ある日、牢屋の片隅で

生贄の話

遠藤は大罪人だ。

しかし人の心が無い訳では無い。

20年もの間、幽閉され続けた遠藤は自分が何に怒り、何故世界を相手どったのかさえ覚えていなかった。

遠藤は今、自分と同じ牢にいる老けたおっさんに興味が湧いていた。

遠藤は話しかける。

遠藤
「ここにぶち込まれるなんて、あんた一体何をやらかしたんだ？」

佐藤は遠藤の言葉にビクッと体を揺らした。佐藤が恐る恐る振り向くと、鬼のような顔をした大男が堂々と座っていた。
佐藤はなんとか声を発する。

佐藤
「私は…何もしていませんよ…ほほ」

佐藤の答えは、遠藤の予想の斜め上を行くものだった。

遠藤
「何もしてねぇ訳ねぇだろう！いいから話しやがれ！」

遠藤は佐藤の胸倉を掴んだ。
佐藤は慌てながらも、遠藤に弁解する。

佐藤
「ほ、本当に何もしてないんじゃ！」

遠藤は勘が良く、人の気持ちに鋭い。
だからこそ佐藤が嘘を言っていない事が分かった。
遠藤は、佐藤の服を離す。

佐藤
「私は…贄です」

遠藤
「贄？」

佐藤
「聞きますか？私の身の上話」

佐藤はそう聞いてきた。
遠藤はそれに頷いた。

佐藤
「ドッペルゲンガー…。って知ってますか？」

遠藤
「ドッペル…なんだ？」

佐藤
「ドッペルゲンガー…世界には自分と同じ顔を持つ人間がそれぞれ2人いるという物です。私は大国の貴族のドッペルゲンガーでした」

佐藤は牢の地面を向いて話続ける。

佐藤
「日本で暮らしていた私に、ある日1通の手紙が届きました。手紙には「お前を不自由無く暮らさせてやるから、時が来たら私の代わりに罪を被れ」という内容が記されていました。私に拒否権は…与えられませんでした

佐藤は遠藤を見上げる。

佐藤
「20年ほど働きもせず、家事もせず生きて来ました。そして今「時」が来たのでしょう。私は…私を雇った者の代わりにこの場所に入れられたのです。だから…」

「私は生贄。世界の為に丸々と太らされた…家畜なんですよ」