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掟破りの解決
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ガントは上を見上げ、険しい表情を作った。
「あれは……シャドウではないか! どうやら戦っているようだが……?」
ぐっと握り拳を固め、全身に怒りの震えが走る。
「糞! 何が何だかさっぱりだが、こうしてシャドウを目にして、何もできんとは!」
ガントはその時、自分の持っている蒸汽銃に気付く。まだ持っていたのだ。
ぐおおおん……!
轟音に振り帰ると、なんと蒸汽百足から逞しい蒸汽が迸っている。無数の金属脚が、わさわさと蠢き、動き始めている。ガントの目が大きく見開かれ、その顔に喜色が浮かぶ。
「動いておる! すると?」
無蓋車の操縦席で、ぼけっと前を見詰めたままの部下に命じる。
「おい! この車、動くのか?」
「はあ?」
部下はポカンとガント元帥の顔を見上げた。首を捻り、アクセルを踏みつける。
途端に、ぐわああん! とエンジンが咆哮し、操縦席の無数の計器に灯が点った。部下は「信じられません」と大声で喚きながら首を振る。
「動きます! 蒸汽が生き返りました!」
「そうか!」
だん! とガントは車の外板を殴りつけた。ぐい、と首を捻り、蒸汽軍兵士たちを見やる。
「お前たち! 蒸汽の力が戻ったぞ! 武器はどうなんだ!」
兵士たちは一斉に、がちゃ、がちゃと音を立て武器の点検に余念がない。間髪を入れず、部下たちを率いる中隊長、小隊長たちから返事が返ってくる。
「元帥閣下! ちゃんと作動します!」
「そうか……」
元帥は、にこにこと笑顔になった。
「こうなれば……」
突撃ーっ、と言いかける口元がぱくりと閉じる。
「なんだ、お主は?」
ぐっと背筋を伸ばし、険悪な表情になって目の前の男に詰問する。
もじゃもじゃの金髪、顔には満面の笑みを浮かべ、おかしなコートを身に纏っている。
晴彦だった。
晴彦は蒸汽軍の真ん前に、両手をだらりと垂らし、無造作に立っている。顔には、相変わらず笑顔が張り付いていた。
ガントは怒声を上げた。
「そこをどけ! どかんと、轢き殺すぞ!」
晴彦は何も聞こえなかったかのように、案山子のようにただ立ち尽くしているだけだ。
「うぬぬぬぬ!」とガントは唸り声を上げた。
部下が「どうします?」とガントの顔を窺っている。ガントは唇を噛みしめた。
「敵か、味方か? しかし、こんなところに馬鹿のように突っ立っているところを見ると、味方とは思えん! 銃、構えーっ!」
ガントの号令に、蒸汽軍兵士の全員が晴彦一人に銃口の狙いをつけた。
晴彦は、まるで怖れる様子もなく、コートの懐に手を入れる。それを見て、ガントは口を一杯に開き、叫んでいた。
「奴は何か武器を持っているぞ! 撃て! 撃ちまくれ!」
兵士たちの指が銃爪に掛かったのが先か、あるいは懐に手を入れた晴彦の動きが早かったのか?
びしゃっ! と、何かがガントの顔を直撃していた。
ガントは「わっ」と叫ぶと、車の上で引っくり返っていた。兵士たちは、ぎょっと、ガント元帥を見た。
ガントは、すぐ起き上がってきた。
その顔にべっとりと、何か真っ白なものが貼り付いている。べとべととした柔らかい質感で、ぼたぼたと白い粘液がガントの厚い胸板に毀れていた。
ガントは手を挙げ、顔にこびり付く何かを拭った。
パイだった。ガントの顔を目掛け、晴彦は特大パイを投げつけたのである。
渋面を作るガントを見て、晴彦は大袈裟に声もなく笑い転げている。ガントの顔を指差し、身体を折り曲げ、腹を抱え笑う。
ガントは立ち上がった。顔には、怖ろしいほどの怒りが湧き上がっている。
「撃て! 何をしているか!」
ガントの命令に、兵士たちは「はっ」と我に返って銃を構える。銃爪を一斉に引いた!
ぽん! ぽぽぽぽん! ぽん!
銃口から白い蒸汽が噴き出し、何かが晴彦を目掛けて飛び出した。
びしゃっ! びしゃっ!
銃口から飛び出したのは、やはり真っ白なパイだった。
晴彦の全身は、たちまち真っ白なパイに埋まっていた。晴彦はもったいぶった仕草で、顔にへばり付いたパイを拭うと、かっと大口を開けた笑いを浮かべ、身に纏ったコートの前を開いた。
途端に、コートの前から、どどーっと大量のパイが零れ落ちる。
どさどさどさ……! と、まだまだ放出は止まらない。たちまち晴彦の目の前に、パイの山ができていた。
晴彦はパイを一つ掴むと、えいやっとばかりに蒸汽軍兵士たちの真ん中に投げつける。
びしゃっ!
一人の兵士の顔面が、パイに覆われる。呆然と顔面のパイを拭った兵士は、隣の仲間の顔を見た。仲間は笑いを必死に、押し殺しているが、口元にはニンマリとした笑みが浮かんでいる。
「野郎!」
投げつけられた兵士は怒りの表情になり、銃を構え、銃爪を引いた。
すぽーんっ!
それが切っ掛けに、蒸汽軍兵士たちは次々と蒸汽銃の銃口から、パイを晴彦を目掛けて浴びせかける。ガントもまた、蒸汽銃を撃ちまくり、次々と白いパイを打ち出していた。
すでに全員の頭から、シャドウのことも、《ロスト・ワールド》のことも、綺麗さっぱり跡形もなく吹き飛んでいるようだ。
「こうしてはおられんぞ!」
玄之丞は叫んでいた。
「晴彦の奴、《スラップ・スティック・タウン》をこの《ロスト・ワールド》に再現する能力を獲得したらしい!」
一気に喋り終わると、ぴょんとその場で飛び上がり、空中で両踵を打ち合わせた。
「《スラップ・スティック・タウン》のプレイヤーとして、パイ投げ合戦に参加せぬとは、吾輩の名折れになる!」
喚くと、猛然と晴彦のところへ駆け寄っていく。それを見た知里夫も「あっ」と叫んでいた。叫んだと同時に駆け出している。
真葛三兄弟と、蒸汽軍兵士によるパイ投げ対決が始まった!
「あれは……シャドウではないか! どうやら戦っているようだが……?」
ぐっと握り拳を固め、全身に怒りの震えが走る。
「糞! 何が何だかさっぱりだが、こうしてシャドウを目にして、何もできんとは!」
ガントはその時、自分の持っている蒸汽銃に気付く。まだ持っていたのだ。
ぐおおおん……!
轟音に振り帰ると、なんと蒸汽百足から逞しい蒸汽が迸っている。無数の金属脚が、わさわさと蠢き、動き始めている。ガントの目が大きく見開かれ、その顔に喜色が浮かぶ。
「動いておる! すると?」
無蓋車の操縦席で、ぼけっと前を見詰めたままの部下に命じる。
「おい! この車、動くのか?」
「はあ?」
部下はポカンとガント元帥の顔を見上げた。首を捻り、アクセルを踏みつける。
途端に、ぐわああん! とエンジンが咆哮し、操縦席の無数の計器に灯が点った。部下は「信じられません」と大声で喚きながら首を振る。
「動きます! 蒸汽が生き返りました!」
「そうか!」
だん! とガントは車の外板を殴りつけた。ぐい、と首を捻り、蒸汽軍兵士たちを見やる。
「お前たち! 蒸汽の力が戻ったぞ! 武器はどうなんだ!」
兵士たちは一斉に、がちゃ、がちゃと音を立て武器の点検に余念がない。間髪を入れず、部下たちを率いる中隊長、小隊長たちから返事が返ってくる。
「元帥閣下! ちゃんと作動します!」
「そうか……」
元帥は、にこにこと笑顔になった。
「こうなれば……」
突撃ーっ、と言いかける口元がぱくりと閉じる。
「なんだ、お主は?」
ぐっと背筋を伸ばし、険悪な表情になって目の前の男に詰問する。
もじゃもじゃの金髪、顔には満面の笑みを浮かべ、おかしなコートを身に纏っている。
晴彦だった。
晴彦は蒸汽軍の真ん前に、両手をだらりと垂らし、無造作に立っている。顔には、相変わらず笑顔が張り付いていた。
ガントは怒声を上げた。
「そこをどけ! どかんと、轢き殺すぞ!」
晴彦は何も聞こえなかったかのように、案山子のようにただ立ち尽くしているだけだ。
「うぬぬぬぬ!」とガントは唸り声を上げた。
部下が「どうします?」とガントの顔を窺っている。ガントは唇を噛みしめた。
「敵か、味方か? しかし、こんなところに馬鹿のように突っ立っているところを見ると、味方とは思えん! 銃、構えーっ!」
ガントの号令に、蒸汽軍兵士の全員が晴彦一人に銃口の狙いをつけた。
晴彦は、まるで怖れる様子もなく、コートの懐に手を入れる。それを見て、ガントは口を一杯に開き、叫んでいた。
「奴は何か武器を持っているぞ! 撃て! 撃ちまくれ!」
兵士たちの指が銃爪に掛かったのが先か、あるいは懐に手を入れた晴彦の動きが早かったのか?
