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脱出
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しん、と静まりかえった通路を、ミリィたちは進んでいた。通路は暗く、狭く、そして床にはぬるぬるする苔がびっしりと生えているため、足を速めるわけにはいかない。うっかり急ぎ足になれば、苔に足を取られひっくり返りそうになる。しかし通路には人影がなく、またその気配もなかった。長年、使用されていない通路らしい。
「噂では聞いたことがあった。聖堂の地下には秘密の通路があるということだったが、本当のことだったのだな」
ホーバンはひそひそとささやいた。
その必要はないはずなのだが、つい小声になってしまう。
先頭にはミリィとケイがふたり歩いている。ミリィの目の前には〝案内棒〟が宙に浮きながら道を指し示し、ケイは魔法の明かりを灯し、行く手を照らしている。
〝案内棒〟はミリィを導き、この通路を探り当てていた。兵士たちの追跡を逃れるとき、〝案内棒〟は壁を示すだけでいっこうにほかの方向を示そうとはしなかった。それを見てホーバンが〝案内棒〟の矢印の先を探ると、かすかな突起を見つけていた。その突起を押すと、壁がぐるりと回転し、この通路を見つけたというわけである。
あぶないところだった。
ミリィたちがこの隠し通路に入って、壁を元通りにしたその瞬間、兵士たちがもとの通路を駆け抜けていたのである。もうすこし遅ければ、発見されているところだった。
「この道はどこへ通じているの?」
ミリィの質問にホーバンは首をかしげた。
「さあ……噂だけしか知らんから、どこへ通じるかは……」
「頼りないわねえ」
ケイの言葉に、ホーバンは苦笑した。
彼女はすっかり元気を取り戻していた。まったくエルフの娘というのはタフである。
「水の音が聞こえるな」
ヘロヘロがつぶやいた。
え、とミリィは立ち止まった。
みな足を止め、耳を澄ませる。
「本当だわ……水の音よ!」
ケイがささやく。
ミリィにも聞こえていた。
前方から、かすかな水音が聞こえてくる。
ふたたび歩き出す。
もう、はっきりと聞こえてくる。
ぴちゃぴちゃ……
ぴちゃぴちゃ……
水音が通路の中で反響し、ケイの灯火で壁に波紋が踊っていた。
「見ろ、船だ……!」
ワフーが指さした。
通路の先には地下の桟橋が広がり、暗い水面に一艘の船が浮かんでいる。桟橋に船はもやいを結び付けられている。船はちいさく、五人が乗り込めばいっぱいである。
「櫂もあるな。多分、非常のときこの船を使って脱出するために用意してあるのだろう」
「それがあたしたちに役立ったってわけね!」
ケイがうきうきと叫んだ。
ヘロヘロはうなずいた。
「まったくだ、これで逃げ道ができたというわけだ」
ミリィたちは船に乗り込んだ。
ホーバンは顔を上げた。
ワフーだけ、桟橋で突っ立ったまま、乗り込む気配をしめさない。
「どうしたワフー。乗らないのか?」
「うむ、わしはここに残るよ」
ホーバンは眉を上げた。
「どうしてだ? ここで逃げんと……」
ワフーは首をふった。
「わしは逃げるわけにはいかん! ハルマン教皇様があのような化け物に乗っ取られていることを知って、どうして逃げることができようか……。わしはあの化け物の正体をあばき、欺かれているわが国の人間を救いたいのじゃ!」
「お前になにができるっていうんだ? 相手は魔物だぞ」
わかっている……と、ワフーは肩をおとした。
ぐっと顔を上げ、拳をかためる。
「しかしこれはわしの義務じゃ! わかってくれ……」
「そうか、それならおれも残ろう」
ホーバンの言葉にワフーはさらに首をはげしくふった。
「いかん! お前は、彼女たちを守ってコラル帝国へ連れ戻してやってくれ……。これはお前だけしかできん仕事じゃ。第一、どうやって彼女たちがこの国を通過できるか、お前の助けなしでは無理じゃよ。わしらを助けてくれた彼女たちをこんどは我らが助ける番じゃ。だからお前はミリィたちと一緒にここを脱出するのじゃ」
ホーバンはため息をついた。
「わかった……そうまで言われては、断るわけにはいかんな。お前がどうあの魔物の化けの皮をはがせるか、見当もつかないが、お前にまかせよう」
「判ってくれたか」
ワフーは晴れ晴れとした笑みを浮かべた。
うん、とうなずきホーバンは船のもやいを解いた。
ざばり、と櫂が水面をかき、船が桟橋を離れる。
桟橋でワフーは手を振りながら離れていく。
「気をつけるんだぞ──」
ホーバンの声に、ワフーは何度もうなずき手を振り続けていた。
船が視界から消えて、ようやくワフーはもとの道を辿り始めた。
目指すは聖堂である。
なんとしてもあの吸血鬼の正体をあばく決心だった。
「噂では聞いたことがあった。聖堂の地下には秘密の通路があるということだったが、本当のことだったのだな」
ホーバンはひそひそとささやいた。
その必要はないはずなのだが、つい小声になってしまう。
先頭にはミリィとケイがふたり歩いている。ミリィの目の前には〝案内棒〟が宙に浮きながら道を指し示し、ケイは魔法の明かりを灯し、行く手を照らしている。
〝案内棒〟はミリィを導き、この通路を探り当てていた。兵士たちの追跡を逃れるとき、〝案内棒〟は壁を示すだけでいっこうにほかの方向を示そうとはしなかった。それを見てホーバンが〝案内棒〟の矢印の先を探ると、かすかな突起を見つけていた。その突起を押すと、壁がぐるりと回転し、この通路を見つけたというわけである。
あぶないところだった。
ミリィたちがこの隠し通路に入って、壁を元通りにしたその瞬間、兵士たちがもとの通路を駆け抜けていたのである。もうすこし遅ければ、発見されているところだった。
「この道はどこへ通じているの?」
ミリィの質問にホーバンは首をかしげた。
「さあ……噂だけしか知らんから、どこへ通じるかは……」
「頼りないわねえ」
ケイの言葉に、ホーバンは苦笑した。
彼女はすっかり元気を取り戻していた。まったくエルフの娘というのはタフである。
「水の音が聞こえるな」
ヘロヘロがつぶやいた。
え、とミリィは立ち止まった。
みな足を止め、耳を澄ませる。
「本当だわ……水の音よ!」
ケイがささやく。
ミリィにも聞こえていた。
前方から、かすかな水音が聞こえてくる。
ふたたび歩き出す。
もう、はっきりと聞こえてくる。
ぴちゃぴちゃ……
ぴちゃぴちゃ……
水音が通路の中で反響し、ケイの灯火で壁に波紋が踊っていた。
「見ろ、船だ……!」
ワフーが指さした。
通路の先には地下の桟橋が広がり、暗い水面に一艘の船が浮かんでいる。桟橋に船はもやいを結び付けられている。船はちいさく、五人が乗り込めばいっぱいである。
「櫂もあるな。多分、非常のときこの船を使って脱出するために用意してあるのだろう」
「それがあたしたちに役立ったってわけね!」
ケイがうきうきと叫んだ。
ヘロヘロはうなずいた。
「まったくだ、これで逃げ道ができたというわけだ」
ミリィたちは船に乗り込んだ。
ホーバンは顔を上げた。
ワフーだけ、桟橋で突っ立ったまま、乗り込む気配をしめさない。
「どうしたワフー。乗らないのか?」
「うむ、わしはここに残るよ」
ホーバンは眉を上げた。
「どうしてだ? ここで逃げんと……」
ワフーは首をふった。
「わしは逃げるわけにはいかん! ハルマン教皇様があのような化け物に乗っ取られていることを知って、どうして逃げることができようか……。わしはあの化け物の正体をあばき、欺かれているわが国の人間を救いたいのじゃ!」
「お前になにができるっていうんだ? 相手は魔物だぞ」
わかっている……と、ワフーは肩をおとした。
ぐっと顔を上げ、拳をかためる。
「しかしこれはわしの義務じゃ! わかってくれ……」
「そうか、それならおれも残ろう」
ホーバンの言葉にワフーはさらに首をはげしくふった。
「いかん! お前は、彼女たちを守ってコラル帝国へ連れ戻してやってくれ……。これはお前だけしかできん仕事じゃ。第一、どうやって彼女たちがこの国を通過できるか、お前の助けなしでは無理じゃよ。わしらを助けてくれた彼女たちをこんどは我らが助ける番じゃ。だからお前はミリィたちと一緒にここを脱出するのじゃ」
ホーバンはため息をついた。
「わかった……そうまで言われては、断るわけにはいかんな。お前がどうあの魔物の化けの皮をはがせるか、見当もつかないが、お前にまかせよう」
「判ってくれたか」
ワフーは晴れ晴れとした笑みを浮かべた。
うん、とうなずきホーバンは船のもやいを解いた。
ざばり、と櫂が水面をかき、船が桟橋を離れる。
桟橋でワフーは手を振りながら離れていく。
「気をつけるんだぞ──」
ホーバンの声に、ワフーは何度もうなずき手を振り続けていた。
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目指すは聖堂である。
なんとしてもあの吸血鬼の正体をあばく決心だった。
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