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Chapter6.生の喜びと永遠の約束
6-7.山を越えよ
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────婆はあぁ言ったが、恐らく機甲は寿命を超越して生きておるのだろう。貴様らは奇妙な力を持つらしいからな。あの技術者は頑なに何も吐かん。何も貴様でなく、機甲と引き替えでも構わぬ。と……。
雪に覆われた雑木林をおぼつかない足取りで歩むアルマの脳裏には、壮年軍人に言われた言葉がぐるぐると巡っていた。
その言葉から、カサンドラが生きている事が分かった。だが、事実を全て吐かせる為、死に等しい苦しみの中に居るに違いない憶測が立つ。
彼を引き渡せば、きっと皆助かる。自分だって戦場に送られず済む。しかし、テオファネスはアルマの赦しの力で寿命を超越したのだ。カサンドラの話によれば、侵食率も低下した。つまり、以前程の強靱さは無い。それを最前線へ送り出すなど、まさに死にに行くようなものだ。
────嫌だ、そんなの。嫌。
ふと過ぎるのは繰り返し見た、彼が戦場に行ってしまう夢だった。自然と視界は潤み、アルマの頬に涙が止めどなく伝い落ちた。
本当は、礼拝堂で皆が捕縛された時点で泣きたかった。怖かった。それを必死に堪えて泣かぬようにしていたのだ。だが堪えていた分、堰を切らしたように伝う涙は濁流と化す。
とうとう雑木林の中で立ち止まってしまったアルマは、その場で蹲り慟哭した。それから間もなくだった。背後からざくざくと雪を踏みしめ歩んでくる足音が聞こえたのだ。
「アルマ? アルマ……大丈夫ですか」
そこに立っていたのは院長だった。後を必死に追ってきたのだろう。彼女は息を切らしており、アルマに近付くと隣に屈んでアルマの背を優しく撫でる。
「アルマ、貴女テオファネスさんを連れて亡命さない……ご家族に説明なさい」
穏やかに言う院長の言葉に耳を疑った。そんな事をすれば六人皆死んでしまうではないか。アルマは首を大きく振り「嫌だ!」と泣き叫ぶ。
「いいですかアルマ。貴女が強い超常力を持つように彼女達だって、貴女に及ばずとも各々が超常力を保有している事を忘れてませんか?」
そう言われるが、相手は軍人だ。勝算があるか分からない。きっと相手は丸腰ならば勝てるかも知れないが……。と、思った途端にアルマは目を瞠る。
……礼拝堂に押し入った彼らは縄以外に何も持っていなかった。腰に剣や銃を携えた者は誰一人としていなかったのだ。
「礼拝堂が血の海になる」などと酷い脅しをした時だって誰も銃など構えていなかった。そう……殺気立った物騒な言葉を吐くが、彼らは誰も武装しておらず丸腰だった。
それに気付いたアルマは泣き濡れた顔を院長に向ける。
「あの罵倒に気圧されてましたが、間違いなく演技です。本気で皆殺しにするというなら、その場で一人くらい見せしめのように殺すのが関の山。しかし彼らは行いませんでしたよね。それに、私や修道女達を捕縛しておりません。そもそも彼らは武器さえも持っておりません。恐らく最も強き超常力を保有する貴女を連れて行くというのは本音でしょうが、誰も殺す気は無いのです」
仮にも軍人ですから。と、諭すように言われて、アルマはただ黙って頷いた。本人達にそうとはいわれていないが、そうとしか思えない。
「ですけど、亡命なんて無理です。だって、国境が……」
現在国境は頑強な警備体制を取りぎっちりと塞がれているらしい。
戦に加担していないフェルゼン公国に渡る方法は無い。否……あるにはあるが不可能に等しい方法だ。
アルマは雑木林の隙間から見える高くそびえる霊峰に目をやると、院長はアルマの背を摩り「あの山を越える他ありませんが」と静かに告げた。
ザルツ・ザフィーアの標高は三千メートルほど。春が近付くこの季節は雪崩が起きやすい。それに雪も深いので、滑落の恐れがある。間違いなく修羅の道。自殺行為も良い所、命が幾らあっても足りないだろう。
無理です。そう告げようと口を開くより、院長が言葉を出す方が早かった。
「テオファネスさんは寿命を越え、人に戻りつつあるとはいえ、未だ機甲に変わりないでしょう。彼の目は熱や動くものを感知する力を持つそうですが、その他にも動く物を捉える力が人の数万倍……恐ろしい程の動体視力を持っている他、身体能力が非常に高いとカサンドラから聞きました。侵食率が下がったものの、万倍から数百倍と想定すれば……決して無理でない。それに貴女は霊峰で花になった天使の加護を受けた乙女です」
──嵐を呼び、雪や雨を降らせ雷を落とす超常力。それは逆も然り、吹き荒ぶ風を自分の周りだけ凪がせる事くらい容易い。
