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02. 荷解き
「よし、もうひと頑張りといきますか……」
シュシュで髪を束ねた鈴音は、グッと握りこぶしを作る。
猫神さまと同棲契約を結んだ後。
カップ麺で昼食を済ませた鈴音は、早速荷解きを始めた。
(家具や荷物が入ったダンボールを新居に搬入するだけで引っ越し完了、とかだったらどれだけ楽か……)
ダンボール箱を一つずつ開け、中身を正しい場所に配置しなくてはならない。
鈴音にとっては、これからが真の戦いなのだ。
「この箱は……本ね。
一番場所取るし、早めに並べちゃおう」
イラストレーターをしている鈴音は、とかく本が多い。
そのほとんどは、仕事用。
イラスト集や背景画の資料集はもちろん、最先端のデザインを勉強するためのファッション誌から参考用の料理本まで、数も多ければバリエーションも豊富だ。
もちろん、趣味であるマンガや小説もたくさん所有している。
そういった書物は、とかく場所を取る。
そのため、仕事部屋にしている洋室は、ほぼ本で埋まっている。
壁際だけでなく、部屋の中央にも腰高の本棚がいくつか置かれている始末。
9畳もあるはずなのに、作業用のデスクとチェアを入れただけでもうギュウギュウだ。
「ふむ、片付けか。
性が出るな」
低い男声が聞こえて、本を抱えていた鈴音は振り返る。
「あ、猫神さま」
「うむ」
ふてぶてしい三毛猫が、洋室のドアの前に立っていた。
くんくんと鼻を鳴らすと、ダンボール箱と本棚でギュウギュウに詰まっている部屋に入ってきた。
その微妙に太めの身体からは想像もつかないほどスルスルと隙間を縫って、鈴音に近づいてくる。
「随分と本を持っておるな、お主は」
「仕事柄ね。
もちろん、趣味でもあるかな」
「俊郎も本好きだったが、あやつはタブレットで読んでいたからな」
「……テクノロジーを使いこなしてるなぁ、おじいちゃん……」
思わず遠目になる鈴音。
タブレットは外で仕事するときにしか使わないので、しっかり活用できている祖父がなんとなく羨ましく思えた。
そんなことを考えながら本を本棚に詰め込んでいると、
「あ」
空になったダンボールに、三毛猫がぴょこんと飛び込んだ。
「ふむ……なかなか良いな、この箱は」
「ちょっと、猫神さま?
ここは重いものがたくさん積まれてるから、ウロウロしたら危ないよ」
鈴音の忠告など聞こえていないのか、それとも端から聞く気がないのか。
三毛猫は、大きめのダンボール箱の中で数周ほどクルクル回ると、
「む……」
なにか違うとでも言いたいかのように飛び出た。
そして、すぐに側にあった小さめのダンボール箱に飛び入る。
「うむ」
今度は気に入ったのか、そのままくるりと身体を丸め、ダンボール箱の中に横たわった。
体格が体格なだけに、ミッチミチである。
「ねぇ、猫神さま?」
「……」
「空の段ボール箱、片付けたいんだけど?」
「……」
ジト目で話しかける鈴音だが、当の三毛猫はそっぽを向いたまま気持ちよさげに目を瞑ってしまった。
ただ、顔こそ違う方向を向いているものの、耳はちゃんと鈴音の方に向けているので、聞こえてはいるのだろう。
なら、これは意図的な無視ということ。
「もう……」
動く気配がまったくない三毛猫に、鈴音はため息をつく。
猫が詰まったダンボール箱が地面に置かれているのは、流石に邪魔がすぎる。
間違って踏み付けちゃったら大変だし、そもそも足の踏み場がなくて動けない。
仕方なく、言葉が通じるのに話を聞いてくれない三毛猫が詰まったダンボール箱をどかす。
「うっ……」
ずっしりとした重さに、思わず呻きを漏らす。
本の重さとは違う、柔らかみのある重さだ。
水が張られた盥を持ち上げたような感覚に近い。
ダンボールが頑丈で良かった、と密かに思う。
「よいしょ……っと」
三毛猫が詰まった段ボール箱を、机の上に置く。
これなら邪魔にならないだろう。
当の三毛猫はというと、不満げに片目だけ開いて鈴音を睨むと、またすぐに閉じた。
体重のことを示唆されたのが気に入らなかったのか、それとも勝手に場所を移動させられたのが嫌だったのか、はたまたその両方か。
「じゃあ、猫神さまはそこで大人しくしといてね」
そう言った鈴音だが、当の三毛猫はもう話を聞いていない。
鈴音は、諦めたように作業に戻った。
ペットは飼ったことがないが、飼っている友達から話を聞いたことがある。
だから、猫が気まぐれなのも知っている。
そういう習性なのだから仕方ない、寧ろそういう素っ気ない仕草が可愛い、と言った友人の意見も理解できる。
が、それは相手が「純粋な動物」である場合だ。
人語を解す猫の神様が相手だと、「なんかなぁ」という感覚が先に来てしまう。
(一応神様なんだからちゃんと敬わなきゃ、とか思ってたけど……こうまでまんま猫な態度を取られると、ちょっとね……)
そんなことをヒッソリと思ってしまった鈴音を、果たして誰が責められようか。
(でも、あのポヨポヨでモフモフのお腹は、やっぱり可愛いのよね……)
ダンボール箱の中でリズミカルに上下するお腹を見ながら、本人には決して言えない感想を抱く。
きっと、友人もこんな感覚だったのだろう。
