16 / 37
Chapter2
第15話 城下の雑踏の賑わいの中で
しおりを挟む
「せっかく、お庭をもっと好きに使っていいと言われたのです! どうせなら城下に新しい苗や苗木などを見に行きませんか?」
目を輝かせた双子の猫侍女に提案されたのは、ついさっき、休憩の最中だった。
あまりに唐突な提案だ。だが、ときどき双子の猫侍女とハンナが二人ずつ交代で席を外すことから、この外出を目論んだのだと安易に悟れたし、彼女たちなりの気遣いの計らいだろうとベルティーナは思った。
別に拒否するようなことでもないとは思う。
だが、勝手に城を出ていいものかと悩ましく思う。その旨を伝えてみたところ、双子の猫侍女たちは「心配しなくて大丈夫ですよぉ~」なんて随分と気の抜けた返事をした。
何やら、ナハトベルグの街は治安もいいそうで……妙な心配は無用だろうとのこと。
「それにイーリスたちは生まれも育ちも生粋のナハトベルグっ子。つまりはかなりの都会っ子なんです!」
「そうです! 都会っ子だからこそ街には詳しいです! ロートスたちに任せてください!」
それも、胸を叩いて自信満々に言われたものだから、ベルティーナは彼女たちに従った。
──まるでヴェルメブルグの生き写し。斜面さえあれば葡萄畑だらけなこの地を都会と言うかはまったく不明ではあるが……。と、そんなことを思いつつ、ベルティーナはわずかに後ろを振り返り、背後に聳える城を一瞥した。
「本当に大丈夫なのかしら」
「大丈夫ですよ。少し市場に行くだけですもん。城は目と鼻の先。街まですぐですよ?」
「でも私、お金は持っていないわよ?」
そもそも、この国に通貨が存在するのかも知らないままだ。ベルティーナが眉を寄せると、彼女たちは「ふふーん」と強気な表情を見せた。
「それはご心配なく! イーリスたちは幾らかお賃金の金貨を持ってますもん!」
「それにですねぇ……苗ってお野菜や切り花を買うより安価なんです。だからベル様は吟味してロートスたちに欲しい苗を言ってくださいませ! 大船に乗ったつもりで!」
またも、胸を叩いて威風堂々と言われた。
しかしその数拍後……「お城に帰ったら経費で落としたいので、ベル様の権力ちょっと借りたいです~」なんて甘えるように言われるものだから、ベルティーナは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「……そう、分かったわ。でも肝心な部分を聞き忘れたけど、私はまだ人間よ。この国の人たちが城に人間が来ていることは知っていて?」
森を焼いただの、人に対して恨みがある人だっているでしょうに……。と、そんな疑問を続けざまに訊くと、彼女たちは顔を見合わせた後に首を振る。
「平気ですよ。城下のみんなも〝いずれ同胞となるお姫様〟が来ていることは知っていると思います。それに、王城じゃみなさん、ベル様が来たことを歓迎していたじゃないですか?」
「それに、ベル様って事実、人の匂いがしますけど……魔性の者の匂いも少し混ざってます。だから、多分同族判定されると思いますよ? それに今のベル様、私たちと同じお仕着せじゃないですか。人の国のお姫様には見えないと思いますよ?」
そう言われて、ベルティーナは納得した。
思えば確かに、王城で邪険な態度を取る人など一人もいなかった。あれこれと考えすぎだろうか……そう思い直し、ベルティーナはもう余計なことを考えるのをやめた。
──香ばしく肉の焼ける匂いに、蜂蜜のような甘い匂い。それから、ハーブの匂い……と、城下の市場には様々な匂いが入り交じっていた。
それにものすごい人通りだ。
辿り着いた市場は想像以上に道幅が広く、通路にも多くの魔性の者たちが行き交い活気に満ちていた。
角の生えた者、翅の生えた者、獣の耳が生えた者、鱗を持つ者……と、多種多様。城では見たこともない容姿の者たちもいくらか歩んでいた。
それも、翅の生えた小さな妖精まで飛び交っているもので……ベルティーナは物珍しく思えて目で追ってしまった。