「間違いなく霊峰は貴女の味方をする。二人力を合わせればきっと可能でしょう」と、院長はアルマを見据え深々と頷いた。
それだけで僅かに光が見えた気がした。
誰も傷付かず死なずに済む。必ず、皆救われる。そんな終結が少しずつ見え始めた。
雪に覆われた雑木林をおぼつかない足取りで歩むアルマの脳裏には、壮年軍人に言われた言葉がぐるぐると巡っていた。
その言葉から、カサンドラが生きている事が分かった。だが、事実を全て吐かせる為、死に等しい苦しみの中に居るに違いない憶測が立つ。
彼を引き渡せば、きっと皆助かる。自分だって戦場に送られず済む。しかし、テオファネスはアルマの赦しの力で寿命を超越したのだ。カサンドラの話によれば、侵食率も低下した。つまり、以前程の強靱さは無い。それを最前線へ送り出すなど、まさに死にに行くようなものだ。
────嫌だ、そんなの。嫌。
ふと過ぎるのは繰り返し見た、彼が戦場に行ってしまう夢だった。自然と視界は潤み、アルマの頬に涙が止めどなく伝い落ちた。
本当は、礼拝堂で皆が捕縛された時点で泣きたかった。怖かった。それを必死に堪えて泣かぬようにしていたのだ。だが堪えていた分、堰を切らしたように伝う涙は濁流と化す。
とうとう雑木林の中で立ち止まってしまったアルマは、その場で蹲り慟哭した。それから間もなくだった。背後からざくざくと雪を踏みしめ歩んでくる足音が聞こえたのだ。
「アルマ? アルマ……大丈夫ですか」
そこに立っていたのは院長だった。後を必死に追ってきたのだろう。彼女は息を切らしており、アルマに近付くと隣に屈んでアルマの背を優しく撫でる。
「アルマ、貴女テオファネスさんを連れて亡命さない……ご家族に説明なさい」
穏やかに言う院長の言葉に耳を疑った。そんな事をすれば六人皆死んでしまうではないか。アルマは首を大きく振り「嫌だ!」と泣き叫ぶ。
「いいですかアルマ。貴女が強い超常力を持つように彼女達だって、貴女に及ばずとも各々が超常力を保有している事を忘れてませんか?」
そう言われるが、相手は軍人だ。勝算があるか分からない。きっと相手は丸腰ならば勝てるかも知れないが……。と、思った途端にアルマは目を瞠る。
……礼拝堂に押し入った彼らは縄以外に何も持っていなかった。腰に剣や銃を携えた者は誰一人としていなかったのだ。
「礼拝堂が血の海になる」などと酷い脅しをした時だって誰も銃など構えていなかった。そう……殺気立った物騒な言葉を吐くが、彼らは誰も武装しておらず丸腰だった。
それに気付いたアルマは泣き濡れた顔を院長に向ける。
「あの罵倒に気圧されてましたが、間違いなく演技です。本気で皆殺しにするというなら、その場で一人くらい見せしめのように殺すのが関の山。しかし彼らは行いませんでしたよね。それに、私や修道女達を捕縛しておりません。そもそも彼らは武器さえも持っておりません。恐らく最も強き超常力を保有する貴女を連れて行くというのは本音でしょうが、誰も殺す気は無いのです」
仮にも軍人ですから。と、諭すように言われて、アルマはただ黙って頷いた。本人達にそうとはいわれていないが、そうとしか思えない。
「ですけど、亡命なんて無理です。だって、国境が……」
現在国境は頑強な警備体制を取りぎっちりと塞がれているらしい。
戦に加担していないフェルゼン公国に渡る方法は無い。否……あるにはあるが不可能に等しい方法だ。
アルマは雑木林の隙間から見える高くそびえる霊峰に目をやると、院長はアルマの背を摩り「あの山を越える他ありませんが」と静かに告げた。
ザルツ・ザフィーアの標高は三千メートルほど。春が近付くこの季節は雪崩が起きやすい。それに雪も深いので、滑落の恐れがある。間違いなく修羅の道。自殺行為も良い所、命が幾らあっても足りないだろう。
無理です。そう告げようと口を開くより、院長が言葉を出す方が早かった。
「テオファネスさんは寿命を越え、人に戻りつつあるとはいえ、未だ機甲に変わりないでしょう。彼の目は熱や動くものを感知する力を持つそうですが、その他にも動く物を捉える力が人の数万倍……恐ろしい程の動体視力を持っている他、身体能力が非常に高いとカサンドラから聞きました。侵食率が下がったものの、万倍から数百倍と想定すれば……決して無理でない。それに貴女は霊峰で花になった天使の加護を受けた乙女です」
──嵐を呼び、雪や雨を降らせ雷を落とす超常力。それは逆も然り、吹き荒ぶ風を自分の周りだけ凪がせる事くらい容易い。
「間違いなく霊峰は貴女の味方をする。二人力を合わせればきっと可能でしょう」と、院長はアルマを見据え深々と頷いた。
それだけで僅かに光が見えた気がした。
誰も傷付かず死なずに済む。必ず、皆救われる。そんな終結が少しずつ見え始めた。
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