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偉大なる母
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「そなたたちの宇宙艇にある〝キューブ〟は、この宙森で禁じられている〝いにしへ言葉〟を含んだ情報をこちらに送信したので、受け取りは拒否されました。残念ですが、情報料金は支払えませぬ」
《大校母》は、大きな二つの両目をひた、とジムとキャシーに当て、ゆったりとした口調で話し掛けてきた。
《大校母》の声は、ぞくぞくするほど魅力的で、暗闇の中で耳にしているとジムには洛陽でのミューズ人、ビーチャの面影が脳裏に浮かんでくるのだった。
しかし《大校母》の姿といったら……!
キャシーの「蟻塚みたい」という感想は、真相を言い当てていた。まさしくボーラン人の住まいは、蟻塚そのものだったのである。
目の前に巨大な肉塊が横たわっている。
生白く、所々静脈が透けて見える巨大な肉の塊りが、薄暗い照明の下で蠕動を繰り返している。その肉塊の先に《大校母》の本体がくっついている。
意外なことに肉塊にくっついている《大校母》の本体は、原型の女性とほぼ変わらない姿をしている。真っ白な鯨の胴体に、ウエストから上の部分だけ、原型の女性をくっつけたら、今まさに眼前に見ている《大校母》の姿に近い。
本体部分の《大校母》は、やや太り気味の肢体で、たっぷりとした肉付きをしていたが、それでも腰から先の巨大な肉塊に比べれば、何ほどでもない。
《大校母》は、全裸であった。巨大な乳房が、でれん、と大きな脂肪の固まりとなっている。
長い黒髪が背中から腰まで覆い、やや下膨れの顔は整った目鼻立ちをしている。顔だけ見れば、まあ、そこそこ美人といえるが、全体を見ると、グロテスクそのものだった。
部屋の大部分を占める肉塊は《大校母》が会話を続けているうちも、何度も蠕動をくり返し、そのたびに肉塊の先からボーラン人の子供が吐き出される。すると側に控えていたボーラン人がさっと子供を受け取り、闇に消えていく。育児室へ向かっているのだろう、とジムは思った。
キャシーは《大校母》の姿に圧倒されていたようだったが、それでも立ち直り、ぐいとばかりに睨みつけ、口を開いた。
「〝いにしへ言葉〟とは、何よ! 〝キューブ〟の情報が受け取り拒否されたなんて、聞いたことないわ!」
《大校母》はゆっくりと瞬きをした。睫は長く、まるで瞬きをすると、ぱたぱたと風を打つ音がしそうなくらいだ。
「この宙森は、特別な場所なのです。この宙森に住まう人々のために、妾は常に安全を考えなければなりませぬ。〝いにしへ言葉〟は、この宙森に対し、危険な考えを広めます。ですから、受け取りは拒否されねばなりませぬ」
キャシーは地団太を踏んだ。
「だーかーらーっ! 〝いにしへ言葉〟とは何か聞いているのっ!」
そっとボーラン人の案内役が、キャシーの肘を押さえ、首を振る。静かにするよう、要求しているのだ。
だがキャシーは、その手を邪険に振り払い、きっとばかりに《大校母》を睨みつける。
ぽつり、と《大校母》が呟いた。
「地球……」
「はっ」とジムとキャシーは《大校母》を見つめた。
「人類……母なる星……文明……国家……これらは禁じられた言葉なのです。我らボーラン人、いいえ宙森に住む総ての人々は、これらの言葉から切り離され、独自の進化を遂げねばなりませぬ。人類は、大いなる過ちを犯しました。その過ちを、この宙森で繰り返してはなりませぬ。決して!」
ジムは怒りが込み上げた。
「何を言ってんだい! お前らだって、この宙森にいる〝種族〟だって、みーんなおれたち原型から遺伝子を変更してできたものだろう? つまり、おれたちみんな、地球人ってわけじゃないか!」
《大校母》は、ゆっくりと首を振った。
「その事実は否定は致しません。ですが、我ら宙森の人々は、その事実から自由になりたいと願っているのです。妾の時代には無理でも、次の《大校母》が生まれるころは、完全に〝いにしへ言葉〟がこの宙森からは消え去っていることでしょう。それ故、かつて人類が犯した過ちは、ここでは二度と繰り返すことはないのです」
キャシーが押し殺した声を上げた。
「その過ちとは、何よ?」
「環境破壊です! かつて地球で、人類はおのれの欲望のため、自然を破壊し、そのため地球は、人類の居住するところではなくなりました。超空間ジェネレーターが開発されなければ、今頃は人類は滅亡していたところです」
高々と《大校母》は言い放つ。
