62 / 107
宙森での逃走
4
しおりを挟む
アルニは必死になって駈けていた。追跡者を振り切るため、後ろを何度も振り返り、人ごみを掻き分け、路地を抜け、階段を駆け下り、駆け上がった。
ベータと名乗ったゴルドン人の若者は、シャトルから降りると、なぜかしつこく「どこへ行くのか? 何か当てはあるのか? よかったら自分が町を案内しよう」と何度も誘った。
だが、その熱意があまりに押し付けがましく、またベータの目付きがアルニにとって、怖くなりそうなほど真剣だったので、断ったのである。
シャトルの乗降口から降りると、そこは商業区の真ん中で、スポークを中心に様々な店が並んでいる。宙森の人口はどのくらいか知らないが、アルニはここに大部分の人口が集まっているのではないか、と思われた。
ゴルドン人のベータの案内の申し出を断り、アルニは目の前のショッピング・モールを歩き出した。
最初は目に入るもの総てが珍しく、また客寄せのホログラフィ・コマーシャルも目を引いて、しばらくの間は、あれこれと店先で品定めをしているだけだった。そこに何の怪しむ点も無かったのである。
しかし、モールを歩いていると、やはりここにも原型の人間が一人も見当たらないのに気付いた。
アルニはシルバーの《鉄槌》に乗り込む前は、ある程度まで様々な星系を巡り歩き、それなりの見聞を広めてきた。
その経験から考えても、今まで原型が一人も見当たらない、という状況は無かった。どんな辺境の星にも、原型の人間は必ず見受けられる。
町を歩く〝種族〟の人々がアルニに向ける視線も気になった。
どういうのだろう……。じっとアルニの一挙手一投足を見守る〝種族〟の視線は、粘っこく、さりげなくだが視界から外れるまで、しつこく追いかけてくる。まるで品定めしているような感覚であった。商店の店主の視線も、そうであった。
徐々に、アルニは恐怖を感じつつあった。
やがて──
視界の外れに白いものを捕捉したとき、アルニは総毛立った。
ベータであった! ゴルドン人のベータが、路地の片隅で、じっと物陰に隠れ、アルニを見つめていたのである。
ベータの周りには、同じ頃の年頃と思える数人の〝種族〟の男女が、ベータと同じように、アルニを見つめていた。
慌ててアルニは視線を外し、その時たまたま目の前にあった店先の商品を覗き込む振りをして、窓ガラスに映る彼らを注視した。
ふらり──と、ベータがアルニのいるところへ歩き出す。周りの男女も、さっと散開して、アルニの背後を取り囲むような動きをとるのが判った。
その瞬間、アルニは走り出していた。
ばたばたっ、と背後で慌てたような足音が交錯する。
振り返ると背後を取り囲むようにしていた〝種族〟の男女とベータが、アルニの反応に瞬時に反応し、急いで大股で追いかけ始めたのである。
アルニは、全速力で走り出す。
ショッピング・モールは複雑な構造になっている。幾重にも階層が重なり、その間を階段、エスカレーター、空中通路が繋いでいた。そこを無数の〝種族〟の人々が、思い思いの方向へ歩き去り、あるいは立ち止まり、アルニの行く手を塞いだ。
逃走を続けるアルニは、ぞっとなっていた。
まるで宙森総ての住人がここに──アルニのいるここに集まってきているのではないか。偶然を装い、目的はまるで別のことなのに、実はアルニの逃走を邪魔するために、彼らだけに感じる何かの合図に突き動かされ、この場所に集合しつつある──。
馬鹿な想像だと思ってはいたが、その妄想は、しつこくアルニの脳裏に浮かんでは消えた。
「どいて! どいてよお……!」
半べそになりながら、アルニは夢中になって眼前に立ちふさがる〝種族〟の人々を掻き分け、すり抜けて走っていく。
わざとではないのであろうが──いや、やはり、わざとであろうか──人々は、まるでアルニの行く手を塞ぐために現れたかに思えた。
やっと人ごみから離れ、アルニは狭い路地に入り込んでいた。
商店の裏側にあたる路地である。上を見上げると、両側から無愛想な壁面が聳え、壁面にところどころ空いた窓が、アルニを見下ろしている。
ばたばた……と、足音が迫る。
はっ、とアルニは前方を見た。
行き止まりだ! 逃げられない!
