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孤立
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「嘘よ!」
サンディはきっと表情をこわばらせた。
「そんなの嘘!」
くくくく……と、ギャンは笑い声をあげた。
「しかしあいにく、それは本当だ。サンドラ嬢の婚約者というのが気に食わないのなら、ネリーの婚約者というのはどうだね?」
「あなたは、いったい何者なの? なぜそのことを……」
「お前は本物のサンドラ・ドゥ・アンクル・コラル・カチャイなのだな? コラル帝国皇帝のプリンセス……しかしいまはただのサンディ……」
あなたは何者! サンディの詰問は悲鳴に近かった。
にやり、とギャンは笑った。唇の端がきゅっとV字に吊りあがり、まさしく悪魔の笑みである。
ゆらり、とかれは玉座から階段を降りるとサンディに近づいた。羽織っていたマントが噴きあがる蒸気ではためいた。
ひょろりとした高みからサンディを見下ろす。
「ここに来るまで、君は信じられないことを体験したのではないかな? 君を知るはずの人々が、まるで見知らぬ人のようになる……君はここではだれにも助けを求めることはできない……」
サンディの唇はわなわなと震えていた。膝から力が抜け、座り込みそうになる。
「誰よ……あなた……」
「おれはギャン少佐……未来のコラル帝国皇帝……」
「お父さまが……」
「かれはもう、真の皇帝ではない。いまではおれの操り人形にすぎぬ。ネリーことサンドラ嬢と結婚し、皇帝の座を手に入れるのがおれの望みだ。そしてお前!」
ギャンは叫ぶと指を彼女につきたてた。
「父を、そして親友を取り戻したくはないか? お前はここではひとりぼっちだ! だれひとりお前には優しい顔を見せることはなく、親しい言葉をかけることはもうないだろう。そう、おれがすべてそう手配した。それらを取り消すことの出来るのはおれだけだ! お前がうん、と言えば元に戻してやろう」
サンディは目に涙をいっぱいうかべていた。
ギャンと名乗るこの男の言うことは真実だと、こころの奥底で悟っていた。
「なにをすればいいの?」
その答えにギャンは満足そうにうなずいた。
顔をサンディにぐっと近づけ、ささやく。指をサンディの顎につけ、仰向ける。ふたりの目は近々と接近した。
「おれとの結婚だ……。婚約を承知すれば、ネリーとの婚約を解消し、お前の父親や臣下の記憶を元に戻してやろう。どうだね?」
ギャンはサンディにさらに顔を近づけた。唇がサンディの唇に触れそうだ。
「おれには力がある! このコラル帝国のすべてをしたがえ、そして全世界を征服するに充分なパワーが……。おれと結婚すれば、君は世界のプリンスとなるのだ……」
ささやくギャンの唇はさらにサンディの唇に近づいた。もう、ふたりの唇は触れんばかりだ。
ぱしん、とギャンの頬が鳴った。
はっ、とかれは身を離した。
頬にサンディの手形があかく残っている。ギャンは目を見開き、頬をさすった。
「馬鹿にしないで! だれがあんたなんかに……」
うふ……、とギャンはうすく笑った。
「いいのか? もう、お前は一生父親に娘と呼ばれることはないのだぞ。どんなにお前がじぶんが本当のプリンセスだと主張しても、だれもそれを信じるものはいない。お前はひとりぼっちだ! それでいいのか?」
それでもいいのかあ……と、ギャンの声はうつろに響いた。
ギャンの目が奇妙な光をたたえた。
サンディはぽかんと口を開け、だらりと両手をたらした。その目は半眼で、ギャンを見上げる彼女の表情はどこか憧れるようなまなざしである。
一歩、二歩、サンディはギャンに近づいた。
ギャンはにたりと笑いを浮かべると、サンディを迎えるかのように両腕をひろげた。彼女を抱きしめようとしたその瞬間、はっとかれは顔を上げた。
