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十四 召喚獣
しおりを挟む十四 召喚獣
「拓馬。ド、ドラルド国軍? って言った?」
「ああぁ、ドラルドを攻略して、スアール連邦国を急激に拡大した」
……うそ、でしょ。こいつひょっとして、総帥の記憶が?!
「あの……スアール連邦国のこと、分かるの?! って、ひょっとして、ダークマ……総帥……」
彼は、こくりとうなずくと得意気な表情で笑みを浮かべた。
「ああ……知ってるさ」
私は、思わず彼に抱き着きそうになる衝動を必死で抑えた。そして、水分で歪む目の前の光景が零れ落ちないよう、必死で溢れそうな涙を涙腺に留めた。
「ダ、ダークマそう――」
「そうなんだよ、まさかリリスもやってたとはな。ファイナルドラゴンファンタジア!」
「……ファイナ……はっ?」
「いや、だから、リリスもやってんだろ。あの名作ゲームを。中でも、特にドラルド戦は熱かった!」
めい……さくゲーム。
――しまった。私が……あまかった。
「リリスも分かってんなぁ。召喚獣の育成ゲーと言えば、設定の緻密さで有名な『ファイナルドラゴンファンタジア』略してFDFが得意とする分野だ。かの世界においても、確かにイフリートの調合は上級者向けのエンチャント。しかして拙者、すでに数体を生成し、成功ルートを会得しておりますぞ。必要な素材は召喚獣の抜け殻、水の精霊、風の精霊、木の精霊、そして燃料と着火剤。火神なのに、ベースに水の精霊を使う点、あと分量とタイミングがミソ」
なにが拙者、だ。糞が。
どうやら、たまたまゲームの世界と同じ名前だったようだ。ふざけんな。
「おい、拓馬。それはゲームの話でしょ。そんな場合じゃねぇっつってんのよ」
「いやいや、FDFはただのゲームにあらず。調合ロジックのリアルさから、開発者の龍斗ダービルは本当に異世界から来たとの噂まであるほど。とにかく、俺に従っていればもーまんたい」
「うっさいわね。龍斗だかなんだか知らないけど、たかがゲームに……」
――っえ? ちょっと待って。今、何て言った? こいつ。
「えっと……龍斗ダービル?」
「うむ、そうだ。まだメジャーではないが、龍斗先生は天才だ」
「龍斗……リュート、エトス、ダービル……いやいや、まさかね」
私の脳裏には、軍施設の地下で見た次元リーク被害者の面々が流れ落ちていく。そして、その中から一人の顔が浮かぶ。
「……でも、まさか……ひょっとして」
色々な雑念が頭を駆け巡る。今目の前には巨大な亜生体が暴れているというのに、事態に集中できない。混乱もここまでくると、吐き気がしてきた。
ああぁ~、もう、どうでもいいわ!
