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宙森での逃走
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ばたん、と微かな音を立て、目の前の壁が塞がり、アルニは真っ暗な中に閉じ込められていた。
ばたばたばた……と、足音が通過していく。
それが、戸惑ったような足音に変わった。
「いないぞ! 確かにあの原型の女、こっちに逃げ込んだはずなのに?」
「本当にこっちだったのか? 見間違いではないのか?」
「見たんだ! あの原型の女は、確かにこっちに曲がった。畜生……! どこへ消えちまったんだろう……」
最後の声は、ベータのものだった。
やがて諦めたのか、足音は、元来た方向に戻っていく。
アルニは暗闇の中、凝然となっていた。どきどきという自分の鼓動だけが、唯一の聞こえる音であった。
ふっ、と口許を覆う手がどけられる。
振り返ると、微かな明かりの中で、こちらを見つめる顔と突き合わせていた。
中年の、原型の男が、真剣な表情でアルニを見つめている。どことなく、疲れたような表情だ。男は、ほっと溜息をついた。
「危なかったな。奴らに捕まるところだったぞ! どうして、あんなところをふらふら歩いていたんだ?」
ぽろり、とアルニの目から涙が零れる。
ひっく、ひっくとアルニはしゃくりあげ、途切れ途切れに声を詰まらせた。どっと安心感が押し寄せてくる。
「わ……分かんないの……! 分かんないのよお……! 何なの、あいつら……どうしてあたしを追いかけるの……?」
男の顔が困ったような表情になった。目に戸惑いが表れている。
「君は、宙森に来たばかりなのかね?」
アルニが頷くと「それで判った」と、男も頷き返した。
「こっちへ来なさい。我々の隠れ家へ案内する」
男は背を向け、歩き出す。アルニは立ち止まったままだ。男は振り返って不審気な表情を浮かべた。
「どうした?」
アルニは頭を振った。
「厭! あたし、シルバーの宇宙艇へ帰るわ! シャトルに乗って……」
男は渋面を浮かべた。
「困った娘だ。あいつらが最初に見張るのは、シャトルの搭乗口だということくらい、分かりそうなものだが……」
アルニは、がっくり肩を落とした。
「そうなの? でも、どうして、あたしを追い掛け回すの? あたしが何をしたのよ!」
徐々に怒りがアルニの声を大きくさせていった。男は慌てて手を振った。
「静かに! 連中が全部いなくなったという保証は、ないんだ!」
「はっ」とアルニは自分の手で口を押さえた。
男はもう一度、繰り返した。
「さあ、我々の隠れ家へ行こう。向こうへ行けば、君の安全は確保する。それとも、やっぱり、シャトル乗り場へ行くつもりかね?」
諦めてアルニは首を振った。
「ううん、行くの、やめにする……隠れ家って、そこは原型の人たちの?」
「そうだ」と男は肯定し、歩き出す。
今度はアルニは逆らわず、後に従った。
アルニが引っ張り込まれたのは、建物の裏側の隠し通路のようなところだった。以前は設計の都合で出っ張りがあったところに、壁を作り、細い通路にしているのだろう。見るからに安普請で、細い隙間から外光が漏れ、照明がなくとも充分に明るい。
通路の行き止まりに突き当たると、男は膝を付き、蹲った。ごそごそと足下で何かやっていたかと思うと、ぱかりと床が持ち上がり、穴が開いた。
背後から覗き込むと、人一人がやっと潜り込める穴に、手がかりの梯子がついている。
男は立ち上がり、穴を指し示した。
「君から潜りなさい。おれは君が入った後、穴を元通りにしなければならないから、後から入る」
言われたとおりにアルニが潜り込み、後から男が入ってくる。
「閉めるぞ」と声がして、男は穴の蓋を元通りに閉めた。
たちまち、辺りは真の暗闇になり、恐怖が込み上げる。
アルニは手がかりの梯子をしっかりと掴みながら、穴の底へと降りていった。
やがて、足先が底に着いた。
男が降りてくる気配があって、アルニは後ろに下がった。とん、と落下する音がして、男が何かポケットを探っている。
ぱ! と、出し抜けに、強い明かりがアルニの目を眩ませる。男がライトの光を点けたのだった。
底には横穴が空いている。
男は今度は先にたち、ライトを手に持って歩き出した。
アルニはその後を従いていき、声を掛けた。
「ねえ、そろそろ教えてくれても良いでしょう? どうして原型のあたしを、あいつらが追い掛け回すのか」
男は前を見たまま答えた。口調に怒りが込められていた。
「やつら──宙森の〝種族〟の連中は──おれたち原型に対し、怖ろしいことを仕出かしたんだ!」
男の口調に、アルニの胸に冷やりとした感触が沸いてきた。聞きたくないような、しかし、聞かずにいられないような。
「何をしたの?」