つい数日前まで、一人きりの生活だった。こんなに大勢の人が……いや、魔性の者たちが溢れかえるほど歩いているのを見るのだって初めてで、街の賑やかさにベルティーナは何度も目をしばたたいた。
「じゃあ、さっそく苗屋に行きましょう!」
はぐれないように、と双子の片割れに手を繋がれ、ベルティーナは雑踏の中に歩み出した。
やはり双子の言う通り、誰もがベルティーナのことを特に気に留めない様子だった。
稀に人だと気づいたのか、立ち止まり彼女を見る者もいるが、それは決まって獣のような特徴を持つ者たちだけ。それでも邪険な雰囲気は感じられないことから安全だと分かる。
そうして、雑踏を歩むことしばらく。双子の言う苗屋に辿り着いた。
軒先にはハーブの苗がたくさん並んでいるほか、カボチャや人参など野菜の苗まである。そもそも〝店〟に来たこと自体が初めてだが、品揃えがいいだろうとは思った。それも、ヴェルメブルク城の庭園で見たこともないハーブがたくさん並んでいるのだ。
そうして吟味することしばらく。抗炎症作用のあるエキナセア、鼻風邪に効くエルダーフラワー、消化機能を高めるフェンネル……と、めぼしい苗をいくらか買い込んで、三人は王城へと踵を返した矢先だった。
「そうだ、ベル様! せっかく外に出たんですから、もう少し寄り道しませんか?」
途端に双子の片割れが切り出したことに、ベルティーナは眉をひそめた。
「王城でハンナが待ってるわ。それに私、そんなに出歩いて本当にいいの?」
「大丈夫ですよ! ハンナはベル様よりもっとお姉さんですよね?」
幼い言い方ではあるが、年上と言いたいのだろう。本人から詳しい年齢さえ聞いていないが、明らかにそうだろうと思う。
それに頷くと、二人は「ですよねぇー」なんて声を揃えた後ににこにこと笑んだ。
「ハンナはベル様よりお姉さん。だから十三歳の私たちよりも、もっとずっとお姉さんですもん、大丈夫ですよ。それにベル様、人の世界じゃ今までずっと庭に閉じ込められてきたってハンナから聞いてます。そんなの可哀想だもの……侍女としてはこっちの世界ではもっと綺麗な景色とかお外を見せたいもの!」
目を爛々と輝かせたもう片割れに腕を引っ張られて、ベルティーナは額を押さえた。
──しかし、本当にいいのだろうか。
だが、ここまで気遣われるならば、応えた方がいい気がしてきた。ベルティーナはしばし考えた後、頷いた。
***
その後、ベルティーナは双子の猫侍女とナハトベルグ城下の市場を散策していた。
冬でもないのにグリューワインの屋台。それから聖者を崇める日でもないのに菓子屋ではシュトーレンが売られていて……色々不思議な点がある。
そして、酒場でいい気分で酔いしれる男たちが飲むものは麦酒やワイン。それから腸詰め肉やラビオリを食べるなど、伝え聞いたヴェルメブルクの酒場と変わらぬ光景が広がっていた。
「ここは裏にある異界とは言うけど……食べ物はまったく同じね」
思えば、城で普段食べる食事だって自分が今まで食べてきたようなものとそう変わらない。違うと言えば、今までよりもいく分か豪華……というくらいだろうか。
そんなことを考えつつ、市場の景色を横目に歩んでいると、双子の片割れが「それは当たり前ですよ~」なんて間延びした声で答えた。
「だって、私たちの祖先は元々人の住まう世界に住んでいたんですもの。そのときの食の風習は残っています。それに特に美味しい食事は今だって表の世界からどんどんと取り入れているのです」
「それからそれから、魔性の者たちの中には夕刻に人に化けてあちらの世界に遊びに行って、流行を調査する……なんて、お仕事をしている人だっているくらいですから!」
双子の猫侍女たちが嬉々として語る言葉に、ベルティーナは少しばかり驚くものの、すぐに納得した。
人間の世界でも、人間と魔性の者は同じ世界に住まい共存していたと伝わるのだから。
しかし、魔性の者といえば、妖しき悪しき者……という印象から野蛮な印象が強かった。こう言っては失礼だが、実際に翳りの国──ナハトベルグに来るまでは、二世紀も三世紀も遡るほど原始的で野蛮な生活を送っているものだと思い込んでいたもので……。