「この宙森では、総ての資源が完璧に再使用され、水の一滴、空気の一分子たりとも、無駄にはしません。我らはこの宙森に、理想郷を見出しているのです!」
《大校母》の高邁な口調に、ジムは何か隠された意図を感じていた。なんだか無理矢理、理想論をぶっているような感じである。
「それで、この宙森には原型の人間がいないのか? あんたはおれたち、原型の人間を拒否するのか? でも、どうして原型の人間がいなくて、超空間ジェネレーターが動かせるんだ。恒星間宇宙船を、あんたらは必要としているんじゃないのか?」
《大校母》はその時、初めて表情らしいものを浮かべた。今まで無表情を保っていた顔に、凄愴といっていい笑顔が浮かんだのである。
「もちろん、我らは恒星間宇宙船を必要としていますよ。恒星間宇宙船がなければ、この宙森に必要な原材料を運ぶことはできませぬからね……。でも、そのために原型の人間の手を煩わせる必要は一切ないのです。我らは超空間ジェネレーターの秘密を解明しました! もはや原型なしでも、超空間ジェネレーターは動かせます!」
キャシーは、目を丸くした。
「そんなこと、信じられないわ。超空間ジェネレーターは原型の人間が起動しなくてはならないのは常識よ!」
《大校母》は頷いた。
「そう……。今までは、そう考えられていました。でも必要なのは、原型の人間そのものではないのです。あなたがたの脳の内部に、その秘密が隠されているのを、我ら宙森の科学者は、遂に解明したのです」
キャシーは呆然と呟いた。
「それって……まさか!」
にいーっ、と《大校母》は邪悪な笑みを浮かべる。びっくりするほど綺麗な歯並びが、薄暗い照明の中きらりと光った。
「そうです。必要なのは、原型の人間の脳そのものなのです! ちょうど良い。ここに、原型の人間が二人もいますね。あなたがたの脳を頂戴しましょう。心配は要りませぬ。痛みはなく、たとえ脳だけになり、身体を失っても、あなたがたの意識はちゃんと保っていられますから。あなたがたの脳は溶液に保存され、大事に保護されます。そして、宙森の大いなる一員となって、毎日が喜びのうちに過ごせるのです!」
気がつくと、ジムとキャシーをボーラン人の兵士が取り囲んでいた。手にするのは神経衝撃銃らしい。じりじりと兵士たちは囲みの輪を縮めてきている。
兵士たちの指が引き金に掛けられた時、その場を支配する大声が響いた。
低く、轟くような大音声。
「そいつらは、おれが頂く。お前さんの勝手にさせる訳にはいかないな!」
ずい、と姿を表したのはシルバーの銀色の巨体だった!
《大校母》は、大きな二つの両目をひた、とジムとキャシーに当て、ゆったりとした口調で話し掛けてきた。
《大校母》の声は、ぞくぞくするほど魅力的で、暗闇の中で耳にしているとジムには洛陽でのミューズ人、ビーチャの面影が脳裏に浮かんでくるのだった。
しかし《大校母》の姿といったら……!
キャシーの「蟻塚みたい」という感想は、真相を言い当てていた。まさしくボーラン人の住まいは、蟻塚そのものだったのである。
目の前に巨大な肉塊が横たわっている。
生白く、所々静脈が透けて見える巨大な肉の塊りが、薄暗い照明の下で蠕動を繰り返している。その肉塊の先に《大校母》の本体がくっついている。
意外なことに肉塊にくっついている《大校母》の本体は、原型の女性とほぼ変わらない姿をしている。真っ白な鯨の胴体に、ウエストから上の部分だけ、原型の女性をくっつけたら、今まさに眼前に見ている《大校母》の姿に近い。
本体部分の《大校母》は、やや太り気味の肢体で、たっぷりとした肉付きをしていたが、それでも腰から先の巨大な肉塊に比べれば、何ほどでもない。
《大校母》は、全裸であった。巨大な乳房が、でれん、と大きな脂肪の固まりとなっている。
長い黒髪が背中から腰まで覆い、やや下膨れの顔は整った目鼻立ちをしている。顔だけ見れば、まあ、そこそこ美人といえるが、全体を見ると、グロテスクそのものだった。
部屋の大部分を占める肉塊は《大校母》が会話を続けているうちも、何度も蠕動をくり返し、そのたびに肉塊の先からボーラン人の子供が吐き出される。すると側に控えていたボーラン人がさっと子供を受け取り、闇に消えていく。育児室へ向かっているのだろう、とジムは思った。
キャシーは《大校母》の姿に圧倒されていたようだったが、それでも立ち直り、ぐいとばかりに睨みつけ、口を開いた。
「〝いにしへ言葉〟とは、何よ! 〝キューブ〟の情報が受け取り拒否されたなんて、聞いたことないわ!」
《大校母》はゆっくりと瞬きをした。睫は長く、まるで瞬きをすると、ぱたぱたと風を打つ音がしそうなくらいだ。
「この宙森は、特別な場所なのです。この宙森に住まう人々のために、妾は常に安全を考えなければなりませぬ。〝いにしへ言葉〟は、この宙森に対し、危険な考えを広めます。ですから、受け取りは拒否されねばなりませぬ」
キャシーは地団太を踏んだ。
「だーかーらーっ! 〝いにしへ言葉〟とは何か聞いているのっ!」
そっとボーラン人の案内役が、キャシーの肘を押さえ、首を振る。静かにするよう、要求しているのだ。
だがキャシーは、その手を邪険に振り払い、きっとばかりに《大校母》を睨みつける。
ぽつり、と《大校母》が呟いた。
「地球……」
「はっ」とジムとキャシーは《大校母》を見つめた。
「人類……母なる星……文明……国家……これらは禁じられた言葉なのです。我らボーラン人、いいえ宙森に住む総ての人々は、これらの言葉から切り離され、独自の進化を遂げねばなりませぬ。人類は、大いなる過ちを犯しました。その過ちを、この宙森で繰り返してはなりませぬ。決して!」
ジムは怒りが込み上げた。
「何を言ってんだい! お前らだって、この宙森にいる〝種族〟だって、みーんなおれたち原型から遺伝子を変更してできたものだろう? つまり、おれたちみんな、地球人ってわけじゃないか!」
《大校母》は、ゆっくりと首を振った。
「その事実は否定は致しません。ですが、我ら宙森の人々は、その事実から自由になりたいと願っているのです。妾の時代には無理でも、次の《大校母》が生まれるころは、完全に〝いにしへ言葉〟がこの宙森からは消え去っていることでしょう。それ故、かつて人類が犯した過ちは、ここでは二度と繰り返すことはないのです」
キャシーが押し殺した声を上げた。
「その過ちとは、何よ?」
「環境破壊です! かつて地球で、人類はおのれの欲望のため、自然を破壊し、そのため地球は、人類の居住するところではなくなりました。超空間ジェネレーターが開発されなければ、今頃は人類は滅亡していたところです」
高々と《大校母》は言い放つ。
「この宙森では、総ての資源が完璧に再使用され、水の一滴、空気の一分子たりとも、無駄にはしません。我らはこの宙森に、理想郷を見出しているのです!」
《大校母》の高邁な口調に、ジムは何か隠された意図を感じていた。なんだか無理矢理、理想論をぶっているような感じである。
「それで、この宙森には原型の人間がいないのか? あんたはおれたち、原型の人間を拒否するのか? でも、どうして原型の人間がいなくて、超空間ジェネレーターが動かせるんだ。恒星間宇宙船を、あんたらは必要としているんじゃないのか?」
《大校母》はその時、初めて表情らしいものを浮かべた。今まで無表情を保っていた顔に、凄愴といっていい笑顔が浮かんだのである。
「もちろん、我らは恒星間宇宙船を必要としていますよ。恒星間宇宙船がなければ、この宙森に必要な原材料を運ぶことはできませぬからね……。でも、そのために原型の人間の手を煩わせる必要は一切ないのです。我らは超空間ジェネレーターの秘密を解明しました! もはや原型なしでも、超空間ジェネレーターは動かせます!」
キャシーは、目を丸くした。
「そんなこと、信じられないわ。超空間ジェネレーターは原型の人間が起動しなくてはならないのは常識よ!」
《大校母》は頷いた。
「そう……。今までは、そう考えられていました。でも必要なのは、原型の人間そのものではないのです。あなたがたの脳の内部に、その秘密が隠されているのを、我ら宙森の科学者は、遂に解明したのです」
キャシーは呆然と呟いた。
「それって……まさか!」
にいーっ、と《大校母》は邪悪な笑みを浮かべる。びっくりするほど綺麗な歯並びが、薄暗い照明の中きらりと光った。
「そうです。必要なのは、原型の人間の脳そのものなのです! ちょうど良い。ここに、原型の人間が二人もいますね。あなたがたの脳を頂戴しましょう。心配は要りませぬ。痛みはなく、たとえ脳だけになり、身体を失っても、あなたがたの意識はちゃんと保っていられますから。あなたがたの脳は溶液に保存され、大事に保護されます。そして、宙森の大いなる一員となって、毎日が喜びのうちに過ごせるのです!」
気がつくと、ジムとキャシーをボーラン人の兵士が取り囲んでいた。手にするのは神経衝撃銃らしい。じりじりと兵士たちは囲みの輪を縮めてきている。
兵士たちの指が引き金に掛けられた時、その場を支配する大声が響いた。
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