電脳遊客

万卜人

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第七回 悪党弁天丸の追跡の巻

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 閂を外すと、ばあーんと音を立て、戸が開く。わっとばかりに、外から人足が、灯台の中へ踏み込んで来る。
 相変わらず、一切の表情を失った、無言の群衆だ。
 吉弥が「うおーっ!」と雄叫びを上げた。どんと腹を押し出し、飛び掛る人足を押し込む。
 吉弥の巨大な腹に押し出され、列の先頭にいた人足が、どどっと後方に弾かれた。吉弥の迫力で、人足は頼りなく倒れこむ。人垣が、輪を描いて崩れた。
「今だ! 降りて来いっ!」
 俺は叫ぶ。
 玄之介と晶が、顔色を真っ白にさせたまま、階段を蹴立てて降りて来た。
 吉弥は、雲竜型土俵入りのように、両手を大きく広げた。砕氷船のように、人足を掻き分け、掻き分け、強引に前へ進む。
 俺は、玄之介と晶を先にやった。背後を守るため、殿軍の位置に立つ。
 四方から飛び掛ってくる人足の顔を殴りつけ、あるいは蹴りを入れ、退ける。しかし、後から後から殺到するから、際限がない。
 ごつん、ごつん……という音に振り返る。
 すると、吉弥が身体を低くして、頭突きを繰り返している。猛牛のような吉弥の頭突きに、人足たちがボーリングのピンのように弾け飛ぶ。
 晶はヌンチャクを手に、ぶんぶんと振り回して飛び懸かる人足を攻撃している。
 玄之介は十手を使っている。俺に目を向け、叫ぶ。
「鞍家殿! なぜ腰の物をお使いになられないので御座る?」
 俺は腰の刀を抜き放った。それを見て、玄之介は、あんぐりと口を開ける。
 俺の抜き放ったのは、竹光だった!
 元々差していた刀は、火祭りの豆蔵での騒ぎの際、折れてしまっている。代わりの武器は、知り合いの刀鍛冶に頼んでいるが、まだ仕上がっていない。
 しかし、無腰のままでは、体面が悪い。そこで、仕方なしに竹光を差していたのだ。
 刀鍛冶は「ちゃんとした差料を」と、替わりの刀を用意してくれたのだが、こっちのほうが軽いので、断ったのだ。
 俺に飛び掛った人足に、その竹光を振り被った。たちまち、竹光はぱきんっ、という軽い音を立て、真っ二つに折れてしまう。
 竹光だから、当たり前だ!
 とはいえ、人足ごとき相手に、素手で充分だ!
 俺たちは阿修羅のごとき活躍で、じりじりと寄場を進んで行った。ひょいと頭を上げると、役人たちが目を剥き出し、必死になって人足と戦っている。手に持っているのは、玄之介と同じ、十手である。
 晶が、戦っている役人たちを見て、俺に叫んだ。
「どうして刀を使わないの? 時代劇であるじゃないの。峰打ちなら、殺さないで済むんでしょう?」
 玄之介が、この急場の中、顔を顰め、晶に向き直る。
「晶殿。それは、途轍もなく誤った迷信で御座るぞ! 日本刀の峰は、刃に比べ、酷く脆う御座る。本当に峰で打つと、刀身が折れてしまい申す。これが本当の峰打ちで御座る! よく御覧じろ!」
 こんな時でも、時代考証を講義するつもりだ。玄之介は自分の差料を抜き放った。正眼に構え、一人の人足に振り被った。
 刃が当たる瞬間、くるりと刀を引っくり返し、峰の部分で打ち据える。が、全力では打たない。
 人足は、打たれる直前、はっと目を閉じた。本当の峰打ちとは、このように、ぎりぎりまで刃で切ると思わせ、直前で峰で打つのだ。
 が、力一杯打つのではなく、加減している。そうでないと、刀が折れてしまう。
 打たれた人足は、切られたと、すっかり思い込んでいる。ばったりと、仰向けに倒れ込み、気絶した。
 玄之介は得意そうに刀を納め、十手に持ち替える。
 晶は肩を竦め、再びヌンチャクを構える。声を出さずに、唇だけ動いている。多分「こんな時まで、時代考証?」と呆れ返っているのだ。
 空を見上げると、雷蔵の乗った熱気球が、呑気にふらふらと彷徨っている。そのまま、風に乗って、江戸市中へと漂っていった。
 向かって来る人足たちは、一様に表情が消えている。皆、虚ろといっていい視線だ。両手を目の前に突き出し、指を鉤爪のように折り曲げている。着物を引っ張って倒そうとしているのだ。
