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第三章 初陣
三
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床机にどっかりと座った道雪は、目の前の地面に鞭で大まかに地形を描き、ぴしりと指し示して、宣言した。
「まず、飯塚、嘉麻一帯を攻める! 秋月勢は堪らず、石坂から、我らを迎え撃つであろう。石坂の前方に兵を埋伏させておき、不意を討つ!」
道雪の説明に、紹運ら主だった将士は、一々頷いていた。
評定が続いていると、秋月の動きを探らせるため、派遣していた物見が戻ってきた。
素早く道雪の前に片膝をつくと、急き込んだ口調で、報告した。
「修理大夫の軍勢は、着々と当方へ近づきあり、すでに八木山を廻っております!」
「ほう……」と、報告を受けた紹運は、厳つい顔を綻ばせた。ちょっと空を見上げ、道雪に向かって口を開いた。
「意外と、秋月らは、素早いのう……。敵勢の姿を目にするのは、昼頃か?」
道雪は紹運の言葉に頷いた。
「左様。こちらも、愚図愚図はしておられぬ」
立ち上がると、軍配を高々と上げ、大声で叫んだ。
「出陣じゃ! 者共、名をこそ惜しめよ!」
道雪の激に、全軍「おお!」と声を上げた。
全軍が動き出し、誾千代と彌七郎は、馬を進めた。二人を見て、道雪は念押しをした。
「よいか、二人とも。くれぐれも申しておくが、軽はずみな行動は、厳に禁ずるぞ!」
誾千代と彌七郎は、無言で頷いた。誾千代は、少しばかり父親の懸念が、五月蝿く思えてきた。
全軍が動き始め、誾千代は手綱を握り締め、馬を御しながら、自分の気持ちに内心、首を捻り始めていた。
なぜ、従軍したいと、思ったのだろう?
幾度も父の出陣を見送ってきたが、自らも参加したいなどと思ったのは、今日が初めてだ。
誾千代は、自分の心を思い切り、広げてみた。
心を開放し、周囲に委ねた。
どっと、道雪、紹運連合軍兵士全員の想念が、誾千代の心に雪崩れ込んでくる。
兵士たちの心にあるのは、大半がこれから始まるであろう、戦いに対する期待だった。
恐怖も少々あったが、心を占めている感情は、ここで道雪や、紹運に働きを認めさせ、出世したいという熱意が、ふつふつと、滾っていた。
やはり、そうか──。
誾千代は、確信を深めた。
最近、誾千代は、自分が他人を探る能力の限界が、広がっていると感じていたが、正しかったようだ。十間ほどあった探知範囲が、今は倍に広がっている。
立花城で寛いでいるときも、城の外部まで自身の心が広がっている感じを覚えていたが、こうして多数の兵士と進んでいると、さらにハッキリしてきた。
兵士たちの興奮に、誾千代は影響された可能性がある。将士の熱気で、誾千代は思ってもいなかった、従軍への熱意となったらしい。
気をつけなければ、と誾千代は気持ちを引き締めた。周囲の熱気に押され、つい出陣してしまったが、これは誾千代自身の、本当の望みではなかったかもしれない。
軍列の歩みが止まり、誾千代は顔を上げた。
列の先頭で、道雪が軍配を上げ、全軍を停止させている。誾千代が彼方を臨むと、先頭で、連れ立っている紹運が道雪に会釈し、口を開いた。
「では、道雪殿。拙者は此方より飯塚へ押し出し、暴れ回ってやりますわい!」
「おお! 頼もしい御言葉。この道雪、紹運殿の暴れっぷり、とくと拝見致しますぞ!」
ニヤリと紹運は笑い返し、ぴしりっ、と音を立て鞭を入れると、跳ねるように馬を進ませた。大将の動きに、多数の槍持ち、弓隊、足軽などが、血相を変えて付き従った。
紹運を見送った道雪は、くるりと振り向き、全軍を叱咤した。
「紹運殿に遅れまいぞ! 我らは、嘉麻へ押し出す!」
道雪の声は、良く通る。七十を目前とした老人とは、とても思えぬ声量だった。
どどどっ、と音を立て、全軍が動き出した。
「えい! えい! えい!」
