電脳ロスト・ワールド

万卜人

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《ロスト・ワールド》の宝

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 ティンカーが、猛烈な速さで室内を飛び回る。壁に沿って、素早く動き回ると、ティンカーの近くの壁が、次々と閃光を発した。プログラムの上書きをしているのだ。
 ──優先権、プレイヤー、タバサ上書き終了……。
 タバサの頭の中に単調な声が聞こえてくる。
 同じ声を聞いていたのだろう、玄之丞、知里夫、晴彦の三人も、顔を見合わせ頷き合った。
 対決している二郎とシャドウは……と、そちらへ目をやると、何と二人は、部屋の中央の空間に浮かんでいた!
 空中に浮かんだ二人は、怖ろしい形相でお互いを睨みつけていた。時々ふっと微かな身振りで、決闘が続いていることを見せ付ける。ぐっと二郎がシャドウに向け、指先を向けると、シャドウの全身に何か目に見えない衝撃が走る。髪の毛が逆立ち、苦痛に顔が歪む。お返しに、シャドウもまた二郎に向かって目に見えない攻撃を加えている。
「どっちが優勢なのかしら?」
 タバサの呟きに玄之丞は首を捻った。
「判らん! どっちにしろ〝世界〟の法則を歪めている戦いらしいから、切った張ったの戦いではなさそうだな。さて、どうやって加勢すればいいのだろう?」
 タバサは呆れて玄之丞の顔をしげしげと眺めた。
「だって……あんなに自信たっぷりに!」
 玄之丞は、にっと笑い掛ける。
「判らんものは、しかたないじゃないかね? まあ、無勝手流にやるさ! それより、修正ディスクを何とかせねばな!」
 忘れていた! 修正ディスクを持つゲルダを見ると、二郎とシャドウの戦いにすっかり見とれ、ポカンと馬鹿のように口を開き、上を見上げている。
 チャンス! と見て、タバサは頭を低くしてゲルダに突っ込む。無論、勝算はない。ティンカーの上書きによる何かアクシデントが起きることを期待しての行動だ。
 足音に気付いたのか、ゲルダは「はっ」と視線を戻した。さっと、手にした武器を構える。
 武器は、片手に青竜刀、もう片方にはヌンチャクである。ヌンチャクのほうは、腰のベルトに捻じ込み、両手で青竜刀を持ち上げる。青竜刀は見るからに重そうなのに、ゲルダは軽々と扱っている。ゲルダの顔が、戦いへの期待に輝く。両手で青竜刀を頭の上へ持ち上げると、無造作に突っ込んでくるタバサの頭に振り下ろす。
 そのままでは、タバサの頭は青竜刀で真っ二つ! タバサの心臓が恐怖で縮み上がる。
 その時、奇妙な現象が起きた。なんと、目の前のゲルダの動きが、のろのろとしたものになっていくではないか。
 明るさが暗くなり、周りの物音が低く籠もったような音に変わる。
 スローモーションだ……。
 何が起きたのか、さっぱり判らず、タバサはぼうっ、とゲルダの動きを眺めていた。じりじりと蝸牛が這うような遅さで、ゲルダの握る青竜刀の刀身が迫ってくる。
 ああ、逃げなきゃ……と、タバサは、ぼんやりと考えていた。自分の思考も、同じように粘っこく、低速になっているようだ。
 ぐぐっと迫ってくる刀身を避けるため、全力で身体を捻じる。全身の力を込めているのに、まるで糖蜜の中にもがいているかのように、徐々に、徐々にしか動けない。
 それでもタバサの身体は、ゆっくりとだが、着実にゲルダの刀身から逸れていく。ぎりぎりのところで、躱すことができた!
 がつん! と不意に青竜刀の切っ先が床に食い込む音が響く。途端に、辺りの風景も元に戻り、音も普通に聞こえるようになった。
 ゲルダの顔が驚愕に歪んでいた。信じられないという顔つきである。
 しかし、ゲルダは再び青竜刀を持ち上げた。今度は、タバサの腰を狙って、横殴りに振り回す。ゲルダの切り返しは素早く、タバサには、避けることなど完全に不可能である。
 ぐっと腹筋に力を込め、背筋を反らし、仰向けになる。その時、再びあの感覚が戻ってくる。回りの音が高音から低音に変わり、明かりが暗くなって、ゲルダの刃がスローモーションに見えてくる。今度もタバサは楽々と、ゲルダの青竜刀を避けられた。目の前を青竜刀のばんびろの刃が通過した。ふわりと持ち上がった自分の髪の毛が数本、ぷちぷちと切断されるのをはっきりと見てとれる。
 そうか! タバサは理解した。これは、危機に陥ると、感覚が加速されるのかもしれない。
 しかし、避けているだけでは、問題は解決しない。タバサには武器がない。
 ゲルダの捻った腰のベルトに差されたヌンチャクが目に入る。タバサは仰向けのまま、腕を伸ばし、ヌンチャクに指を掛けた。じれったいほどに、のろのろと腕は動き、ゲルダの腰からヌンチャクを抜き取る。感覚は加速されているが、身体の動きは通常のままだ。
 ごろごろと転がり、起き上がると、手にはゲルダのヌンチャクを持っている。ヌンチャクを奪われたことに気付き、ゲルダは怒りの表情になる。しかし、すぐニヤリと笑いかけた。
「手が早いね! しかし、そいつを振り回せるのかい? 自分の頭に当てるのが関の山ってものさ!」
 ゲルダの言葉は真実だ。タバサは一度たりとも、こんな武器を扱ったことはない。だがタバサの心中に、なにか湧き上がってくる不思議な確信があった。
「試そうか?」
 なぜか、自信たっぷりに言ってのける、自分に気付く。ヌンチャクを握りしめると、いきなりブンブンと音を立て振り回す。タバサの行動に、ゲルダは完全に呆気にとられていた。
 タバサは、ヌンチャクをひゅんひゅんと目にも止まらぬ高速で身体の周りに回転させ、すぱっと脇の下に棒を収めた。
 思わずゲルダに向けニヤリと笑い返すと、片手を上げ、挑発するように、くいくい、と手の平を閃かせてみる。どこかのカンフー映画で、こんなシーンがあったような……。
 決まった!
 タバサは自分のポーズに、うっとりとなっていた。
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