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伝説
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かん、かん、かんっ!
朝もやの空気をふるわせ、木のふれあう乾いた音がひびいている。
「それっ! まだ突きが甘いぞ! そんなへっぴり腰では、小手が隙だらけだ。そらそら、脇があいている!」
ホルンの楽しげな声が聞こえている。そのあいまに、パックのせわしない喘ぎ声。
やあ! というかけ声をかけ、パックは手にした木刀をふりあげた。
「そらっ!」
ホルンの声とともにあっ、というパックの声。
からん、と音がして、パックの木刀が地面に転がった。ホルンがたくみにパックの木刀をはねあげ、宙に飛ばしたのだ。
パックが手にしていたのは木刀である。木刀とはいえ、身体に当たれば怪我だけではすまない。当たり所が悪ければ、重傷もありうる。
対するホルンの手にしているのは、無造作に折り取ったらしき小枝いっぽんである。その小枝いっぽんで、ホルンはパックのふるう木刀を、らくらくとあしらっていた。
パックの顔に、悔しげな表情が浮かんだ。
ホルンはそんなパックを、ニヤニヤ笑いを浮かべ見つめている。からかうような調子で声をかける。
「どうした、もう降参か?」
「まだだっ! もう一丁!」
「よし、その意気だ」
パックは地面に転がった木刀に飛びつくと、ぱっと身をひるがえし、いきなりホルンにむけ突きをいれた。
思いがけない動きにホルンは一瞬たじろいだ。パックの突きを受け流そうとしたホルンの手元が狂った。
ぼき、と音がしてホルンの小枝が、真ん中から折れた。
おっ、とホルンは唇をとがらせる。
わずかに身を反らせただけだが、パックはそれに勢いをえてさらに突きをいれてきた。
ホルンの口もとにかすかに笑みが浮かぶ。
のこった小枝をさっとふりおろし、パックの木刀の刀身の背に当てた。
う! とパックの動きが止まった。
ホルンの手にした小枝は真ん中から折れ、ほとんど武器として役にたつはずはないのだが、木刀の背にぴたりと当てただけで、パックはそれ以上持ち上げられない。見る見るパックの顔に、玉の汗がうかぶ。
畜生……とパックは刀身をさっと下げた。
がつっ、と木刀の先端が地面を噛む。
さらにパックは、身動きがとれなくなっていた。
右に動かそうが、左に動かそうが、まるで地面に根がはえたように動かせない。
ホルンは涼しげな表情で小枝いっぽんで木刀をおさえているだけだ。
「畜生っ!」
ひと声叫ぶと、パックは木刀から手をはなした。
そのままへたりこむと、荒い息を吐き肩を落としうつむいた。
「いまの突きはよかったぞ」
ホルンの言葉にパックは顔を上げ「え?」というような表情になった。
父親はうなずいた。
「あの呼吸をわすれないことだ」
うん、とパックはうなずいた。ホルンがほめることはめったにない。じんわりとパックの胸に達成感がわいてきた。
十才になったころ、パックはホルンに木刀を渡された。ホルンが手ずから削りだした手製のものだ。
その日から、剣の修行が始まった。
朝、まだ暗いうちからおきだし、ホルンは庭で小枝いっぽんを手に持ち待っている。
パックは待っているホルンに、木刀で打ちかかる。
はじめ、の合図もなく、パックが打ちかかった時が、修行のはじまりだった。
とにかく、どのようなかたちでもいいから木刀をホルンの身体に触れさせればいいのだ。
もっとも一度たりとも、ホルンはパックに打ちかからせたことはないが。
終わりは、パックがやめたいと思ったら終了だった。ともかくやるもやらないも、パックしだいであった。
最初のうち、パックはやりたくはなかった。
どんなに打ちかかっても、ホルンはらくらくと打ち込みをかわし、パックはとほうにくれた。
そのうち飽きが来る。
十日間、パックは練習をやめたことがあった。
それでもホルンはあいかわらず庭先にたち、小枝を手に持っていた。
とうとうパックはふたたび木刀を手に持ち、父親に打ちかかった。
それ以降、パックは休んだことはない。
雨の日も、雪の日も、風の強い日もパックはホルンに打ちかかる。
ホルンはたくみにパックの攻撃を受け止め、あるいは受け流した。
そして三年。
ぼんやりとであるが、パックはあとすこしでホルンの身体に木刀を触れさせることができそうな感触を得ていた。
それがパックの成長なのだが、自覚はなかった。
「飯にするか?」
ホルンに声をかけられ、パックはうなずき立ち上がった。
家に入る前、庭先を流れている小川で顔をあらい、口をすすぐ。さっぱりとした気分になると家に入っていく。
朝食は前日の夕食の残りですませた。
食べ終わると、ホルンとパックは窓に近寄り、裏山を見上げた。
もうすぐあの山へ登ることになるのだ。
今日の山は全体に霧がかかり、うすぼんやりとしたシルエットを見せている。ごつごつとした岩がつきだし、緑はほんのすこししか生えてはいない。
村は山の斜面に広がる形で発展してきた。どの家からでも山はすぐ目に付くところにそびえ、朝の光を最初にあびる。どういう理由か、朝日をあびると山は金色に輝き、また夕日にそまると燃えるような赤にそまる。
普段は灰色の岩肌が陰鬱な色彩を見せるのだが、この朝と夕方の変化は毎日見ていても飽きることはなかった。
しかし今朝の山はまとわりつくような霧もやのなかに黒々とうずくまっていた。
パックはじっと見上げていた。
朝もやの空気をふるわせ、木のふれあう乾いた音がひびいている。
「それっ! まだ突きが甘いぞ! そんなへっぴり腰では、小手が隙だらけだ。そらそら、脇があいている!」
ホルンの楽しげな声が聞こえている。そのあいまに、パックのせわしない喘ぎ声。
やあ! というかけ声をかけ、パックは手にした木刀をふりあげた。
「そらっ!」
ホルンの声とともにあっ、というパックの声。
からん、と音がして、パックの木刀が地面に転がった。ホルンがたくみにパックの木刀をはねあげ、宙に飛ばしたのだ。
パックが手にしていたのは木刀である。木刀とはいえ、身体に当たれば怪我だけではすまない。当たり所が悪ければ、重傷もありうる。
対するホルンの手にしているのは、無造作に折り取ったらしき小枝いっぽんである。その小枝いっぽんで、ホルンはパックのふるう木刀を、らくらくとあしらっていた。
パックの顔に、悔しげな表情が浮かんだ。
ホルンはそんなパックを、ニヤニヤ笑いを浮かべ見つめている。からかうような調子で声をかける。
「どうした、もう降参か?」
「まだだっ! もう一丁!」
「よし、その意気だ」
パックは地面に転がった木刀に飛びつくと、ぱっと身をひるがえし、いきなりホルンにむけ突きをいれた。
思いがけない動きにホルンは一瞬たじろいだ。パックの突きを受け流そうとしたホルンの手元が狂った。
ぼき、と音がしてホルンの小枝が、真ん中から折れた。
おっ、とホルンは唇をとがらせる。
わずかに身を反らせただけだが、パックはそれに勢いをえてさらに突きをいれてきた。
ホルンの口もとにかすかに笑みが浮かぶ。
のこった小枝をさっとふりおろし、パックの木刀の刀身の背に当てた。
う! とパックの動きが止まった。
ホルンの手にした小枝は真ん中から折れ、ほとんど武器として役にたつはずはないのだが、木刀の背にぴたりと当てただけで、パックはそれ以上持ち上げられない。見る見るパックの顔に、玉の汗がうかぶ。
畜生……とパックは刀身をさっと下げた。
がつっ、と木刀の先端が地面を噛む。
さらにパックは、身動きがとれなくなっていた。
右に動かそうが、左に動かそうが、まるで地面に根がはえたように動かせない。
ホルンは涼しげな表情で小枝いっぽんで木刀をおさえているだけだ。
「畜生っ!」
ひと声叫ぶと、パックは木刀から手をはなした。
そのままへたりこむと、荒い息を吐き肩を落としうつむいた。
「いまの突きはよかったぞ」
ホルンの言葉にパックは顔を上げ「え?」というような表情になった。
父親はうなずいた。
「あの呼吸をわすれないことだ」
うん、とパックはうなずいた。ホルンがほめることはめったにない。じんわりとパックの胸に達成感がわいてきた。
十才になったころ、パックはホルンに木刀を渡された。ホルンが手ずから削りだした手製のものだ。
その日から、剣の修行が始まった。
朝、まだ暗いうちからおきだし、ホルンは庭で小枝いっぽんを手に持ち待っている。
パックは待っているホルンに、木刀で打ちかかる。
はじめ、の合図もなく、パックが打ちかかった時が、修行のはじまりだった。
とにかく、どのようなかたちでもいいから木刀をホルンの身体に触れさせればいいのだ。
もっとも一度たりとも、ホルンはパックに打ちかからせたことはないが。
終わりは、パックがやめたいと思ったら終了だった。ともかくやるもやらないも、パックしだいであった。
最初のうち、パックはやりたくはなかった。
どんなに打ちかかっても、ホルンはらくらくと打ち込みをかわし、パックはとほうにくれた。
そのうち飽きが来る。
十日間、パックは練習をやめたことがあった。
それでもホルンはあいかわらず庭先にたち、小枝を手に持っていた。
とうとうパックはふたたび木刀を手に持ち、父親に打ちかかった。
それ以降、パックは休んだことはない。
雨の日も、雪の日も、風の強い日もパックはホルンに打ちかかる。
ホルンはたくみにパックの攻撃を受け止め、あるいは受け流した。
そして三年。
ぼんやりとであるが、パックはあとすこしでホルンの身体に木刀を触れさせることができそうな感触を得ていた。
それがパックの成長なのだが、自覚はなかった。
「飯にするか?」
ホルンに声をかけられ、パックはうなずき立ち上がった。
家に入る前、庭先を流れている小川で顔をあらい、口をすすぐ。さっぱりとした気分になると家に入っていく。
朝食は前日の夕食の残りですませた。
食べ終わると、ホルンとパックは窓に近寄り、裏山を見上げた。
もうすぐあの山へ登ることになるのだ。
今日の山は全体に霧がかかり、うすぼんやりとしたシルエットを見せている。ごつごつとした岩がつきだし、緑はほんのすこししか生えてはいない。
村は山の斜面に広がる形で発展してきた。どの家からでも山はすぐ目に付くところにそびえ、朝の光を最初にあびる。どういう理由か、朝日をあびると山は金色に輝き、また夕日にそまると燃えるような赤にそまる。
普段は灰色の岩肌が陰鬱な色彩を見せるのだが、この朝と夕方の変化は毎日見ていても飽きることはなかった。
しかし今朝の山はまとわりつくような霧もやのなかに黒々とうずくまっていた。
パックはじっと見上げていた。
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