とにかく、今はもう手がない。こうなったら、一つ、こいつにかけてみるか。
「分かったわよ、拓馬。私はどうしたらいいのか、詳しく説明しなさいよ」
「心得た! とにかく、まずはイフリートを作り出そうぞ!」
拓馬がいつもの引き篭もりから脱したかのように、生き生きと亜生体に対峙する。彼は顎に指を添え、さも探偵さながら目の前のターゲットを分析しているようだ。
「万物を燃やし尽くす業火をまとったイフリートなる超獣が、真にそのまま存在し得るのか。それはノーでござろう。FDFにおいても、調合時の過加熱はステータスロスに繋がる故ご法度。よって、合成体のコアには熱のクライテリアがあると考えるのがより自然。そこで、調合には水の精霊をベースとしたコアの生成を行い、まずはそこに空気層を与える風の精霊でハード的なコアの断熱、そして燃焼源となるカーボンのクラスターを生む木の精霊、そこに揮発点となる燃料と着火剤で発生した炎を体内圧力でさらに高温化。これでイフリートが生成されるってなわけでありますな。まっ、これは拙者の持論でありますが」
言い方はキモい。
でも、水と空気層によるコアの断熱と冷却。そして燃焼源のカーボン……確かに、それって、ロジックとしては理にかなっている。
炎の供給はマミルがいるし、高温下で星ちゃんのコアを維持するだけの時間稼ぎはできるだろう。
そしてその間に、タコ野郎のコアを破壊する。
うん、いける。
「……まぁ、悪くないアイデアかもね。それ、やってみるわ。協力して、拓馬」
「おぅ、拝承! タイミングが重要故、俺の指示に従ってくれ!」
こうしている間も、マミルがエンドレス炎弾状態で一時的に亜生体を抑えている。
まるでシューティングゲームのオプションフル装備でボスキャラも真っ青の乱れ打ちフルボッコと言った様子だが、亜生体も木々を食い散らかして応戦しており、このままでは山林が失われそうだ。
――って言うか、例えが拓馬に引っ張られてきたな、マズい。
それより、マミルも体力的に長くは続かないだろう。急がないと。
「では、まずは水。栗栖殿、水道はどこでござるか?」
栗栖がお浄め用の水汲み場に走り、地下水管に繋がる蛇口をひねるが、何も出てこない。どうやら、すでに水源が枯れているか、水管が詰まっているようだ。
「そんな、どうしたらいいのよ――」
「大丈夫。私が調べる」沙羅がパイプに触れると、両目を瞑って動きを止めた。
そして、僅かな沈黙を挟んで突然立ち上がると、涼やかな表情のままスタスタと歩き出した。
私が、何をしているのかと聞く間もなく、彼女は五メートルほど歩を進めたところで足を止めた。
「わかった。栗栖、この下四メートル二十センチの位置、水平方向に伸びた配管内に異物」
「さすが、沙羅さんです。後は、僕のテレキネシスに任せてください。すぐに除去します」
蛇口をひねると、ゴボゴボと異音を発しながら地下水が飛び出してきた。沙羅の検索精度にも驚かされるが、栗栖の能力の位置精度も大したものだ。まるで、目を塞いだまま中空の針孔に糸を投げ入れて通すような作業をあっさりとやって退けた。
「ほぉ。御両名、みごとなスキルでござるな。ではリリス、ここからが本番だぞ」
「わかった、やってみる!」私だって、本場のテンプトアル人としての誇りがある。沙羅はともかく、すでに地球人と化したリークドビブロスタにアルケミースキルで負けるわけにはいかない。
「先程、あのタコ介の様子を見ていた限りの推測ではあるが、最初に吸収したものは核周辺に取り込まれているように見える。だからまず、水の吸収。体の大きさから言って、六リットル程度。それ以上は、おそらく体内に拡散してしまう故、燃焼を阻害すると予測される。さらに、断熱と水膜を保持するために高圧縮の空気層を作る――」
私は拓馬の指示に従い、一度吸収した構造体を解放して、体を再構築していく。それにしても、こいつはビビッて本殿の端で震えていた割に、あの短時間で亜生体の特徴を完全に掌握している。
抜け目なさとともに、ダークマ様の片鱗を窺わせる。
「きゃ~、ちょっと早くしてよ!」って、ゆっくりはしていられない。マミルの叫び声だ。体力の限界が近づいているのだろう。
炎の勢いが弱まった隙をつかれて、彼女は触手に掴まれていた。
枝葉に引き裂かれた制服の胸元は、内側から弾け出る肉感をギリギリのラインで支えている。あわやもう一押しで曝け出さん勢いだ。
それでも、彼女はどうにかパイロキネシスを駆使して触手を焼き落とす。
「これで、どうよ!」
とりあえず、星ちゃんのイフリート化が完成したようだ。
まるで、先程とはうって異なる様相の星ちゃんに、私自身も少しばかりの恐怖を覚えた。
なにより、星ちゃんのダメージは私自身にも跳ね返ってくる。もし、この炎が体のコアから拒絶されたら、その瞬間それは異物となる。つまり、その圧倒的な熱量が私自身に焼けるような痛みを流し込んでくることだろう。
……だが、体を包み込む炎の熱は、不思議なほど私の感覚に触れ込むことがない。
かなりの熱量で、近づくこともできないが、遠隔で歩を進めるたび、周囲の草木が焼け落ちて黒い足跡を焼き付けていく。
即興で作ったこともあってデザインは多少いびつだが、そこは致し方ない。
私は炎の星ちゃんを走らせ、亜生体に殴りかかった。触手が絡みついてくるが、それはことごとく業火の薪と化していく。
まさに属性の勝利だ。
力いっぱい突き出した星ちゃんの腕が、抵抗なく亜生体の核にまで突き通る。そして、握りしめた塊を一気に過熱して焼き潰した。
周囲に響く、叫び声とも紛う轟音。それは聞き慣れた、亜生体の消失する瞬間だ。
――炭の塊となった亜生体の残骸。
そこに佇む目の前のそれは、私の産物であれ初めての経験だった。そこにいるのは、まさにイフリートと言って過言のない業火の化身。
やばい。こうしてまじまじ見ると、私の星ちゃん、すげぇ。マジかっけー。
これまで、こんな発想はなかった。体内環境を維持するために常に演算とコントロールで連鎖反応を保持する必要があるが、自分の操作している星ちゃんそのものが攻撃的要素を発揮する。それは、まるで自分が新たなスキルを得たかのような清新な気持ちにさえさせる。
しばらく伸び悩んでいたスキルランクの判定も、さらにワンランク上を目指せそうだ。
マミルからの燃焼も途絶えた星ちゃんは、徐々に失われた断熱効果も相まって代謝のバランスが崩れ、やがて消失した。
焼野原を広げないように、栗栖がテレキネシスで水を周囲に散布している。そして、沙羅が再び、本殿の結界を起動して、ようやくすべてが落ち着きを取り戻した。
リークスポットから漏れ出すアルケミルエネルギーは結界に阻まれ、私のスキルも眠りにつく。
すると、私は全身にけだるさを覚えた。夢を見ていたようなさっきまでの高揚感が、突然リアルな感覚に上塗りされて、疲労を思い出させた。
「ふぅ……疲れたわ」
私が境内の端で腰を下ろしていると、拓馬が隣に座った。いつもと変わらず、挙動不審に不愛想でやる気のなさそうな表情を浮かべている。
どうやら落ち着きを取り戻してヲタクマは身を潜めているように見える。そしてそれに相反するように、私の眼にはダークマ総帥が色増して見えた。
「ねぇ……あの、あんた少しやるじゃない。なんつうか……ありがと」
すると、拓馬は涼し気な表情にうっすらとドヤ顔を重ねて言った。
「……スキルってのは、必ずしもその属性に固執したものじゃない。応用と組み合わせ、要は工夫ということにつきる」
「えっ――」
そのとき私の脳裏には、色茶けた岩原の光景が広がっていた。ひょっとして、あのときの総帥は、マスクの下にこんな表情を浮かべていたのだろうか。
ふと、拓馬と視線が混じった。
私は、総帥に見つめられたような気がして、急に熱を感じた頬を隠すように、彼から視線を逸らした。
そして、その隙に、突然あいつが来た。
「たーくまぁ~! あんた、やるじゃない」
「がっ?! や、やめろよ!!」
マミルが今にもはみ出そうな巨乳を拓馬に押し付けて彼を押し倒している。このクソ女、ぶち殺してやる。っていうか、やったのは拓馬じゃなくて私だしっ!
「そうね。もちろん、リリスちゃんのお手柄よ。じゃぁ、これ。ご褒美ね」
マミルが手渡したのは、小さな黒い塊。そう、魔丸だ。これで好きなときにスキルを発揮できる。っていうか、なんでか『サクラドロップ』と書かれた四角い缶に入っている。
あんた、近所のおばちゃんが子供に飴ちゃん渡すのと違うのよ。適当過ぎるでしょ。
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