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第八回 老中荏子田多門の陰謀の巻
三
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高輪の大木戸が、ぴしゃりと固く閉じられ、旅人や、町人が、戸惑ったように見上げていた。大木戸は、夕暮れの中、黒々と聳えている。
俺は顔を顰め、呟いた。
「訳が判らん! こんな早い時間から、大木戸が閉まるなど、初耳だ!」
晶が伸び上がるようにして、指差した。
「あそこに高札がある!」
晶の言う通りだった。大木戸の手前に、かなり大きな高札が立てられ、物見高い連中が、周りを取り巻いていた。
「行って見よう!」
俺の言葉に、晶と玄之介は頷き、急ぎ足になった。
高札は楷書体で書かれている。本来は草書体で書かれるのだが、俺たち《遊客》は草書体ではまず、読めない。そこで、こちらの江戸では、公式な場所では楷書体を使用する。
読み進むうち、驚きが俺の胸に弾けた。
何と、大木戸を閉じさせたのは、老中の命令らしい。理由は、悪党の不穏の気配があり、江戸市中を守るため、一時的に交通を遮断する必要がある……とある。復旧するのは、江戸市中に潜伏する、悪党を総て捕縛してからである、とあった。
「悪党の掃討作戦ですか?」
ぶつぶつと口の中で、高札の内容を読み上げていた玄之介が、首を傾げた。
「妙ですな。そのような動きがあれば、火盗改方頭に、話しがなければおかしい! 拙者は、とんと、そのような話を聞いておりませぬぞ!」
命令を出したのは誰かと読み進めると、布告の最後に『老中 荏子田多門』とあった!
玄之介はそれを読んで、両目を飛び出さんばかりに驚いていた。
「なんと! お城で出会ったあの御仁と同一人物で御座るか? 老中で御座ったのか?」
俺は首を振った。
「いいや、あの時は単なるお勝手方か、普請奉行だったと思う。だが、奴は江戸創設メンバーだから、老中になる資格は充分に持っている。俺の知る限り、多門は今まで数度、老中に就任しているよ。あれから、老中に昇ったのだろう」
俺たち創設メンバーは、江戸幕府の老中に就任する特権を持つ。というより、一種の義務となっている。
普段は、老中の役職は、江戸NPCの譜代大名が勤めているが、NPCだけでは重要な決定が下せない場合、俺たち創設メンバーに就任して欲しいという要望が寄せられる。その点から見ると、ローマの元老院か、執政官のような仕組みである。
老中就任はあくまで一時的で、必要がなくなると、俺たち創設メンバーは、さっさと退き、気楽な江戸の暮らしを楽しむのが普通だ。
荏子田多門は、その中でも、何度も老中に就任を果たしている。就任する際はいそいそと昇り、任務が終わって解任されるときは、実に残念そうだった。まあ、変わり者といっていい。
晶は俺を見て尋ねかけた。
「どうするの? 大木戸が通れなくなったら、教えて貰った廃寺へは、行けないんでしょう?」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「その通りだ。しかし、なぜ大木戸を閉める必要があるんだろう。しかも、悪党の一斉検挙など、まるっきり無駄な計画を推し進めようとしている」
玄之介は俺の言葉に、気色ばんだ。
「悪党の一斉検挙が、なぜ無用なのです?」
俺は顎を上げた。
「江戸の悪党走査をやってみな!」
晶と玄之介は、一瞬ふっと考え込むような表情になり『悪党走査』を試した。
驚きに、玄之介は、さっと俺を見た。
「増えております! さっきより、市中の悪党の数が増えている!」
俺は「へっ!」と肩を竦めて笑った。
