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第四章 この幸せと望む未来
4-15.誰かを〝傷付ける〟という事Ⅰ
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庭園はアイリーンのお気に入りの場所になっていた。
この一角には伝書鳩の鳥小屋もありグウィンに会える。顔見知りの鳩たちと会話を楽しむのもアイリーンにとっては良い気晴らしだった。
それに何と言っても薔薇をはじめとする植物に癒やされるからだ。
この庭園は彼に連れてきて貰った事もあって、特別感があるのだろうか……。
あの日の事だってまだ最近だが、妙に過去の事のように感じられる。
それに、まだ唇に真新しく感触が残っている気がする……。
自分の唇に触れて、アイリーンは熱っぽい吐息を吐き、昨日を反芻した。
そう……雨宿りの終わりにとんでもない事を言われたのだ。
『今の俺、もうキスだけじゃ我慢できないと思う。アイリーンはさ、牛が言ったみたいな事……俺と交尾するなんて、まともに考えた事はないだろ?』
……つまり、肉体的な繋がりを強く示唆されてアイリーンは言葉を詰まらせた。
結果帰りは若干気まずかった。しかし彼は何ら変わらなかった。
いつも通りのしれっとした調子で手を繋いでくれた。歩みながら横顔を見たが、あのぞっとする程の色香はなくなり、いつも通りの飄々とした彼に戻っていた。
照れているのは自分だけ。そうだ、そもそも彼は自分よりも幾分か大人だ。似た呪いを持っていても、自分とは全く違う生き方をしてきたのだ。
そう思うと、どことなく腑に落ちる。それでも、自分ばかりが……なんて思考が過って恥ずかしくも悔しい気持ちが芽生えてくる。
(ずるいわ……)
それでも大きな愛に満たされている自覚はあった。
きっと彼だけは裏切らない。自分を傷付けたりなんてしない。
そこには〝絶対〟なんて根拠はないが不思議とそう思える。
アイリーンは東屋の柱に這う薔薇をぼんやり見つめながら一人で微笑んでしまった。
しかし、あまり呆けていても良くないだろう。
自分の従者たちに情けない顔はあまり見られないたくないし、同等の苦境の立場を強いられている。自分の存在はその元凶だ。そんな自分が幸せになって良いのか。幸せと感じて良いのか……。
「本当に……いいのかな、私」
何度も重ねた自問自答を独りごちた途端だった。
「……随分大きい独り言ね」
どこか呆れた──否、嘲るようなこの声が響く。アイリーンがハッと視線を向けると、背後にサーシャが立っていた。
「サーシャ……」
「あら久しぶり。元気にしていたかしら?」
いやに刺々しく言われて、アイリーンは答えられずいれば唇を歪めた彼女はせせら嗤いながら、アイリーンの隣に腰掛けた。
「一人でニヤニヤして厭らしい。頭のゆるい女神は気楽でいいわね。人の不幸も考えず色恋にボケて全く何様のつもりなのかしら。どうせ、頭のゆるいあんたの事じゃ毎晩あの変人公爵に跨がって腰でも振っているんでしょう? 淫売」
大半の意味が分からない。
それでも、恐らく淫靡な関係をほのめかす事を言われている事はどことなく理解できる。アイリーンはみるみるうちに蒼白になった。
「そんな事していないわ……」
事実、彼が好きだ、愛している。
なので色恋にボケて。の部分は一切否定できない。それについ先程まで、自分でも本当にそれで良いのかと少し悩ましく思っていたのだから。
「ふぅん。まぁそんなのどうでも良いし、聞きたくもないけれどね」
「聞きたくもないなら、私と話なんてしたくないでしょ。サーシャは……わざわざ私にそれを言いに来たの?」
目もくれずに訊けば、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
この一角には伝書鳩の鳥小屋もありグウィンに会える。顔見知りの鳩たちと会話を楽しむのもアイリーンにとっては良い気晴らしだった。
それに何と言っても薔薇をはじめとする植物に癒やされるからだ。
この庭園は彼に連れてきて貰った事もあって、特別感があるのだろうか……。
あの日の事だってまだ最近だが、妙に過去の事のように感じられる。
それに、まだ唇に真新しく感触が残っている気がする……。
自分の唇に触れて、アイリーンは熱っぽい吐息を吐き、昨日を反芻した。
そう……雨宿りの終わりにとんでもない事を言われたのだ。
『今の俺、もうキスだけじゃ我慢できないと思う。アイリーンはさ、牛が言ったみたいな事……俺と交尾するなんて、まともに考えた事はないだろ?』
……つまり、肉体的な繋がりを強く示唆されてアイリーンは言葉を詰まらせた。
結果帰りは若干気まずかった。しかし彼は何ら変わらなかった。
いつも通りのしれっとした調子で手を繋いでくれた。歩みながら横顔を見たが、あのぞっとする程の色香はなくなり、いつも通りの飄々とした彼に戻っていた。
照れているのは自分だけ。そうだ、そもそも彼は自分よりも幾分か大人だ。似た呪いを持っていても、自分とは全く違う生き方をしてきたのだ。
そう思うと、どことなく腑に落ちる。それでも、自分ばかりが……なんて思考が過って恥ずかしくも悔しい気持ちが芽生えてくる。
(ずるいわ……)
それでも大きな愛に満たされている自覚はあった。
きっと彼だけは裏切らない。自分を傷付けたりなんてしない。
そこには〝絶対〟なんて根拠はないが不思議とそう思える。
アイリーンは東屋の柱に這う薔薇をぼんやり見つめながら一人で微笑んでしまった。
しかし、あまり呆けていても良くないだろう。
自分の従者たちに情けない顔はあまり見られないたくないし、同等の苦境の立場を強いられている。自分の存在はその元凶だ。そんな自分が幸せになって良いのか。幸せと感じて良いのか……。
「本当に……いいのかな、私」
何度も重ねた自問自答を独りごちた途端だった。
「……随分大きい独り言ね」
どこか呆れた──否、嘲るようなこの声が響く。アイリーンがハッと視線を向けると、背後にサーシャが立っていた。
「サーシャ……」
「あら久しぶり。元気にしていたかしら?」
いやに刺々しく言われて、アイリーンは答えられずいれば唇を歪めた彼女はせせら嗤いながら、アイリーンの隣に腰掛けた。
「一人でニヤニヤして厭らしい。頭のゆるい女神は気楽でいいわね。人の不幸も考えず色恋にボケて全く何様のつもりなのかしら。どうせ、頭のゆるいあんたの事じゃ毎晩あの変人公爵に跨がって腰でも振っているんでしょう? 淫売」
大半の意味が分からない。
それでも、恐らく淫靡な関係をほのめかす事を言われている事はどことなく理解できる。アイリーンはみるみるうちに蒼白になった。
「そんな事していないわ……」
事実、彼が好きだ、愛している。
なので色恋にボケて。の部分は一切否定できない。それについ先程まで、自分でも本当にそれで良いのかと少し悩ましく思っていたのだから。
「ふぅん。まぁそんなのどうでも良いし、聞きたくもないけれどね」
「聞きたくもないなら、私と話なんてしたくないでしょ。サーシャは……わざわざ私にそれを言いに来たの?」
目もくれずに訊けば、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
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