アルニは壁に背をぴったりと押し付け、じりじりと移動した。
がたん! 唐突に背中の壁がへこみ、アルニを呑みこんだ。
「きゃあっ!」というアルニの絶叫は、たちまち背後から回る手の平に塞がれた。
耳もとで囁き声がする。
「静かに! 奴らに聞かれるとまずい。逃げたくはないのか?」
ベータと名乗ったゴルドン人の若者は、シャトルから降りると、なぜかしつこく「どこへ行くのか? 何か当てはあるのか? よかったら自分が町を案内しよう」と何度も誘った。
だが、その熱意があまりに押し付けがましく、またベータの目付きがアルニにとって、怖くなりそうなほど真剣だったので、断ったのである。
シャトルの乗降口から降りると、そこは商業区の真ん中で、スポークを中心に様々な店が並んでいる。宙森の人口はどのくらいか知らないが、アルニはここに大部分の人口が集まっているのではないか、と思われた。
ゴルドン人のベータの案内の申し出を断り、アルニは目の前のショッピング・モールを歩き出した。
最初は目に入るもの総てが珍しく、また客寄せのホログラフィ・コマーシャルも目を引いて、しばらくの間は、あれこれと店先で品定めをしているだけだった。そこに何の怪しむ点も無かったのである。
しかし、モールを歩いていると、やはりここにも原型の人間が一人も見当たらないのに気付いた。
アルニはシルバーの《鉄槌》に乗り込む前は、ある程度まで様々な星系を巡り歩き、それなりの見聞を広めてきた。
その経験から考えても、今まで原型が一人も見当たらない、という状況は無かった。どんな辺境の星にも、原型の人間は必ず見受けられる。
町を歩く〝種族〟の人々がアルニに向ける視線も気になった。
どういうのだろう……。じっとアルニの一挙手一投足を見守る〝種族〟の視線は、粘っこく、さりげなくだが視界から外れるまで、しつこく追いかけてくる。まるで品定めしているような感覚であった。商店の店主の視線も、そうであった。
徐々に、アルニは恐怖を感じつつあった。
やがて──
視界の外れに白いものを捕捉したとき、アルニは総毛立った。
ベータであった! ゴルドン人のベータが、路地の片隅で、じっと物陰に隠れ、アルニを見つめていたのである。
ベータの周りには、同じ頃の年頃と思える数人の〝種族〟の男女が、ベータと同じように、アルニを見つめていた。
慌ててアルニは視線を外し、その時たまたま目の前にあった店先の商品を覗き込む振りをして、窓ガラスに映る彼らを注視した。
ふらり──と、ベータがアルニのいるところへ歩き出す。周りの男女も、さっと散開して、アルニの背後を取り囲むような動きをとるのが判った。
その瞬間、アルニは走り出していた。
ばたばたっ、と背後で慌てたような足音が交錯する。
振り返ると背後を取り囲むようにしていた〝種族〟の男女とベータが、アルニの反応に瞬時に反応し、急いで大股で追いかけ始めたのである。
アルニは、全速力で走り出す。
ショッピング・モールは複雑な構造になっている。幾重にも階層が重なり、その間を階段、エスカレーター、空中通路が繋いでいた。そこを無数の〝種族〟の人々が、思い思いの方向へ歩き去り、あるいは立ち止まり、アルニの行く手を塞いだ。
逃走を続けるアルニは、ぞっとなっていた。
まるで宙森総ての住人がここに──アルニのいるここに集まってきているのではないか。偶然を装い、目的はまるで別のことなのに、実はアルニの逃走を邪魔するために、彼らだけに感じる何かの合図に突き動かされ、この場所に集合しつつある──。
馬鹿な想像だと思ってはいたが、その妄想は、しつこくアルニの脳裏に浮かんでは消えた。
「どいて! どいてよお……!」
半べそになりながら、アルニは夢中になって眼前に立ちふさがる〝種族〟の人々を掻き分け、すり抜けて走っていく。
わざとではないのであろうが──いや、やはり、わざとであろうか──人々は、まるでアルニの行く手を塞ぐために現れたかに思えた。
やっと人ごみから離れ、アルニは狭い路地に入り込んでいた。
商店の裏側にあたる路地である。上を見上げると、両側から無愛想な壁面が聳え、壁面にところどころ空いた窓が、アルニを見下ろしている。
ばたばた……と、足音が迫る。
はっ、とアルニは前方を見た。
行き止まりだ! 逃げられない!
アルニは壁に背をぴったりと押し付け、じりじりと移動した。
がたん! 唐突に背中の壁がへこみ、アルニを呑みこんだ。
「きゃあっ!」というアルニの絶叫は、たちまち背後から回る手の平に塞がれた。
耳もとで囁き声がする。
「静かに! 奴らに聞かれるとまずい。逃げたくはないのか?」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる