電脳遊客

万卜人

文字の大きさ
28 / 68
第五回 鞍家二郎三郎江戸城へ登城するの巻

しおりを挟む
 俺は翌日、坂下門を前に立っていた。紅葉山文庫を訪問するには、この門を潜る。
 隣には、玄之介がポカンと口を開け、馬鹿のようにして江戸城を見上げている。
 俺は《遊客》で、しかも江戸創設メンバーであるから、特別の資格があって、江戸城には、いつでも登城できる。
 玄之介は与力であるが、《遊客》でもあり、供として登城できるのだ。女の晶は、同道できないので、お留守番だ。
 俺たちはこの日のために、肩衣、袴、紋付と正式の裃姿であった。こんなしゃちこばった、堅苦しい格好をしなければならないから、俺は極力、お城には近づかない方針であったが、どうしようもない。
「あれは、何で御座る?」
 玄之介が、呆れ果てたといった表情で、ぼんやりと腕を挙げ、江戸城の一画を指さす。俺は、強いて無表情を保ったまま、答える。
「何って、天守閣に決まってるだろう!」
 玄之介は、憤然となった。口許がきりりと引き締まり、何か言いたそうである。
「判ってる。江戸の歴史の大半、江戸城には天守閣は存在しなかった、と言いたいんだろう?」
 俺は、玄之介の機先を制してやった! 玄之介は、口をパクパクさせているだけだ。さぞかし、時代考証について、長々と高言をのたまいたかったのだろうが。
 本丸の辺りには、竹櫓が組まれ、壁が塗られ、屋根には職人が多数働き、瓦をせっせと葺いている。
 天守閣の、再建工事である。ほぼ、工事は八割がた完了している。この分では、さ来週には落成を見るだろう。
 俺たちの江戸では、最初、史実通りに、江戸城には天守を置かない方針だった。しかし、やってくる《遊客》たちの「なぜ天守閣を作らないのか?」というリクエストが多数寄せられたため、方針を変えた。
 それに、天守閣工事には、かなりの額の予算が計上されるから、景気刺激策にもなる。エジプトのピラミッドが、当時の農民にとっての、農閑期に仕事を提供するための、公共工事であったというのと、まったく同じである。
 当初は、三代将軍家光の再建した天守閣にするつもりだったが、時代劇で登場する天守閣の外観に馴染みがあるという理由で、姫路城のデータを流用している。
 俺たちが登城する際には、七面倒な手続きが必要だ。それらは大半、火付盗賊改方である、酒巻源五郎の配下がこなしてくれたが、俺たちもまた、江戸城に入るには、ぶらりと散歩がてら、とは行かない。
 あまりくだくだしい説明は省こう。ともかく、坂下門から俺たちの人物同定のための番所で、念入りに身分、用向きなどを確かめられ、百人番所でも、またまたチェックを受ける。ようやく、目的の、書物同心の前に出た頃には、俺たちはへとへとになっていた。
 途中、源五郎から、茶坊主に賄賂を渡すよう、念入りに忠告されていたので、俺は懐にたんまり、小銭を用意していた。俺は小判でもいいのだが、額が多すぎるのも、トラブルの元だと聞かされた。
 この、茶坊主にさりげなく賄賂を贈るというのも、技術がいる。タイミングを計って、他人目を避け、自然に渡さねばならない。ともかく、二度と御免である!
「江戸の《遊客》について、情報がお入りだそうですな」
 俺たちを応対したのは、書物同心の、吉川という、五十代頃の、福々しく肥満した侍だった。江戸城の、通称「紅葉山文庫」を管理する、書物奉行の配下である。
 もっとも、江戸時代中は、紅葉山文庫とは呼ばれておらず「楓山文庫」または単に「御文庫」とのみ、呼ばれていたようだ。しかし紅葉山というのが、通りが良いので、俺たちの江戸では、こっちの呼称で通用している。
 文庫が、今の図書館であれば、書物同心は司書にあたる。
 同心の質問に、玄之介が答える。
「はっ……、江戸において、悪党供の不穏の動きが見られるため、少々お力を拝借いたしたいと……」
 玄之介は吉川に向け、紫色の包みを、畳表に滑らせる。吉川はちらっ、と包みを見やると、視線を明後日に向け、偶然のように懐に仕舞いこむ。まことに、鮮やかな手並みだった。
 もちろん、賄賂である。むしろ、手数料の意味合いが大きい。
「では、御同道を願いたい」
 吉川は、さっさと立ち上がり、俺たちを案内してくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...