サンディはきっと表情をこわばらせた。
「そんなの嘘!」
くくくく……と、ギャンは笑い声をあげた。
「しかしあいにく、それは本当だ。サンドラ嬢の婚約者というのが気に食わないのなら、ネリーの婚約者というのはどうだね?」
「あなたは、いったい何者なの? なぜそのことを……」
「お前は本物のサンドラ・ドゥ・アンクル・コラル・カチャイなのだな? コラル帝国皇帝のプリンセス……しかしいまはただのサンディ……」
あなたは何者! サンディの詰問は悲鳴に近かった。
にやり、とギャンは笑った。唇の端がきゅっとV字に吊りあがり、まさしく悪魔の笑みである。
ゆらり、とかれは玉座から階段を降りるとサンディに近づいた。羽織っていたマントが噴きあがる蒸気ではためいた。
ひょろりとした高みからサンディを見下ろす。
「ここに来るまで、君は信じられないことを体験したのではないかな? 君を知るはずの人々が、まるで見知らぬ人のようになる……君はここではだれにも助けを求めることはできない……」
サンディの唇はわなわなと震えていた。膝から力が抜け、座り込みそうになる。
「誰よ……あなた……」
「おれはギャン少佐……未来のコラル帝国皇帝……」
「お父さまが……」
「かれはもう、真の皇帝ではない。いまではおれの操り人形にすぎぬ。ネリーことサンドラ嬢と結婚し、皇帝の座を手に入れるのがおれの望みだ。そしてお前!」
ギャンは叫ぶと指を彼女につきたてた。
「父を、そして親友を取り戻したくはないか? お前はここではひとりぼっちだ! だれひとりお前には優しい顔を見せることはなく、親しい言葉をかけることはもうないだろう。そう、おれがすべてそう手配した。それらを取り消すことの出来るのはおれだけだ! お前がうん、と言えば元に戻してやろう」
サンディは目に涙をいっぱいうかべていた。
ギャンと名乗るこの男の言うことは真実だと、こころの奥底で悟っていた。
「なにをすればいいの?」
その答えにギャンは満足そうにうなずいた。
顔をサンディにぐっと近づけ、ささやく。指をサンディの顎につけ、仰向ける。ふたりの目は近々と接近した。
「おれとの結婚だ……。婚約を承知すれば、ネリーとの婚約を解消し、お前の父親や臣下の記憶を元に戻してやろう。どうだね?」
ギャンはサンディにさらに顔を近づけた。唇がサンディの唇に触れそうだ。
「おれには力がある! このコラル帝国のすべてをしたがえ、そして全世界を征服するに充分なパワーが……。おれと結婚すれば、君は世界のプリンスとなるのだ……」
ささやくギャンの唇はさらにサンディの唇に近づいた。もう、ふたりの唇は触れんばかりだ。
ぱしん、とギャンの頬が鳴った。
はっ、とかれは身を離した。
頬にサンディの手形があかく残っている。ギャンは目を見開き、頬をさすった。
「馬鹿にしないで! だれがあんたなんかに……」
うふ……、とギャンはうすく笑った。
「いいのか? もう、お前は一生父親に娘と呼ばれることはないのだぞ。どんなにお前がじぶんが本当のプリンセスだと主張しても、だれもそれを信じるものはいない。お前はひとりぼっちだ! それでいいのか?」
それでもいいのかあ……と、ギャンの声はうつろに響いた。
ギャンの目が奇妙な光をたたえた。
サンディはぽかんと口を開け、だらりと両手をたらした。その目は半眼で、ギャンを見上げる彼女の表情はどこか憧れるようなまなざしである。
一歩、二歩、サンディはギャンに近づいた。
ギャンはにたりと笑いを浮かべると、サンディを迎えるかのように両腕をひろげた。彼女を抱きしめようとしたその瞬間、はっとかれは顔を上げた。
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