電脳ロスト・ワールド

万卜人

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輪廻転生

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「町なのね……」
 タバサは呟いた。
 丘の中腹に、町ができている。やや離れた丘の頂上に、町を見下ろすように大きな建物が聳えていた。
 タバサは何となく、シャドウの本拠は〝城〟のようなものと想像していたのだが、外れた。
 確かに大きく、規模は城ほどもあったが、殺風景な、四角い窓のほとんど見当たらない岩の固まりであった。灰色の無愛想な岩が、丘の頂上から突き出し、ところどころ申し訳程度に、小さな窓が覗いていた。
 対して、丘の中腹に広がる町は、色とりどりの屋根と壁が、色彩の爆発のように各々の存在を主張している。
 壁には色んな模様が描かれている。道路はくねくねと乱雑に曲がりくねり、道の両側にはテントが張り出している。どことなく中近東のバザー風景を思わせる町だ。
 町を眺め、タバサはある事実に気付いた。
 立ち並ぶ家々の窓は、総て丘の頂上の反対側に開いている。丘の頂上側の壁には、一つも空けられていない。まるでシャドウの居城が存在することを否定しているようだ。
 町から少し離れた平地に、タバサが乗り込んでいる気球と同じような丸い形が、地上に点在している。気球は、そこに向かっている。
 町を見下ろすうち、タバサは奇妙な音に気付いた。
 かっち、かっち、かっち……。
 何だろう、まるで旧式なアナログ時計の秒針のような音が、耳の奥から聞こえてくる。
 耳を押さえても、聞こえてくる。
 タバサの仕草を見て、二郎は頷く。二郎の何もかも承知しているといった顔色を見て、タバサは声を上げる。
「何よ?」
「音が聞こえてくるんだろう? 秒針のような……」
 二郎の指摘に、タバサは目を見開く。
「何か、知っているのね! 何なの、この音! あんたにも聞こえているの?」
 二郎は頷く。ゲルダ、三兄弟もまた、同じように頷いた。
「あんたたちも!」
「さっきから聞こえていましたよ。残り時間が、いよいよ二十四時間を切ったのです」
 ゲルダが冷静な口調で答える。玄之丞が腕組みをして後を引き取る。
「仮想現実接続装置は、七十二時間の制限時間がある。それを過ぎると、強制的に接続が切断され〝ロスト〟が起きる。今しつこく聞こえている音は、強制切断が起きる残り時間を知らせているんだよ。いよいよ残り少なくなると、時計の秒針の音が秒読みの声に変わるが」
 タバサは、ぞっとなった。試しに、目を閉じ、仮想現実装置の接続解除コードを思い浮かべる。
 が、何も起きない。普通なら、コードを思い浮かべただけで接続は終了され、タバサは元の肉体で目覚めるはずだ。改めて、タバサは《ロスト・ワールド》に自分がいる現実を、否が応でも納得させられていた。
 二郎は同情するような目付きになった。しかし二郎の口から出たセリフに、タバサはかっとなっていた。
 二郎は「だから言ったじゃないか?」と皮肉たっぷりのセリフを口にしたのである。
 タバサは、猛然と怒りを表明した。
「そんなこと言わないで! 何よ、偉そうに……!」
 二郎は取り合わず、籠から地上を覗き込む。
「どうやら降りるようだぜ」
 二郎の言葉どおり、ふんわりと気球は地上に降下した。
 気がつくと、ケストと同じ蝶人が数人、羽根を羽ばたかせ近づいてくる。蝶人はケストが投げかけたロープを受け取ると、地上にぐいぐいと引き寄せた。
 とん、と軽く音を立て、籠が地上に着地すると、待ち受けていた蝶人たちが地上に固定して、タバサたちが降りる手助けをしてくれた。つまりここは、気球専用の発着場なのだ。
 全員が地上に降りると、ケストは二郎を真っ直ぐ見詰め、話し掛けた。
「これでお別れです。二郎さん。シャドウと対決して《ロスト・ワールド》を是非とも正常化してください。これは〝ロスト〟した、わたしたちプレイヤーの全員の願いです」
「判ってるさ」
 二郎は軽く答えたが、表情は真剣だった。ケストの表情も真剣だった。
 タバサはケストに尋ねた。
「どうして〝ロスト〟したプレイヤーたちが《ロスト・ワールド》の正常化を願っているの?」
 タバサの疑問に、ケストが答える。
「なぜなら《ロスト・ワールド》からは、どこの〝世界〟にも行けない、一方通行だからです。わたくしたち〝ロスト〟プレイヤーは、もう自分の肉体に戻ることはできなくなっていることは承知していますが、それでも一度は仮想現実ではない、現実世界を見てみたい。遠隔操作義体{ウォルドウ}を使えば、その願いも叶います。しかし《ロスト・ワールド》が今のままの状態でいる限り、望みはありません。『パンドラ』の開発者の客家二郎さんが、わたくしたちの希望でもあります」
 二郎は肩を竦めた。
「へっ! 大袈裟だな。だが、まあ、何とかやって見るさ!」
 タバサは何だか、二郎が照れているみたいだ、と思った。
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