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崩壊
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伯爵の言うとおり、屋敷は広かった。
さらに通路は複雑で、思いがけないところに曲がり道があり、袋小路もいくつもあった。
「伯爵さまがこの屋敷を何度も改築、増築を繰り返したため、わたしども知らない部屋がいくつもあります。ですから、わたしどもの案内なしではあまり出歩かないよう願います」
バスは丁寧だが、きっぱりとした口調でそう言った。ミリィはうなずいた。バスの言うとおり、とても案内なしで動き回る気にはならない。
三人はバスの案内で屋敷中を探し回った。
屋敷の部屋はいくつもあり、それらを回るうちミリィは疲れ果ててしまった。
ケイもまた、諦めの表情になっていく。
「ねえ、ミリィ。あたし、ほんとうにお館さまからあの弓矢、受け取ったのかな……? なんだか自信がなくなってきちゃった」
ミリィは大声をあげた。
「あんたまで何言うのよ! あんたがそんなこと言うと、探すかいがないじゃないの」
「御免、でもこんなに探して見つからないんじゃ、そう思うのも無理ないわ」
ヘロヘロはむっつりとミリィとケイにしたがっていた。そのヘロヘロがはじめて口を開いた。
「外へ行くにはどうすればいいのだ?」
「外? またなんでそんなこと気になるのよ」
「いいから、おれは外を見たい。おい、バス。案内しろ」
バスは頭を下げ、先にたった。
ヘロヘロの後に歩き、ミリィはいったいなにが気になるのだろうと首をひねった。
やがてバスは外に面した廊下に一行を案内した。
ヘロヘロは庭に出た。
最初に見た、あの荒廃した雰囲気はもうかけらもない。青々とした緑は涼しげな木陰を芝生に落とし、庭の水面には水草が生い茂っている。
ヘロヘロは空を見上げた。
あ!
飛ぼうとしている。
ミリィは身構えた。
ヘロヘロが逃げようと空に浮かんだら、あの鞭で防ぐつもりだった。
が、ヘロヘロの顔が歪み、ほっとため息をついた。
「思ったとおりだ。飛べん!」
え、とミリィはヘロヘロの顔を見た。
「どういうこと?」
ヘロヘロは首をふった。
「飛べないのだ。おれの魔法は封じられている」
ミリィは驚いた。
ヘロヘロはケイを見た。
「ケイ、お前はどうだ? なにか魔法が使えるか?」
「魔法?」
ケイはつぶやいてなにごとか口の中でつぶやき、指を一本立てた。
驚きに目が丸くなる。
「あたしも使えない! 光の魔法を使おうとしたんだけど……」
ミリィは呆然となっていた。
と、ぽんぽんとボールが弾みながらミリィの足もとにころがってきた。
何の気なしにそれを拾い上げると、陽気な声がした。
「やあ、すまん。そのボール、返してくれないか?」
え、と顔を上げると庭に数人の男女がたたずみ、にこにこと笑顔をむけている。みな健康そうで、若々しさにあふれている。その顔を見て、ミリィはあっ、と思った。
みな、広間にあった絵の中に描かれた男女である。服装すら同じだ。ボールを拾い上げ、それを手に近づいていく。
「やあ、有難う!」
声をかけた青年はミリィの顔をまじまじと見つめた。
「見慣れない顔だけど、もしかしたら新しいお客さんかね?」
はい、と答えると青年はにやっと笑う。
「そうか! ま、あまり長逗留するのは薦められないな。できたら、早くこの屋敷を出ることだ」
それはどういうことですか、と尋ねようとした刹那、青年の顔が恐怖に歪んだ。
「あっ! こんなこと言うつもりなかったんだ! 許してくれ……ああっ、伯爵!」
叫びながら恐怖に歪んだ顔のまま走り去った。ミリィは取り残されたほかの人々の顔を見わたした。
驚くべきことに、すべての人々が柔和な笑みを浮かべ、それまで中止された遊戯を再開している。青年の恐慌の表情など、まるで見ていなかったようだ。