だが、まさかここまで文明が発達しているなど思うまい。
魔力で動く昇降機がある時点で、下手をすればこちらの方が文明が進んでいるようにさえ窺える節があるほどだ。
ベルティーナは黒砂岩造りの街を横目にそんなことを思いつつ歩んでいた矢先だった。
双子の侍女の片割れが途端に「あっ!」と何か思い立ったように立ち止まった。
「そうだ、ベル様! おやつを食べませんか? 城下に降りたら、コレを食べなきゃ帰れない! ってくらいのイーリスたちのオススメがあるんです!」
「シュネーバルっていうお菓子みたいなパンで!」
依然として双子は嬉々として語るが、ベルティーナはその菓子の名を聞いて眉をひそめた。
──〝雪の玉〟を意味するシュネーバル。確か賢女から伝え聞いたか、本で読んだか記憶は定かではないが、明らかに聞き覚えがあった。
確か、ヴェルメブルクよりももっと南下した国の名産で……。
「ええと……確か、粉糖をたっぷりまぶした球状のパンじゃないの?」
うろ覚えの知識でベルティーナが言うと、「正解ですー!」なんて双子は戯けて笑った。
「とは言っても、私はシュネーバルは食べたことがないわ。美味しいのかしら?」
「ええ、それはもうほっぺたが落ちそうなほどに!」
双子は同時に言葉を発し、頬に手を当ててうっとりと答えた。しかし、はっと我に返って、「これも経費で落とせるようにお城に帰ったらベル様の権力お願いします~」なんて懇願するように言うものだから、ベルティーナは思わず笑いそうになってしまった。
その途端だった──また紋様のある部分がじんと熱くなった。
しかしやはりそれは一瞬で。ベルティーナが目を見開き胸を押さえると、双子は耳をぴくりと震わせた。
「ベル様……どうしたのです?」
心配そうに片割れに訊かれて、ベルティーナはすぐに首を振るう。
「なんでもないわ……私、胸に紋様があるのだけど、少し嬉しいって思うとそこが焼けるように熱くなるのよ」
素直に打ち明けると、イーリスとロートスは二人で顔を見合わせた後、可愛らしい笑みをベルティーナに向けた。
目を輝かせた双子の猫侍女に提案されたのは、ついさっき、休憩の最中だった。
あまりに唐突な提案だ。だが、ときどき双子の猫侍女とハンナが二人ずつ交代で席を外すことから、この外出を目論んだのだと安易に悟れたし、彼女たちなりの気遣いの計らいだろうとベルティーナは思った。
別に拒否するようなことでもないとは思う。
だが、勝手に城を出ていいものかと悩ましく思う。その旨を伝えてみたところ、双子の猫侍女たちは「心配しなくて大丈夫ですよぉ~」なんて随分と気の抜けた返事をした。
何やら、ナハトベルグの街は治安もいいそうで……妙な心配は無用だろうとのこと。
「それにイーリスたちは生まれも育ちも生粋のナハトベルグっ子。つまりはかなりの都会っ子なんです!」
「そうです! 都会っ子だからこそ街には詳しいです! ロートスたちに任せてください!」
それも、胸を叩いて自信満々に言われたものだから、ベルティーナは彼女たちに従った。
──まるでヴェルメブルグの生き写し。斜面さえあれば葡萄畑だらけなこの地を都会と言うかはまったく不明ではあるが……。と、そんなことを思いつつ、ベルティーナはわずかに後ろを振り返り、背後に聳える城を一瞥した。
「本当に大丈夫なのかしら」
「大丈夫ですよ。少し市場に行くだけですもん。城は目と鼻の先。街まですぐですよ?」
「でも私、お金は持っていないわよ?」
そもそも、この国に通貨が存在するのかも知らないままだ。ベルティーナが眉を寄せると、彼女たちは「ふふーん」と強気な表情を見せた。
「それはご心配なく! イーリスたちは幾らかお賃金の金貨を持ってますもん!」
「それにですねぇ……苗ってお野菜や切り花を買うより安価なんです。だからベル様は吟味してロートスたちに欲しい苗を言ってくださいませ! 大船に乗ったつもりで!」
またも、胸を叩いて威風堂々と言われた。