「江戸の悪党は、一定の数を保つようプログラムされている。たとえ、町奉行や、火盗改が本気になって、江戸の悪党を一掃しても、再び元に戻る。だから、いくら一斉検挙しても、無駄だと俺は言うのさ!」
晶は大木戸を眺めながら、呟いた。
「大木戸以外、道はないの? ぐるっと遠回りすれば……海からは、どうなの?」
俺は首を振った。
「どっちも無駄だ! 試してみるか?」
晶は妙な表情で、俺を見上げる。俺はへらへら笑いを浮かべ、見詰め返した。
俺のからかうような表情を目にして、晶はぷん、と頬を膨らませ歩き出す。
俺は晶の後を、ゆっくりと従いて行った。
大木戸からかなり離れた場所にやって来ると、晶は南へと歩き出した。ずっと向こうに大木戸が見えるから、晶は江戸の境界から足を踏み出す格好になる。
「あれ?」
晶は顔を顰めている。
足下が、ずりずりと滑り、前へ進んでいるのに、身体はちっとも動いていない。氷の上を歩いているようなものだ。
「ど、どうして……?」
顔色は真っ青だ。信じられない体験に、すっかり動転している。
「結界ができているのさ。江戸城から、朱引きを囲む、目に見えない結界だ。老中の権限でしか、作動させられないが……」
言いながら、俺は立ち竦んだ。驚愕が、波のように押し寄せてくる。
俺の表情の変化に、晶と玄之介は訝しげな視線を投げかける。
「しまった! もし、俺の考えが確かなら……。俺たち《遊客》は、江戸に閉じ込められてしまったぞ!」
俺の言葉に、二人はまるっきり訳が判らず、呆然としているだけだ。
俺は二人に鋭く命令した。
「仮想現実から目覚める手続きをやれ! 今すぐだ!」
二人はきょろきょろと辺りを探る。今いる場所には、俺たち三人だけで、江戸のNPCは一人たりとも、存在していない。仮想現実から目覚めるには、江戸NPCが見ている場所では不可能なのだ。
幸い、ここには、俺たち三人の《遊客》しかいない。
二人は目を閉じ、頭の中で、仮想現実脱出のプログラムを呼び出した。
同時に、二人は目を開き、お互いの顔を見合った。
「目覚められない!」
晶の叫びに、玄之介は青ざめた顔で頷く。
「拙者も、できませぬ!」
俺は呻くように呟いた。
「そうだ……。今、江戸全域は、結界に閉じ込められている。つまり、俺たち《遊客》全員が閉じ込められている……!」
玄之介は、おそるおそる、口を開く。
「つまり、それは……?」
俺は大きく頷いていた。
「そうだ! このままでは、俺たちは確実に〝ロスト〟してしまう! しかも、江戸にいる《遊客》全員だ!」
恐怖が、俺たち全員を打ちのめす!
俺は顔を顰め、呟いた。
「訳が判らん! こんな早い時間から、大木戸が閉まるなど、初耳だ!」
晶が伸び上がるようにして、指差した。
「あそこに高札がある!」
晶の言う通りだった。大木戸の手前に、かなり大きな高札が立てられ、物見高い連中が、周りを取り巻いていた。
「行って見よう!」
俺の言葉に、晶と玄之介は頷き、急ぎ足になった。
高札は楷書体で書かれている。本来は草書体で書かれるのだが、俺たち《遊客》は草書体ではまず、読めない。そこで、こちらの江戸では、公式な場所では楷書体を使用する。
読み進むうち、驚きが俺の胸に弾けた。
何と、大木戸を閉じさせたのは、老中の命令らしい。理由は、悪党の不穏の気配があり、江戸市中を守るため、一時的に交通を遮断する必要がある……とある。復旧するのは、江戸市中に潜伏する、悪党を総て捕縛してからである、とあった。
「悪党の掃討作戦ですか?」
ぶつぶつと口の中で、高札の内容を読み上げていた玄之介が、首を傾げた。
「妙ですな。そのような動きがあれば、火盗改方頭に、話しがなければおかしい! 拙者は、とんと、そのような話を聞いておりませぬぞ!」
命令を出したのは誰かと読み進めると、布告の最後に『老中 荏子田多門』とあった!