びしゃっ! と、何かがガントの顔を直撃していた。
ガントは「わっ」と叫ぶと、車の上で引っくり返っていた。兵士たちは、ぎょっと、ガント元帥を見た。
ガントは、すぐ起き上がってきた。
その顔にべっとりと、何か真っ白なものが貼り付いている。べとべととした柔らかい質感で、ぼたぼたと白い粘液がガントの厚い胸板に毀れていた。
ガントは手を挙げ、顔にこびり付く何かを拭った。
パイだった。ガントの顔を目掛け、晴彦は特大パイを投げつけたのである。
渋面を作るガントを見て、晴彦は大袈裟に声もなく笑い転げている。ガントの顔を指差し、身体を折り曲げ、腹を抱え笑う。
ガントは立ち上がった。顔には、怖ろしいほどの怒りが湧き上がっている。
「撃て! 何をしているか!」
ガントの命令に、兵士たちは「はっ」と我に返って銃を構える。銃爪を一斉に引いた!
ぽん! ぽぽぽぽん! ぽん!
銃口から白い蒸汽が噴き出し、何かが晴彦を目掛けて飛び出した。
びしゃっ! びしゃっ!
銃口から飛び出したのは、やはり真っ白なパイだった。
晴彦の全身は、たちまち真っ白なパイに埋まっていた。晴彦はもったいぶった仕草で、顔にへばり付いたパイを拭うと、かっと大口を開けた笑いを浮かべ、身に纏ったコートの前を開いた。
途端に、コートの前から、どどーっと大量のパイが零れ落ちる。
どさどさどさ……! と、まだまだ放出は止まらない。たちまち晴彦の目の前に、パイの山ができていた。
晴彦はパイを一つ掴むと、えいやっとばかりに蒸汽軍兵士たちの真ん中に投げつける。
びしゃっ!
一人の兵士の顔面が、パイに覆われる。呆然と顔面のパイを拭った兵士は、隣の仲間の顔を見た。仲間は笑いを必死に、押し殺しているが、口元にはニンマリとした笑みが浮かんでいる。
「野郎!」
投げつけられた兵士は怒りの表情になり、銃を構え、銃爪を引いた。
すぽーんっ!
それが切っ掛けに、蒸汽軍兵士たちは次々と蒸汽銃の銃口から、パイを晴彦を目掛けて浴びせかける。ガントもまた、蒸汽銃を撃ちまくり、次々と白いパイを打ち出していた。
すでに全員の頭から、シャドウのことも、《ロスト・ワールド》のことも、綺麗さっぱり跡形もなく吹き飛んでいるようだ。
「こうしてはおられんぞ!」
玄之丞は叫んでいた。
「晴彦の奴、《スラップ・スティック・タウン》をこの《ロスト・ワールド》に再現する能力を獲得したらしい!」
一気に喋り終わると、ぴょんとその場で飛び上がり、空中で両踵を打ち合わせた。
「《スラップ・スティック・タウン》のプレイヤーとして、パイ投げ合戦に参加せぬとは、吾輩の名折れになる!」
喚くと、猛然と晴彦のところへ駆け寄っていく。それを見た知里夫も「あっ」と叫んでいた。叫んだと同時に駆け出している。
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