男は立ち止まり、振り返る。手に持ったライトの光が男の顔を怖ろしげに隈取った。
「脳の摘出だよ!」
アルニは呆然と立ち竦んだ。
ばたばたばた……と、足音が通過していく。
それが、戸惑ったような足音に変わった。
「いないぞ! 確かにあの原型の女、こっちに逃げ込んだはずなのに?」
「本当にこっちだったのか? 見間違いではないのか?」
「見たんだ! あの原型の女は、確かにこっちに曲がった。畜生……! どこへ消えちまったんだろう……」
最後の声は、ベータのものだった。
やがて諦めたのか、足音は、元来た方向に戻っていく。
アルニは暗闇の中、凝然となっていた。どきどきという自分の鼓動だけが、唯一の聞こえる音であった。
ふっ、と口許を覆う手がどけられる。
振り返ると、微かな明かりの中で、こちらを見つめる顔と突き合わせていた。
中年の、原型の男が、真剣な表情でアルニを見つめている。どことなく、疲れたような表情だ。男は、ほっと溜息をついた。
「危なかったな。奴らに捕まるところだったぞ! どうして、あんなところをふらふら歩いていたんだ?」
ぽろり、とアルニの目から涙が零れる。
ひっく、ひっくとアルニはしゃくりあげ、途切れ途切れに声を詰まらせた。どっと安心感が押し寄せてくる。
「わ……分かんないの……! 分かんないのよお……! 何なの、あいつら……どうしてあたしを追いかけるの……?」
男の顔が困ったような表情になった。目に戸惑いが表れている。
「君は、宙森に来たばかりなのかね?」
アルニが頷くと「それで判った」と、男も頷き返した。
「こっちへ来なさい。我々の隠れ家へ案内する」
男は背を向け、歩き出す。アルニは立ち止まったままだ。男は振り返って不審気な表情を浮かべた。
「どうした?」
アルニは頭を振った。
「厭! あたし、シルバーの宇宙艇へ帰るわ! シャトルに乗って……」
男は渋面を浮かべた。
「困った娘だ。あいつらが最初に見張るのは、シャトルの搭乗口だということくらい、分かりそうなものだが……」
アルニは、がっくり肩を落とした。
「そうなの? でも、どうして、あたしを追い掛け回すの? あたしが何をしたのよ!」
徐々に怒りがアルニの声を大きくさせていった。男は慌てて手を振った。
「静かに! 連中が全部いなくなったという保証は、ないんだ!」
「はっ」とアルニは自分の手で口を押さえた。
男はもう一度、繰り返した。
「さあ、我々の隠れ家へ行こう。向こうへ行けば、君の安全は確保する。それとも、やっぱり、シャトル乗り場へ行くつもりかね?」
諦めてアルニは首を振った。
「ううん、行くの、やめにする……隠れ家って、そこは原型の人たちの?」
「そうだ」と男は肯定し、歩き出す。
今度はアルニは逆らわず、後に従った。
アルニが引っ張り込まれたのは、建物の裏側の隠し通路のようなところだった。以前は設計の都合で出っ張りがあったところに、壁を作り、細い通路にしているのだろう。見るからに安普請で、細い隙間から外光が漏れ、照明がなくとも充分に明るい。
通路の行き止まりに突き当たると、男は膝を付き、蹲った。ごそごそと足下で何かやっていたかと思うと、ぱかりと床が持ち上がり、穴が開いた。
背後から覗き込むと、人一人がやっと潜り込める穴に、手がかりの梯子がついている。
男は立ち上がり、穴を指し示した。
「君から潜りなさい。おれは君が入った後、穴を元通りにしなければならないから、後から入る」
言われたとおりにアルニが潜り込み、後から男が入ってくる。
「閉めるぞ」と声がして、男は穴の蓋を元通りに閉めた。
たちまち、辺りは真の暗闇になり、恐怖が込み上げる。
アルニは手がかりの梯子をしっかりと掴みながら、穴の底へと降りていった。
やがて、足先が底に着いた。
男が降りてくる気配があって、アルニは後ろに下がった。とん、と落下する音がして、男が何かポケットを探っている。
ぱ! と、出し抜けに、強い明かりがアルニの目を眩ませる。男がライトの光を点けたのだった。
底には横穴が空いている。
男は今度は先にたち、ライトを手に持って歩き出した。
アルニはその後を従いていき、声を掛けた。
「ねえ、そろそろ教えてくれても良いでしょう? どうして原型のあたしを、あいつらが追い掛け回すのか」
男は前を見たまま答えた。口調に怒りが込められていた。
「やつら──宙森の〝種族〟の連中は──おれたち原型に対し、怖ろしいことを仕出かしたんだ!」
男の口調に、アルニの胸に冷やりとした感触が沸いてきた。聞きたくないような、しかし、聞かずにいられないような。
「何をしたの?」
男は立ち止まり、振り返る。手に持ったライトの光が男の顔を怖ろしげに隈取った。
「脳の摘出だよ!」
アルニは呆然と立ち竦んだ。
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