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待っていた男
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船は動かない。ジムが何をどうしても、びくとも動かない。
操縦桿を力一杯うんうん唸りながら引いても、押しても、てんで駄目だ。まるで膠が張り付いたかのように、宇宙空間の一点に凍りついている。
原因は判っている。
あの無闇矢鱈とでかい、宇宙戦艦に決まっている!
しかし、でかいにも程がある。
全体はごつごつとして、小惑星をそのまま利用した艦体に、あちこちから不恰好な艦橋だの、超光速ジェネレーターだのがくっついている。おまけに、地獄の針の山のように、無数の砲列が四方八方を睨んでいた。
全長五十キロはありそうだ。これだけ馬鹿でかいと、どんな重力制御装置を搭載していようが、惑星表面には降下できない。純粋に宇宙空間を航行するための宇宙戦艦なのだ。
小惑星の表面のあちこちには、大小無数のクレーターがあった。もともとあったのか、それとも、宇宙での戦闘の傷跡か?
呑竜を引っ張っているのは牽引ビームってやつだ。
収束した重力波を集中させ、呑竜をがっちりと掴んで離さないつもりだ。
ヘロヘロはガタガタと震えている。ジムは声を掛けた。
「ヘロヘロ、あの宇宙戦艦を知っているのか?」
ジムの声にヘロヘロは「はっ」と我に帰った。この様子では、見知っているに違いない。
「知らないよ」
「嘘だね」
ジムが決め付けると、ヘロヘロは俯いた。
「ありゃ、何だ? 何で、この船を無理矢理こうやって停める? お前、その訳を知っているな!」
ヘロヘロの身体の中から「ぶぶぶぶ!」という震動音が響いてきた。
くるり、と両目が白目に引っくり返り、ぱかりと口を開けるや、ヘロヘロはばったり仰向けに倒れる。
ぽあ……、とヘロヘロの口から薄く煙がたなびいた。さっきのジムの追及と合わせ、機能停止の限界に達したのだろう。
う~う~う~……
この緊迫した場面に似合わないのんびりとしたサイレンを響かせ、警察の宇宙艇が“押っ取り刀”で接近してきた。
ちかちかとパト・ライトが近づき、停泊している宇宙戦艦に気付いたのか、宇宙艇は急制動を掛ける。
環境音再現システムは、それに「ききーっ!」というブレーキの音を付け加える。
この宇宙戦艦の出現は警察当局にとっても予想外のことだったらしい。宇宙艇は戸惑ったように、じりじりと距離を詰めてきた。
モニターにボーラン人の警察官が現れた。
「船籍不明の宇宙戦艦に警告する。貴艦の所属、艦名を明らかにせよ! 当宙域は銀河帝国首都宙域であり、絶対防衛圏内として、いかなる軍艦の接近も禁じられている!」
モニターが分割され、そこに一人の人物が姿を現した。銀色の皮膚、つるつるの頭をした、がっしりとした体格の男である。
男は口を開き、話し出した。まるで洞窟の奥から響いてきそうな、低く轟くような声音であった。
「こちらは《鉄槌》。銀河帝国宇宙軍アンドロメダ方面軍司令を任されているシルバー艦長だ。当方は銀河帝国皇帝の正式な勅許状を受けている。印璽を見るかね? それに、確かに首都惑星の周囲は絶対防衛圏内だが、ここは主星から二天文単位は離れている。本艦が停泊しているのは、オールト雲の外側であるから、防衛圏外だ」
警察官は、明らかに怯んだようだった。
「し、しかし貴艦が捕獲している宇宙艇は、洛陽シティの市民から盗難の届出があり、接収の命令を受けている。直ちに当方に引き渡すよう、要求する!」
シルバーはぐい、と首を揺すった。
「その船は、我がほうが優先権がある! そちらより上級よりの命令なのだ! いいかね? 畏れ多くも、皇帝陛下直々の命令なのだぞ!」
ボーラン人は困惑したように、ぴくぴくと全身を奮わせた。葛藤が高まったときのボーラン人の反応である。
「こ、こ、こ……皇帝陛下!」
シルバーはうんざりしたような声を上げた。
「だから、先ほどから申し上げている。正式な勅許状を受けていると。皇帝陛下の印璽も押されたものだ」
これは、効き目があった。
ボーラン人は根負けしたように、がっくりと項垂れた。額から生えている触角が、だらりと、だらしなく下がる。
「判った……しかし、その命令を確認させて欲しい。唯今より速やかに我らは首都惑星へ引き返し、そちらの命令を確認するので、そのまま停泊したままにいるよう、要求する」
この場所から首都惑星へレーザー通信で質問を送っても、返信が届くのは丸一日近くかかる。超光速航法は実現されていても、超光速通信はいまだ夢のままだった。だから直接赴くほうが早いのである。
あたふたと警察の宇宙艇が引き返すと、画面のシルバーはジムを見つめた。
微かに眉根を寄せ、問いかける。
「そっちの船は《呑竜》だな。それは間違いない。しかし操縦席に座る君は、わたしの知っている相手ではない。キャシーはどうしたんだね?」
「キャシーってのは、船倉にいる停滞フィールドで固まっている女の子か? おれはジムだ。いったい、どういう訳か、こっちのほうが知りたいよ」
シルバーの唇が「ほ!」というように窄まった。
「停滞フィールドか。成る程。それで、君が代わりに操船していると、そういうことか。ま、どちらにしても《呑竜》は、こちらで頂くことになる。抵抗するなよ。こちらの牽引ビームに掴まったままじたばた暴れると、ばらばらに分解しかねないからな。わたしは、そっちの船を無償で手に入れたいのだ」
シルバーの視線が冷酷なものに変わり、一方的に接続を切ってしまった。
ジムは慌てて通信回線をオープンにして呼びかけた、だが、シルバーは無しの礫で、だんまりを決め込んでいる。
ぐい、と《呑竜》の船体が揺れた。
じんわりと宇宙戦艦《鉄槌》に引き寄せられていく。戦艦の表面がするすると開き、巨大な格納庫が現れる。
ジムは操縦席で腕を組んだ。背後を振り返り、声を上げる。
「おい、ヘロヘロ! いつまで気持ち良く気絶しているつもりだ?」
ヘロヘロの目玉がぱちくりと元に戻った。ひょい、と立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回す。
「どうなってんの?」
ジムは船窓を指さした。
戦艦が近づいてくる。いや《呑竜》が近づいているのだ。
ジムは待ち受けた。
こうなったら、どうにでもなれ!
操縦桿を力一杯うんうん唸りながら引いても、押しても、てんで駄目だ。まるで膠が張り付いたかのように、宇宙空間の一点に凍りついている。
原因は判っている。
あの無闇矢鱈とでかい、宇宙戦艦に決まっている!
しかし、でかいにも程がある。
全体はごつごつとして、小惑星をそのまま利用した艦体に、あちこちから不恰好な艦橋だの、超光速ジェネレーターだのがくっついている。おまけに、地獄の針の山のように、無数の砲列が四方八方を睨んでいた。
全長五十キロはありそうだ。これだけ馬鹿でかいと、どんな重力制御装置を搭載していようが、惑星表面には降下できない。純粋に宇宙空間を航行するための宇宙戦艦なのだ。
小惑星の表面のあちこちには、大小無数のクレーターがあった。もともとあったのか、それとも、宇宙での戦闘の傷跡か?
呑竜を引っ張っているのは牽引ビームってやつだ。
収束した重力波を集中させ、呑竜をがっちりと掴んで離さないつもりだ。
ヘロヘロはガタガタと震えている。ジムは声を掛けた。
「ヘロヘロ、あの宇宙戦艦を知っているのか?」
ジムの声にヘロヘロは「はっ」と我に帰った。この様子では、見知っているに違いない。
「知らないよ」
「嘘だね」
ジムが決め付けると、ヘロヘロは俯いた。
「ありゃ、何だ? 何で、この船を無理矢理こうやって停める? お前、その訳を知っているな!」
ヘロヘロの身体の中から「ぶぶぶぶ!」という震動音が響いてきた。
くるり、と両目が白目に引っくり返り、ぱかりと口を開けるや、ヘロヘロはばったり仰向けに倒れる。
ぽあ……、とヘロヘロの口から薄く煙がたなびいた。さっきのジムの追及と合わせ、機能停止の限界に達したのだろう。
う~う~う~……
この緊迫した場面に似合わないのんびりとしたサイレンを響かせ、警察の宇宙艇が“押っ取り刀”で接近してきた。
ちかちかとパト・ライトが近づき、停泊している宇宙戦艦に気付いたのか、宇宙艇は急制動を掛ける。
環境音再現システムは、それに「ききーっ!」というブレーキの音を付け加える。
この宇宙戦艦の出現は警察当局にとっても予想外のことだったらしい。宇宙艇は戸惑ったように、じりじりと距離を詰めてきた。
モニターにボーラン人の警察官が現れた。
「船籍不明の宇宙戦艦に警告する。貴艦の所属、艦名を明らかにせよ! 当宙域は銀河帝国首都宙域であり、絶対防衛圏内として、いかなる軍艦の接近も禁じられている!」
モニターが分割され、そこに一人の人物が姿を現した。銀色の皮膚、つるつるの頭をした、がっしりとした体格の男である。
男は口を開き、話し出した。まるで洞窟の奥から響いてきそうな、低く轟くような声音であった。
「こちらは《鉄槌》。銀河帝国宇宙軍アンドロメダ方面軍司令を任されているシルバー艦長だ。当方は銀河帝国皇帝の正式な勅許状を受けている。印璽を見るかね? それに、確かに首都惑星の周囲は絶対防衛圏内だが、ここは主星から二天文単位は離れている。本艦が停泊しているのは、オールト雲の外側であるから、防衛圏外だ」
警察官は、明らかに怯んだようだった。
「し、しかし貴艦が捕獲している宇宙艇は、洛陽シティの市民から盗難の届出があり、接収の命令を受けている。直ちに当方に引き渡すよう、要求する!」
シルバーはぐい、と首を揺すった。
「その船は、我がほうが優先権がある! そちらより上級よりの命令なのだ! いいかね? 畏れ多くも、皇帝陛下直々の命令なのだぞ!」
ボーラン人は困惑したように、ぴくぴくと全身を奮わせた。葛藤が高まったときのボーラン人の反応である。
「こ、こ、こ……皇帝陛下!」
シルバーはうんざりしたような声を上げた。
「だから、先ほどから申し上げている。正式な勅許状を受けていると。皇帝陛下の印璽も押されたものだ」
これは、効き目があった。
ボーラン人は根負けしたように、がっくりと項垂れた。額から生えている触角が、だらりと、だらしなく下がる。
「判った……しかし、その命令を確認させて欲しい。唯今より速やかに我らは首都惑星へ引き返し、そちらの命令を確認するので、そのまま停泊したままにいるよう、要求する」
この場所から首都惑星へレーザー通信で質問を送っても、返信が届くのは丸一日近くかかる。超光速航法は実現されていても、超光速通信はいまだ夢のままだった。だから直接赴くほうが早いのである。
あたふたと警察の宇宙艇が引き返すと、画面のシルバーはジムを見つめた。
微かに眉根を寄せ、問いかける。
「そっちの船は《呑竜》だな。それは間違いない。しかし操縦席に座る君は、わたしの知っている相手ではない。キャシーはどうしたんだね?」
「キャシーってのは、船倉にいる停滞フィールドで固まっている女の子か? おれはジムだ。いったい、どういう訳か、こっちのほうが知りたいよ」
シルバーの唇が「ほ!」というように窄まった。
「停滞フィールドか。成る程。それで、君が代わりに操船していると、そういうことか。ま、どちらにしても《呑竜》は、こちらで頂くことになる。抵抗するなよ。こちらの牽引ビームに掴まったままじたばた暴れると、ばらばらに分解しかねないからな。わたしは、そっちの船を無償で手に入れたいのだ」
シルバーの視線が冷酷なものに変わり、一方的に接続を切ってしまった。
ジムは慌てて通信回線をオープンにして呼びかけた、だが、シルバーは無しの礫で、だんまりを決め込んでいる。
ぐい、と《呑竜》の船体が揺れた。
じんわりと宇宙戦艦《鉄槌》に引き寄せられていく。戦艦の表面がするすると開き、巨大な格納庫が現れる。
ジムは操縦席で腕を組んだ。背後を振り返り、声を上げる。
「おい、ヘロヘロ! いつまで気持ち良く気絶しているつもりだ?」
ヘロヘロの目玉がぱちくりと元に戻った。ひょい、と立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回す。
「どうなってんの?」
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こうなったら、どうにでもなれ!
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