ゲロムスの遺児

粟沿曼珠

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第二章 千変万化の魔獣

第三十一話 ミーリィの作戦

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 ダスとポンはミーリィの作戦を聞き、それに納得する。しかし——
「ミーリィ——大丈夫か?」
 その作戦内容に、ダスは心配している。それが、彼女を傷つけることになるかもしれないと、彼女の在り方に大きくかかわることを、彼は理解していたから。
「…………はい、大丈夫です」
 ミーリィは改めて覚悟を決めたかのように言った。ダスは頷き、三人が乗っている激流の勢いを増す。
「よし、このままメロートルに突っ込む!」
 激流に乗る三人を、二体の獣が睨む。そしてそれらは一体となり、翼の生えた四足歩行の獣の形をとって追尾する。
 獣はその大きな翼を広げ、何本もの羽を放出する。その羽の形は見る見るうちに鳥へと変わっていく。
「ポン君! 障壁をお願いっ!」
「ッ! 分かった!」
 先程の瞬間——自分の体の半分を失い、激しい痛みに襲われた瞬間——を思い出して怯むも、すぐに気を取り直して彼は自分達を包むように障壁を展開する。
 鳥の獣の猛攻は止む気配が無く、延々と障壁を突き続ける。
「この鳥達、ずっと突いてきますね。攻撃通らないって分かっているでしょうに」
 その一見無意味な行動に、ミーリィは疑問の声を零す。
「……いや、意味はある」
 それに応えたのはポンだった。
「恐らく、おれの魔粒を消費させるのが目的だ。魔粒が尽きれば……当然、障壁を出せずにやられる」
 魔術は、魔腑で生成される魔粒によって引き起こされる。それが尽きてしまえば、当然魔術を行使することはできない。加えて彼はまだ子供である為、魔腑が成長しきれておらず、生成・貯蓄される魔粒の量も少ない。
「このまま展開し続けたら——メロートルに着く前に魔粒が尽きると思う」
 その言葉に、ミーリィとダスは息を呑む。ダスは暫し沈黙し、そして口を開く。
「俺が殿をつとめる。ミーリィはポンを守れ。ポンは、俺が合図を出したらこの障壁を解いてくれ。それと、万が一を考慮して、魔術の行使は最低限に留めてくれ」
「分かりました」
 ミーリィはそう応えるが、ポンの反応が無い。彼女が彼の方を見ると、彼の体が微かに震えているのが分かった。先程の出来事で抱いた恐怖が、彼の中に未だに強く残っている。
 ——また、さっきみたいに——
 彼が怯えているのを察したミーリィは、彼の手を優しく握る。それにはっとした彼は、彼女へと目を向ける。
「大丈夫だよ——わたしが、守るから」
 彼女は微笑んで彼を宥めた。それを受けて彼は、恐怖心を完全に捨て去ることはできていないものの、意を決して言う。
「——分かった」
「……大丈夫そうだな、それじゃあ——」
 それを見て安心したダスは視線を鳥の獣達へと移し——
「今だッ!」
 その叫びと同時に、三人を守っていた障壁が消える。その瞬間に鳥の獣達がぶわっと飛び出し——その眼前に、無数の水の弾丸が展開された。高速で飛んで行くそれは、ミーリィの冷気の魔術によって氷の弾丸となり、鳥の獣達の肉を穿って撃ち落とす。
 そしてダスが激流から躍り出る。乗っていた激流から枝分かれするようにもう一本激流を生み出し、それに乗る。
 迫ってくる獣は頭を蠢かせて十本の鉤爪のような角を形作り、首を上げてその角を掲げる。そして振り下ろされ——ダスはそれに合わせて自分の横に激流を発生させ、自分を吹き飛ばすようにしてそれを躱す。
 空振った角はその勢いのまま抜け落ち、猛禽の獣へと形を変える。その半分はダスを、もう半分はミーリィとポンを狙って飛ぶ。
 それから逃げるようにダスは激流を動かす。獣の背中に至ったところで追いつかれそうになり——ダスは獣の背中から激流を生み出す。再び自分を吹き飛ばすようにして躱し、猛禽の獣が巨獣の背中に突き刺さる。
 獣はすぐに肉を蠢かせ、一体化させる。獣はダスを睨んで己の体に無数の大砲を生み出し、そこから獣の砲弾を撃つ。翼を広げる獣達が、ダスへと襲い掛かる。

 一方、激流に乗るミーリィとポンは、後目で五体の猛禽の獣が迫っていることを確認する。
「また鳥ね……でも、さっきのより小さいだけマシ!」
 そう言ってミーリィは跳躍し、大蛇のように伸びている激流へと飛び込む。
「おいミーリィ!?」
 突然のその行動に、ポンは驚愕する。四体の猛禽の獣は彼女を追い、一体はポン目掛けて飛んで行く。
 激流の後方へと飛び込んだミーリィ。その前方から、四体の猛禽の獣が飛来する。急降下して彼女を殺そうとする獣達は激流の中へ突っ込み——それと同時に、ミーリィが激流の中から飛び出し、獣達の上方すれすれを跳び越す。それと同時に冷気を願い、激流を凍らせる。
 獣達は氷漬けになり、重力のまま落下する。それを彼女は後目で確認し、またそれをボスカルの獣が急降下して捕まえ、吸収するのも認める。
 ——よし、元の体に戻せた。
 再び激流の中へと入ったミーリィは氷の板を生み出し、それに乗って前方へと向かう。
 氷の上のポンは、飛来する猛禽の獣を睨む。獣は己の頭部を槍へと変えて突っ込み——彼は恐怖心を押し殺し、ぎりぎりのところで障壁を展開する。槍の頭は激しい音を立ててその形を崩していく。
 しかしまだくたばらず、その背中が蠢きだす。焦るポンは決心して目を閉じ——眼前の獣は押し潰されて、生々しい音と共に爆発するように血肉を撒き散らしてぺちゃんこになる。障壁には、その血肉がべっちゃりと付着している。
 ——…………ダスにこの使い方を聞いた時は感心したけど、やっぱ絶対やりたくないな、これ。
 ポンは障壁を獣の前方だけでなく後方にも生み出し、それを高速で移動させて障壁の間にいる獣を押し潰したのだ。ダスとの特訓で彼によって編み出された技であり、実用性は高いが、無惨な絵面になるとは特訓段階で察していた。
 障壁を解き、ぼちゃぼちゃと音を立てて血肉は激流へと落ちていく。その音がしなくなったところで彼は目を開け、ほっと一息つく。
 彼は振り返り——その目にメロートルの街と、水神エヴリアの巨大な祭壇が映った。
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