玄之介はそれを読んで、両目を飛び出さんばかりに驚いていた。
「なんと! お城で出会ったあの御仁と同一人物で御座るか? 老中で御座ったのか?」
俺は首を振った。
「いいや、あの時は単なるお勝手方か、普請奉行だったと思う。だが、奴は江戸創設メンバーだから、老中になる資格は充分に持っている。俺の知る限り、多門は今まで数度、老中に就任しているよ。あれから、老中に昇ったのだろう」
俺たち創設メンバーは、江戸幕府の老中に就任する特権を持つ。というより、一種の義務となっている。
普段は、老中の役職は、江戸NPCの譜代大名が勤めているが、NPCだけでは重要な決定が下せない場合、俺たち創設メンバーに就任して欲しいという要望が寄せられる。その点から見ると、ローマの元老院か、執政官のような仕組みである。
老中就任はあくまで一時的で、必要がなくなると、俺たち創設メンバーは、さっさと退き、気楽な江戸の暮らしを楽しむのが普通だ。
荏子田多門は、その中でも、何度も老中に就任を果たしている。就任する際はいそいそと昇り、任務が終わって解任されるときは、実に残念そうだった。まあ、変わり者といっていい。
晶は俺を見て尋ねかけた。
「どうするの? 大木戸が通れなくなったら、教えて貰った廃寺へは、行けないんでしょう?」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「その通りだ。しかし、なぜ大木戸を閉める必要があるんだろう。しかも、悪党の一斉検挙など、まるっきり無駄な計画を推し進めようとしている」
玄之介は俺の言葉に、気色ばんだ。
「悪党の一斉検挙が、なぜ無用なのです?」
俺は顎を上げた。
「江戸の悪党走査をやってみな!」
晶と玄之介は、一瞬ふっと考え込むような表情になり『悪党走査』を試した。
驚きに、玄之介は、さっと俺を見た。
「増えております! さっきより、市中の悪党の数が増えている!」
俺は「へっ!」と肩を竦めて笑った。
「江戸の悪党は、一定の数を保つようプログラムされている。たとえ、町奉行や、火盗改が本気になって、江戸の悪党を一掃しても、再び元に戻る。だから、いくら一斉検挙しても、無駄だと俺は言うのさ!」
晶は大木戸を眺めながら、呟いた。
「大木戸以外、道はないの? ぐるっと遠回りすれば……海からは、どうなの?」
俺は首を振った。
「どっちも無駄だ! 試してみるか?」
晶は妙な表情で、俺を見上げる。俺はへらへら笑いを浮かべ、見詰め返した。
俺のからかうような表情を目にして、晶はぷん、と頬を膨らませ歩き出す。
俺は晶の後を、ゆっくりと従いて行った。
大木戸からかなり離れた場所にやって来ると、晶は南へと歩き出した。ずっと向こうに大木戸が見えるから、晶は江戸の境界から足を踏み出す格好になる。
「あれ?」
晶は顔を顰めている。
足下が、ずりずりと滑り、前へ進んでいるのに、身体はちっとも動いていない。氷の上を歩いているようなものだ。
「ど、どうして……?」
顔色は真っ青だ。信じられない体験に、すっかり動転している。
「結界ができているのさ。江戸城から、朱引きを囲む、目に見えない結界だ。老中の権限でしか、作動させられないが……」
言いながら、俺は立ち竦んだ。驚愕が、波のように押し寄せてくる。
俺の表情の変化に、晶と玄之介は訝しげな視線を投げかける。
「しまった! もし、俺の考えが確かなら……。俺たち《遊客》は、江戸に閉じ込められてしまったぞ!」
俺の言葉に、二人はまるっきり訳が判らず、呆然としているだけだ。
俺は二人に鋭く命令した。
「仮想現実から目覚める手続きをやれ! 今すぐだ!」
二人はきょろきょろと辺りを探る。今いる場所には、俺たち三人だけで、江戸のNPCは一人たりとも、存在していない。仮想現実から目覚めるには、江戸NPCが見ている場所では不可能なのだ。
幸い、ここには、俺たち三人の《遊客》しかいない。
二人は目を閉じ、頭の中で、仮想現実脱出のプログラムを呼び出した。
同時に、二人は目を開き、お互いの顔を見合った。
「目覚められない!」
晶の叫びに、玄之介は青ざめた顔で頷く。
「拙者も、できませぬ!」
俺は呻くように呟いた。
「そうだ……。今、江戸全域は、結界に閉じ込められている。つまり、俺たち《遊客》全員が閉じ込められている……!」
玄之介は、おそるおそる、口を開く。
「つまり、それは……?」
俺は大きく頷いていた。
「そうだ! このままでは、俺たちは確実に〝ロスト〟してしまう! しかも、江戸にいる《遊客》全員だ!」
恐怖が、俺たち全員を打ちのめす!
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