しかしその数拍後……「お城に帰ったら経費で落としたいので、ベル様の権力ちょっと借りたいです~」なんて甘えるように言われるものだから、ベルティーナは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「……そう、分かったわ。でも肝心な部分を聞き忘れたけど、私はまだ人間よ。この国の人たちが城に人間が来ていることは知っていて?」
森を焼いただの、人に対して恨みがある人だっているでしょうに……。と、そんな疑問を続けざまに訊くと、彼女たちは顔を見合わせた後に首を振る。
「平気ですよ。城下のみんなも〝いずれ同胞となるお姫様〟が来ていることは知っていると思います。それに、王城じゃみなさん、ベル様が来たことを歓迎していたじゃないですか?」
「それに、ベル様って事実、人の匂いがしますけど……魔性の者の匂いも少し混ざってます。だから、多分同族判定されると思いますよ? それに今のベル様、私たちと同じお仕着せじゃないですか。人の国のお姫様には見えないと思いますよ?」
そう言われて、ベルティーナは納得した。
思えば確かに、王城で邪険な態度を取る人など一人もいなかった。あれこれと考えすぎだろうか……そう思い直し、ベルティーナはもう余計なことを考えるのをやめた。
──香ばしく肉の焼ける匂いに、蜂蜜のような甘い匂い。それから、ハーブの匂い……と、城下の市場には様々な匂いが入り交じっていた。
それにものすごい人通りだ。
辿り着いた市場は想像以上に道幅が広く、通路にも多くの魔性の者たちが行き交い活気に満ちていた。
角の生えた者、翅の生えた者、獣の耳が生えた者、鱗を持つ者……と、多種多様。城では見たこともない容姿の者たちもいくらか歩んでいた。
それも、翅の生えた小さな妖精まで飛び交っているもので……ベルティーナは物珍しく思えて目で追ってしまった。
つい数日前まで、一人きりの生活だった。こんなに大勢の人が……いや、魔性の者たちが溢れかえるほど歩いているのを見るのだって初めてで、街の賑やかさにベルティーナは何度も目をしばたたいた。
「じゃあ、さっそく苗屋に行きましょう!」
はぐれないように、と双子の片割れに手を繋がれ、ベルティーナは雑踏の中に歩み出した。
やはり双子の言う通り、誰もがベルティーナのことを特に気に留めない様子だった。
稀に人だと気づいたのか、立ち止まり彼女を見る者もいるが、それは決まって獣のような特徴を持つ者たちだけ。それでも邪険な雰囲気は感じられないことから安全だと分かる。
そうして、雑踏を歩むことしばらく。双子の言う苗屋に辿り着いた。
軒先にはハーブの苗がたくさん並んでいるほか、カボチャや人参など野菜の苗まである。そもそも〝店〟に来たこと自体が初めてだが、品揃えがいいだろうとは思った。それも、ヴェルメブルク城の庭園で見たこともないハーブがたくさん並んでいるのだ。
そうして吟味することしばらく。抗炎症作用のあるエキナセア、鼻風邪に効くエルダーフラワー、消化機能を高めるフェンネル……と、めぼしい苗をいくらか買い込んで、三人は王城へと踵を返した矢先だった。
「そうだ、ベル様! せっかく外に出たんですから、もう少し寄り道しませんか?」
途端に双子の片割れが切り出したことに、ベルティーナは眉をひそめた。
「王城でハンナが待ってるわ。それに私、そんなに出歩いて本当にいいの?」
「大丈夫ですよ! ハンナはベル様よりもっとお姉さんですよね?」
幼い言い方ではあるが、年上と言いたいのだろう。本人から詳しい年齢さえ聞いていないが、明らかにそうだろうと思う。
それに頷くと、二人は「ですよねぇー」なんて声を揃えた後ににこにこと笑んだ。
「ハンナはベル様よりお姉さん。だから十三歳の私たちよりも、もっとずっとお姉さんですもん、大丈夫ですよ。それにベル様、人の世界じゃ今までずっと庭に閉じ込められてきたってハンナから聞いてます。そんなの可哀想だもの……侍女としてはこっちの世界ではもっと綺麗な景色とかお外を見せたいもの!」
目を爛々と輝かせたもう片割れに腕を引っ張られて、ベルティーナは額を押さえた。
──しかし、本当にいいのだろうか。
