同居人は猫神さま

黒井白馬

文字の大きさ
2 / 5

02. 荷解き

「よし、もうひと頑張りといきますか……」

 シュシュで髪を束ねた鈴音は、グッと握りこぶしを作る。

 猫神さまと同棲契約を結んだ後。
 カップ麺で昼食を済ませた鈴音は、早速荷解きを始めた。

(家具や荷物が入ったダンボールを新居に搬入するだけで引っ越し完了、とかだったらどれだけ楽か……)

 ダンボール箱を一つずつ開け、中身を正しい場所に配置しなくてはならない。
 鈴音にとっては、これからが真の戦いなのだ。

「この箱は……本ね。
 一番場所取るし、早めに並べちゃおう」

 イラストレーターをしている鈴音は、とかく本が多い。
 そのほとんどは、仕事用。
 イラスト集や背景画の資料集はもちろん、最先端のデザインを勉強するためのファッション誌から参考用の料理本まで、数も多ければバリエーションも豊富だ。
 もちろん、趣味であるマンガや小説もたくさん所有している。
 そういった書物は、とかく場所を取る。
 そのため、仕事部屋にしている洋室は、ほぼ本で埋まっている。
 壁際だけでなく、部屋の中央にも腰高の本棚がいくつか置かれている始末。
 9畳もあるはずなのに、作業用のデスクとチェアを入れただけでもうギュウギュウだ。

「ふむ、片付けか。
 性が出るな」

 低い男声が聞こえて、本を抱えていた鈴音は振り返る。

「あ、猫神さま」
「うむ」

 ふてぶてしい三毛猫が、洋室のドアの前に立っていた。
 くんくんと鼻を鳴らすと、ダンボール箱と本棚でギュウギュウに詰まっている部屋に入ってきた。
 その微妙に太めの身体からは想像もつかないほどスルスルと隙間を縫って、鈴音に近づいてくる。

「随分と本を持っておるな、お主は」
「仕事柄ね。
 もちろん、趣味でもあるかな」
「俊郎も本好きだったが、あやつはタブレットで読んでいたからな」
「……テクノロジーを使いこなしてるなぁ、おじいちゃん……」

 思わず遠目になる鈴音。
 タブレットは外で仕事するときにしか使わないので、しっかり活用できている祖父がなんとなく羨ましく思えた。

 そんなことを考えながら本を本棚に詰め込んでいると、

「あ」

 空になったダンボールに、三毛猫がぴょこんと飛び込んだ。

「ふむ……なかなか良いな、この箱は」
「ちょっと、猫神さま?
 ここは重いものがたくさん積まれてるから、ウロウロしたら危ないよ」

 鈴音の忠告など聞こえていないのか、それとも端から聞く気がないのか。
 三毛猫は、大きめのダンボール箱の中で数周ほどクルクル回ると、

「む……」

 なにか違うとでも言いたいかのように飛び出た。
 そして、すぐに側にあった小さめのダンボール箱に飛び入る。

「うむ」

 今度は気に入ったのか、そのままくるりと身体を丸め、ダンボール箱の中に横たわった。
 体格が体格なだけに、ミッチミチである。

「ねぇ、猫神さま?」
「……」
「空の段ボール箱、片付けたいんだけど?」
「……」

 ジト目で話しかける鈴音だが、当の三毛猫はそっぽを向いたまま気持ちよさげに目を瞑ってしまった。
 ただ、顔こそ違う方向を向いているものの、耳はちゃんと鈴音の方に向けているので、聞こえてはいるのだろう。
 なら、これは意図的な無視ということ。

「もう……」

 動く気配がまったくない三毛猫に、鈴音はため息をつく。
 猫が詰まったダンボール箱が地面に置かれているのは、流石に邪魔がすぎる。
 間違って踏み付けちゃったら大変だし、そもそも足の踏み場がなくて動けない。
 仕方なく、言葉が通じるのに話を聞いてくれない三毛猫が詰まったダンボール箱をどかす。

「うっ……」

 ずっしりとした重さに、思わず呻きを漏らす。
 本の重さとは違う、柔らかみのある重さだ。
 水が張られた盥を持ち上げたような感覚に近い。
 ダンボールが頑丈で良かった、と密かに思う。

「よいしょ……っと」

 三毛猫が詰まった段ボール箱を、机の上に置く。
 これなら邪魔にならないだろう。

 当の三毛猫はというと、不満げに片目だけ開いて鈴音を睨むと、またすぐに閉じた。
 体重のことを示唆されたのが気に入らなかったのか、それとも勝手に場所を移動させられたのが嫌だったのか、はたまたその両方か。

「じゃあ、猫神さまはそこで大人しくしといてね」

 そう言った鈴音だが、当の三毛猫はもう話を聞いていない。
 鈴音は、諦めたように作業に戻った。

 ペットは飼ったことがないが、飼っている友達から話を聞いたことがある。
 だから、猫が気まぐれなのも知っている。
 そういう習性なのだから仕方ない、寧ろそういう素っ気ない仕草が可愛い、と言った友人の意見も理解できる。
 が、それは相手が「純粋な動物」である場合だ。
 人語を解す猫の神様が相手だと、「なんかなぁ」という感覚が先に来てしまう。

(一応神様なんだからちゃんと敬わなきゃ、とか思ってたけど……こうまでまんま猫な態度を取られると、ちょっとね……)
 
 そんなことをヒッソリと思ってしまった鈴音を、果たして誰が責められようか。

(でも、あのポヨポヨでモフモフのお腹は、やっぱり可愛いのよね……)

 ダンボール箱の中でリズミカルに上下するお腹を見ながら、本人には決して言えない感想を抱く。
 きっと、友人もこんな感覚だったのだろう。
 初めて真の意味で友人に共感できた気がする鈴音だった。
感想 1

あなたにおすすめの小説

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

はらぺこ令嬢は侯爵様を満たしたい

有栖
ファンタジー
エルヴィラはいつもお腹を空かせている子供だった。あまりに大食いするので心配した両親が医者に連れていくと、それは彼女が持つ魔力量のせいだとわかる。彼女は多すぎる魔力を維持するため、いつも疲れるほど食べ続けていなければならなかった。しかしひとつだけ、有り余る魔力を放出する方法があった。料理だ。彼女が作る料理には、魔力がたっぷりこめられているのである。そんな彼女の元へある日、知らせが訪れる。 ※食事の描写は普通の日本のお料理になっています

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?