小者に馬の口取りを任せている。
 兜の庇の下から、陰気に光る両目が、誾千代を見詰めていた。
 丹生島城で誾千代と対面して後、彌七郎は岩屋城から、立花城へ移っている。が、まだ十二歳とあって、誾千代との同居は果たしていない。正式に同居するのは、元服を待ってからと、決められていた。
 名前も、高橋彌七郎から、戸次彌七郎となり、正式に道雪の聟養子となっている。今日の出陣は、彌七郎の初陣だった。
 彌七郎の言葉に、道雪は態度を改めた。
「なぜ、誾千代を戦場に連れて参りたいのじゃ? これは、遊びでは御座らんぞ」
 彌七郎は、誾千代に向かって、薄笑いを浮かべた。彌七郎の心から、誾千代に向かって、露骨な性欲が浴びせられ、誾千代は彌七郎の欲望に唇を引き締めた。
 本当なら身震いをしたい衝動が込み上げるが、誾千代は他人の思考に一切、表情や態度を変えないよう、己を律していた。一々、反応しては、他人に変と思われる。
「誾千代様と、拙者はすでに夫婦。俗に、夫婦同心と申します。戦場で共に戦うとは、欣快至極では御座いませんか?」
 聟に説得された形になり、道雪は両目をぐるぐる動かして、誾千代と彌七郎を交互に見やった。大きく息を吸い込み、頷いた。
「良かろう! じゃが、くれぐれも軽はずみな真似をするでないぞ! どうしても同道したいのであれば、すぐ支度せよ!」
 誾千代は、父の許しに「はいっ!」と大きく返事をして、まっしぐらに自室へ駆け戻った。
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