蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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出発

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 翌朝、ふたりは旅立った。
 日の光はまだ山の向こうに隠れ、あたりは暗い。
 荷物の大部分を引き受けたのはマリアだった。
 ホルンが荷物をまとめると、マリアは無言でそれを担ぎ上げた。
 おい、それは……と抗議をすると、マリアは首をふった。
「いいのです。これくらい、軽く担げますから」
 少女のようなほっそりとした姿態をしているマリアが、おおきな荷物を軽々と持ち上げているのは不思議な眺めだった。ちからをこめると、マリアの身体のあちこちからしゅーっ、と勢いよく蒸気が噴き出す。そのまま歩き出すと、しゅっしゅっと音を立て、内部からピストンが蒸気を押し出す音が聞こえてくる。
「そういえばニコラ博士はどうしたんだろう?」
 パックがつぶやくとホルンは首をふった。
「博士のことはいい。旅立ちの時刻はべつに打ち合わせていないからな。どうしてもついてきたかったら、勝手に来るだろう」
 そうか、とパックはうなずいた。
 ドアを開け、外に出たふたりは思わず立ち止まった。
 なんと家の前に村のみんなが勢ぞろいしていた。
「ホルンさん、頼むよ。市の担当者に、ちゃんと話してくれ」
 ひとりの村人が声をあげた。
 ホルンはうなずいた。
「ああ、任せてくれ」
 と、隣りのミリィの家の玄関のドアが開き、メイサが顔をだした。
 眠っていないのか、真っ赤な目をしてくまができている。
「パック……」
 叔母さん、とパックはメイサのもとへ走っていった。
 メイサはじっとパックの顔を見つめている。
「叔母さん、かならずミリィを連れてかえるから、心配しないで」
 パックの言葉にメイサは両手で顔をおおった。
「有難う……有難う……」
 それ以上言葉をかけることができず、パックはくるりときびすを返して、待っていたホルンのもとへ駈けて言った。
「行ってきまあす!」
 大声をあげると、そのままふり返らず歩き出した。
 しばらくたってちらりと背後をふり向くと、パックの家とミリィの家がちいさく見えている。
 メイサの姿が玄関にあった。彼女は村人の真ん中に立ち、ぽつんと心細そうにしている。
 もはや目鼻立ちも判らないほど離れていたが、彼女はじっとパックの背中を見つめているようだった。
 ふたたびパックは正面を見た。
 あとは振り返らなかった。
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