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第八章
美佐子院長
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「危なかったわねえ、もうちょっとあの部屋にいたら、完全に凍傷になっていたところよ。両手と両足の指がポロリと落ちて、元に戻せないかもしれなかったわ」
美佐子院長が嘆息して、僕は今更ながら危機一髪だったことを理解した。
真兼高校の保健室が急場の診察室と病室になり、美佐子院長がみずから朱美の治療にあたった。
僕は何ともなかったが、朱美の方は美佐子院長が言う通り、凍傷直前だった。カーテンで仕切られた向こうから、朱美の「痛え! 痛え!」という呻き声が聞こえてくる。
凍傷になりかけた手足の指先に血行が戻るにつれて、強烈な痛みが朱美を襲っている。寒さで麻痺した神経の痛覚が戻ると、たちまち痛点を刺激したのだ。疼痛というやつで、この後全身を猛烈な痒みが襲うはずだ。
以前の朱美だったら、あのような北極のブリザードのような冷風にさらされたとしても、ケロリとして平気な顔をしていたかもしれない。
美佐子院長は朱美の呻き声を背中に聞きながら、僕に向き直り真面目な口調で話し掛けた。
「ところで流可男さん」
「はいっ?」
美佐子院長の真剣な表情に、僕は緊張して背筋を伸ばした。
「あなた、新山姉妹とデートを約束なさったんですってね?」
「ひぇっ!」
僕は美佐子院長の質問に、たちまち顔に血が上るのを感じた。
「あのっ、そっ、それはですねっ! デ、デートっていっても、そっ、それは、その、あの、つまり……要するに……!」
僕はしどろもどろに、美佐子院長に言い訳をした。しかし何を言っていいのか判らず、自分でも何を言っているのかさっぱり判らない。つまり全然、理路整然とした言葉にもならなかった。
僕は何を言っているのか?
美佐子院長は微笑んでいた。
ふうーっ、と僕はため息をついた。
「いいのよ。流可男さんが誰とデートしようと、あたしは何も言いません。あなたが本当は良い人だってことは、あたしが知っていますから。せいぜい、楽しんでいらっしゃい」
優しい口調で僕に話すと、院長は不意に改まった口調になった。
「でも、朱美のことも忘れてはいけませんよ。あなたは本当は朱美の婚約者なんですからね!」
「はいっ! 判っています!」
大声で返事して、僕はある疑問が湧き上がってきた。
「でも院長先生、ひとつ聞きたいんですが」
「何でしょう?」
「どうして僕が、朱美の許嫁になったんですか?」
院長は「あら!」と片手を口許に持っていった。
「それは朱美が望んだからですよ。流可男さんは覚えていないのかしら?」
僕は驚愕のあまり「えーっ!」と大声で叫んでいた。
朱美が僕を婚約者に選んだ?
いつのことだ?
そういえば、僕はいつ朱美と許嫁になったのか、憶えてはいない。幼い頃から「流可男と朱美は婚約している」と聞かされ、既定の事実として受け入れていた。詳しい事情は知らないことに、改めて奇妙な感覚を憶えていた。
「流可男は許嫁じゃないぞ……」
不機嫌な表情で、朱美がカーテンの向こうから顔をのぞかせた。
朱美の言葉に、院長が落ち着いた態度で尋ね返した。
「それじゃ流可男さんは、朱美の何なの?」
朱美はニヤッと笑った。
「答えは決まっている。流可男は、オイラの召使いだ!」
僕と院長は顔を見合わせた。
美佐子院長が嘆息して、僕は今更ながら危機一髪だったことを理解した。
真兼高校の保健室が急場の診察室と病室になり、美佐子院長がみずから朱美の治療にあたった。
僕は何ともなかったが、朱美の方は美佐子院長が言う通り、凍傷直前だった。カーテンで仕切られた向こうから、朱美の「痛え! 痛え!」という呻き声が聞こえてくる。
凍傷になりかけた手足の指先に血行が戻るにつれて、強烈な痛みが朱美を襲っている。寒さで麻痺した神経の痛覚が戻ると、たちまち痛点を刺激したのだ。疼痛というやつで、この後全身を猛烈な痒みが襲うはずだ。
以前の朱美だったら、あのような北極のブリザードのような冷風にさらされたとしても、ケロリとして平気な顔をしていたかもしれない。
美佐子院長は朱美の呻き声を背中に聞きながら、僕に向き直り真面目な口調で話し掛けた。
「ところで流可男さん」
「はいっ?」
美佐子院長の真剣な表情に、僕は緊張して背筋を伸ばした。
「あなた、新山姉妹とデートを約束なさったんですってね?」
「ひぇっ!」
僕は美佐子院長の質問に、たちまち顔に血が上るのを感じた。
「あのっ、そっ、それはですねっ! デ、デートっていっても、そっ、それは、その、あの、つまり……要するに……!」
僕はしどろもどろに、美佐子院長に言い訳をした。しかし何を言っていいのか判らず、自分でも何を言っているのかさっぱり判らない。つまり全然、理路整然とした言葉にもならなかった。
僕は何を言っているのか?
美佐子院長は微笑んでいた。
ふうーっ、と僕はため息をついた。
「いいのよ。流可男さんが誰とデートしようと、あたしは何も言いません。あなたが本当は良い人だってことは、あたしが知っていますから。せいぜい、楽しんでいらっしゃい」
優しい口調で僕に話すと、院長は不意に改まった口調になった。
「でも、朱美のことも忘れてはいけませんよ。あなたは本当は朱美の婚約者なんですからね!」
「はいっ! 判っています!」
大声で返事して、僕はある疑問が湧き上がってきた。
「でも院長先生、ひとつ聞きたいんですが」
「何でしょう?」
「どうして僕が、朱美の許嫁になったんですか?」
院長は「あら!」と片手を口許に持っていった。
「それは朱美が望んだからですよ。流可男さんは覚えていないのかしら?」
僕は驚愕のあまり「えーっ!」と大声で叫んでいた。
朱美が僕を婚約者に選んだ?
いつのことだ?
そういえば、僕はいつ朱美と許嫁になったのか、憶えてはいない。幼い頃から「流可男と朱美は婚約している」と聞かされ、既定の事実として受け入れていた。詳しい事情は知らないことに、改めて奇妙な感覚を憶えていた。
「流可男は許嫁じゃないぞ……」
不機嫌な表情で、朱美がカーテンの向こうから顔をのぞかせた。
朱美の言葉に、院長が落ち着いた態度で尋ね返した。
「それじゃ流可男さんは、朱美の何なの?」
朱美はニヤッと笑った。
「答えは決まっている。流可男は、オイラの召使いだ!」
僕と院長は顔を見合わせた。
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