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第五章 急使
五
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彦四郎が誾千代に教えた、羽柴筑前守が明智日向守を倒した仔細は、二日後になって、立花城にもたらされた。
大広間に集まった道雪、紹運、宗麟の三人は、一様に驚き、その場に呼び寄せられた彌七郎の顔を、茫然と見詰めていた。
彌七郎はすでに、筑前守が主君の仇を討つ可能性を、予言していた。報告は、彌七郎の予言を、見事なまでに裏付けた。が、当の彌七郎は、自分が占い師のように、予言した内容など忘れたような顔つきで、平然と座っていた。
「見事じゃ! 彌七郎殿は、やはり類稀なる智謀の持ち主であろうな……」
腕を組み、宗麟は感心しきりといった様子で、何度も首を振っていた。紹運は宗麟の言葉に、がばっと両手を床につき、頭を下げた。
「彌七郎殿、拙者が先日に申した戯言、お忘れくだされ! まったく、拙者の不明であった」
紹運の顔は、恥辱を感じているのか、茹で上がったように真っ赤に染まっていた。紹運は、彌七郎の実父である。しかし彌七郎は、道雪の養子となって、対等の立場となっている。
大広間の隅で、その場を見守る誾千代は、紹運の感情を読み取り、慙愧の念を感じ取っていた。誾千代の側には、傅役の甚兵衛が、むっつりとした顔つきで控えていた。
一方の彌七郎といえば、自分の予言が当たったなど忘れ去ったようで、実父の態度にも一切、感情を動かさず、ぽかんとした顔つきで、大広間から見える空を見上げているだけだった。あまつさえ、人差し指を折り曲げ、自分の鼻の穴に突っ込み、鼻糞をほじる始末だった。
父親の道雪は、もたらされた報告に、忙しく考えを巡らせていた。じっと押し黙り、宙を睨んでいた。誾千代が読み取った道雪の思念は、次々と変化し、何を考えているのか、誾千代には想像もつかなかった。
宗麟もまた、同じように考えを弄んでいた。主君の顔色を窺うように、道雪がゆっくりと口を開き、口火を切った。
「我ら、いかが致せば宜しかろうと、思し召しますかな?」
道雪の言葉は、宗麟に向けられていた。宗麟は道雪の質問に「うーむ!」と低く唸っただけで、答えなかった。
実際、答えられなかったのだろう。誾千代の読み取った宗麟の心中は、迷いに迷って、結論らしき考えは、浮かんでいなかった。
今だ! と誾千代は決意を固めた。
ちらっと、側に控えている甚兵衛に視線をやった。甚兵衛は、誾千代の視線を感じ、ぐっと片膝を持ち上げ、顔を上げた。
甚兵衛の動きに、宗麟と道雪がもの問いたげな、表情を浮かべた。
「申し上げます!」
甚兵衛は、表情に一世一代の決意を漲らせ、声を張り上げた。
「何じゃ、甚兵衛?」
道雪は、明らかに訝しげな顔つきになって、甚兵衛に答えた。甚兵衛はいつも、評定の場所では、一言も発言しない習慣だった。その甚兵衛が、前例を破り、自ら口を開いた事態に、道雪は驚きを隠せていなかった。
「かくなるうえは、一刻も早く、筑前守様へ使者をお遣わしになられ、誼を繋ぐべきと愚考いたします!」
甚兵衛は一気に喋ると、ぐいっと全身を誾千代に向けて、さらに言葉を継いだ。
「その使者には、立花城主、誾千代姫が相応しかろうと、考えまする! 拙者の意見や、いかに?」
まるで切り込むような口調で、最後は吠え立てるような声になっていた。
「甚兵衛! 正気か?」
道雪は悲鳴のような、口調になっていた、
一気に喋り終えた甚兵衛は、はっはっ、と肩で息を吐いていた。まるで大仕事を終えたように、額からは大量の汗が噴き出し、着物の脇には、黒々と汗が染みていた。
実際、甚兵衛には体力を振り絞るだけの、大仕事だったのだろう。誾千代は、口を開く前の甚兵衛の心から、戦場に立つ場合と同じほどの緊張を感じ取っていた。
実は、甚兵衛の進言は、誾千代が前もって打ち合わせてあった結果だった。これは、誾千代の計算だった。