 一々、その手を振り払い、拳でもって打撃を与えるが、まるで平気だ。痛みを感じていない!
 俺は吉弥に叫んだ。
「渡し場はまだか?」
 吉弥は太い腕を、大車輪で振り回して、向かって来る人足たちを張り倒しながら、叫び返した。
「まだだよ! これじゃ、幾ら倒しても、追いつかない!」
 声に微かに、絶望が滲んでいる。
 俺は吉弥の肩越しに、渡し場を見た。
 遥かに遠く、渡し場がぽつんと見え、桟橋に舟が舫っている。
 舟の船頭は、こちらを見て、慌てて立ち上がった。騒ぎを目にし、どうしようかと迷っている風情だ。やがて決意したのか、艪を手にした。
 いかん! あいつ、一人だけ逃げ出すつもりだ!
 俺は全身の力を込め、叫んだ。
「動くんじゃねえ! そのまま留まれ!」
 俺の叫び声は、最大級に響いていた。《遊客》は恐ろしいほどの肺活量を誇り、思い切り叫ぶと、火薬の爆発音くらいの音声は、軽く出るのだ。
 ぎくり、と船頭が動きを止めた。
 しめた! 俺の気迫が効いた!
 はっ、と気付くと、人足の足も止まっていた。全員、俺たちに襲い掛かる姿勢のまま、石像のように凝固している。
 そうか!《遊客》の気迫は、人足にも効いている!
 じりじりと人足たちが俺の声に立ち直り、再び攻撃をしようと近づく。俺はあらん限りの気力を込め、叫ぶ。
「動くんじゃねえっ!」
 びくり、と人足たちは足を止める。
 玄之介、晶の二人も、近づく人足を猛烈な気力で睨みつけ、寄せ付けない。
 俺たちは、足止めされている人足たちを掻き分けながら、桟橋へと急いだ。
 その時、人足たちの間から、喚き声が聞こえた。
「何してやがるっ! とっとと、あいつらを殺さねえかっ!」
 声の主を探すと、だらりとした女物の着物を身につけた、ひょろりとした痩身の男が目に入った。相変わらず、長大な、見掛け倒しの刀を肩に担いでいる。
 弁天丸だ!
 俺と玄之介の目が合った。
「あいつ……!」
 俺の言葉に、玄之介は慌しく頷く。
「左様で御座る! あやつ、このような場所に来ていたので御座るな!」
 俺は身につけた《遊客》としての総ての気力を総動員して、弁天丸を睨みつけた。俺の視線は、レーザー・ビームのように、弁天丸の両目を直撃していた。
 弁天丸と、俺の視線が、かち合った!
 一瞬にして、弁天丸の顔色が変わった。すっと、血の気が引いて、がくりと腰が折れ、くたくたと膝から力が抜ける。
 気絶するかと思ったら、意外にも立ち直った。ぐっと両足を踏ん張り、薄ら笑いを浮かべている。
「よお……。ちょこまか、ちょこまかと、五月蠅い動きをするじゃねえか! 鞍家二郎三郎さんよ……!」
 声は震えているが、それでも俺の気迫に抵抗している。ひくひくと唇の端が痙攣し、両目に殺意が漲る。
 俺は仰天していた。
 どうしたというのだ? なぜ、俺の気迫が効かない?
 じろり、と弁天丸は、付近にいた人足を睨みつけ、さっと俺を指さす。
「さあ! あいつらを殺せ! 命令だ!」
 弁天丸の言葉に、突き飛ばされるようにして、人足たちは俺たちに殺到する。
 俺たちは向かって来る人足たちを、何とか退け、後退した。
 俺の心は、嵐のように乱れている。
 訳が判らず、ただ向かって来る人足たちを退けるだけで手一杯だ。
 なぜ弁天丸に、俺の気迫が効かない?
 しかも、弁天丸は、人足を自分の思うがままに操っている。人足たちが一瞬にして変貌したのは、どうやら弁天丸の仕業のようだ。
 俺たちは全速力で桟橋に突進し、舟にどうにかこうにか、辿り着いた。俺は苛々しながら、船頭に命令する。
「舟を出せ! 早くっ!」
「へいっ!」と船頭は大声を上げ、艪を握りしめ、全力で漕ぎ出した。
「ちっ! 仕損じた……!」
 岸に、弁天丸が悔しそうに立っている。俺は艫に座り、弁天丸を睨みつける。
 普通なら、これで弁天丸は意志の力を喪失するはずだ。が、平気で俺の凝視に耐えている。
 俺の頭に、天啓のように閃きが浮かぶ。
 まるで弁天丸は、《遊客》じゃないか!
 まさか?
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