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第五章 願い望んだ終わる夢

5-2.終わる恋、崩壊の時Ⅱ

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『家出事情を掘り起こさんでくれ。あんたに王子まで付けられて呼ばれるとマジで恥ずかしい。いつも通りに呼んでくれよ?』

『アゲートって鷹とかわしみたいな強い鳥に似ているのに、照れると可愛いわね』

 シャーロットがクスクスと笑むと、彼の頬はたちまち赤々と朱が差した。

『男に可愛いがあるか。馬鹿言え、あんたの方が可愛いだろ』

 初代錆の王子であろう、アゲートはやはりジャスパーとよく似ていた。
 背格好も、話し方も、表情も何もかも。まるで生き写しのように思う。

 ……シャーロットと彼が仲良くなった理由は、お互い夜会嫌いだった事だ。

 リグ・ティーナ、イル・ネヴィス、エルン・ジーア……この三国間で定期的に夜会は行われており、年頃のシャーロットもアゲートも立場上、殆どに顔を出していた。

 シャーロットは第一王女。
 上にも下にもはおらず、国の決まりに基づき彼女は将来的にエルン・ジーアの女王になる未来が待っていた。

 夜会に訪れるのは交易以外に婿探しも兼ねて。

 アゲートに出会う二年前。シャーロットは十五歳から夜会に参加するようになったが、彼女は早々と夜会が大嫌いになった。

 王女とは言え、礼儀作法や勉学の時間以外を自然の中で自然霊たちと過ごす時間が長いので、人だかりなど慣れていなかったからだ。

 予想以上に人が多いので息が詰まる。その上、婿捜しという裏の目的は夜会に来る誰もが知っているようで……男たちは目の色を変えてアプローチに来るのが鬱陶しくて仕方なかった。

 小国の未来の女王。とはいえ、エルン・ジーアは豊富な資源を有する事から近隣国の者たちは皆深い関わりを持ちたがっていた。

 誰も自分の本質など見ていない。
 見ているのは背後に貼り付いた約束された〝女王〟の冠。
 果たしてどこの国の王族か貴族かも知らないが……自分の父親と歳も変わらぬ中年の男が猫撫で声で媚びを売る様がシャーロットは気持ち悪くて仕方なかった。

 手を取って甲に口付け。それが紳士の挨拶だが、分厚いヌメヌメとした唇や卑しく曲がったガサガサとした唇を押し当てられると、背中に寒気が走った。

 見た目で人を判断するのは良くないと分かっている。しかし、結婚すれば床をともにするのが普通だ。つまり世継ぎを作る為に裸になって……。

 安直に結び付く事案に自然と拒絶反応を起こし、シャーロットは夜会に出向くものの軽い挨拶を交わした後、庭やテラスに逃げるようになっていた。

 そんな中、退避先でよくアゲートに会うようになった。

 訊くに彼もシャーロットと全く同じ理由で夜会に送り込まれているらしい。
 彼だって第二王子という立場。将来的に王座に座る事はないものの、公爵位を授かる事になる。なので貴族のご令嬢や近隣国の第二、第三の姫君は必死に彼に迫るのだ。

 リグ・ティーナはこの近隣では最も産業が発展している故に貿易が盛んで国の経済は潤っており、当然王族は金をかなり持っている。

『多分、ご令嬢どもは俺自体を見てないんだよなぁ。見ているのは王族、第二王子って身分。あと失礼ながら恐らく金。そもそも俺、工学が好きなだけで他に取り柄なんてねぇし。それに、人相も良くないからな。目付きがキツイ所為で、睨んでもいねぇのに、ご令嬢にビビられる事あるし……』

 アゲートは自嘲しつつ、そんな事情を語ってくれた。
 王子らしからぬ程に粗暴な言葉使いではあるが、包み隠す事もない素直さ。ハキハキとした物言い。

 彼はとてつもなく真っ直ぐな人間だった。
 それをはっきりと証明できるのは、彼が精霊に愛されていたからだ。
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