初めて真の意味で友人に共感できた気がする鈴音だった。
シュシュで髪を束ねた鈴音は、グッと握りこぶしを作る。
猫神さまと同棲契約を結んだ後。
カップ麺で昼食を済ませた鈴音は、早速荷解きを始めた。
(家具や荷物が入ったダンボールを新居に搬入するだけで引っ越し完了、とかだったらどれだけ楽か……)
ダンボール箱を一つずつ開け、中身を正しい場所に配置しなくてはならない。
鈴音にとっては、これからが真の戦いなのだ。
「この箱は……本ね。
一番場所取るし、早めに並べちゃおう」
イラストレーターをしている鈴音は、とかく本が多い。
そのほとんどは、仕事用。
イラスト集や背景画の資料集はもちろん、最先端のデザインを勉強するためのファッション誌から参考用の料理本まで、数も多ければバリエーションも豊富だ。
もちろん、趣味であるマンガや小説もたくさん所有している。
そういった書物は、とかく場所を取る。
そのため、仕事部屋にしている洋室は、ほぼ本で埋まっている。
壁際だけでなく、部屋の中央にも腰高の本棚がいくつか置かれている始末。
9畳もあるはずなのに、作業用のデスクとチェアを入れただけでもうギュウギュウだ。
「ふむ、片付けか。
性が出るな」
低い男声が聞こえて、本を抱えていた鈴音は振り返る。
「あ、猫神さま」
「うむ」
ふてぶてしい三毛猫が、洋室のドアの前に立っていた。
くんくんと鼻を鳴らすと、ダンボール箱と本棚でギュウギュウに詰まっている部屋に入ってきた。
その微妙に太めの身体からは想像もつかないほどスルスルと隙間を縫って、鈴音に近づいてくる。
「随分と本を持っておるな、お主は」
「仕事柄ね。
もちろん、趣味でもあるかな」
「俊郎も本好きだったが、あやつはタブレットで読んでいたからな」
「……テクノロジーを使いこなしてるなぁ、おじいちゃん……」
思わず遠目になる鈴音。
タブレットは外で仕事するときにしか使わないので、しっかり活用できている祖父がなんとなく羨ましく思えた。
そんなことを考えながら本を本棚に詰め込んでいると、
「あ」
空になったダンボールに、三毛猫がぴょこんと飛び込んだ。
「ふむ……なかなか良いな、この箱は」
「ちょっと、猫神さま?
ここは重いものがたくさん積まれてるから、ウロウロしたら危ないよ」
鈴音の忠告など聞こえていないのか、それとも端から聞く気がないのか。
三毛猫は、大きめのダンボール箱の中で数周ほどクルクル回ると、
「む……」
なにか違うとでも言いたいかのように飛び出た。
そして、すぐに側にあった小さめのダンボール箱に飛び入る。
「うむ」
今度は気に入ったのか、そのままくるりと身体を丸め、ダンボール箱の中に横たわった。
体格が体格なだけに、ミッチミチである。
「ねぇ、猫神さま?」
「……」
「空の段ボール箱、片付けたいんだけど?」
「……」
ジト目で話しかける鈴音だが、当の三毛猫はそっぽを向いたまま気持ちよさげに目を瞑ってしまった。
ただ、顔こそ違う方向を向いているものの、耳はちゃんと鈴音の方に向けているので、聞こえてはいるのだろう。
なら、これは意図的な無視ということ。
「もう……」
動く気配がまったくない三毛猫に、鈴音はため息をつく。
猫が詰まったダンボール箱が地面に置かれているのは、流石に邪魔がすぎる。
間違って踏み付けちゃったら大変だし、そもそも足の踏み場がなくて動けない。
仕方なく、言葉が通じるのに話を聞いてくれない三毛猫が詰まったダンボール箱をどかす。
「うっ……」
ずっしりとした重さに、思わず呻きを漏らす。
本の重さとは違う、柔らかみのある重さだ。
水が張られた盥を持ち上げたような感覚に近い。
ダンボールが頑丈で良かった、と密かに思う。
「よいしょ……っと」
三毛猫が詰まった段ボール箱を、机の上に置く。
これなら邪魔にならないだろう。
当の三毛猫はというと、不満げに片目だけ開いて鈴音を睨むと、またすぐに閉じた。
体重のことを示唆されたのが気に入らなかったのか、それとも勝手に場所を移動させられたのが嫌だったのか、はたまたその両方か。
「じゃあ、猫神さまはそこで大人しくしといてね」
そう言った鈴音だが、当の三毛猫はもう話を聞いていない。
鈴音は、諦めたように作業に戻った。
ペットは飼ったことがないが、飼っている友達から話を聞いたことがある。
だから、猫が気まぐれなのも知っている。
そういう習性なのだから仕方ない、寧ろそういう素っ気ない仕草が可愛い、と言った友人の意見も理解できる。
が、それは相手が「純粋な動物」である場合だ。
人語を解す猫の神様が相手だと、「なんかなぁ」という感覚が先に来てしまう。
(一応神様なんだからちゃんと敬わなきゃ、とか思ってたけど……こうまでまんま猫な態度を取られると、ちょっとね……)
そんなことをヒッソリと思ってしまった鈴音を、果たして誰が責められようか。
(でも、あのポヨポヨでモフモフのお腹は、やっぱり可愛いのよね……)
ダンボール箱の中でリズミカルに上下するお腹を見ながら、本人には決して言えない感想を抱く。
きっと、友人もこんな感覚だったのだろう。
初めて真の意味で友人に共感できた気がする鈴音だった。
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