気を揃え、足並みを揃えて兵士たちは全力疾走になった。声を上げている兵士たち全員を、熱狂が支配した。
あまりの熱気に、誾千代はくらくらっ、と眩暈すら覚え、慌てて自分の心を閉じた。
乗っている馬も、周囲の熱気に甲高く嘶き、四肢を足掻かせた。口取りの小者が、手足を踏ん張って、馬が暴れないよう、必死に抑えていた。
「姫様っ、ここは危のう御座ります。もそっと、後ろへお下がりくだされっ!」
誾千代の様子を見て、背後から甚兵衛が喚いていた。
兵士たちの動きは、洪水のようだった。
誾千代と彌七郎を守る護衛の兵士たちは、怒涛のような兵たちの動きに、歯を食い縛って留まっていた。兵たちの心は、道雪に従い、暴れ回りたいと切望していた。それでも道雪の命令で、自分を抑えていた。
隣から、奇妙な声が聞こえ、誾千代は声の方向に顔を向けた。
「いいいいいいいっ!」
笛のような声を上げていたのは、彌七郎だった。両目を吊り上げ、顔色を蒼白にして、口許から白く、泡を吹き出していた。
「彌七郎様っ! 何をなさるっ?」
甚兵衛が彌七郎の異変に気付き、馬を寄せた。彌七郎は手綱を握り締め、背筋を反らして前方を睨み据えていた。
試しに彌七郎の心に、誾千代が探りを入れると、灼熱した鉄塊のような、彌七郎の狂気を感じ取り、誾千代は慌てて心の触手を引っ込めた。
「せ……、拙者も……さ、参軍致すぞ!」
途切れ途切れに答える彌七郎に、甚兵衛は両目をぐいっと、見開いた。
「いけませぬ! 彌七郎殿と、誾千代様は、ここにて控えておられるよう、道雪様のお達しで御座る!」
彌七郎を抑えようと、甚兵衛は馬を寄せて、手を伸ばした。
「黙れっ!」
彌七郎は、手にした鞭を振り上げ、甚兵衛の手首をびしっと、音高く叩いた。
「うわっ!」と甚兵衛が仰け反った。
彌七郎は両脚を振り上げ、踵を強く、馬腹に打ちつけた。
出し抜けの衝撃に、彌七郎を乗せた馬は驚き、棹立ちになった。振り落とされるか、と誾千代は危ぶんだ。
ところが、感心に彌七郎はしがみついたまま、そのまま鉄砲玉のように、前方へ飛び出していた。
「い……いかんっ!」
甚兵衛は呟き、唇を噛み締めた。甚兵衛の心から溢れた焦慮の感情を、誾千代は受け取った。
「甚兵衛っ、愚図愚図していられぬ! 我らも、聟殿を追うべし!」
誾千代は甚兵衛に向かって、叫んでいた。誾千代の叫びに、甚兵衛は呆気に取られた表情になった。
「誾千代様っ! 正気で?」
返事をする間も惜しく、誾千代は遠ざかる彌七郎の背中を睨んで、馬腹に蹴りを入れた。
脱兎の如く飛び出す馬の鬣にしがみつき、誾千代の心は躍っていた。
「まず、飯塚、嘉麻一帯を攻める! 秋月勢は堪らず、石坂から、我らを迎え撃つであろう。石坂の前方に兵を埋伏させておき、不意を討つ!」
道雪の説明に、紹運ら主だった将士は、一々頷いていた。
評定が続いていると、秋月の動きを探らせるため、派遣していた物見が戻ってきた。
素早く道雪の前に片膝をつくと、急き込んだ口調で、報告した。
「修理大夫の軍勢は、着々と当方へ近づきあり、すでに八木山を廻っております!」
「ほう……」と、報告を受けた紹運は、厳つい顔を綻ばせた。ちょっと空を見上げ、道雪に向かって口を開いた。
「意外と、秋月らは、素早いのう……。敵勢の姿を目にするのは、昼頃か?」
道雪は紹運の言葉に頷いた。
「左様。こちらも、愚図愚図はしておられぬ」
立ち上がると、軍配を高々と上げ、大声で叫んだ。
「出陣じゃ! 者共、名をこそ惜しめよ!」
道雪の激に、全軍「おお!」と声を上げた。
全軍が動き出し、誾千代と彌七郎は、馬を進めた。二人を見て、道雪は念押しをした。
「よいか、二人とも。くれぐれも申しておくが、軽はずみな行動は、厳に禁ずるぞ!」
誾千代と彌七郎は、無言で頷いた。誾千代は、少しばかり父親の懸念が、五月蝿く思えてきた。
全軍が動き始め、誾千代は手綱を握り締め、馬を御しながら、自分の気持ちに内心、首を捻り始めていた。
なぜ、従軍したいと、思ったのだろう?
幾度も父の出陣を見送ってきたが、自らも参加したいなどと思ったのは、今日が初めてだ。
誾千代は、自分の心を思い切り、広げてみた。
心を開放し、周囲に委ねた。
どっと、道雪、紹運連合軍兵士全員の想念が、誾千代の心に雪崩れ込んでくる。
兵士たちの心にあるのは、大半がこれから始まるであろう、戦いに対する期待だった。
恐怖も少々あったが、心を占めている感情は、ここで道雪や、紹運に働きを認めさせ、出世したいという熱意が、ふつふつと、滾っていた。
やはり、そうか──。
誾千代は、確信を深めた。
最近、誾千代は、自分が他人を探る能力の限界が、広がっていると感じていたが、正しかったようだ。十間ほどあった探知範囲が、今は倍に広がっている。
立花城で寛いでいるときも、城の外部まで自身の心が広がっている感じを覚えていたが、こうして多数の兵士と進んでいると、さらにハッキリしてきた。
兵士たちの興奮に、誾千代は影響された可能性がある。将士の熱気で、誾千代は思ってもいなかった、従軍への熱意となったらしい。
気をつけなければ、と誾千代は気持ちを引き締めた。周囲の熱気に押され、つい出陣してしまったが、これは誾千代自身の、本当の望みではなかったかもしれない。
軍列の歩みが止まり、誾千代は顔を上げた。
列の先頭で、道雪が軍配を上げ、全軍を停止させている。誾千代が彼方を臨むと、先頭で、連れ立っている紹運が道雪に会釈し、口を開いた。
「では、道雪殿。拙者は此方より飯塚へ押し出し、暴れ回ってやりますわい!」
「おお! 頼もしい御言葉。この道雪、紹運殿の暴れっぷり、とくと拝見致しますぞ!」
ニヤリと紹運は笑い返し、ぴしりっ、と音を立て鞭を入れると、跳ねるように馬を進ませた。大将の動きに、多数の槍持ち、弓隊、足軽などが、血相を変えて付き従った。
紹運を見送った道雪は、くるりと振り向き、全軍を叱咤した。
「紹運殿に遅れまいぞ! 我らは、嘉麻へ押し出す!」
道雪の声は、良く通る。七十を目前とした老人とは、とても思えぬ声量だった。
どどどっ、と音を立て、全軍が動き出した。
「えい! えい! えい!」
気を揃え、足並みを揃えて兵士たちは全力疾走になった。声を上げている兵士たち全員を、熱狂が支配した。
あまりの熱気に、誾千代はくらくらっ、と眩暈すら覚え、慌てて自分の心を閉じた。
乗っている馬も、周囲の熱気に甲高く嘶き、四肢を足掻かせた。口取りの小者が、手足を踏ん張って、馬が暴れないよう、必死に抑えていた。
「姫様っ、ここは危のう御座ります。もそっと、後ろへお下がりくだされっ!」
誾千代の様子を見て、背後から甚兵衛が喚いていた。
兵士たちの動きは、洪水のようだった。
誾千代と彌七郎を守る護衛の兵士たちは、怒涛のような兵たちの動きに、歯を食い縛って留まっていた。兵たちの心は、道雪に従い、暴れ回りたいと切望していた。それでも道雪の命令で、自分を抑えていた。
隣から、奇妙な声が聞こえ、誾千代は声の方向に顔を向けた。
「いいいいいいいっ!」
笛のような声を上げていたのは、彌七郎だった。両目を吊り上げ、顔色を蒼白にして、口許から白く、泡を吹き出していた。
「彌七郎様っ! 何をなさるっ?」
甚兵衛が彌七郎の異変に気付き、馬を寄せた。彌七郎は手綱を握り締め、背筋を反らして前方を睨み据えていた。
試しに彌七郎の心に、誾千代が探りを入れると、灼熱した鉄塊のような、彌七郎の狂気を感じ取り、誾千代は慌てて心の触手を引っ込めた。
「せ……、拙者も……さ、参軍致すぞ!」
途切れ途切れに答える彌七郎に、甚兵衛は両目をぐいっと、見開いた。
「いけませぬ! 彌七郎殿と、誾千代様は、ここにて控えておられるよう、道雪様のお達しで御座る!」
彌七郎を抑えようと、甚兵衛は馬を寄せて、手を伸ばした。
「黙れっ!」
彌七郎は、手にした鞭を振り上げ、甚兵衛の手首をびしっと、音高く叩いた。
「うわっ!」と甚兵衛が仰け反った。
彌七郎は両脚を振り上げ、踵を強く、馬腹に打ちつけた。
出し抜けの衝撃に、彌七郎を乗せた馬は驚き、棹立ちになった。振り落とされるか、と誾千代は危ぶんだ。
ところが、感心に彌七郎はしがみついたまま、そのまま鉄砲玉のように、前方へ飛び出していた。
「い……いかんっ!」
甚兵衛は呟き、唇を噛み締めた。甚兵衛の心から溢れた焦慮の感情を、誾千代は受け取った。
「甚兵衛っ、愚図愚図していられぬ! 我らも、聟殿を追うべし!」
誾千代は甚兵衛に向かって、叫んでいた。誾千代の叫びに、甚兵衛は呆気に取られた表情になった。
「誾千代様っ! 正気で?」
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