報告のとき、誾千代が「自分を使者に立てるべき」と道雪に進言しても、却下される可能性が高いと判断したからだった。しかし戦友でもある、甚兵衛が提案したならば、道雪は考慮に入れるかもしれなかった。
「それは、面白い!」
突然、宗麟が晴れやかな顔つきになって、手を打った。
「確かに、ここは迷うべき状況ではない。いち早く戦勝の祝いを述べるべきであろうな。しかも使者は立花城主、誾千代姫となれば、筑前守様もお心を動かすに違いないわ!」
言い終えると、宗麟は「うむうむ」と、何度も一人で頷いていた。
道雪は渋い表情で、宗麟に向かい合った。
「しかし使者が女とは、拙者、そのような前例、聞いたためしが御座りませぬ──」
そこまで口にして、道雪の顔つきが、俄かに変わった。何か、良い思いつきが浮かんだような、目つきになった。
「そうじゃ。それならば、彌七郎殿はいかがで御座ろう? 彌七郎殿を、正式な使者として、筑前守様にお遣わしなされば……」
道雪の言葉に、宗麟の眉が、ぴくりと持ち上がった。じろりっ、と道雪を睨み据え、次いで宗麟の視線が、彌七郎に向かった。
「彌七郎殿をなあ……。それは構わぬが……そうなると、この立花城には、お主が一人きりとなる。それで良いのか?」
道雪は、にっと、笑いを浮かべた。
「構いませぬ。元々、この立花城は、拙者一人で守りし場所。老骨に鞭打つ覚悟で御座る。何卒、上様には、彌七郎殿を、正式な使者としてお遣わし願いまする」
宗麟は腕組みをして、天を仰いだ。
ぽつり、と呟くように「相判った。そのようにせよ!」と返事をして、頷いた。
妙な具合になった、と誾千代は心中、密かに呆れた。
まさか、彌七郎が自分と一緒に上洛する次第となるとは、思ってもいなかった。
誾千代は、父親の心中を推理した。これは、宗麟と彌七郎を引き離す算段ではないか、と。
立花城に宗麟が顔を見せ、益々、彌七郎と接近している。このままでは、宗麟が軽率な行動をとりかねないと、危惧したのだろう。
甚兵衛の提案(実際は誾千代の提案だが)を幸いとして、父親は二人を引き離そうと考えたのかも知れなかった。
ともかく、誾千代の上洛への道筋は、ついた。彌七郎という、思い掛けない付録はついたが。
大広間に集まった道雪、紹運、宗麟の三人は、一様に驚き、その場に呼び寄せられた彌七郎の顔を、茫然と見詰めていた。
彌七郎はすでに、筑前守が主君の仇を討つ可能性を、予言していた。報告は、彌七郎の予言を、見事なまでに裏付けた。が、当の彌七郎は、自分が占い師のように、予言した内容など忘れたような顔つきで、平然と座っていた。
「見事じゃ! 彌七郎殿は、やはり類稀なる智謀の持ち主であろうな……」
腕を組み、宗麟は感心しきりといった様子で、何度も首を振っていた。紹運は宗麟の言葉に、がばっと両手を床につき、頭を下げた。
「彌七郎殿、拙者が先日に申した戯言、お忘れくだされ! まったく、拙者の不明であった」
紹運の顔は、恥辱を感じているのか、茹で上がったように真っ赤に染まっていた。紹運は、彌七郎の実父である。しかし彌七郎は、道雪の養子となって、対等の立場となっている。
大広間の隅で、その場を見守る誾千代は、紹運の感情を読み取り、慙愧の念を感じ取っていた。誾千代の側には、傅役の甚兵衛が、むっつりとした顔つきで控えていた。
一方の彌七郎といえば、自分の予言が当たったなど忘れ去ったようで、実父の態度にも一切、感情を動かさず、ぽかんとした顔つきで、大広間から見える空を見上げているだけだった。あまつさえ、人差し指を折り曲げ、自分の鼻の穴に突っ込み、鼻糞をほじる始末だった。
父親の道雪は、もたらされた報告に、忙しく考えを巡らせていた。じっと押し黙り、宙を睨んでいた。誾千代が読み取った道雪の思念は、次々と変化し、何を考えているのか、誾千代には想像もつかなかった。
宗麟もまた、同じように考えを弄んでいた。主君の顔色を窺うように、道雪がゆっくりと口を開き、口火を切った。
「我ら、いかが致せば宜しかろうと、思し召しますかな?」