ミリィの胸にじわりと恐怖が忍び込んだ。
さらに通路は複雑で、思いがけないところに曲がり道があり、袋小路もいくつもあった。
「伯爵さまがこの屋敷を何度も改築、増築を繰り返したため、わたしども知らない部屋がいくつもあります。ですから、わたしどもの案内なしではあまり出歩かないよう願います」
バスは丁寧だが、きっぱりとした口調でそう言った。ミリィはうなずいた。バスの言うとおり、とても案内なしで動き回る気にはならない。
三人はバスの案内で屋敷中を探し回った。
屋敷の部屋はいくつもあり、それらを回るうちミリィは疲れ果ててしまった。
ケイもまた、諦めの表情になっていく。
「ねえ、ミリィ。あたし、ほんとうにお館さまからあの弓矢、受け取ったのかな……? なんだか自信がなくなってきちゃった」
ミリィは大声をあげた。
「あんたまで何言うのよ! あんたがそんなこと言うと、探すかいがないじゃないの」
「御免、でもこんなに探して見つからないんじゃ、そう思うのも無理ないわ」
ヘロヘロはむっつりとミリィとケイにしたがっていた。そのヘロヘロがはじめて口を開いた。
「外へ行くにはどうすればいいのだ?」
「外? またなんでそんなこと気になるのよ」
「いいから、おれは外を見たい。おい、バス。案内しろ」
バスは頭を下げ、先にたった。
ヘロヘロの後に歩き、ミリィはいったいなにが気になるのだろうと首をひねった。
やがてバスは外に面した廊下に一行を案内した。
ヘロヘロは庭に出た。
最初に見た、あの荒廃した雰囲気はもうかけらもない。青々とした緑は涼しげな木陰を芝生に落とし、庭の水面には水草が生い茂っている。
ヘロヘロは空を見上げた。
あ!
飛ぼうとしている。
ミリィは身構えた。
ヘロヘロが逃げようと空に浮かんだら、あの鞭で防ぐつもりだった。
が、ヘロヘロの顔が歪み、ほっとため息をついた。
「思ったとおりだ。飛べん!」
え、とミリィはヘロヘロの顔を見た。
「どういうこと?」
ヘロヘロは首をふった。
「飛べないのだ。おれの魔法は封じられている」
ミリィは驚いた。
ヘロヘロはケイを見た。
「ケイ、お前はどうだ? なにか魔法が使えるか?」
「魔法?」
ケイはつぶやいてなにごとか口の中でつぶやき、指を一本立てた。
驚きに目が丸くなる。
「あたしも使えない! 光の魔法を使おうとしたんだけど……」
ミリィは呆然となっていた。
と、ぽんぽんとボールが弾みながらミリィの足もとにころがってきた。
何の気なしにそれを拾い上げると、陽気な声がした。
「やあ、すまん。そのボール、返してくれないか?」
え、と顔を上げると庭に数人の男女がたたずみ、にこにこと笑顔をむけている。みな健康そうで、若々しさにあふれている。その顔を見て、ミリィはあっ、と思った。
みな、広間にあった絵の中に描かれた男女である。服装すら同じだ。ボールを拾い上げ、それを手に近づいていく。
「やあ、有難う!」
声をかけた青年はミリィの顔をまじまじと見つめた。
「見慣れない顔だけど、もしかしたら新しいお客さんかね?」
はい、と答えると青年はにやっと笑う。
「そうか! ま、あまり長逗留するのは薦められないな。できたら、早くこの屋敷を出ることだ」
それはどういうことですか、と尋ねようとした刹那、青年の顔が恐怖に歪んだ。
「あっ! こんなこと言うつもりなかったんだ! 許してくれ……ああっ、伯爵!」
叫びながら恐怖に歪んだ顔のまま走り去った。ミリィは取り残されたほかの人々の顔を見わたした。
驚くべきことに、すべての人々が柔和な笑みを浮かべ、それまで中止された遊戯を再開している。青年の恐慌の表情など、まるで見ていなかったようだ。
ミリィの胸にじわりと恐怖が忍び込んだ。
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