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第四章 この幸せと望む未来
4-3.薔薇園と誰かの遠い記憶Ⅲ
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しかし、さすがにジッと見られるのが居心地が悪かったのか、彼は視線を逸らし、アイリーンの手をひったくるように握る。
「え……どうしたの」
突然の手を握られて驚くが彼は何も答えずにゆっくりと歩み始めた。
ジャスパーが再び口を開いたのは、ややあってからだった。
「まぁさ。アイリーンに言われて気付いたが、視点を変えるだけで物事の
見え方っていくらでも変わるんだなって思ったんだ」
「そう……なの?」
思っただけを言っただけだが……。
彼は「そうだよ」と 感慨深そうに続けた。
「考え過ぎかもしれないが、庭は小さな世界。庭師に植えたものにむだなものなんて何一つない気がした。主役の薔薇は当然だが、虫避けのハーブ然り、日陰を好む花にしたって。どの種が欠けても景観ががらりと変わる筈。工学にも似たような部分があってな……精密世界の中で何もかもが役割を担っている。むだは一切ない。だが、庭は庭で精密世界に負けぬ部分がある。意外と感性を研ぎ澄ませるもんだな」
熟々と語る彼の横顔は、どこか神経質そうなものだった。
──狡猾そうと思えば優しく笑む。ふざけていると思っても、生真面で神経質そうな一面を覗かせる。
彼は本当に様々な顔を持つ。まさにジャスパーの名に相応しい。そんな風にまたアイリーンが思うが、つい最近自分も似た事を考えたばかりだと気付いた。
「……と、何だか絶妙に退屈な話になっちまったな」
ややあってジャスパーは苦笑いで締めくくるが、アイリーンは首を横に振った。
「とても楽しいわ? でも偶然……私も最近似たような事を考えていたから」
「と、いうと?」
「サーシャの言葉に傷付いて部屋に篭もっていた時、中庭で忙しなくしている使用人の方たちを見て思ったの。誰もが必ず役目を持つ。そんな風に言うと、このお庭の中の花々も機械仕掛けも、世界と人みたいって思えたの」
むだなんてものは何一つない。自分だって、きっと生まれてきた意味や女神としてこの世に生まれた意味がある筈だ。
心の中でそう唱えた途端──こめかみに鮮やかな痛みが走った。
一瞬にして視界の端々は赤黒い靄がかかり、俯いたアイリーンは頭を抱えた。
『どうしてこんな事に! 酷いよ、なんとか言ってよ!』
『こんな筈じゃ……なかったのに』
『────ごめんなさい、許してなんて言えないわ』
鼓膜を突き破りそうな程に震える少女の声にアイリーンは目を瞠る。
すぐ隣にいる筈なのにジャスパーの声が遠い。
苦しい。息が詰まる。
アイリーンの額には汗が浮かびあがり、ツゥ……と雫が喉を滴り落ちる感触がした。
酷い頭痛に卒倒してしまいそうになるが次第にジャスパーの声が近くなり、アイリーンはハッと我に返った。
「おい、大丈夫か!」
目の前にあるジャスパーの顔は随分と切羽詰まっていた。
倒れそうになった所を抱き留めてくれたのだろう。自分は彼の腕の中にいた。
「ごめんなさい。いきなり、私……」
頭痛の余韻がほんの僅かに残っているが、身体のどこにも異常はなさそうだ。
節々が痛まないので侵食が起きた訳でないらしい。アイリーンはゆっくり立ち上がろうとするが、彼の手はそれを阻む。
「部屋でゆっくり過ごした方が良いかもしれない」
「平気よ……ちょっと立ちくらみがしただけなの。折角連れてきてくれたもの。あとほんの少し花を見ていたいわ」
先程聞いたものを言って良いか分からなかった。
言えば余計な心配をかける。
それに、どう説明して良いか分からない。
「え……どうしたの」
突然の手を握られて驚くが彼は何も答えずにゆっくりと歩み始めた。
ジャスパーが再び口を開いたのは、ややあってからだった。
「まぁさ。アイリーンに言われて気付いたが、視点を変えるだけで物事の
見え方っていくらでも変わるんだなって思ったんだ」
「そう……なの?」
思っただけを言っただけだが……。
彼は「そうだよ」と 感慨深そうに続けた。
「考え過ぎかもしれないが、庭は小さな世界。庭師に植えたものにむだなものなんて何一つない気がした。主役の薔薇は当然だが、虫避けのハーブ然り、日陰を好む花にしたって。どの種が欠けても景観ががらりと変わる筈。工学にも似たような部分があってな……精密世界の中で何もかもが役割を担っている。むだは一切ない。だが、庭は庭で精密世界に負けぬ部分がある。意外と感性を研ぎ澄ませるもんだな」
熟々と語る彼の横顔は、どこか神経質そうなものだった。
──狡猾そうと思えば優しく笑む。ふざけていると思っても、生真面で神経質そうな一面を覗かせる。
彼は本当に様々な顔を持つ。まさにジャスパーの名に相応しい。そんな風にまたアイリーンが思うが、つい最近自分も似た事を考えたばかりだと気付いた。
「……と、何だか絶妙に退屈な話になっちまったな」
ややあってジャスパーは苦笑いで締めくくるが、アイリーンは首を横に振った。
「とても楽しいわ? でも偶然……私も最近似たような事を考えていたから」
「と、いうと?」
「サーシャの言葉に傷付いて部屋に篭もっていた時、中庭で忙しなくしている使用人の方たちを見て思ったの。誰もが必ず役目を持つ。そんな風に言うと、このお庭の中の花々も機械仕掛けも、世界と人みたいって思えたの」
むだなんてものは何一つない。自分だって、きっと生まれてきた意味や女神としてこの世に生まれた意味がある筈だ。
心の中でそう唱えた途端──こめかみに鮮やかな痛みが走った。
一瞬にして視界の端々は赤黒い靄がかかり、俯いたアイリーンは頭を抱えた。
『どうしてこんな事に! 酷いよ、なんとか言ってよ!』
『こんな筈じゃ……なかったのに』
『────ごめんなさい、許してなんて言えないわ』
鼓膜を突き破りそうな程に震える少女の声にアイリーンは目を瞠る。
すぐ隣にいる筈なのにジャスパーの声が遠い。
苦しい。息が詰まる。
アイリーンの額には汗が浮かびあがり、ツゥ……と雫が喉を滴り落ちる感触がした。
酷い頭痛に卒倒してしまいそうになるが次第にジャスパーの声が近くなり、アイリーンはハッと我に返った。
「おい、大丈夫か!」
目の前にあるジャスパーの顔は随分と切羽詰まっていた。
倒れそうになった所を抱き留めてくれたのだろう。自分は彼の腕の中にいた。
「ごめんなさい。いきなり、私……」
頭痛の余韻がほんの僅かに残っているが、身体のどこにも異常はなさそうだ。
節々が痛まないので侵食が起きた訳でないらしい。アイリーンはゆっくり立ち上がろうとするが、彼の手はそれを阻む。
「部屋でゆっくり過ごした方が良いかもしれない」
「平気よ……ちょっと立ちくらみがしただけなの。折角連れてきてくれたもの。あとほんの少し花を見ていたいわ」
先程聞いたものを言って良いか分からなかった。
言えば余計な心配をかける。
それに、どう説明して良いか分からない。
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