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2. 何かが降ってきました
しおりを挟むキーフェル山脈を望むヴェネクト領は国境にほど近い街である。冬を越え春を迎え緑豊かな植物が芽吹き始めたまさに夏直前のこの地は、それでも山頂に雪を残し冷たい風が吹き下ろすためまだまだ肌寒い。
眼前に広がる湖畔には本格的な夏に入ると涼を求める人々が集まるが、それも今はまだ時期が早く誰一人いない。
湖へと続く石畳をぱかっぱかっと軽快な馬の蹄が鳴らす音は早朝の澄んだ空気によく響いていた。
男性が跨がる二頭の馬が湖まで来ると木に繋ぐことなくそのまま放つ。よく躾られているようで逃げ出すことはなく、ゆったりと水を飲んだり馬同士じゃれあっている。
馬から降りた二人は、早駆けで乱れた髪を適当に直しながらぶらぶらと歩きだす。
「レイ、お前はあっち探してくれない?」
「…なかなか難しいと思いますけどね。存在はしているのでしょうけど、まさか本気だったとは…なかなかにロマンチストではないですか」
「俺じゃなくて、彼女がな。可愛い恋人にコロネの花を所望されたら断れないだろ?俄然手に入れたくなるだろ?幻の花を目の前に差し出して熱い抱擁されたいだろ?!あわよくばその先にも進みたいだろ?!」
「そういうものですかね」
「そういうものなんだよ。レイも恋人つくれば?いくらでも寄ってくるだろ」
「結構です」
幻と言わしめるほどに珍しく、今この時期にしか咲かないとするコロネの花を簡単に欲しいとねだるような女の何処が良いのか…とは流石に声に出すことはしない。
レイと呼ばれたこの男は友人の恋のために一肌脱ぐというような殊勝な思いなど微塵も持ち合わせてはいない。
ここ二週間ほど働きづめで愛馬とろくにふれ合う時間がなかったため、久々の休暇のこの日は草原を思い切り走らせてやりたいと人の少ないここに来ることに前々から決めていたのだが…どこから聞き付けたのか友人ジルがチャンスとばかりに休みを合わせ強引に付いてきたのである。勿論目的は見つかるかどうかもわからない花探しのための人員確保だ。
「何度も言うようですが、わたしは息抜きのためだけに来てますからね。花はついでです。真剣には探しませんからね」
お前の下心に協力する気は無いと突き放す。
「わかったわかった!ほれ、さっさとあっち探して…うおっっ?!!」
ドゴッ!ボスっ!
音から察するにかなりの重量と思われる物体が落下してきた。しかも二つ。あと数センチずれていたら直撃したであろうほど二人の近くに。
「…っぶね~!何なんだ一体?」
「箱と鞄…のようですね。鞄の方は布で出来てるようですが…あまり見たことのない生地ですね…。」
乗馬用の手袋を脱ぎ用心深く触ってみるが、この国で同じような手触りの生地は見たことがない。そして、落ちてきたもう一つの物に視線を移した。コンコンと軽く叩いき、撫でるように掌で確かめる。ジルもそれに習い同じような行動をする。
「この箱…何で出来てるんだ?あきらかに木製ではないしな…。妙な光沢もあるし手触りも…」
「そもそも、なぜ空から降ってきたんでしょうね…」
それなっ!と食いぎみにジルが発したと同時に空を見上げる。まさかもう何も落ちてこないよな…と同じことを考え、そして視線を下に落とし、この落下物の処理について頭の中を巡らせていた。
通常落とし物は拾った場所の管轄にある騎士団の事務所に届けられる。そこで一定期間保管され、期限が過ぎたものから処分していくのだ。金品に関しては期間は長めに設定されてはいるものの、それでも持ち主が現れなかった場合は領地内の修理や整備等の資金にまわされることになる。
そもそも金品の落とし物など届けられることは稀なのだが。
「どうする?開けて…みるか?いや…でも…怪しすぎてぶっちゃけ怖いな…おい、レイ―」
「しっ!」
レイは唇の前で人差し指を立て、ジルの言葉に被せるように『静かに』というような仕草をする。
「…何か聞こえませんか?人の声のような…上です!」
バッ!と同時に上を見上げた。そして――
「ええぇぇぇえっ!?うそでしょ~~~~っっ?!これダメなやつよぉぉぉぉぉっっ!!」
絶叫とともに落下してくる人が確認できる。このままでは地面に激突もしくは湖に落下だろうが、どちらにしてもあの高さからでは無事に済むわけがない。
あり得ない状況に呆気にとられていた。
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