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第一章 運命の人
1-15.彼の本当の目的Ⅰ
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「うぉ、あっぶね……」
バルコニーの真下からやや癖のある掠れた男の声が響いたのである。この声は明らかに聞き覚えがあった。
まさか……。
声がした下へと視線を向けてすぐ。映った光景にアイリーンは大きく目を瞠った。
バルコニーの少し下、飾り窓を掴んで壁をよじ登る男の姿があるのだ。暗がりの中とはいえ、短髪に毛皮付きのジャケットを羽織ったシルエットからよく分かる。間違いないジャスパー・ヒューズだ。
「な、なに……してるの!」
驚きのあまり素っ頓興な声を出してしまった。リーアムが駆けつけたら厄介だ。アイリーンは慌てて自分の口を押さえて耳をそばだてる。
幸いにも足音一つ聞こえず、誰にも気付かれていないようだ。胸を撫で下ろしたアイリーンは唇を塞いだ手を離した。
そうこうしている間に彼は、バルコニーの柵を掴んでいた。身軽にひょいと柵に飛び乗ると、腕の疲れを払うように肩を回す。
「やーさすがに高けぇし。怖かった」
この人は何を言っているのだろう。否、何をしているのだろう。アイリーンは固まったまま、何度も目をしばたたく。
女神の部屋は神殿の中でも最も高い中央塔。見下ろす景色は、周囲を一望できる程。ここから落ちればひとたまりもない。
それをロープなしで上るなど、命知らずにも程がある。
アイリーンは戸惑いつつも「何用ですか」と静かに彼に問いかけた。
「何って……っていうかあんた、その馬鹿丁寧な言葉わざとか。手紙と同じような喋り方できるのな」
「……え?」
全く質問の答えになっていない。アイリーンは眉をひそめた。
「いやだって、さっき……〝なにしてるの〟って」
……確かに言ったが、まさかそこを突っ込まれるなんて思わずアイリーンは面食らってしまった。
確かに〝女神とはこうあるべき〟と、神官達に厳しく喋り方を矯正されたが……。
「それは関係ありませんよね? 私の質問に答えてください」
なるべく小さな声で言うと、彼はやれやれと首を横に振って軽く笑む。
「昼にさ。俺の手を見ただろ? まさか女神様が覗き見していると思わなかったが」
彼がいきなり、気になっていた事を突いてくるのでアイリーンは目を瞠る。
「話す機会がなかったからな。さっさと本題を言うが……これは、あんたの呪いと同じだよ」
そう言いつつ、彼は革製のグローブを外して、アイリーンの前に錆に浸食された手をアイリーンの前にそっと差し出した。
「あんたみたいに綺麗な侵食じゃねぇけど、全く同じ呪いだ」
「……呪い?」
奇病の間違いだ。
アイリーンは眉を寄せる傍らで、彼はアイリーンの部屋にズカズカと踏み入った。
「俺も同じ運命だ。手紙で話したって信じて貰えないだろうと思ったから言わなかった。百聞は一見にしかず。会いたいってようやく言ってくれたからな」
「だからと言って……」
危険を冒してまで来る事無いだろう。アイリーンがその旨を述べると彼は首を振る。
「そこは構わん。突破する自信はあったからな。さておき俺の話を少し聞いてくれ」
ハラハラとした顔のまま頷くと、彼は軽く笑んで話を進めた。
「呪いはリグ・ティーナの王室にもあるんだ。二百年に一度の割合で金の瞳を持つ王子が生まれ、錆に侵されて死に至る──通称錆の王子。寿命は四十前後。似た呪いが二つ。こんなに上手くできた話ってあるか?」
──とりあえずあと二十年近くは死にそうもねぇから、俺はちゃんと公爵しているけどな。そう付け添えて彼はへらりと笑む。
バルコニーの真下からやや癖のある掠れた男の声が響いたのである。この声は明らかに聞き覚えがあった。
まさか……。
声がした下へと視線を向けてすぐ。映った光景にアイリーンは大きく目を瞠った。
バルコニーの少し下、飾り窓を掴んで壁をよじ登る男の姿があるのだ。暗がりの中とはいえ、短髪に毛皮付きのジャケットを羽織ったシルエットからよく分かる。間違いないジャスパー・ヒューズだ。
「な、なに……してるの!」
驚きのあまり素っ頓興な声を出してしまった。リーアムが駆けつけたら厄介だ。アイリーンは慌てて自分の口を押さえて耳をそばだてる。
幸いにも足音一つ聞こえず、誰にも気付かれていないようだ。胸を撫で下ろしたアイリーンは唇を塞いだ手を離した。
そうこうしている間に彼は、バルコニーの柵を掴んでいた。身軽にひょいと柵に飛び乗ると、腕の疲れを払うように肩を回す。
「やーさすがに高けぇし。怖かった」
この人は何を言っているのだろう。否、何をしているのだろう。アイリーンは固まったまま、何度も目をしばたたく。
女神の部屋は神殿の中でも最も高い中央塔。見下ろす景色は、周囲を一望できる程。ここから落ちればひとたまりもない。
それをロープなしで上るなど、命知らずにも程がある。
アイリーンは戸惑いつつも「何用ですか」と静かに彼に問いかけた。
「何って……っていうかあんた、その馬鹿丁寧な言葉わざとか。手紙と同じような喋り方できるのな」
「……え?」
全く質問の答えになっていない。アイリーンは眉をひそめた。
「いやだって、さっき……〝なにしてるの〟って」
……確かに言ったが、まさかそこを突っ込まれるなんて思わずアイリーンは面食らってしまった。
確かに〝女神とはこうあるべき〟と、神官達に厳しく喋り方を矯正されたが……。
「それは関係ありませんよね? 私の質問に答えてください」
なるべく小さな声で言うと、彼はやれやれと首を横に振って軽く笑む。
「昼にさ。俺の手を見ただろ? まさか女神様が覗き見していると思わなかったが」
彼がいきなり、気になっていた事を突いてくるのでアイリーンは目を瞠る。
「話す機会がなかったからな。さっさと本題を言うが……これは、あんたの呪いと同じだよ」
そう言いつつ、彼は革製のグローブを外して、アイリーンの前に錆に浸食された手をアイリーンの前にそっと差し出した。
「あんたみたいに綺麗な侵食じゃねぇけど、全く同じ呪いだ」
「……呪い?」
奇病の間違いだ。
アイリーンは眉を寄せる傍らで、彼はアイリーンの部屋にズカズカと踏み入った。
「俺も同じ運命だ。手紙で話したって信じて貰えないだろうと思ったから言わなかった。百聞は一見にしかず。会いたいってようやく言ってくれたからな」
「だからと言って……」
危険を冒してまで来る事無いだろう。アイリーンがその旨を述べると彼は首を振る。
「そこは構わん。突破する自信はあったからな。さておき俺の話を少し聞いてくれ」
ハラハラとした顔のまま頷くと、彼は軽く笑んで話を進めた。
「呪いはリグ・ティーナの王室にもあるんだ。二百年に一度の割合で金の瞳を持つ王子が生まれ、錆に侵されて死に至る──通称錆の王子。寿命は四十前後。似た呪いが二つ。こんなに上手くできた話ってあるか?」
──とりあえずあと二十年近くは死にそうもねぇから、俺はちゃんと公爵しているけどな。そう付け添えて彼はへらりと笑む。
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