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崩壊
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伯爵が三人を広間に呼び、こう申し出た。
「あなたがたをお迎えした記念に、是非肖像画を描かせてもらいたい」
思いがけない伯爵の言葉に、三人は顔を見合わせた。
「あのう、肖像画ですか?」
ミリィの言葉に伯爵はうなずいた。
「さよう。もっとも描くのはわたしではない。わたしが抱えている絵師に描かせるつもりだ。腕のほうは保証する。どうかね?」
ミリィは広間に飾られた無数の額を見上げた。その視線を追って、伯爵はにっこりとほほ笑んだ。
「その通り。この屋敷を訪れた客人は、すべて記念に肖像画を描かせてもらっている。ま、わたしの感傷のようなものだ。いつまでも楽しいときをすごした記憶をあらたに思い返したいと思ってね」
ケイはミリィの袖をつかんだ。
「いいお話だわ。ねえ、ミリィ。描いてもらいましょうよ」
「ええ……」
ミリィはヘロヘロを見た。
ヘロヘロは眉をひそめ、険しい顔つきで伯爵を睨んでいる。
「どうしたの?」
ヘロヘロに顔を近づけ、ささやいた。
「いよいよだな……いよいよ、あいつが正体を現した」
「え?」
「これは罠だ! 肖像画を描かせろ、と頼むのは罠だ!」
まさか、とミリィは思った。肖像画を描かせろと頼むのが、どうして罠なのだろう?
それでは、と伯爵は立ち上がり部屋を出て行った。いれかわり、絵師の格好をしたひとりの老人が姿を現す。ひどい年寄りで、背がまがり歩くにも苦労しているようだ。こんな年寄りがちゃんと絵を描けるのだろうか?
かれは大儀そうにイーゼルをたて、木炭を手にキャンバスに向かった。
三人のポーズを決めると、驚くべき速さで手を動かす。見る見るキャンバスに下絵が出来ていく。その顔は鬼気迫るといった形容がぴったりで、たちまち老人の顔には汗が噴き出した。
あっという間に下絵を完成させると、パレットに絵の具をたらし、筆先でかき混ぜ、色を調整する。
まるで殴り描くといった感じで老人の筆先はキャンバスを踊った。
はあっ、はあっと激しい息遣いで老人は絵を描き進めていく。汗が滴り落ち、絵の具が飛び散った。
夕日が広間を染めるころ、老人はがくりと首をたれた。
「これまでにしよう……仕上げは明日にする……」
ぶつぶつとつぶやきながら老人は足を引きずるようにして部屋を出て行った。
三人はキャンバスに駈け寄った。
「すごい! これをたったあれだけの時間で描いたなんて、信じられない」
ケイは口をぽかんと開け、絵に見入っていた。ミリィもまた老人の絵に感嘆を隠しきれなかった。またたく間、といって短い時間に、老人は三人の肖像画をほとんど仕上げていた。
背景は広間の窓辺で、三人が並んで立っている。絵を覗き込んだミリィは叫んだ。
「ケイ、あなた弓を持っているわ!」
「え?」
「これを見て!」
ミリィは指さした。
「あなたがたをお迎えした記念に、是非肖像画を描かせてもらいたい」
思いがけない伯爵の言葉に、三人は顔を見合わせた。
「あのう、肖像画ですか?」
ミリィの言葉に伯爵はうなずいた。
「さよう。もっとも描くのはわたしではない。わたしが抱えている絵師に描かせるつもりだ。腕のほうは保証する。どうかね?」
ミリィは広間に飾られた無数の額を見上げた。その視線を追って、伯爵はにっこりとほほ笑んだ。
「その通り。この屋敷を訪れた客人は、すべて記念に肖像画を描かせてもらっている。ま、わたしの感傷のようなものだ。いつまでも楽しいときをすごした記憶をあらたに思い返したいと思ってね」
ケイはミリィの袖をつかんだ。
「いいお話だわ。ねえ、ミリィ。描いてもらいましょうよ」
「ええ……」
ミリィはヘロヘロを見た。
ヘロヘロは眉をひそめ、険しい顔つきで伯爵を睨んでいる。
「どうしたの?」
ヘロヘロに顔を近づけ、ささやいた。
「いよいよだな……いよいよ、あいつが正体を現した」
「え?」
「これは罠だ! 肖像画を描かせろ、と頼むのは罠だ!」
まさか、とミリィは思った。肖像画を描かせろと頼むのが、どうして罠なのだろう?
それでは、と伯爵は立ち上がり部屋を出て行った。いれかわり、絵師の格好をしたひとりの老人が姿を現す。ひどい年寄りで、背がまがり歩くにも苦労しているようだ。こんな年寄りがちゃんと絵を描けるのだろうか?
かれは大儀そうにイーゼルをたて、木炭を手にキャンバスに向かった。
三人のポーズを決めると、驚くべき速さで手を動かす。見る見るキャンバスに下絵が出来ていく。その顔は鬼気迫るといった形容がぴったりで、たちまち老人の顔には汗が噴き出した。
あっという間に下絵を完成させると、パレットに絵の具をたらし、筆先でかき混ぜ、色を調整する。
まるで殴り描くといった感じで老人の筆先はキャンバスを踊った。
はあっ、はあっと激しい息遣いで老人は絵を描き進めていく。汗が滴り落ち、絵の具が飛び散った。
夕日が広間を染めるころ、老人はがくりと首をたれた。
「これまでにしよう……仕上げは明日にする……」
ぶつぶつとつぶやきながら老人は足を引きずるようにして部屋を出て行った。
三人はキャンバスに駈け寄った。
「すごい! これをたったあれだけの時間で描いたなんて、信じられない」
ケイは口をぽかんと開け、絵に見入っていた。ミリィもまた老人の絵に感嘆を隠しきれなかった。またたく間、といって短い時間に、老人は三人の肖像画をほとんど仕上げていた。
背景は広間の窓辺で、三人が並んで立っている。絵を覗き込んだミリィは叫んだ。
「ケイ、あなた弓を持っているわ!」
「え?」
「これを見て!」
ミリィは指さした。
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