戦国姫城主、誾千代の青春

万卜人

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第三章 初陣

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 誾千代を先頭に、兵士たちは林の中を、喚声を頼りに突っ切っていった。不意に林が途切れ、目の前が明るくなった。
「おお! 御覧なされ! あれに、御味方の旗印が見えまする!」
 甚兵衛が叫んで、前方を指差した。
 誾千代らは、知らず知らずに、山の中腹まで達していたらしい。眼下に山裾が切れ込み、川筋が広がっていた。川を挟んで、道雪・紹運連合軍と秋月軍が対陣し、しきりと小競り合いを繰り返していた。
「甚兵衛、どちらが優勢なのじゃ?」
 誾千代は鞍から身を乗り出すようにして、甚兵衛に尋ねた。
 両軍とも、睨み合っているだけで、本格的な戦いはまだ始まっていないようだった。頻繁に旗印が動くので、位置を変えている状況は判る。
「おそらく、あの中洲をどちらが獲るかで、戦況は劇的に変わりましょうな。今はまだ、小手調べの段階で御座る」
 甚兵衛は、両軍の中間にある中洲を指差した。中洲といっても、かなり広く、中央が小高くなっている。
「中洲を獲れば、どうなるのじゃ?」
「あの高台に上れば、敵を見下ろせます。高台から敵勢に向かって矢を射降ろせば、御味方の勝利、間違いなし!」
 甚兵衛は断言した。
「おお! 御味方が動きまする。戦いが始まったようで御座る!」
 甚兵衛の言葉どおり、それまで左右に動いていた道雪の旗印が、一斉に敵陣に向かって突進を始めた。
 同時に挙がる喚声が、山に木霊して、声に驚いた鳥が、ばたばたと曇り空に向かって、飛び上がった。
「秋月も、動きましたぞ!」
 足軽の重蔵が、小手を額の上に翳し、叫んだ。道雪軍の動きに呼応するように、対陣する秋月軍が動き出した。
 両軍、まっしぐらに、中洲を目指した。中央の小高い丘に向かって、無数の人馬が集中し、激突した。
 突然、それまで黙りこくっていた彌七郎が「けーっ、けっけっけっけっ!」と、鶏のような叫び声を上げた。
 誾千代は、彌七郎の想念を探ってみた。彌七郎は、秋月軍の動きを注視していた。彌七郎は何やら、兵士の人数を計算しているようだった。
 人が計算している心の動きを、誾千代は読み取れた。具体的な数は判らないが、一心不乱に計算している時は、それと判る。彌七郎は両軍の人数を計算し、想念の中で、戦いを思い描いていた。
 誾千代は、甚兵衛に向かって叫んだ。
「甚兵衛! 妾も、戦いに加わるぞ! 今すぐ出撃すれば、御味方は大勝利じゃ!」
 甚兵衛は両目をひん剥いた。
「何を仰せじゃ! 危険で御座るぞ!」
「これ以上ぐだぐだ申すな! 妾は行く! 重蔵、従いてまいれ!」
 誾千代は鞭を振り上げ、馬の尻をぴしりっ! と叩いた。
 馬は驚き、跳ね上がるように前方に飛び出した。誾千代は、ぐっと両膝を絞め、手綱を強く、握り締めた。
 坂を一散に下り、誾千代は駆け抜けた。
 誾千代は重蔵の心を読み取り、歓喜と共に、誾千代に追いすがる様を思い描いた。振り返らなくとも誾千代は、足軽たちが従いてくる姿を、甚兵衛の想念から受け取っていた。
 彌七郎もまた、誾千代に釣られるように、動き出していた。甚兵衛の焦燥が誾千代に伝わり、彌七郎を護って、甚兵衛が馬腹を蹴って追う動きを悟った。
 もう、後戻りはできない。
 道雪・紹運軍と秋月軍は、丘に駆け登り、頂上を支配しようと、猛然と戦っていた。まさに揉み合うと表現すべきで、狭い場所で敵味方が入り混じった。
 誾千代の心に、ぱっと、幾人かの、兵士の想念が飛び込んできた。瞬く間に、幼児の記憶から、兵士の一生が一度に繰り広げられた。
 なんだ? これは!
 誾千代は初めて経験する想念に、戸惑った。
 ぱーっ、と絵巻物のように、人の一生が一望に展開し、同時に悲痛な感情が伝わった。
 最後に襲い掛かる、暗黒──。
 誾千代は悟った。
 人が死ぬ時、曼荼羅のように、一生を思い返すと言われているが、誾千代の心に届いた想念は、槍に貫かれ、刀に斬られ絶命する、兵士の曼荼羅だった!
 死に行く兵士たちは、息を引き取る瞬間、愛した者、気に掛けている家族たちを思い、死の苦痛に悶えていた。それぞれの想念が、どっと誾千代目掛け、殺到している。
 やめて!
 誾千代は目に涙を溢れさせ、必死に己の心を閉ざそうと、戦った。しかし死に瀕する人間の最後の想念は恐ろしく強く、いくら誾千代が心に蓋をしても、無理矢理ぐいぐい抉じ開けるように、侵入してきた。
「誾千代! どこから参った?」
 不意に、誾千代の耳朶を、道雪の叫び声が打った。
 声の方向に顔を向けると、愛用の槍を振り被り、父親の道雪が、呆気に取られ、馬上から誾千代を見詰めていた。
「父上、誾千代は、参戦いたします! 御心配、無用に願います!」
 口早に答え、誾千代は馬腹を蹴った。何か言いかけた道雪だったが、敵勢が迫って、槍を持ち変えた。ぐるん、と円を描き、槍先を揮って、敵兵を倒す。
 七十を目前とした老人とは、とても思えなかった。
 道雪が揮った槍に、敵兵は一斉に怯み、仰け反った。敵が怯んだ隙に、道雪はすかさず前へ、前へと進んで行く。
 父親の心を読み取った結果、もう、誾千代の存在は、道雪の想念からは、吹き飛んでいた。
 これで良し!
 誾千代は、浅瀬に馬を乗り入れた。そのまま、中洲をぐるっと迂回するように、針路をとった。
 目指すは、秋月勢の、中陣!
「懸かれや!」
 誾千代は、馬上で刀を振り上げ、叫んだ。誾千代の叱咤に、背後から従った足軽たちは、気を揃えて坂を駆け上った。
「死ねや──っ! 死ねーっ!」
 先頭を走る重蔵が、槍を構え、喚きながら脛を飛ばしていた。
 誾千代は、丘を見上げた。
 頂上近くに、秋月勢の旗印が、翻っていた。秋月軍は、目の前の道雪軍に気を取られているようで、側面から襲い掛かる、誾千代たちには、まるっきり、気付いていなかった。
 わあっ、と誾千代らの兵が喚声を上げ、突撃すると、秋月軍の旗印がぐるりと旋回した。
 明らかに狼狽している。
 誾千代は敵勢の動揺を認め、馬首を向けた。
 坂を駆け上ったところで、敵兵たちが、誾千代を見た。即座に、迎い撃つべく、坂を転がるように駆け下りてくる。
 敵の顔は、一様に狂気に陥っているかのように両目が吊り上がり、頬が痙攣していた。誾千代は、自分も、あのような恐ろしい形相をしているのだろうか? と一瞬、考えた。が、考えは、目前に迫った、敵兵にさらりと引っ込んでいた。
 誾千代は手にした刀を振り上げ、敵に向かって、斬りかかった!
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