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崩壊
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指先を追ったケイはあっ、と声をあげた。
見ると、絵の中のケイはあの弓矢を背におっている。
「今です! ケイさま、弓をおとり下さい!」
出し抜けの声に三人は顔を上げた。
いつの間に現れたのか、召し使いのバスが真剣な眼差しでケイを見ている。
「そうだ、いまこそチャンスだ! ケイ、弓を取るんだ!」
あの、庭で見かけた青年が現れ、叫んでいる。その顔は必死の表情で、かれの背後にその場にいたほかの客も勢ぞろいしていた。
バスは言葉を重ねた。
「お願いです、わたしどもを伯爵から解放してくださいっ!」
ヘロヘロが叫んだ。
「ケイっ! お前の弓はなくなっていないっ! おれを信じろっ!」
ミリィもまた天啓を受けていた。
「ケイっ! 目を閉じるのよ!」
ケイはミリィの顔を見た。途端に頷き、目を閉じる。腕が上がり、背中にまわる。目に見えない弓をとり、これまた見えない矢筒から矢をとり、つがえた。
きりきりとケイの腕が見えない弓を引き絞る。
「やめろーっ! なにをしているっ!」
広間に伯爵が入ってきた。
その顔を見て、ミリィはぞっとなった。
伯爵の端正な顔は恐怖に歪み、まるで別人のようだ。
ケイの弓先がくるりと回った。その先は伯爵の肖像画を狙っている。
その伯爵は怖ろしい顔つきのまま、物凄い勢いで走ってくる。その指先は鉤のように曲がり、顔にはてらてらと脂汗が浮かんでいた。
伯爵の声を耳にして、ケイの弓先がぐらりと揺らいだ。
「今よっ! ケイっ!」
ミリィは必死になって叫んだ。
ひょう──、とケイの見えない弓矢が放たれ、空中を飛翔した。
ぎゃああああっ!
怖ろしいほどの絶叫が伯爵の口から広間を支配した。額をかきむしり、よろよろと上体を揺らす。
あーっ、あーっと幼児のような泣き声を上げ、伯爵は歩き回った。
がくり、と膝がおれる。
さわさわさわ……。
かすかな音が聞こえてくる。
ミリィの肌が粟立った。
伯爵の身体が崩れていく。まるで砂でできたように、伯爵の身体全体がこまかなほこりになって散っていく。
さあーっ、と開け放たれた窓辺から一陣の風が広間を吹き渡った。
その風に乗って、伯爵の身体が煙となって消えていった。あとには何も残らない。
「有難うございます……これでわたしども、解放されました……」
バスが晴れやかな笑みを浮かべている。
その顔が見る見る崩れ落ちる。伯爵と同じように、埃になって飛び散っていく。周りにいたほかの人間も、おなじように飛び散っていく。しかしかれらの顔には満足したような笑みが浮かんでいた。
あっ、とミリィはまわりを見わたした。
広間は最初に見たときと同じように荒廃していた。庭を振り返ると、やはり最初に見た荒廃が支配していた。
「絵を見て……」
ケイの声にミリィは壁を見上げた。
!
ミリィは目を瞠った。
壁を一面に飾っていた無数の絵はすべて白紙にもどっていた。豪華な額は、むなしく白地のキャンバスを飾るだけだ。
伯爵の肖像画を見上げたミリィはあっ、と声をあげた。
あの端正な青年の姿はどこにもなかった。替わりに描かれているのは、あの絵師だった。肖像画は老人の姿に変わっていたのである。その額の部分に、ケイの矢が深々と突き刺さっていた。
見ると、絵の中のケイはあの弓矢を背におっている。
「今です! ケイさま、弓をおとり下さい!」
出し抜けの声に三人は顔を上げた。
いつの間に現れたのか、召し使いのバスが真剣な眼差しでケイを見ている。
「そうだ、いまこそチャンスだ! ケイ、弓を取るんだ!」
あの、庭で見かけた青年が現れ、叫んでいる。その顔は必死の表情で、かれの背後にその場にいたほかの客も勢ぞろいしていた。
バスは言葉を重ねた。
「お願いです、わたしどもを伯爵から解放してくださいっ!」
ヘロヘロが叫んだ。
「ケイっ! お前の弓はなくなっていないっ! おれを信じろっ!」
ミリィもまた天啓を受けていた。
「ケイっ! 目を閉じるのよ!」
ケイはミリィの顔を見た。途端に頷き、目を閉じる。腕が上がり、背中にまわる。目に見えない弓をとり、これまた見えない矢筒から矢をとり、つがえた。
きりきりとケイの腕が見えない弓を引き絞る。
「やめろーっ! なにをしているっ!」
広間に伯爵が入ってきた。
その顔を見て、ミリィはぞっとなった。
伯爵の端正な顔は恐怖に歪み、まるで別人のようだ。
ケイの弓先がくるりと回った。その先は伯爵の肖像画を狙っている。
その伯爵は怖ろしい顔つきのまま、物凄い勢いで走ってくる。その指先は鉤のように曲がり、顔にはてらてらと脂汗が浮かんでいた。
伯爵の声を耳にして、ケイの弓先がぐらりと揺らいだ。
「今よっ! ケイっ!」
ミリィは必死になって叫んだ。
ひょう──、とケイの見えない弓矢が放たれ、空中を飛翔した。
ぎゃああああっ!
怖ろしいほどの絶叫が伯爵の口から広間を支配した。額をかきむしり、よろよろと上体を揺らす。
あーっ、あーっと幼児のような泣き声を上げ、伯爵は歩き回った。
がくり、と膝がおれる。
さわさわさわ……。
かすかな音が聞こえてくる。
ミリィの肌が粟立った。
伯爵の身体が崩れていく。まるで砂でできたように、伯爵の身体全体がこまかなほこりになって散っていく。
さあーっ、と開け放たれた窓辺から一陣の風が広間を吹き渡った。
その風に乗って、伯爵の身体が煙となって消えていった。あとには何も残らない。
「有難うございます……これでわたしども、解放されました……」
バスが晴れやかな笑みを浮かべている。
その顔が見る見る崩れ落ちる。伯爵と同じように、埃になって飛び散っていく。周りにいたほかの人間も、おなじように飛び散っていく。しかしかれらの顔には満足したような笑みが浮かんでいた。
あっ、とミリィはまわりを見わたした。
広間は最初に見たときと同じように荒廃していた。庭を振り返ると、やはり最初に見た荒廃が支配していた。
「絵を見て……」
ケイの声にミリィは壁を見上げた。
!
ミリィは目を瞠った。
壁を一面に飾っていた無数の絵はすべて白紙にもどっていた。豪華な額は、むなしく白地のキャンバスを飾るだけだ。
伯爵の肖像画を見上げたミリィはあっ、と声をあげた。
あの端正な青年の姿はどこにもなかった。替わりに描かれているのは、あの絵師だった。肖像画は老人の姿に変わっていたのである。その額の部分に、ケイの矢が深々と突き刺さっていた。
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