84 / 114
第五章 願い望んだ終わる夢
5-3.終わる恋、崩壊の時Ⅲ
しおりを挟む
二人で話していると、彼の近くに精霊たちが毎度必ず寄って来る。
──小鳥の姿は風の精霊、小さな竜の姿は火の精霊、長い尾ヒレを持つ魚の姿は水の精霊……それに兎に似た姿の土の精霊まで現れたのでシャーロットの視線に立つアイリーンも驚きが隠せなかった。
風の精霊に関しては悪戯好きで社交的。たとえ見えていなかろうが平気で人に寄り付くが、他の精霊が自ら寄ってくる事は滅多にない。特に土の精霊は警戒心が強く人前に姿を見せる事など稀だ。
精霊たちがこうも寄り付くは、恐らく発する波動が近しいのだろう。それだけ彼の心が透き通っていて、純粋な好奇心に満ちているからだと捉える事ができた。
そうして出会って五回目の夜会にて──
『俺と結婚するか?』と、軽い調子で言われた。
その頃にはもうアゲートが飄々とした性格な事は分かっていたので、冗談かと思ったが……彼はその後何度もその旨の文を寄越し、終いに国王の反対を押し切りエルン・ジーアの王宮まで馬を走らせてやって来たのである。
そこで彼が本気だと悟った。
戸惑いやしたが嫌な気はしなかった。
それに彼と過ごす時間はいつだって楽しい。だから、もっと彼を知りたくなったし自分の事をもっと知って欲しいと思った。
次第に惹かれ合い二人が恋に落ちるに時間なんて必要なかった。
心いっぱいに満たされるシャーロットの幸福感は彼女の視点に立つアイリーン自身にも甘く痺れさせる温かな心地がした。
そう、自分がジャスパーに対して抱くあのドキドキや気恥ずかしさと全く同じ〝恋の心地〟。二人は確かに愛し合っていた。
(あんなに幸せだった筈なのに。どんな不幸があったというの。シャーロットはどうして女神になったの……)
アイリーンはペンを置き、深く息をつく。
その面は病的な程青白かった。
目の下には青黒いクマがうっすらとできており、血の気が薄い。見るからに体調が芳しくない事は伺える。
カーテンの隙間から燦々とした夏の日差しが差し込んでいる程。
室温も高い筈なのに、アイリーンは身震いをして膝にかけていたブランケットを背に羽織った。
*
その日の午後、アイリーンは最近始めたばかりの縫い物を楽しんでいた。
刺繍枠の中にはいびつに尖った形の花。布は引っ張られて糸が寄ってしまっているせいでラベンダーの筈が何だか別のものに見えてしまう。
それでも彼女は刺繍を楽しんでいた。
刺繍はヴァラの薦めだった。
幻聴が多くなり部屋の中で過ごす時間が増えてから、少しでも気晴らしになればと初歩的な技術だけ教わった。確かに、ぼんやりと過ごすよりは何かに集中していた方が幻聴は起きにくい。
それに刺繍は古くから淑女の嗜みだそうで、覚えて損はないとの事。
思えば、夢の中でもシャーロットがよく指先を器用に動かして針を扱っていた場面は何度か見ていたので、古くからの淑女の嗜みというのは頷ける。
彼女にできるという事は自分にもできるのだろうか。ならば……と初めてみたが、これはなかなか一筋縄でいかなかった。
力加減は思ったよりも難しく、布が引っ張られてしまうし、後ろで糸が絡まってしまうなんてよく起きる。
(ふふ……下手ね。でも昨日よりはマシになってきたかしら?)
図案とは随分と違うが、それでも僅かな成長が伺える。アイリーンは玉留めして糸を切ったと同時、叩扉が響き間もなく扉が開く音がする。
──小鳥の姿は風の精霊、小さな竜の姿は火の精霊、長い尾ヒレを持つ魚の姿は水の精霊……それに兎に似た姿の土の精霊まで現れたのでシャーロットの視線に立つアイリーンも驚きが隠せなかった。
風の精霊に関しては悪戯好きで社交的。たとえ見えていなかろうが平気で人に寄り付くが、他の精霊が自ら寄ってくる事は滅多にない。特に土の精霊は警戒心が強く人前に姿を見せる事など稀だ。
精霊たちがこうも寄り付くは、恐らく発する波動が近しいのだろう。それだけ彼の心が透き通っていて、純粋な好奇心に満ちているからだと捉える事ができた。
そうして出会って五回目の夜会にて──
『俺と結婚するか?』と、軽い調子で言われた。
その頃にはもうアゲートが飄々とした性格な事は分かっていたので、冗談かと思ったが……彼はその後何度もその旨の文を寄越し、終いに国王の反対を押し切りエルン・ジーアの王宮まで馬を走らせてやって来たのである。
そこで彼が本気だと悟った。
戸惑いやしたが嫌な気はしなかった。
それに彼と過ごす時間はいつだって楽しい。だから、もっと彼を知りたくなったし自分の事をもっと知って欲しいと思った。
次第に惹かれ合い二人が恋に落ちるに時間なんて必要なかった。
心いっぱいに満たされるシャーロットの幸福感は彼女の視点に立つアイリーン自身にも甘く痺れさせる温かな心地がした。
そう、自分がジャスパーに対して抱くあのドキドキや気恥ずかしさと全く同じ〝恋の心地〟。二人は確かに愛し合っていた。
(あんなに幸せだった筈なのに。どんな不幸があったというの。シャーロットはどうして女神になったの……)
アイリーンはペンを置き、深く息をつく。
その面は病的な程青白かった。
目の下には青黒いクマがうっすらとできており、血の気が薄い。見るからに体調が芳しくない事は伺える。
カーテンの隙間から燦々とした夏の日差しが差し込んでいる程。
室温も高い筈なのに、アイリーンは身震いをして膝にかけていたブランケットを背に羽織った。
*
その日の午後、アイリーンは最近始めたばかりの縫い物を楽しんでいた。
刺繍枠の中にはいびつに尖った形の花。布は引っ張られて糸が寄ってしまっているせいでラベンダーの筈が何だか別のものに見えてしまう。
それでも彼女は刺繍を楽しんでいた。
刺繍はヴァラの薦めだった。
幻聴が多くなり部屋の中で過ごす時間が増えてから、少しでも気晴らしになればと初歩的な技術だけ教わった。確かに、ぼんやりと過ごすよりは何かに集中していた方が幻聴は起きにくい。
それに刺繍は古くから淑女の嗜みだそうで、覚えて損はないとの事。
思えば、夢の中でもシャーロットがよく指先を器用に動かして針を扱っていた場面は何度か見ていたので、古くからの淑女の嗜みというのは頷ける。
彼女にできるという事は自分にもできるのだろうか。ならば……と初めてみたが、これはなかなか一筋縄でいかなかった。
力加減は思ったよりも難しく、布が引っ張られてしまうし、後ろで糸が絡まってしまうなんてよく起きる。
(ふふ……下手ね。でも昨日よりはマシになってきたかしら?)
図案とは随分と違うが、それでも僅かな成長が伺える。アイリーンは玉留めして糸を切ったと同時、叩扉が響き間もなく扉が開く音がする。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる