蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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「宣戦布告、とな?」
 謁見の間で、教皇に化けている吸血鬼は顔をあげた。
 かれを本物の教皇と信じている衛兵隊長はかつん、と踵を打ち合わせ背筋を伸ばした。
「はっ! 曲者はあきらかに帝国のスパイと考えられます。教皇様を暗殺に送り込んだ帝国の意図はわがほうの軍備の増強を察知し、その前にわが国の動揺を狙ったものと思われます。帝国にはあらたな新兵器の噂もあります。敵の軍備がととのうのを待って宣戦布告すれば、我が軍の不利になるでしょう。よろしく、ご考察たてまつりたく伏して願います」
 ふむ……、と教皇はうなずいた。ふっと横を向く。
 表情には邪悪な笑みが浮かんでいるのだが、衛兵隊長にはわからない。
 教皇は顔をもどした。
「よろしい……許可する! 衛兵隊、そして神聖騎士団、すべての兵士を招集せよ! 予備役も含めて、総力戦を覚悟せよ!」
 隊長は感激していた。
「有難うございます! わが兵士らは最後の一兵まで、帝国を打倒せしめんと死力をつくして戦うでありましょう!」
 くるりと回れ右をして、引き下がろうとする隊長に教皇は声をかけた。
「待て! この戦いはわが皇国の重要な戦いとなる。異例ではあるが、最前線にこの教皇がじきじきに親征するであろうと部下たちには伝えよ!」
「教皇様が……そ、それは……」
「いかんか? ん?」
「い、いえ……! 教皇様みずからお出ましになれば、部下たちは感激するでありましょう。わが国の必勝、間違いなしであります!」
 隊長の目はうるんでいた。さっと回れ右をして、謁見の間をあとにする。
 誰もいなくなるのを確認して、教皇の唇の両端がくいっ、と持ち上がり、悪魔の笑みを浮かべた。
「くくくく……戦争か……! 結構、結構! 戦いで多くの血が流される。その血はわしの飢えを満たしてくれるだろう……。ここしばらくは、腹を減らさないでいられるというものだ」
 かれはいつまでも笑い続けていた。
 もはや、あの小娘どものことなどどうでもよくなっていた。
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