上 下
82 / 114
第五章 願い望んだ終わる夢

5-1.終わる恋、崩壊の時Ⅰ

しおりを挟む
 ──七月二十五日。
 頭が割れそうな程の幻聴がこの一週間、毎晩続いている。昨晩は三回。

「ごめんなさい」
「こんなの知らなかった」
「私はこんなの望んでいない」

 響く声は殆どがこの三つ。
 シャーロットは何を訴えたのだろう。
 何をそんなに謝るの。これは女神になった私たちに対して? 

 けれど、急に頭痛と幻聴の頻度が増えるなんて、私はどうしちゃったの。どうして急に体調が悪くなったの。
 ジャスパーが〝生きる事自体を諦めないでくれ〟って言ったし、私もそれを強く信じている。だけど素直に怖いわ。悪い風に考えたくないけれど、こんな不調なんて今までなかった。だから、とても怖い。

 だけど、夢の内容は美しくて穏やかなまま変わらない。
 

 アイリーンはそこまで綴ると、瞼を伏せて夢の中の景色を思い浮かべる。

 宮殿……現在の神殿の西側には〝天へと続く扉〟を意味するジア・ル・トーと呼ばれる小高い丘がある。
 その丘は今と違い分厚い霧に覆われておらず、様々な花が咲き乱れているのが遠目でもよく分かった。頂上には白い塔。夕暮れ時になれば、塔は茜色に染まり息を飲む程に美しい日没が訪れる。

 シャーロットはその塔を〝残影の塔〟と、傍らに立つ彼に説明していた。

『残影。つまり……僅かな光が漏れる場所。あそこはね名の通り〝天へと繋がる〟特別な場所。自然霊の故郷はあの扉の向こう。伝え聞く話によれば、彼らの世界の上には神々の住む世界があるんだって。あの場所に行けるのは、精霊の力を借りる事ができるエルン・ジーアの王族くらいなの』

『そういえばエルン・ジーアの起源自体、精霊と密接な関係があるんだよな?』

『ええ、そうよ。王族であると同時に私たちは精霊術士。だけど私たちが力を借りられるのは〝昼を司る者たち〟だけ。私たちエルン・ジーアの民全てが豊かに暮らせる理由は何もかも精霊たちのお陰よ』

 得意気にシャーロットが説明すると、彼は興味深そうに身を乗り出した。

『昼が存在するって事は夜を司る者もいるんだよな? あんたたちってそいつらの力は借りられないのか? そっちも活用できたら、もっと国はもっと豊かに発展していくものじゃないのか?』

 ──って。よその国政に口出す事じゃねぇよな。なんて付け添えて。彼はジャスパーと似た苦笑いを浮かべる。シャーロットは、そんな彼に微笑んだ。

『そうね、その意見は尤もだけど無理なの。〝借りる〟って事は〝返さなきゃいけない〟のよ。とは言っても、恩恵をそのまま返すのは無理。物々交換と言った方が正しいかしら。昼を司る者たちに力を借りるには割と簡単なお返しで済むけど、夜を司る者たちへのお返しは割に合わないのよ。髪の毛や爪を寄越すなんてまだ可愛らしい。寿命や魂そのものの取引になるわ』

 歌うようにシャーロットが語ると、彼は『おっかねぇな』とごちて、頬をかいた。

『だけど夜の者は悪い存在ではないわよ? 昼の者たちは〝生と春夏〟を。夜の者たちは〝死と秋冬〟に喩えられるの。生き物は命が尽きれば亡骸のなり、それは土に還る。草花が芽吹けば季節の移ろいでいずれ枯れるのと同じ。命は廻る。そのサイクルが崩れないのは、夜を司る者たちの存在あってこそだもの』

『つまり自然の摂理そのものか。……とは言ってもおっかねぇな。つまり、夜の者って生きているうちは関わらん方が良い存在って事な』

『ふふ、そういう事かも。でも変なの。国王様と喧嘩して宮殿を飛び出してきたアゲート王子にも怖いものってあったのね?』

 揶揄するようにシャーロットが言うと、彼はばつが悪そうな顔を向けた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ロッキーのくつした

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【完結】不協和音を奏で続ける二人の関係

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:1,053

ねことへびのであい。ー2ひきは仲良くなれるかなー

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

裁判所の株主優待

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ターミナル

SF / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

全裸にて2

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

強引に少女漫画ルートに入れられた。

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

夢の出来事(ディングレー&ゼイブン)

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...