戦国姫城主、誾千代の青春

万卜人

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第三章 初陣

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 誾千代の出陣に、立花城内総ての将士は奮い立った。
 この日の誾千代の出で立ちは、真っ赤な陣羽織に、立烏帽子を被り、薄紫の袴という、芝居にでも出てきそうな派手な格好だった。
 額には、きりりと白の鉢巻を締め、髪の毛は後頭部できっちりと縛り上げた。前髪は靡くままにし、額から伸びる一条の白髪が、日差しを受けて、きらりと輝いた。
 道雪は誾千代の出で立ちを見て、呆れたような声を上げた。
「誾千代。そのような、ど派手な格好、敵の格好の的となろう。全く、女は戦を知らぬわい……」
 後は、ぼやきになった。
 誾千代はわざと、父親の前で笑い声を立てた。
「父上の仰るとおり、妾は女に過ぎませぬ。ですから、敵の的にならぬよう、後ろに下がっておりますから、御安心を!」
 道雪は渋面を作ったが、それでも頷いた。
「それなら、良し。じゃが、甚兵衛を側につけるぞ。甚兵衛! 其方は誾千代を守っておれ! くれぐれも、一騎駈けなど企てぬよう、きつく申しておく!」
 甚兵衛は道雪の命令に、大きく頷いた。
「心得まして御座る! 拙者、誾千代姫を必ずや、お守り申し上げる」
 誾千代は、父親の脳裏に、五、六歳頃の、幼女が浮かんでいる光景を認めた。大きな両目が印象的だが、幼女の額には、一条の白髪が伸びていた。
 また幼い頃の自分を思い返しているな、と誾千代は思った。近ごろ、父親の道雪は、回想に耽る時が多くなったように感じる。
 かぽかぽと蹄の音を立て、彌七郎が馬を御して近づいた。
 誾千代は、試しに彌七郎の想念も読んでみた。
 読み取って、誾千代は驚愕に打たれた。
 また、自分の裸でも夢想していると思ったが、今の彌七郎の脳裏に浮かんでいた光景は、これから向かう予定の、地形だった。まるで絵地図でも広げたように、くっきりと山の形、川筋が克明に浮かんでいて、しかも彌七郎の想念には、はっきりとした色がついていた。
 普通、人は想念で光景を思い浮かべる時、あまり色はついていない。たまに赤や、青などの、単純な色が浮かぶ時があるが、たいていは、もやもやとした印象で、よほど想起力が強い人間が、隅々までくっきりとした形象を、思い浮かべられるくらいだ。
 そのような想起力が強い人間は、数が少ない。絵描きか、大工のような職人。あるいは戦を指揮する、道雪のような立場の者が、きちんとした形を思い浮かべる能力を磨いていた。
 前者は、想起する力が強くなければ、絵を描けないし、大工は、これから建てる予定の建物を思い浮かべられなければ、材木一本たりとも伐り出せないだろう。
 道雪ら、戦を指揮する立場にある場合、戦場の地形を把握できなければ、戦に勝てないだろう。
 しかし道雪のように、想起力が強い大将は、ごく稀だ。誾千代が今まで読み取った経験によれば、たいていの将は、ぼんやりとした印象しか、思い浮かべられない。おそらく、名将と、凡将の差は、想起力の優劣にあるのかも、しれなかった。
 今まで誾千代が読み取ってきた人間の中で、彌七郎の想起力は、特筆すべきものだった。あらゆる箇所に、眼前にあるがごとく、生き生きとした色が浮かび、草木一本にいたるまで、克明な形が思い浮かべられていた。
 なるほど、道雪が彌七郎に目を付けたはずだと、誾千代は納得した。まさか父親が、誾千代と同じ、他人の心を読み取る能力があるはずもないが、長年の将としての経験で、彌七郎にも、名将の器を見て取ったのだろう。
 立花城から軍勢が出発すると、前方から、もう一組の軍勢が近づいてきた。