道雪の言葉は、宗麟に向けられていた。宗麟は道雪の質問に「うーむ!」と低く唸っただけで、答えなかった。
実際、答えられなかったのだろう。誾千代の読み取った宗麟の心中は、迷いに迷って、結論らしき考えは、浮かんでいなかった。
今だ! と誾千代は決意を固めた。
ちらっと、側に控えている甚兵衛に視線をやった。甚兵衛は、誾千代の視線を感じ、ぐっと片膝を持ち上げ、顔を上げた。
甚兵衛の動きに、宗麟と道雪がもの問いたげな、表情を浮かべた。
「申し上げます!」
甚兵衛は、表情に一世一代の決意を漲らせ、声を張り上げた。
「何じゃ、甚兵衛?」
道雪は、明らかに訝しげな顔つきになって、甚兵衛に答えた。甚兵衛はいつも、評定の場所では、一言も発言しない習慣だった。その甚兵衛が、前例を破り、自ら口を開いた事態に、道雪は驚きを隠せていなかった。
「かくなるうえは、一刻も早く、筑前守様へ使者をお遣わしになられ、誼を繋ぐべきと愚考いたします!」
甚兵衛は一気に喋ると、ぐいっと全身を誾千代に向けて、さらに言葉を継いだ。
「その使者には、立花城主、誾千代姫が相応しかろうと、考えまする! 拙者の意見や、いかに?」
まるで切り込むような口調で、最後は吠え立てるような声になっていた。
「甚兵衛! 正気か?」
道雪は悲鳴のような、口調になっていた、
一気に喋り終えた甚兵衛は、はっはっ、と肩で息を吐いていた。まるで大仕事を終えたように、額からは大量の汗が噴き出し、着物の脇には、黒々と汗が染みていた。
実際、甚兵衛には体力を振り絞るだけの、大仕事だったのだろう。誾千代は、口を開く前の甚兵衛の心から、戦場に立つ場合と同じほどの緊張を感じ取っていた。
実は、甚兵衛の進言は、誾千代が前もって打ち合わせてあった結果だった。これは、誾千代の計算だった。
報告のとき、誾千代が「自分を使者に立てるべき」と道雪に進言しても、却下される可能性が高いと判断したからだった。しかし戦友でもある、甚兵衛が提案したならば、道雪は考慮に入れるかもしれなかった。
「それは、面白い!」
突然、宗麟が晴れやかな顔つきになって、手を打った。
「確かに、ここは迷うべき状況ではない。いち早く戦勝の祝いを述べるべきであろうな。しかも使者は立花城主、誾千代姫となれば、筑前守様もお心を動かすに違いないわ!」
言い終えると、宗麟は「うむうむ」と、何度も一人で頷いていた。
道雪は渋い表情で、宗麟に向かい合った。
「しかし使者が女とは、拙者、そのような前例、聞いたためしが御座りませぬ──」
そこまで口にして、道雪の顔つきが、俄かに変わった。何か、良い思いつきが浮かんだような、目つきになった。
「そうじゃ。それならば、彌七郎殿はいかがで御座ろう? 彌七郎殿を、正式な使者として、筑前守様にお遣わしなされば……」
道雪の言葉に、宗麟の眉が、ぴくりと持ち上がった。じろりっ、と道雪を睨み据え、次いで宗麟の視線が、彌七郎に向かった。
「彌七郎殿をなあ……。それは構わぬが……そうなると、この立花城には、お主が一人きりとなる。それで良いのか?」
道雪は、にっと、笑いを浮かべた。
「構いませぬ。元々、この立花城は、拙者一人で守りし場所。老骨に鞭打つ覚悟で御座る。何卒、上様には、彌七郎殿を、正式な使者としてお遣わし願いまする」
宗麟は腕組みをして、天を仰いだ。
ぽつり、と呟くように「相判った。そのようにせよ!」と返事をして、頷いた。
妙な具合になった、と誾千代は心中、密かに呆れた。
まさか、彌七郎が自分と一緒に上洛する次第となるとは、思ってもいなかった。
誾千代は、父親の心中を推理した。これは、宗麟と彌七郎を引き離す算段ではないか、と。
立花城に宗麟が顔を見せ、益々、彌七郎と接近している。このままでは、宗麟が軽率な行動をとりかねないと、危惧したのだろう。
甚兵衛の提案(実際は誾千代の提案だが)を幸いとして、父親は二人を引き離そうと考えたのかも知れなかった。
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