だが、ここまで気遣われるならば、応えた方がいい気がしてきた。ベルティーナはしばし考えた後、頷いた。
***
その後、ベルティーナは双子の猫侍女とナハトベルグ城下の市場を散策していた。
冬でもないのにグリューワインの屋台。それから聖者を崇める日でもないのに菓子屋ではシュトーレンが売られていて……色々不思議な点がある。
そして、酒場でいい気分で酔いしれる男たちが飲むものは麦酒やワイン。それから腸詰め肉やラビオリを食べるなど、伝え聞いたヴェルメブルクの酒場と変わらぬ光景が広がっていた。
「ここは裏にある異界とは言うけど……食べ物はまったく同じね」
思えば、城で普段食べる食事だって自分が今まで食べてきたようなものとそう変わらない。違うと言えば、今までよりもいく分か豪華……というくらいだろうか。
そんなことを考えつつ、市場の景色を横目に歩んでいると、双子の片割れが「それは当たり前ですよ~」なんて間延びした声で答えた。
「だって、私たちの祖先は元々人の住まう世界に住んでいたんですもの。そのときの食の風習は残っています。それに特に美味しい食事は今だって表の世界からどんどんと取り入れているのです」
「それからそれから、魔性の者たちの中には夕刻に人に化けてあちらの世界に遊びに行って、流行を調査する……なんて、お仕事をしている人だっているくらいですから!」
双子の猫侍女たちが嬉々として語る言葉に、ベルティーナは少しばかり驚くものの、すぐに納得した。
人間の世界でも、人間と魔性の者は同じ世界に住まい共存していたと伝わるのだから。
しかし、魔性の者といえば、妖しき悪しき者……という印象から野蛮な印象が強かった。こう言っては失礼だが、実際に翳りの国──ナハトベルグに来るまでは、二世紀も三世紀も遡るほど原始的で野蛮な生活を送っているものだと思い込んでいたもので……。
だが、まさかここまで文明が発達しているなど思うまい。
魔力で動く昇降機がある時点で、下手をすればこちらの方が文明が進んでいるようにさえ窺える節があるほどだ。
ベルティーナは黒砂岩造りの街を横目にそんなことを思いつつ歩んでいた矢先だった。
双子の侍女の片割れが途端に「あっ!」と何か思い立ったように立ち止まった。
「そうだ、ベル様! おやつを食べませんか? 城下に降りたら、コレを食べなきゃ帰れない! ってくらいのイーリスたちのオススメがあるんです!」
「シュネーバルっていうお菓子みたいなパンで!」
依然として双子は嬉々として語るが、ベルティーナはその菓子の名を聞いて眉をひそめた。
──〝雪の玉〟を意味するシュネーバル。確か賢女から伝え聞いたか、本で読んだか記憶は定かではないが、明らかに聞き覚えがあった。
確か、ヴェルメブルクよりももっと南下した国の名産で……。
「ええと……確か、粉糖をたっぷりまぶした球状のパンじゃないの?」
うろ覚えの知識でベルティーナが言うと、「正解ですー!」なんて双子は戯けて笑った。
「とは言っても、私はシュネーバルは食べたことがないわ。美味しいのかしら?」
「ええ、それはもうほっぺたが落ちそうなほどに!」
双子は同時に言葉を発し、頬に手を当ててうっとりと答えた。しかし、はっと我に返って、「これも経費で落とせるようにお城に帰ったらベル様の権力お願いします~」なんて懇願するように言うものだから、ベルティーナは思わず笑いそうになってしまった。
その途端だった──また紋様のある部分がじんと熱くなった。
しかしやはりそれは一瞬で。ベルティーナが目を見開き胸を押さえると、双子は耳をぴくりと震わせた。
「ベル様……どうしたのです?」
心配そうに片割れに訊かれて、ベルティーナはすぐに首を振るう。
「なんでもないわ……私、胸に紋様があるのだけど、少し嬉しいって思うとそこが焼けるように熱くなるのよ」
素直に打ち明けると、イーリスとロートスは二人で顔を見合わせた後、可愛らしい笑みをベルティーナに向けた。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる