61 / 107
宙森での逃走
3
しおりを挟む
キャシーもまた宙森の内部に、原型の人間が見当たらない事実に気付いていた。
ジム、キャシー、ヘロヘロたちは、ボーラン人の案内でシャトルに乗り込み、円環部分へと運ばれていく。
「どういうことかしら。ここには原型の人間がまるっきり、見当たらないわ」
キャシーの呟きに、ジムは初めて気付いたとばかりに眉を上げた。隣で座るヘロヘロと顔を見合わせる。
ジムはキャシーに話しかけた。
「どうして、それが気になるんだ?」
「さあ」とキャシーは、首をちょっと傾ける。
が、急いで首を振って、自分の言葉を否定した。
「なんでもないのかもしれないわ。たまたま、あたしたちの近くに、原型の人たちが見当たらないだけなのかも……」
案内役のボーラン人は、そんな遣り取りにまるで無関心で、まっすぐ背中を伸ばし、座席に不動の姿勢を守ったまま座っている。
シャトル内部の表示が、円環部分へと近づいていく状況を示している。
不意に引っくり返る感覚があって、ジムを戸惑わせた。一瞬のことで、ジムは自分の気のせいかと思った。
だが、キャシーを見ると、やっぱり気がついたようで、微かに頷いて見せた。
「円環部分には人工重力場が働いていないのよ。遠心力を使っているから。今のは、シャトルが姿勢を変えて、あっちの遠心力に合わせたんだわ。円環部分ではコリオリの力が効いているから、それでちょっと感じが変わったのね」
ボーラン人が頷いた。
「その通りだ。円環部分では遠心力があるから、わざわざ人工重力場を発生させるのはエネルギーの無駄というものだ。さあ、これから《大校母》さまに面会するぞ!」
シャトルの出口から外へ出ると、宙森の内部の景観が目の前に広がる。
なんとなくジムは、宙森内部は木々に覆われた、シルバーの《鉄槌》内部で見た自然に溢れているのでないかと想像していた。
ところが、それは半分は当たっていたものの、半分は大きく間違っていた。目の前に広がるのは、海だった。
円環の外周が、ここでは〝下〟になり、内側が〝上〟になる。その外周全部が、総て海となって広がっているのである。天井一面は白く発光している。
空気には潮風が含まれている。
ジムは背後を振り返った。
巨大な塔が円環の天井を突き刺し、地面にまで達している。これがシャトルのためのスポーク部分なのだろう。ジムたちはスポークの周りにある円形のテラスに立っている。テラスからすぐ下が海面になっていて、覗き込むと波が白く泡立っている。
ボーラン人が指さした。
「迎えだ」
水平線は外周に沿って盛り上がっている。ちょうど円の内側を見上げる形になる。目測で、一キロほどの沖合いに、唐突に白い蒸気が上がった。
黒い塊りが海面から持ち上がる。
紡錘形で、滑らかな表面をしている。それは一旦、海面から斜めに持ち上がると、ざばーっと大きな白波を蹴立て、こちらへ近づいてきた。その動きは生き物を思わせた。
「鯨じゃないか……!」
ジムは大声を上げた。
鯨はジムたちが立っているテラス目指して真っ直ぐに近づいてくる。鼻先がずんぐりしていて、ジムの乏しい動物知識では、鯨は抹香鯨という種類だった。
鯨はテラスに横付けになって、海面すれすれから全体からすれば驚くほど小さな目で、ジムたちを見上げた。
ヘロヘロは疑わしそうに声を上げる。
「これが迎え、なのかい?」
「そうだ」
ボーラン人は無表情に答えた。
テラスに横付けになっている鯨の腹から背中へかけ、不意に段々ができた。階段のようである。
ボーラン人は、何の迷いもなく、その階段を上がって背中へ達した。背中からジムたちを見下ろし、声を掛ける。
「どうした? 上がって来い!」
ジムたちは思わず顔を見合わせた。
意を決したようにキャシーが先に立った。
階段を踏みしめ、背中へ上がっていく。鯨は大人しく、微動だにしなかった。
ジムもまた、キャシーの後に続いた。ヘロヘロはおっかなびっくり、という様子でジムのすぐ後から上った。
背中の盛り上がった部分は背骨にあたる。
その盛り上がりが動き出し、変化した。変化した後には、人間が座れる座席ができていた。座席には肘掛けまでついている。
当然のようにボーラン人は先頭の座席に腰を下ろす。キャシー、ジム、ヘロヘロの順でそれに倣った。
全員が座席に腰を落ち着けたのを確認して、ボーラン人は声を上げた。
「では、唯今より《大校母》さまに面会するため、出発する!」
その言葉が終わるなり、出し抜けに鯨が動き出した。
ジムは思わず「わっ」と叫んでいた。椅子の肘掛け部分が動き出し、ジムの腰を抱きしめるように包み込んだのである。
前のキャシーもまた、椅子に抱きしめられている。
後ろを見ると、ヘロヘロのまん丸な顔が両側から迫る肘掛けにがっちり掴まれ、身動きもとれないようだった。ヘロヘロは恐怖の表情を浮かべ、頭の天辺から生えているホイップ・アンテナの先が何度も忙しく瞬いていた。
ボーラン人が振り向き、冷静な口調で話しかけてきた。
「心配ない。少し揺れるから、安全ベルトで締め付けるだけだ」
ボーラン人には似つかわしくない冗談を口にした。
「ご乗客の皆様、これより《大校母》さまへの面会の旅を始めます。それでは良い旅を!」
ジム、キャシー、ヘロヘロたちは、ボーラン人の案内でシャトルに乗り込み、円環部分へと運ばれていく。
「どういうことかしら。ここには原型の人間がまるっきり、見当たらないわ」
キャシーの呟きに、ジムは初めて気付いたとばかりに眉を上げた。隣で座るヘロヘロと顔を見合わせる。
ジムはキャシーに話しかけた。
「どうして、それが気になるんだ?」
「さあ」とキャシーは、首をちょっと傾ける。
が、急いで首を振って、自分の言葉を否定した。
「なんでもないのかもしれないわ。たまたま、あたしたちの近くに、原型の人たちが見当たらないだけなのかも……」
案内役のボーラン人は、そんな遣り取りにまるで無関心で、まっすぐ背中を伸ばし、座席に不動の姿勢を守ったまま座っている。
シャトル内部の表示が、円環部分へと近づいていく状況を示している。
不意に引っくり返る感覚があって、ジムを戸惑わせた。一瞬のことで、ジムは自分の気のせいかと思った。
だが、キャシーを見ると、やっぱり気がついたようで、微かに頷いて見せた。
「円環部分には人工重力場が働いていないのよ。遠心力を使っているから。今のは、シャトルが姿勢を変えて、あっちの遠心力に合わせたんだわ。円環部分ではコリオリの力が効いているから、それでちょっと感じが変わったのね」
ボーラン人が頷いた。
「その通りだ。円環部分では遠心力があるから、わざわざ人工重力場を発生させるのはエネルギーの無駄というものだ。さあ、これから《大校母》さまに面会するぞ!」
シャトルの出口から外へ出ると、宙森の内部の景観が目の前に広がる。
なんとなくジムは、宙森内部は木々に覆われた、シルバーの《鉄槌》内部で見た自然に溢れているのでないかと想像していた。
ところが、それは半分は当たっていたものの、半分は大きく間違っていた。目の前に広がるのは、海だった。
円環の外周が、ここでは〝下〟になり、内側が〝上〟になる。その外周全部が、総て海となって広がっているのである。天井一面は白く発光している。
空気には潮風が含まれている。
ジムは背後を振り返った。
巨大な塔が円環の天井を突き刺し、地面にまで達している。これがシャトルのためのスポーク部分なのだろう。ジムたちはスポークの周りにある円形のテラスに立っている。テラスからすぐ下が海面になっていて、覗き込むと波が白く泡立っている。
ボーラン人が指さした。
「迎えだ」
水平線は外周に沿って盛り上がっている。ちょうど円の内側を見上げる形になる。目測で、一キロほどの沖合いに、唐突に白い蒸気が上がった。
黒い塊りが海面から持ち上がる。
紡錘形で、滑らかな表面をしている。それは一旦、海面から斜めに持ち上がると、ざばーっと大きな白波を蹴立て、こちらへ近づいてきた。その動きは生き物を思わせた。
「鯨じゃないか……!」
ジムは大声を上げた。
鯨はジムたちが立っているテラス目指して真っ直ぐに近づいてくる。鼻先がずんぐりしていて、ジムの乏しい動物知識では、鯨は抹香鯨という種類だった。
鯨はテラスに横付けになって、海面すれすれから全体からすれば驚くほど小さな目で、ジムたちを見上げた。
ヘロヘロは疑わしそうに声を上げる。
「これが迎え、なのかい?」
「そうだ」
ボーラン人は無表情に答えた。
テラスに横付けになっている鯨の腹から背中へかけ、不意に段々ができた。階段のようである。
ボーラン人は、何の迷いもなく、その階段を上がって背中へ達した。背中からジムたちを見下ろし、声を掛ける。
「どうした? 上がって来い!」
ジムたちは思わず顔を見合わせた。
意を決したようにキャシーが先に立った。
階段を踏みしめ、背中へ上がっていく。鯨は大人しく、微動だにしなかった。
ジムもまた、キャシーの後に続いた。ヘロヘロはおっかなびっくり、という様子でジムのすぐ後から上った。
背中の盛り上がった部分は背骨にあたる。
その盛り上がりが動き出し、変化した。変化した後には、人間が座れる座席ができていた。座席には肘掛けまでついている。
当然のようにボーラン人は先頭の座席に腰を下ろす。キャシー、ジム、ヘロヘロの順でそれに倣った。
全員が座席に腰を落ち着けたのを確認して、ボーラン人は声を上げた。
「では、唯今より《大校母》さまに面会するため、出発する!」
その言葉が終わるなり、出し抜けに鯨が動き出した。
ジムは思わず「わっ」と叫んでいた。椅子の肘掛け部分が動き出し、ジムの腰を抱きしめるように包み込んだのである。
前のキャシーもまた、椅子に抱きしめられている。
後ろを見ると、ヘロヘロのまん丸な顔が両側から迫る肘掛けにがっちり掴まれ、身動きもとれないようだった。ヘロヘロは恐怖の表情を浮かべ、頭の天辺から生えているホイップ・アンテナの先が何度も忙しく瞬いていた。
ボーラン人が振り向き、冷静な口調で話しかけてきた。
「心配ない。少し揺れるから、安全ベルトで締め付けるだけだ」
ボーラン人には似つかわしくない冗談を口にした。
「ご乗客の皆様、これより《大校母》さまへの面会の旅を始めます。それでは良い旅を!」
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる