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第二章 偽りの感情
2-6.浅はかで世間知らずⅠ
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*
その晩、アイリーンは寝付けずにいた。
夜中の二時を回っただろう。下の階に設置された柱時計が二つ鐘を打ち、何度目になるか分からぬ寝返りを打つ。
従者たちが近日中にやって来る。
当たり前のようにリーアムは今回の件を怒っているに違いない。彼の無言の圧力は恐ろしいが、怒鳴られるのはもっと恐ろしいだろう。
(……気が重たい)
自分の言葉は全く纏まらない。先代の手紙によって、答えを持って来た彼に導かれた、この呪いを解きたいと思いの全てを話しても受け入れて貰えないだろう。
そもそも最悪の場合、こちらの話は一つも聞いてくれない気もした。
どうにも、リーアムの事を考える程に胸が痛み、侘しさを感じる。
(リーアムが昔のまま心に寄り添ってくれていたとしたら、私はジャスパーの誘いを断ったのかしら……)
しかし、自分の行動を人の所為にするのは最低だ。
そんな事を考えれば自己嫌悪が沸き立ち、心の中に暗い靄が広がる心地がした。
(こんな私のどこが女神なの)
──女神は慈しみ深くあるべきだ。自分の運命に憎悪を抱かず、他人を妬んだり羨んだりするものではない。
女神としての立ち振る舞いや精神を強いられてきたからこそ、自分が女神の器でない事はアイリーン自身が一番よく分かっていた。
だからこそ、自分の運命がどこか納得できない部分がある。
(女神なんてやめたい。私は〝普通の女の子〟になりたかった)
どんなに願ってもこればかりは変わらない。しかし、どうして自分が女神なのか。なぜに薔薇色の瞳を持ったのか……。
そんな事を考えていれば、ふと、ジャスパーの言葉が過った。
『こんな場所にいるから侵食が早いんだ。間違いなく石英樹海が寿命を削ってる』
それは身をもって知ったばかり。今の所、侵食も進まず体の調子が異様に良い。
(もしかして私……女神じゃなくて、何かの供物なのかしら……)
だとすれば、彼の説く〝呪い〟に全ての合点がいく。
前代と前々代と、既に二人の犠牲が出ているからだ。
自分達はもしかしたら、初代の起こした厄災の尻拭いの為の人柱だろうか。
神殿関係者は……否、エルン・ジオ聖教は何かを知っているだろう。
もしかしたら、従者たちも真実を把握しているのかもしれない。
もしも自分だけが、何も知らずにいたとしたら……。
未確定の妄想だが、酷く悲しい気持ちになり、底知れぬ不安がのしかかる。
自然と目頭が熱くなり、涙が溢れないようにと慌てて瞼を伏せる。
真っ暗な世界の中でリーアムとサーシャの姿が映った。
その姿は水面のように揺れて、さっと姿が掻き消される──途端にアイリーンは堰を切らしたように泣き始めた。
いくら先代の言葉があったからとはいえ、軽はずみの行動だったかもしれない。
決して、何かを犠牲にする覚悟をして、彼の手を取った訳ではなかった。
自分は考え無しで浅はかだっただろう。
ジャスパーとは二年手紙でやりとりをしただけの間柄だ。
幸いにもジャスパーは善良な人間と分かるが、万が一にも彼が悪人ならば、自分は今頃どうなっていたのだろう。
乱暴されていたかもしれない。
遠い国で見世物にされていたかもしれない。
女神とは名ばかり。樹海を出て尚更、無力で世間知らずと知らしめられたので、尚更そう思えてしまった。
身を縮めたアイリーンは、しゃくり上げるような嗚咽を溢した途端だった。
「……おい、大丈夫か?」
頭まで被る布団越しに、やや癖のある声が落ちてきた。
それがジャスパーのものだと気付くがアイリーンは返事できずにいた。
いつ来たか気付かなかった。
泣き声が煩かっただろうか。鼻を啜っている音でも聞こえたのか。そう思うと気恥ずかしいが、それでも涙は止まらない。
「……はい」
とりあえず返事すると、ベッドが僅かに沈む感触がした。
その晩、アイリーンは寝付けずにいた。
夜中の二時を回っただろう。下の階に設置された柱時計が二つ鐘を打ち、何度目になるか分からぬ寝返りを打つ。
従者たちが近日中にやって来る。
当たり前のようにリーアムは今回の件を怒っているに違いない。彼の無言の圧力は恐ろしいが、怒鳴られるのはもっと恐ろしいだろう。
(……気が重たい)
自分の言葉は全く纏まらない。先代の手紙によって、答えを持って来た彼に導かれた、この呪いを解きたいと思いの全てを話しても受け入れて貰えないだろう。
そもそも最悪の場合、こちらの話は一つも聞いてくれない気もした。
どうにも、リーアムの事を考える程に胸が痛み、侘しさを感じる。
(リーアムが昔のまま心に寄り添ってくれていたとしたら、私はジャスパーの誘いを断ったのかしら……)
しかし、自分の行動を人の所為にするのは最低だ。
そんな事を考えれば自己嫌悪が沸き立ち、心の中に暗い靄が広がる心地がした。
(こんな私のどこが女神なの)
──女神は慈しみ深くあるべきだ。自分の運命に憎悪を抱かず、他人を妬んだり羨んだりするものではない。
女神としての立ち振る舞いや精神を強いられてきたからこそ、自分が女神の器でない事はアイリーン自身が一番よく分かっていた。
だからこそ、自分の運命がどこか納得できない部分がある。
(女神なんてやめたい。私は〝普通の女の子〟になりたかった)
どんなに願ってもこればかりは変わらない。しかし、どうして自分が女神なのか。なぜに薔薇色の瞳を持ったのか……。
そんな事を考えていれば、ふと、ジャスパーの言葉が過った。
『こんな場所にいるから侵食が早いんだ。間違いなく石英樹海が寿命を削ってる』
それは身をもって知ったばかり。今の所、侵食も進まず体の調子が異様に良い。
(もしかして私……女神じゃなくて、何かの供物なのかしら……)
だとすれば、彼の説く〝呪い〟に全ての合点がいく。
前代と前々代と、既に二人の犠牲が出ているからだ。
自分達はもしかしたら、初代の起こした厄災の尻拭いの為の人柱だろうか。
神殿関係者は……否、エルン・ジオ聖教は何かを知っているだろう。
もしかしたら、従者たちも真実を把握しているのかもしれない。
もしも自分だけが、何も知らずにいたとしたら……。
未確定の妄想だが、酷く悲しい気持ちになり、底知れぬ不安がのしかかる。
自然と目頭が熱くなり、涙が溢れないようにと慌てて瞼を伏せる。
真っ暗な世界の中でリーアムとサーシャの姿が映った。
その姿は水面のように揺れて、さっと姿が掻き消される──途端にアイリーンは堰を切らしたように泣き始めた。
いくら先代の言葉があったからとはいえ、軽はずみの行動だったかもしれない。
決して、何かを犠牲にする覚悟をして、彼の手を取った訳ではなかった。
自分は考え無しで浅はかだっただろう。
ジャスパーとは二年手紙でやりとりをしただけの間柄だ。
幸いにもジャスパーは善良な人間と分かるが、万が一にも彼が悪人ならば、自分は今頃どうなっていたのだろう。
乱暴されていたかもしれない。
遠い国で見世物にされていたかもしれない。
女神とは名ばかり。樹海を出て尚更、無力で世間知らずと知らしめられたので、尚更そう思えてしまった。
身を縮めたアイリーンは、しゃくり上げるような嗚咽を溢した途端だった。
「……おい、大丈夫か?」
頭まで被る布団越しに、やや癖のある声が落ちてきた。
それがジャスパーのものだと気付くがアイリーンは返事できずにいた。
いつ来たか気付かなかった。
泣き声が煩かっただろうか。鼻を啜っている音でも聞こえたのか。そう思うと気恥ずかしいが、それでも涙は止まらない。
「……はい」
とりあえず返事すると、ベッドが僅かに沈む感触がした。
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