「高橋紹運様の、軍勢で御座ります!」
 隊列の前方から、声が届いた。報告に、道雪は顔を綻ばせた。
「おお、紹運殿が……。早い到着じゃの」
 高橋紹運。道雪と同じく、大友氏の重臣で、この年、三十五歳。誾千代の聟、彌七郎の実父で、道雪の幾度にも亘る懇願に負け、実子の彌七郎を聟にする約定を交わした。
 道雪、紹運の隊列が合わさり、軍勢はおよそ二千に膨れ上がった。
「戸次殿! 此度は、必ずや、秋月めを叩き伏せる覚悟で御座る」
 道雪の横に並んだ紹運は、使い込んだ鎧兜に身を包んでいた。地味な色合いだが、連戦の痕を物語る細かな傷跡が残り、却って紹運の戦績を物語っているようで、誾千代の目には、頼もしく映った。
 顔つきは、彌七郎と違い、大振りの碁盤のような、ごつごつとした相貌をしていた。陽に焼けた真っ黒な顔に、白い歯が目立っていた。茫洋とした顔つきだが、細い両目が鋭く、視線は迫力に満ちていた。
 紹運の言葉に、道雪は機嫌良く頷いた。
「これは、頼もしいお言葉! この日が、修理大夫の天運が尽きる日となりましょう」
 挨拶を交わした紹運は、彌七郎の横で、馬に跨る誾千代に気付いた。
「道雪殿。もしや、彌七郎殿の横におわすのは……?」
 紹運に問い掛けられ、道雪は頬に血を昇らせた。
「娘の誾千代で御座る。女の身にて、出陣を願い出ましてな……。聟殿が同道を許可なさったので、しかたなく……。許されよ。決して、紹運殿に御迷惑はお掛けませぬ!」
 道雪の言い訳に、紹運は天を仰いで、かーっ、かっかっかっと、高笑いで答えた。
「なんの! これは、先々が楽しみで御座る。聟となっても、彌七郎は我が息子。息子の嫁が、このような勇ましい女性にょしょうとあれば、安心で御座る!」
 紹運の言葉に、道雪は安堵の表情を浮かべた。
「有り難き御言葉。感謝いたす」
 道雪が六十九歳、紹運が三十五歳と、二人は親子ほど年齢が離れている。しかし大友家の重臣として、完全に同列の意識で結ばれていた。
 豪放磊落の態度の裏に、誾千代は紹運の細心な心配りを、読み取っていた。
 紹運は誾千代の姿を目にした時から、脳裏に複雑な計算をしていた。内容までは読み取れないが、瞬時に誾千代と彌七郎の力関係を計算し、今のような遣り取りをして見せたのだろう。
 紹運の心は、冷やりとするほど冷静で、沈着さが目立った。外見ではいかにも奔放大胆さを装っていたが、内面は正反対だった。
 今、紹運が考えている内容が、もしも言葉で読み取れたら……と、誾千代は己の能力の限界に、舌打ちしたい気持ちだった。誾千代が読み取れる他人の心理は、思い浮かべる想念、感情に限られる。
 だが、万が一、考えている内容が、言葉で聞こえるようになったら、自分は狂ってしまうのではないか、とも誾千代は思い直した。
 今でさえ、夜、眠る時は、喫煙をして、自分の能力を封じなければならない。これで言葉まで聞こえるようになったら、さぞ毎日が、騒がしくなるだろう。しかも、耳を塞いでも、聞こえなくなるわけでは、なかった。
 誾千代が物思いに耽る間にも、軍勢は北西へと向かい、遂に鞍手に至った。
 道雪は軍勢の百名余りを割き、誾千代と彌七郎につけ、護衛とした。護衛にしては、ちょっと多過ぎるかもしれない。それほど、道雪は、二人の身の安全に、心を配っているといえた。
「あれが、穂波で御座る」
 道案内が道雪と紹運に向かい、行く手を指し示した。
 急角度で、山並みが迫り、間を細い川が通っている。平野部分は少なく、戦いは狭い場所で、押し合いし合いとなり、激戦が予想された。初冬の山肌には、葉を落とした木々が、細い枝を厳しい木枯らしに震わせている。
 戦場予定地を前に、道雪、紹運連合軍は小休止に入り、軍議を始めた。
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